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火事場泥棒 中国産冷凍餃子事件をはじめ、雪印の牛乳や牛肉偽装、吉兆などの連発で食の安全を求める声が高まっている。ところで、この食の安全をしっかりと徹底するという名目の下、不可解な政策が見えない所で進んでいるらしい。これはニッカンスポーツの社会面に書かれていた事なのだが、豆腐に入れるニガリを扱うのに取扱者資格を必要とする事となったのだという。ところが、その資格を取る為には東京で延べ35日間に及ぶ講習会を受けなくては駄目で、参加費用は35万円。宿泊費や交通費はもちろん別である。 豆腐などに使われるニガリは主に海水などから採取されるのだそうだが、当然ながら綺麗な海水が必須だから地方の零細な業者が多く、こんな金と時間を取らされたら死活問題で恐らくは廃業が続発、高級豆腐の味が保てなくなるのではないかと危惧されているのだ。ニガリそのものは塩化マグネシウムなどであって有毒物質でも何でもなく、化粧品や健康飲料に使われる例もあるらしい。つまりフグの毒などとは全く違う話だということである。 ここまで述べればこの裏に何があるかは明白だろう。突然出て来たこの話。一つは言うまでもなくこうした資格を管轄する天下り用受け皿団体が目的であると考えられる。零細業者の払う35万円は天下り役人の手元に転がり込むという仕掛けだ。もう一つ考えられているのが、工業製品(つまり合成薬品)としてニガリ成分を作っているメーカあたりが、うっとおしい零細業者を潰しにかかったのではないかというもの。いずれにしろ、食品安全問題のどさくさに便乗して、おのれらの権益拡大に走ったものであるには違いなく(消費者の安全の為とはどこを見ても考えられない)、実に油断も隙もない話なのである。食肉偽装のミートホープですら、こいつらに比べると可愛く見えてこないだろうか。 それにしても、最近の官僚というものは実に質が低下している。耐震偽装が問題になった事を受け、建築申請のチェックを厳格化したのはいいが、これが大型ビルならともかく一般住宅についても適用された結果、エアコンのメーカを変えただけでまた1から書類を提出し直さなくてはいけなくなって住宅着工件数が激減、左官屋は悲鳴を上げ、家電製品特に白物は大打撃を受け、非難ごうごうになってようやく審査基準を見直すこととなったという。こんな事を、決める前に気がつかなかったのかと誰もが思うだろうが、このニガリのように自らの権益拡大の機会となると、今度はやたらと鼻が効いて智恵が回る。言い換えれば自分に関係ないものは知った事ではないが、エサには真っ先に食いつくという訳で、まるで下等動物の生態を記述しているような気になってくるのである。 |
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良い子だからこそ たまたまであろうが立て続けに起きた雑踏で包丁を振り回して7人を死傷させた事件と、電車のホームから誰でも良かったと突き落とした事件。いずれも少年犯罪である。後者は18歳で前者は17歳。何かと話題の「児童」という年齢層だ。いずれも大人しい、成績が良い、やさしい、礼儀正しいなどの評判があった子のようで、例によってお馴染みの「何であんな子が」というフレーズが新聞紙面にも出てくる。だが、本欄で常に指摘してきたように、『だからこそ』なのだという論評は見当たらない。 理屈は極めて簡単だ。思い通りに行かなかった場合の我慢を誰も教えていなかったのである。ホーム突き落としの少年を例にとると、在学中は成績も上位であったが、希望であった進学が家庭の事情で断念せざるを得なかったというから、まさにそれであろう。【それが駄目になった場合の対処方法】が無かったのである。あとはバグのあるプログラムと同じで暴走するだけだ。 入試勉強の常識を問い直したベストセラーコミックス「ドラゴン桜」にも、似たような話が出てくる。自分で考えて判断しろと教師が懸命に教えるシーンである。親に敷かれたレールの上を走っているうちはいいが、いずれレールは終わる。