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共産党躍進? なわけないが 朝日新聞が報じるところによると、最近、共産党が人気だそうだ。理由は弱者の声を取上げて政府を追及しているからだそうで、ネットカフェ難民のような事例を取上げ、政府からも問題であるという言質をとったりして、「よく言ってくれた」というような反応が増えているとか。まあ考えてみれば、共産党とは以前からそういう事を良く主張してきた党ではある。財政的裏付けも無く綺麗事を言うだけなら誰でも言えるという批判はあるが、逆に言うとそうした弱者の声を他の政党がちゃんと取上げて来ていないという事でもある。 これで支持層が広がって選挙で共産党への票が増えると、実は小選挙区制度の下では反与党の票が割れてしまって逆に与党にとっては有利に働くという皮肉な現象が起きる。この点でも辛口子は小選挙区制度には反対である。それに加えて日本では比例代表に候補者投票を加算するというへんてこな制度であり、一般に言われるほどに二大政党制に結びつく訳でもない(既存与党有利であるのは、郵政選挙での圧倒的な議席数差が示している)。 とはいえ、こうした形で弱者の声が取上げられるルートがあるのは、良い事であるには違いない。共産党が政権を取るなど絶対に有り得ない事だろうが、有権者としてはそうした場をうまく活用するという技を使ってもいいだろう。具体的に言えば、不正行為を告発するなら政府与党の受付窓口ではなく、共産党に言ってみるというようなことだ。 |
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オーディオの神秘 スーパー・ハイ・マテリアルCDというのが評判なのだそうだ。SACDか何かの新種かと思ったら、そうではなくCDの素材に透明度の高いポリカーボネート樹脂を使用したものだという。要するに、デジタル記録されているデータそのものは何も変わらないのだが、マスターテープに近い音質が得られているのだとか。 オーディオはまさに神秘の世界である。CDに関しても、従来から「一旦冷凍庫で凍らせてから常温に戻すと音がいい」とか「周囲(側面)をマジックで塗りつぶすと音がいい」というような技が伝えられている。マジックも黒がいいとか緑がいいとか諸説紛々。CDを離れれば、スピーカーコードを交換してみただけで音が変わるのは誰でも体験出来るし、数百万円もするスピーカーコードも存在する。買う人がいるから製品がある。 この位ならまだ愛嬌だが、アンプの置く向きは南向きがいいとか、セッティングは子の刻に限る、などというに至っては、何やらオカルトめいてくる。かつてCDが登場した頃には、デジタル化によって機器間の差異が無くなるのではないか、などとも言われたがどっこい現実はそうではなく、デジタルになっても思わぬ所で音に変化が出てくる事例は後を絶たない。技術屋は一般にこうした話を聞くと「それはデジタル部ではなく、アナログ部の影響だ」と返すのが定番となっていたが、ソニーがCDマスタリングを行うデータをHDDからではなく半導体メモリから送って音が良くなったというCDを発売するに至り、影を潜めたようだ。 ネット時代になりネットを経由してデータが送られるようになると、AACとMP3ではバイオリンの弦のむせびなくような音がどう違うというような話が交わされる。数千円の携帯プレーヤで音楽を楽しむライフスタイルもあれば、その対極として限りなく原音に近い音を求め、200Vの電源線を引き、プレーヤを置く台は地面深く掘り下げた岩盤から土台を立ち上げ、スピーカもアンプもとことん追求する人もいる。デジタル時代になってオーディオはつまらなくなるどころか、むしろ混迷の度合いを深めていると言えそうだ。どこをいじっても音が変わるオーディオの世界。百人いれば百人のオーディオがある。答が無いから面白いのだ。もし興味があれば、ケーブルの交換あたりから遊んでみるのも一興である。 |