その時いきなり放り出すのが、今の教育システムだとその教師は解く。だから自分で考え、判断しろというのである。今回のケースで、恐らくこの少年らは、親の言う通りにしていれば間違いない、という育ち方をしてきたに違いない。成績を上げ、良い子を貫き、いざ進学しようとしたら途端に駄目となった。全てが裏切られたという感になったであろう事は容易に想像できる。 この18歳の少年は、取調べに対しても特に悪い事をしたとは思っていないと述べ、自分は神であるというメール記録を残している。今まで信じてきた物が一瞬にしてご破算になった場合、自分を絶対神聖化して周囲のものをゴミと決めつけるのが(自分が間違っているという可能性を否定した場合には)唯一の解決方法だからであろう。この問題の原点は、要するに「耳に痛い事を言わない」風潮にとどめを刺す。差別用語もその範疇に入るだろう。授業中に教室内を徘徊する生徒に病名を与えて正当化した、どっかの医者とやらは今回の現象について何か説明してみたらどうだ。口先だけで綺麗事を並べるだけでは、こうした犠牲者がこれからも増えるだろう。その意味ではこの少年の親も犠牲者と言えるかもしれない。 だが言うまでもなく、最大の犠牲者はたまたまその場に居合わせただけで死ななくてはならなかった、善良な市民であろう。こうした犯罪の場合、恐らく「心神喪失によって罪を問えない」というあの決まり文句が出て来るに違いない。死に損である。善良な市民に対しては冤罪をでっち上げてでも刑務所に放り込む司法は、その一方で身勝手な人殺しに対しては極めて寛容なのである。心神喪失で罪を問えないというなら、即刻この世から抹殺するのが「次の犠牲者を防ぐ」もっとも合理的な方法であろうに、法医学者は犯罪者の方の人権に重きを置くのである。大体この心神喪失っていう考え方を持ち出す論拠が辛口子には分からない。人を殺す時の心理状態など、一般的に正常でないに決まっているではないか。 |
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児童ポルノと禁酒法 どっかの女性議員がしつこく質問したとかで、児童ポルノ禁止法を推進するグループとかいうのがうごめいているそうである。先日、新聞を見ていたら(確か読売の夕刊だったと思う)その決起集会とやらが掲載されていた。折角だから読んでみた。こういう事をギャアギャア言うのは、恐らくミスコンは差別だとわめき続けたオバタリアンの群れと同じではないかと思っていたが、まあその通りだという印象を強く持った次第である。以下、それを示そう。 記事を読んでてまず呆れたのが、「事例の発表」である。ある投書が紹介されたそうで、その主は子供の頃性的暴行を受け、その写真がネットに流れ、大学生になった今でも恋愛も満足に出来ないというものであった。会場のあちこちからは同情の声が上がったらしいが、ちょっと待て。それじゃ、19歳以降になってから性的暴行を受けネットに写真が流れるのは問題ないのか? そんな事はあるまい。つまり、現行法で何も問題なく対処出来る話なのである。すなわち、これは「初めに結論ありきの屁理屈」に他ならない。悪徳商法の勧誘手法と全く同じだ。 次に出ていた別の事例は、幼女誘拐殺人で逮捕された犯人が、携帯電話に子供の裸の写真を沢山集めていたというのであった。これも噴飯モノである。AならばBであるという事が、BならばAである事を必ずしも意味しないという、論理学のイロハも理解出来ていない事を証明しているからだ。これは中学校で習う事であり、要するにこうした関係者の頭が多めに見積もっても、中学生レベル以下の知能程度だという事を示している。 更に話を読んでいると、そもそもこうした連中はポルノと裸の区別もつけることが出来ずにごっちゃに述べている事から、常識すら欠如しているとしか考えられない。裸の写真はおろか、大人が子供の格好をしてもいけない、子供だと思わせるような姿格好の絵を描いてもいけないというのだから、自分らが何を言ってるかすら分かっていないのであろう。それについては、キリスト教宗教画に出てくるキューピッドのイメージこそ、まさに「子供の裸」ではないかと指摘しておきたい。絵すらいけないというのなら、まずは世界にある全ての宗教画から、キューピッドの部分を黒く塗りつぶす運動こそ始めるべきであろう。当然、そんな事は出来ないに違いない。こうした連中が、権威に対してはヘイコラするだけの下等人種の集まりに他ならないからである。一応、この問題に関しては宗教画に出てくるのは神だから裸でもいいのだ、という理屈があるのだそうだ。それなら全ての絵を描く時に「これは神である」と注釈を入れれば済む話となろう。最初から論理が破綻しているのだ。 欧米からの圧力もあるらしいが、要するに欧米で声を上げている連中もそんなレベルだということに他ならない。欧米だから正しいというのなら、単なるコンプレックスで帰結しよう。そして最も問題なのは、所持しているだけで有罪にしろというこの愚か極まりない主張である。敢えて愚かと言う。何故か。答は簡単だ。持っているかどうかは家宅捜索をしなくては分からない。つまり、「あいつは持っている」とチクるだけでその人間は家宅捜索を受けるハメになるからである。実際に児童ポルノとやらが出て来るかどうかは問題ではない。権力の側に格好の弾圧手段を与えてしまうに他ならない点こそ問題なのであり、その事すら気づいていないから紛れもなく愚かであり、言い換えるならバカそのものなのである。現在ですら、冤罪の報道が後を絶たない。ところが一部の悪趣味を糾弾する為に、全国民が弾圧されても構わないというのだから、彼らの本来の目的が人権擁護などではなく、単に自分らは正義の味方だと声を張り上げて目立ちたいだけだということが分かるのである。 そして、最後にこの構図。すなわち、○○が人間を堕落させるから禁止すべきだ、という理屈がどういう結果をもたらすかを、あの「禁酒法」が完璧に証明しているというのに、その愚を繰り返しているのが根本的な問題だとここで指摘しておきたい。禁酒法も唱えたのは、PTAなどの「自称知能程度の高い」人達、特に女性活動家や女性議員などであった。今回、児童ポルノ児童ポルノとギャアギャア叫んでいるのは国会議員だとか元アイドル歌手のように、本質的に良く似た顔ぶれである事に異論はあるまい。そして、こうした連中の知能程度が高いどころか逆である事は上で証明したとおりである。即ち最も規制すべき対象こそ、このように自分を賢いと勘違いしているバカの群れなのだ。 こんな愚法律を制定したら、間違いなく「相場」は上がるだろう。喜ぶのはシンジケートである。実態は地下に潜って追跡する事すら困難になる。相場が跳ね上がれば、誘拐してでも子供を手に入れようとする動きも活発になるだろう。児童福祉法が成立し、子供の写真集すらまともに出せなくなった途端に、闇ルートが盛んになったと言われている。かつて普通に出版されていた写真集などの古本の相場は一桁跳ね上がったらしい。間違いなくサブプライムなどより遙かに安全で、石油などより遙かに高い利回りの見込める優良ビジネスとなっているのである。 |
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Discpainter アメリカで開かれたMacExpoの映像ニュースを見ていて、ふっと目に止まったのが表題にあるこの装置。実は、DVDやCDのラベルプリンタである。機能そのものなら他にも商品はあるが(大抵はプリンタに付加機能として)、この製品は違いの分かるユーザをターゲットにしている。仕組みが違うのである。従来のプリンタはヘッドが水平方向に印字をしていくものだったが、このDiscpainterはディスクを回転させ、それをじわじわと動かして行く事で印字を行う。つまりヘッドそのものは固定である。 丁度、サンダーバード(テレビ版)で格納庫が動いて飛行機が現れるような、言うなれば逆転の発想。これは面白いとばかりにさっそく手に入らないか調べてみた。ところが、日本では全く売られていないばかりか、海外の通販サイトでも「日本には送れない」というところばかり。散々調べ、ようやく売ってくれる所を見つけて購入したのだが、そのいきさつと製品レビューをこちらにアップしたので、興味のある方は御覧いただきたい。それにしても、何でこういう面白い製品を日本というのはキャッチしないのであろうか。下に紹介したゴミにもならないような仕掛けより、余程売れるであろうに。 |