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CMの衰退を考える 数日前の朝日新聞を見ていたら、地上波テレビのCM効果が年々低下しているという記事が出ていた。テレビ番組を録画してから時間をずらして見たい時に見るスタイルが確立し、その際にはCMがスキップされる傾向も無視できないようだ。CMスキップは著作権法違反だと大見栄を切ったフジの日枝会長、何か言っては如何であろうか。 スポンサーにしては秒あたり数十万の金を出して効果が得られないのでは問題は深刻。どんなに無能でも40歳で年収2000万、著作権法も理解出来ない会長でも年収1億円が必要なテレビ会社にしてはそれこそ死活問題。という訳で、最近では一見してCMに見えないやり方(別の言い方をすれば番組と紛らわしいCMにしたり、番組中で製品をやたらと登場させたりする技法)も増えているという。だが、辛口子の見るところ、そもそもCMを見て買う製品を決める消費者ってそんなにいるのか、というのが素朴な疑問。 現代では製品情報を得る手段は多彩だ。特にインターネットの発達により多少の手間をかければ様々な製品情報を得られる時に、わざわざアホ芸人のバカ騒ぎと共に流れる製品情報を頭に入れる消費者がそんなに多いとは到底信じがたい。製品評価のサイトではヤラセが横行しているという指摘もあるが、ヤラセ情報は必ずヨイショをするものであるから、ネガティブファクターについては信用度が高い事を逆手にとって、製品を評価する事が出来る。メーカの手先がライバル会社の製品をコキ下ろすという可能性もあるが、バレた暁には自分が被害甚大になるのだからバカでもない限り、あからさまには出来ないだろう。 かくしてメーカ自作自演のCMに比べれば、格段に信頼度の高い情報を得られる時になって、CMが今だに大きな影響力を有しているという発想そのものがおかしいと言うべきなのだが、当該記事ではそこまでは言及してはいなかった。しかしながら、メーカにとってはCMで幾ら知名度を稼いでも不祥事一発でご破算という時代でもある。すなわちCMというビジネスモデルがとっくに限界にきていると見るべきなのであろう。 CMだけでは生きていけないと察し始めた地上波メディアの方も、とにかく情報を強引に流して消費者に押しつける事でアイドルを作成して関連ビジネスで儲けたり、映画に出資しその映画の宣伝をやたらと流す事で強引にヒット作にして金を吸い上げたりと経営の多角化を行っている。が、それが何時まで続くかは不透明である。CSの時代劇や日本映画の専門チャンネルが人気という。辛口子も最近、古い日本映画に目を通すようになってきたが、それを見ると今の映画が如何にスタッフも役者も大根になってきてるかを痛感する。高校生が文化祭で上映する作品の方がマシではないかと思えるような映画を、宣伝を流すだけでヒットさせてもリピータは来ないだろう。 日本のテレビ界はかような実態だが、世界を見ると寡占化が非常に進んでいる。正確には数えていないが、先進国メディアの資本関係を見るなら恐らくは数社程度の大資本が根幹を押さえているのではなかろうか。日本にもその波は容赦なく押し寄せるだろうが、テレビ界にそういう危機感があるとは思えない。もっとも、余りに内容が低いので相手方にとっては支配下に置く気もしないという可能性も無いでもない。 |
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イージス艦について修正と補足 下記に述べたイージス艦の記述に、結構ミスが散在している事に気づいたので、反省と共に修正をしたい。 まず、ハワイ沖でミサイル迎撃実験をしたのは、イージス艦の「こんごう」である。今回の「あたご」は進水して試験走行を兼ねた航海だったそうである。また、日本にあるイージス艦が4隻というのは過去の話であって、それにこの「あたご」は含まれていない。「あたご」は新型のイージス艦であり、旧来のものは「こんごう」「きりしま」「みょうこう」「ちょうかい」の4隻である。公式発表でこの4隻の建造費は1隻あたり1223億円とされている。本来は情報収集艦であるがミサイル搭載が可能なように改造中で、2008年以降、年1隻の割で配属されるそうだ。 で、この「あたご」はこの4隻より大型のイージス艦である。従来の護衛艦を置き換えるものだそうで、当初から長距離ミサイルやヘリコプターを搭載する設計になっている。同型艦は全部で2隻であって、もう1隻は「あしがら」。製造費用も「こんごう」より高く1隻あたり約1500億円とされる。要するにせっせと日本はミサイル防衛計画の下、軍事増強に邁進しているということだ。しかも今回のように、隠蔽体質ばかりでなく、防衛大臣が情報開示を求めてもウソを並べるという組織はそのままである。これで自民党の憲法草案が成立などしたら、軍事裁判所が設立されるから内輪だけで完璧に誤魔化す事も可能となる。 以上、お詫びして訂正する。 |