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モバホ どこかの大統領候補に絡んだ話ではない。最近、およそセンスのかけらもないCMが流れているモバHOとかいう単語の話である。第一弾は紙袋を頭から被ったレースクイーン風の出で立ちをした女3人が自転車で人気のない繁華街をゆっくり走るもの。第二弾はどこかの画像投稿サイトをそっくり模擬したそのギャルらの出勤風景らしきもの。凄いセンスである。CMの技法には色々とあって、一見訳の分からないものを提示して関心を引かせるというものもあるが、これを見て感心するとしたら関係者の知能ゼロと厚顔無恥ぶりしかない。普通、こんなものを作ったら恥ずかしくて街を歩けないであろうからだ。だが何故こんなものを作るのだろうか。 本来はこのCM、主目的は最後にちょこっと現れる携帯テレビのようなものなのである。この機械がモバHOという訳だ。ではこのモバHOって何だ、と思って調べてみた。まあ、この意味ではCMの目的である「関心を引く」という役割は果たしたのかもしれないのだが、その実態を知ってまたも唖然自失である。要するに携帯型の衛星放送受信機であったのだ。ただし、幾ら端末が小さくても大きなお椀型アンテナを一緒に運ぶのでは意味はない。そこでこれ専用に低い周波数帯を割当て、衛星のアンテナ利得も稼ぐようにして狭い範囲に電波を集中させる事で、携帯型端末での受信を可能にしているという仕掛けであった。(だから大都市圏でしか使えないらしい) とはいえ、肝心なのは技術的な仕掛けではなくコンテンツ。その中身であるがおよそ貧弱としか言いようがない。何といっても、帯域の関係で多くの情報量は送れないのだ。よって殆どが音声放送であり、映像チャンネルは8本しかない。映像の内訳はニュースが2本、競馬が1本、スカパーからアニメ・映画・ニュースが5本というところ。音声チャンネルは音楽だけと言っても良い。わざわざ外で持ち運んで見る為と言うにはおよそ食指の動かない仕組みだが、もっと驚いたのは何と2004年からサービスを行っていると知った時だった。 で、そのモバHOが何故今、CMなのか。それは4月からいわゆる地上デジタル放送がワンセグに独自コンテンツを流せるようになるのに合わせ、発売された地デジ対応の新端末を宣伝する為の活動であったのである。そもそもこういうビジネスとして考えた時に首を傾げたくなる仕掛けは間違いなく、最初っから天下りの受け皿が本来の目的であったのは疑いの余地の無いところであるが、最近は税金の使途について世論が厳しくなり、それへの対策も兼ねた戦略と見れば何となく全体像がつかめてくる。元々、本気でやるつもりなど無いからこそ、ああいうCMとなってそれが現れるという訳だ。 さて、それではこの新しいモバHO、売れるのであろうか。断言しても良いが答はNOである。何故なら、有料契約をしないと地デジ放送が映らない仕掛けになっているのだそうだからだ。元々、このシステムは有料のシステムであるのだが、追加された地デジ機能を使うにも有料だというのである。このあたりにも、本気でビジネスとして成立させようなどという気はさらさら無い事が伺えるが(端末をバラまいてでも市場を作ろうという考えなど全く見えない)、本来のコンテンツに魅力はなく、しかも地デジを見たければ携帯でも可能という現状を見れば、誰が金払って契約するのであろうかという事くらい、小学生でも解る話だ。かくして、衛星の打ち上げ、維持、天下りの給料、新端末の開発費用、販売費用、CM制作費用、放送費用などという形で、より一層税金が使われていくプロセスの一端というのが、調べた結果得られた結論なのであった。なおこの税金、ギャンブル絡みに違いない。競馬専用チャンネルがあるからである。 |