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前方不注意 イージス艦に衝突されて沈没した漁船の遺族に謝罪する為に向かっていた石破防衛大臣の車が交通事故を起こしているが、運転していた自衛官の前方不注意だったという。なんだかイージス艦と共通するものがあるのが皮肉である。 今回の事故はその後次々と自衛隊側に不都合な新事実が出てくる。レーダーの記録が取られて無かったというのも怪しげだが、いずれにしろ漁船などで混雑する海域を堂々と突き進んでいたのは明らかで、要するに「オレは天下のイージス艦さまだ。漁船ごときに転進など出来るか」とでも思っていたのではなかろうか。 この船、ハワイの方であのミサイル迎撃実験を行ってきた。マスコミは大成果のように報じたが、実は標的はあらかじめ決められた時間に決められた方向から飛ばされてきたもの。実際の戦争となったら、敵が「これからそっちへ撃ちますよ」と合図してくれるはずもないのだから、これは成果というより失敗したら大恥という話に過ぎない。それに標的が一発ならともかく、複数飛んできたら完全に未知数である。 マスコミ関係者の無知蒙昧ぶりは毎度の事だが、イージス艦の方もこの程度の事で増長するというのでは、プロの軍隊というよりは素人の寄せ集めに近いと言われても仕方ない。省への昇格、いささか早すぎたのではないか。 |
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防衛力 漁船と衝突して相手を沈めてしまったイージス艦「あたご」。どうやら状況から判断するに、海上視認を怠っていた可能性が高い。東京湾で衝突事故を起こした潜水艦があったが、こっちは海上を移動しているのだから弁護の余地は非常に狭い。インド洋で給油活動をしている艦では、最重要書類である筈の航海日誌が行方不明になった。その前は日本海で警戒中だった筈の同じくイージス艦「こんごう」が、北朝鮮によるミサイル実験を捕えられなかった。日本の防衛力の実力を垣間見る思いである。周辺諸国はさぞ安心している事であろう。 まあ、目の前をゆっくりと進む漁船もキャッチ出来ないのである。高速なミサイルが捕えられないのも道理と皮肉られても仕方なさそう。ちなみにイージス艦は一隻が約4000億円とも言われる(詳細は不明)。日本は4隻を保有する事になっている。そういえば日本上空を飛んでいる筈の情報収集衛星、確か国会答弁では「災害時にも使える」とか言っていた覚えがあるが、新潟地震などで何らかの情報を出してきたのであろうか。衛星打ち上げ費用の他、あれの管制システムだけで2000億円もかかっているそうだ。しかも地上解像度は1メートルというのだから、Google Earthより低い事になる。 |
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トップダウン予算方式 余った分は一般会計に回すという合意が出来たからであろう、国土交通省は道路関連予算総額59兆円を全部使い切るという予算案を示している。しかもあと10年は「暫定」にしてくれ、とも言っている。この問題は何時も本欄で紹介しているパックイン・ジャーナルではここ連続して取上げられているが、例によって地上波は物忘れが良いようで一時騒いだガソリン値下げという切り口もすっかり静かになり、餃子にばかり集中しているようだ。 言うまでもなく、この国土交通省の予算案は予算を全部使い切るという前提のものである。番組中でも言っていたが、だからこの予算案をちゃんと読んでみるとかなりいい加減(しかしややこしい)ものらしい。全く国民は生活困窮で値上げと増税の波状攻撃に合っているというのに、役人天国は相変わらずである。