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なぜ400億円なのか 醜いまでの責任転嫁と自己保身が見え見えの石原都知事。自分が吠えて鳴り物入りで作らせた新銀行東京の破綻の責任は経営陣だと言い張っているのは、報道されているとおり。このパターン、沽券第一で保身に走った人間のやる定番であって、国土交通省が何としても道路関係の税金を無駄使いしているのは道路公団や業者だと言い逃れようとするのと同じである。 それにしても、先日の報道によると本来中小企業を助ける筈のこの銀行、実際にそうした融資をしたという実績は、融資全体の1%程度に過ぎなかったというのだから、では残りの99%が何処へ消えたのかという事になるだろう。答は容易に想像がつく。身内か暴力団系が名目を作って借りて逃げたのである。大体、まっとうな銀行が融資をしない所に金を貸すというのがこの新銀行である。まっとうな借り手など殆ど居る訳のない事は、最初っから指摘されていたのである。 以前、政府が中小企業支援策と言って10万円の緊急融資というのをした事がある。この時も訳の分からない団体や実態のない企業への貸し付けが続々と明らかになり、問題となった。ある民放の報道番組がそれを追いかけていたが、実際にそうした融資を担当していたという人物が最後に洩らしたのが「ノルマだったので」の一言である。今回も同じ轍を踏んだのであろう事に想像が難くない。貸し出しノルマが実際にあった事は旧経営陣がバラしているし、そうなれば現場としては何が何でも機械的に貸し出さなくてはならない。賢い暴力団系がそれを見逃す筈もなく、休眠会社の名前を使うなど手を変え品を変え金だけ受け取ってすぐにそんな会社は消え去ったのであろう。無論、新銀行東京の役員関係者もいたに相違ない。しかしそれは新銀行を作れと命じたオレとは関係ねえ、と石原都知事は言っている訳である。 さて、既にボケが始まっているのではないかと思えるほどに「都合の悪い事は忘れる」知事の話はともかく、現実に1000億円の焦げ付きを出している銀行に何故400億円の追加出資をしなくてはならないのか(念のため、これは都知事のポケットマネーではない。都民の税金である)。答はあと3年持たす為であろう。何故なら石原都知事の任期があと3年あるからである。自己資本比率など財務上の問題という理由もあるが、そもそも貸した先が上に書いたようにいい加減なのだから、追加融資などで経営再建が成る筈がない。従って本来なら清算するのが最もダメージを小さくする唯一の方策であるが、そうなれば都知事の責任は免れない。よって真の理由はこれしかありえないのである。追加融資で焦げ付きが最終的に1400億円になるとしても、それが3年後ならその間シラを切り続け、それが過ぎたら知事を退任してあとは知らん顔をすることが出来るという訳だ。 東京都の抱える赤字は4000億円とも言われる。石原知事はこの新銀行東京で見事に的を外しただけではなく、例の銀行に対する外形標準課税を試みようとして裁判で敗訴、集めた税金に利子を付けて返却するという失態もおかしている。この利子も当然ながら都民の納めた税金である。都内への車流入台数を制限するなどという大言壮語もどこへともなく消えた。そもそも2007年の都知事選で大差当選させたのが間違いであったのだ。あの時点で既に言う事が怪しくなっていた。持ち上げたメディアにも責任の一端が無かったとは言えまい。 |