では何故、こういう事がまかり通るのであろうか。 言うまでもなく、第一に特別会計というおかしな制度の問題がある。国家の予算は国会で審議されて承認を受けるべきものなのだから、特別会計そのものの違法性が高い。最初にこの特別会計というものが作られた時、憲法違反ではないかという指摘が随分あったのだそうだ。野党も何だか与党の後追いばかりしてるような対応ではなく、いっそのこと裁判所に提訴するくらいの事は考えてはどうなのだろうか。まったく日本の野党は馴れ合いにしか見えない位に生ぬるい。 第二に、特別会計だから極めて不透明である。不透明だから甘い汁を吸い放題である。遊興具関係どころか国土交通省1万人の職員のうちおよそ8000人分の住居の建設にも使われていると明らかになった。そもそもおかしいのは、この「目的税」という概念ではないかと思う。「道路を使う人に使う金なのだから道路を使う人が金を出せ」という考え方なら、「生活保護費は貧乏世帯が出せ」となってしまうではないかと思いつけば、この発想のおかしな点は明白である。 国の名で集めたのなら当然ながら一般会計にすべきであるし、本当に必要な道路を造るというのなら、正々堂々と要求すれば良いのである。それが嫌だというのだから、思いっきり後ろめたい事をやっているに違いない。「この野球道具関連の2兆円って何ですか」とでも問われたら困るのであろう。これについては、財務省に全予算が一本化されると、恣意的な配分がされてしまう恐れがあるという指摘もあるが、現在でも先の広島基地問題で分かるように補助金の札束で横面をはたく程度の事はやっているのだから何を今更と言うべきだ。この問題は透明性の問題であって、だから特別会計が必要だというのは、議論としては本末転倒である。 第三にモラルの問題も忘れてはならない。要するに自分の金ではないから気前良くバラまけるのである。また、「自分らは選ばれたエリートであるから、この程度の役得は当然の権利である」という上級官僚の増長意識も避けては通れまい。彼らの目から見れば、恐らく道路財源の一般会計化は「40年近くに渡って育ててきた甘い汁の成る木をここで切り倒されでもしたら、長年尽力してきた先輩たちの努力が水泡に帰す」とでも見えるのであろう。これに対しては賢明な政治家を選ぶしかない。UFOの存在を信じたり、友人の友人がアルカイダであったり、鹿児島志布志冤罪事件は冤罪ではない、などと言うような頭の出来では到底賢い官僚には太刀打ち出来まい。 最後に、こういう増長意識の塊なのは上級官僚である事を指摘しておきたい。例えばあの年金5000万件の問題。年内に終わらなかったではないかという非難が多いが、それでも3000万件以上は擦り合わせが終わっているのだ。特に人員増強がされなかった事を考えれば、これは大変な結果と言うべきで現場は相当に頑張ったに違いない。だから社会保険庁は見逃して良いではないか、などと言う訳ではなく、現場の役人たちは真面目に職務に励んでいるのに対し、上級エリートがどうしようもない事を指摘したいのである(全部とは言わないが)。従って、これも何だか立ち切れの感がある、いわゆるキャリア制度というものにもメスを入れなくてはならない。 こうやって見て来るとこうした問題は非常に根が深く広い事が分かる。菌類は種類によっては数十キロという範囲に渡って一つの生物と見なせる程に広がると言うが、それに匹敵する生命力である。人類は数十年に一度は戦争でもして国を焦土にし、ご破算でやり直さなくては駄目なのではないか、などというシニカルな説に対しても、思わず頷きたくなってしまうほどだ。 |