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聾学校 静岡県の教育委員会が、「聾学校」を「聴覚特別支援学校」へ改名しようとしたところ、当の聾者たちから反対の声が上がり、関係者が右往左往していると朝日新聞が報じている。背景には学校教育法という法律が改正され、いわゆる聾唖者、盲者らの為の学校をまとめて特別支援学校とした事情があるそうだが、実際には格好付けたがり屋の点数稼ぎというのが真相だろう。なにせ、当の文部科学省が聾という文字を残すのは構わないと通達しているにも関わらず、静岡県教育委員会特別支援教育課、名倉課長が「一般に聾という言葉には差別的ニュアンスがあり」と取材に答えているからだ。大体、「聴覚特別支援学校」という如何にも親切の押しつけがましい名称が、その本質を象徴しているではないか。 傑作なのは、当の聾者たちが「自分たちの誇りがこの聾という言葉にこもっている」と反対を表明していることであろう。当事者とは全く関係のないところで、聴覚万全のこの課長とやらがこういう事を言うのは、本欄で常に指摘しているように「どうだ、俺さまはこのように弱者を助ける正義の味方なんだぞ」と威張りたい意識がその裏にあるからに他ならない。即ち、この発言がこういう課長のような奴こそ、差別意識の塊である事の動かぬ証拠なのである。 こうした形で、差別される側だと勝手に決めつけられている人達が声を上げてくれるのは大変に良いことである。ミスコンは差別だとぎゃあぎゃあ五月蠅(うるさ)かったオバタリアンの群れは、女子高生に「見た目で差別するなと言うあんたらが、何で化粧してブランド品のバッグ下げてるのよ」と言われて、一瞬にして消滅した。今回の記事でこの課長のような単細胞が少しでも頭を使うようになるなら、もっと世の中の風通しは良くなるだろう。 もっとも、こうした形で記事が出て問題点の根幹が明白になるのも、この課長のような、自称正義の味方が出しゃばってくれるお陰である。シー・シェパードとかいう自称正義の味方団体も、日本の調査捕鯨船に薬品瓶を投げ込んだり、不法に乗り込んで乱暴狼藉を働いたりしてくれ、お陰でこうした捕鯨反対運動をしている連中が、如何に幼稚で下等な精神構造の持ち主なのかを世界に向けてPRしてもらえた。犬のシェパードも喝采の吠え声を上げているに違いない。 |
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道路はどこまで必要か 道路特定財源の話になると、決まって出てくるのが「地方ではまだまだ道路が足りない」という声だ。5日のNHK、クローズアップ現代がこの道路特定財源の話であったが、その中に出て来たその地方というのは鹿児島県の南さつま市。紹介されたのは、山に向かってくねくねと登る細い道の幾つかである。そこの市長いわく「御覧のとおり。これでは消防車も上がれない。高齢化が進む現在、市民生活にも支障が出ている」とのこと。 確かにごもっともである。だが、ここで不思議になることがある。道路特定財源が誕生してからもう50年以上になる。その間、一体この町は何故道路を造らなかったのか、ということだ。50年かかって造れなかったものが、それじゃ暫定税率を10年延長したら整備出来るとでもいうのだろうか。どうも彼らは自分で主張している内容の矛盾に気づいてすらいないようだ。 かつてモータリゼーション社会が到来すると言われたのは、やはり50年も前のこと。その当時から「都会の渋滞を解消するには、ビルを高く持ち上げて地面を全部道路にしても足りない」という指摘があった。それじゃ、この地方都市は民家を軒並み超高床式にして地面を全部道路にするまで道を造り続けるとでも言うのであろうか。馬鹿らしいではないか。 そもそも、本当に必要な道路であるなら、正々堂々と予算請求すればいいのだ。一般会計だからと言ってそれが出来ない訳がない。それが出来ないというのは、要するに特別会計というどんぶり勘定をすることで甘い汁を吸っているからに他ならない。その実態の一端は連日報道されているとおり、オペラ劇場を作った、国土交通省の職員住宅を建てた、職員の職場旅行費用に当てたなど、続々と出て来ているが、こんなものの金額はたかが知れている。国土交通省は今後10年で59兆円を使うのだと豪語しているが、その2割をかすめたらそれはざっと12兆円にもなるからだ。 ここで2割というのには根拠がある。大体、この程度が無駄遣いの相場らしいからだ。長野県に田中知事が就任し、公共事業を公平な入札に切り換えたら費用が2割も減ったという事実がその裏付けである。12兆円という金額であれば、12万人が毎日1万円ずつ使っても10000日、即ち30年も使えるのだ。別の言い方をするなら、1日1万円という事は月に直すと30万であるから、36万人の天下りに月給30万を払って10年間使える額という事である。やめられないであろう。 ところで、そもそもこの特定財源という考え方。ここにこそ本当はメスが入れられなくてはならないのである。道路を使う人の為に使う金だから道路を使う人から集めるのだ、という論理で考えるなら、生活保護費は貧しい世帯で分担しろ、という事になりかねないではないか。この点だけで見ても彼らの論理は破綻している。異なる目的の間で金を融通するからこそ予算というものがあるのだ。でないなら、そもそも予算などというモノは必要ない。 また、憲法の83条には「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて、これを行使しなくてはならない」とあり、省庁が独自に金を集めてそれを使う事はこの条文に抵触或いは違反する可能性も少なくない。この道路特定財源は、そもそも田中角栄が金権政治体制を作る為に強引に作り出したシステムだ。金権政治は金丸の死去によって終焉を迎えたのだが、まだこうした田中角栄の負の遺産が残っていることになる。いい加減、清算してもいいころだろう。 |
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ここまで落ちた腐敗官僚の質 3日の深夜、テレ朝系のドキュメンタリーが高知で起きた交通事故を巡り、高知県警が証拠を捏造、裁判所も警察とタッグを組んで、民間人に一方的に罪を被せようとしている話を放送していた。被告は生徒送迎バスの運転手。平素から丁寧な運転で評判の良いドライバーだったが、ある交差点で対向車を待っていた所に横から白バイが突っこみ、白バイ運転手は即死、バスの運転手が安全を確認せずに道路に飛び出したとして逮捕されたのである。 裁判での審理は一連の冤罪事件を上回る茶番だったようだ。警察の示した証拠写真(不可思議なブレーキ痕が写っている)、たまたま反対側を通過しようとしていた別白バイの運転手の証言は採用され、衝突した白バイが事故直前、勢いよく加速していったという白バイの後を走行していたトラックの証言、バスに乗っていた生徒の「バスは止まっていた」という証言、たまたま現場に居合わせた人の「勢いよく何かが突っこんだという認識で、白バイかすら解らないくらいの勢いだった」という証言などは全て信用性が薄いと却下されたのである。 事故調査人や弁護士、支援者などの尽力で警察の示した証拠写真が影の向きなどから考えて極めて不自然であるし、バスが当該個所で仮に急ブレーキをかけていたとしても、警察が示したようなブレーキ痕など有り得ない事などが立証されたのだが、驚くべきは控訴した高裁の判断だった。「地裁で既に充分審理されている」と言ってこうした証拠を取上げる事もせず、僅か30分で控訴棄却を言い渡したのである。(まさか裁判の迅速化を目指した訳じゃあるまい) この事件は放送された内容だけでは本質が見えて来ないが、恐らくは衝突死した白バイの運転手(報道では氏名不詳)が地元有力者の子息であったとか、高知県警のトップに退職間際な人がいて不祥事が起きたら困るであろうとか、そういう話がきっとあるに違いない。高知警察のトップから末端に至るまでが一切の取材に応じないという徹底ぶりや裁判所すら押さえている事からみて、仮に有力者だとしたら大臣クラスの人物に関わる話という可能性もある。 さて、このバス運転手は現在、最高裁に高裁判決の差し戻しを請求しているが、認められる確率は人気最高の公団住宅に当選するよりも遙かに低く2000分の1程度。却下されれば刑務所に入らなくてはならない。だが、この悲惨な事件の話を聞いていてもう一つ感じるのは、捏造があまりに幼稚になってきていることだ。しかもそれとグルになっている裁判所もやり口があまりに単純であり、これではマフィアの血の掟の方がよほど公正だと思えてくるほどなのである。