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成人は18歳か 郵政解散で圧倒的多数を占めた小泉政権の余勢をかって、今やKYの代名詞で語られる安倍政権が国民投票法などを通してくれたお陰で、成人を現行の20歳から18歳にしなくてはいけないという議論が生まれた。そもそも何で国民投票法が18歳以上としたのかといえば、端的に言って「若いのは洗脳しやすい」からに他ならない。文句のあるスジは、郵政解散の時に「ゆかりタン」で若者層の投票率が大幅アップした事実を考えてもらいたい。このように動かぬ証拠があるのだ。 個人的見解だが、この国民投票法のように国家の将来に決定的影響を与える問題についてであるなら、資格年齢は18どころか30歳くらいにしても良いと考えているし、それが常識というものであろう。実際、参議院では候補となれるのが30歳である。古くから「30にして立つ」と言われるのは、30歳くらいになってようやく世の中の動きというものを把握できるようになるという意味である。一方で地上波テレビのバラエティなど見ていれば、30どころか50でも危ういような気がするのが現状だ。 従って、成人を18歳にするかどうかという議論は本質的に向きが逆と言うべきだ。国民投票法を即座に改定し、投票年齢を30歳以上にすべきなのである。欧米では18歳以上としている国がある、などという屁理屈をまかり通してはいけない。憲法改正論の時もドイツの憲法は何十回も改正してるなどという事を理由にするアホが雲霞(ウンカ)のように湧いてきたものだ。こういう奴らはトルコの憲法が憲法自身で改定を禁じている事(後日注:EU加盟などにより現在では国民投票などを経て改正可能)などおくびにも出さなかった(か或いは知らない)のである。 |
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ポルノ規制には常に裏がある 児童ポルノとやらを所持しているだけで罰則を科すべきだ、と法相が発言したそうである。自民党の女性議員の質問に答えての事だそうな。児童というのは18歳未満ではなかったかと思う。18歳なんて大人と大して変わらん体格である。写真を見てどうやって正確な年齢を知るのかも不明だが、何より問題なのは所持しているだけで罰則という事になると、所持という嫌疑をかければ好きなように家宅捜索出来る事に直結するからである。児童ポルノ所持の疑いがあると難癖を付け、実質的な思想統制が可能となってしまうのだ。一時問題となった痴漢冤罪事件。警察は拘留した容疑者の自宅を家宅捜索し、PLAYBOYでも出て来ようものなら「変態扱い」して糾弾したと冤罪被害者も証言している。 そもそも、ポルノと性犯罪との間に明確な因果関係はない。欧米の統計ではポルノを解禁するとむしろ性犯罪は減少したというデータの方が多いほどだ。特に児童ポルノのようなものは、性癖のある人間だからこそ興味を示すのであって、児童ポルノが児童性愛者を生んでいる訳ではないのである。ウソではない。例えば、マルキ・ド・サドの代表的作品である「ソドムの120日」は、孤立した城に当時の権力者が何人も集まり、全国から集めた美少年、美少女たちを使って果てしない性の狂宴を繰り広げるというものだが、当時、児童ポルノ写真などあった訳がないのだ。ちなみにサド文学に出てくる変態的性癖の持ち主は、聖職者、政治家、裁判官など社会の上層で威厳を見せびらかしているような面々であって、性的描写など昨今の腐女子文学の方が遙かに過激である事はあまり知られていない。だからこそ、性表現を大義名分として権力者達がサド文学を発禁扱いしたのである。このように古来より、性関連の規制は権力者によって、庶民弾圧の格好の大義名分とされてきた事をこの自民党議員は知っているのであろうか。 これについてはアメリカからの圧力もあるらしい。どこか後めたいモノがある奴に限ってこういう綺麗事を声高に叫ぶものであって、アメリカにはその手の趣味の持ち主が少なくないのか、と勘ぐりたくなるところだ。アメリカ軍が勝手に捕えたテロリスト容疑者をイラクのアズグレイブ刑務所内で虐待していた、という報道が世界を駆けめぐったのはつい先日の事であるが(ちなみに責任はあの写真に映っていた女性軍曹ただ一人に被せ、その軍曹もすぐに刑務所から出所している)、あれが氷山の一角であるなど明白であろう。捕えられた容疑者の中にはまだ思春期を迎えた頃の少女もいたそうで、当時、刑務所内に捕まっていたというイラク人の一人は「裸にしないで!」と叫ぶ少女の声を聞いた、とあるドキュメンタリーで証言している。アメリカ政府はインターネットや電話を礼状無しに常に傍受していると言われており、日本に対しても「犯罪の相談をしただけで逮捕出来るようにしろ」という圧力をかけているのだ。 このように、この問題はそもそも児童という定義に問題もあるし、明確な因果関係の無い事を引き合いに出して権力による弾圧の格好の口実にしようという魂胆も見える。辛口子はポルノをおおっぴらに売りまくれ、などと言うつもりはないが、少なくとも大人が所持する事までとやかく言うべきではないと考えている。江戸時代、幕府が吉原を作ったのは、一般庶民の婦女子が襲われるのを防ぐ為という大きな意味があった。太平洋戦争後、日本政府は占領軍の兵士向けに一種の公的な売春婦を募集したが、これも米兵に一般婦女子が襲われないようにという深謀遠慮によるものであった。こうした写真で欲求を発散する事により性犯罪はむしろ減少する事が、最初に書いた欧州の統計でもはっきりと示されているのも同じ理屈だ。人間に性的欲求がある事を忘れ、規制すれば良い、摘発すれば良い、逮捕すれば良いという単純思考が如何に的を外しているかは、教職や警察官のような常に良い子でいなくてはならない職業に、やたらと性犯罪が目立つという事実を見れば明らかである。強引に規制したところで、闇組織が喜ぶだけで写真のモデルとなる子供だって減りはしないだろう。生活費を稼ぐ為に子供を提供する親だっているし、米軍がテロリストを掃討している国々では親を失った子供が激増しているのが現実なのだ。 |
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字幕と差別 フジテレビ系列が放送しているドキュメンタリー「NONFIX」が、先日、聾者(聴覚障害者のこと)たちの声を取上げていた。それはDVDなどの日本語字幕に関する問題であった。外国映画の話ではない。日本映画、または日本のドラマの話である。彼らにとっては切実な問題であるという事は、ここまで書けば分かるだろう。実際、日本語字幕のついている和製映画またはテレビドラマシリーズの市販DVDは恐らく皆無ではないだろうか。何故かニュース番組の大盛りメニュー特集や、バラエティ仕立ての番組などだと、発言に字幕が丁寧に被ったりするのはどういう訳かは謎であるが。 翻って欧米の例を見てみる。米アマゾンなどからDVDを購入してみると、大抵英語の字幕かクローズド・キャプションがついている。それを表示してみると、その中に「電話の音」とか「雷鳴」というような文字列が現れる。つまり、聾者を意識しているのである。米国製のDVDに英語字幕が入っているのは、英語がネイティブではない移民が多いからだ、という話を良く聞くが、それは物事を一面しか捉えていないに過ぎないと良く分かるであろう。更に、米国で売られている日本のアニメなどでは、時として日本語字幕まで入っている例があって、いささか皮肉めいた印象を禁じ得ない。 さて日本である。面白いのは、最近、特に古い日本映画などを見ていると、「現代ではそぐわない表現がありますが、制作当時の社会情勢を鑑み・・・」というようなテロップはちゃんと出てくる事だ。そぐわない表現とは言うまでもなく、あの差別用語の事である。しかしながら盲(めくら)とか唖(おし)とかいうあの単語をやり玉に挙げた連中が、こういう問題を取上げたという話を聞いた事がない。つまり、奴らはただの目立ちたがり屋だったに過ぎず、障害者を足踏みにして点数稼ぎをしていたに他ならないということである。言葉狩りがいかに馬鹿げたものであったかが分かるというものだ。 最近では、この盲や唖という単語が辞書やかな漢字変換からも消えている例が少なくない。ゲームソフトのチャット機能では、そういう単語を入れると自動的に空白にしてしまうものすらある(どうぶつの森がそうらしい)。それで差別が無くなったかといえば減ってすらいないのが現実だろう。米国のドキュメンタリーを見ていると、あちらでは普通に「インディアン」と言っているし、イヌイット族と言う事が多いのは確かだが、「エスキモー」も同様だ。本欄で何度も書いてきた事だが、言葉が差別を生むのではない。差別があるからその目的に単語が使われるのだ。それを消した所で他の単語が使われるだけだろう。いい加減、この問題から学ぶべき時が来ているのではないか。 |
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