法的には検察側は自分に都合の良い証拠だけを出せばいいのだが、弁護側の証拠は全て棄却というのは裁判所のあり方すら問われかねないのに、それを堂々とやってのけたのだから、厚顔無恥というより頭脳麻痺ではないかとすら考えたくなる。 国会で揉めている道路特定財源。国土交通省側はこの40年近く続けている「暫定」をあと10年続けたいと堂々と主張しているが、これまで何度も行われてきた延長は2年や1年のスパンであった事を考えると、最初っから「値切られる事を想定して高くふっかけている」のは誰の目にも見え見えだろう。問題は、この思いっきり見え透いた事を臆面もなくやってくる点である。かつての官僚と言えば、もっと巧妙にコトを進めていたように思う。巧みにオブラートで包むように本質を見えなくし、気がついたらうまくハメられていた事が解るような仕掛けを作ってきたものだ。それが良い事か悪い事かはともかくとして、かような具合に頭を使ってきたのが彼ら官僚という連中だった。 ところが、この頃の公務員が絡む不祥事になるとここで示してきたように、呆れるまでにやり方が単純化しつつあるという思いを強くせざるをえない。痴漢問題に代表される捏造事件はかなり数多く報道されたが、実は交通事故調査でも警察の立証が極めていい加減であるという話が頻繁に聞かれるようになっている。一方的に加害者の話だけを列挙し(特に被害者が死んでいる場合)、警察自身が撮影した現場の事故写真とすら矛盾する事故報告書を平気で作成するのだそうだ(ちなみに被害者の過失とされると保険金がおりなくなる)。小学生が裁判ごっこをやったって、もう少しはうまくコトを進めるだろうと思うような審理を堂々とする裁判所などと合わせて考えると、とにかくそのやり方の幼稚化が目立つような気がする。NHKのクローズアップ現代が去年放送した、近頃の大学卒業生の質が低下している話がなかなか衝撃的(なにせ番組に出て来たある大学生の卒論というのが、のたくったひらがなばかりのものだった)であったが、こちらの方でももしかして「ゆとり教育」の成果が着実に現れてきているのであろうか。ということは「あたご」の乗組員も、などと想像の世界は広がるのであった。 ところで公務員と言われる人達はその殆どが真面目に仕事をしているのだと思う。一部の上級官僚にどうしようもないのがいるのだ。特に警察は階級社会である為、上に腐ったのがいたら現場ではどうしようもない。そういった場合のチェック機能が無いのが最大の問題であろう。本来、検察は警察をチェックする機能も有しているのだが、実際には二人三脚してるとも言われている。しかしながらその話ばかり続けても暗くなる一方なので、次回は真剣に職務に励む公務員の為に彼らの話も取り上げてみたい。 |
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イジメは大人の本懐か 4日のNHK「クローズアップ現代」は、増え続ける大人社会のイジメについての特集だった。番組で示されたグラフによると、平成14年から18年までで統計に出てくる職場でのイジメ相談が4倍近くにまで増えているという。番組中で示されたある実例を見ると、派遣としてある会社に経理として勤めていたOLが、職場の古参派遣社員である50代の女性から嫌がらせを受けたというのが典型と思う。職場には派遣社員が全部で7人いるが、残りの5人もその古参に付き、新人のOLは完全にシカトされたというのである。 番組では会社の対応だとか法律論など色々と述べていたが、メカニズムは極めて単純である。要するにこの古参派遣社員の保身に他ならない。自分より若くて有能なのがバリバリと成果を出し始めたら、真っ先に危なくなる(派遣を切られる)のは自分だからである。既にその職場で「影のドン」としての地位を確立しているその古参派遣社員に楯突く事の出来る派遣社員はいなかったという事でもある。よって一番後から入ったこのOLが孤立無援になったという訳だ。 この古参のオバさんは別に冷静に計算をした訳ではないであろう。いわば本能的に危険を察したのである。「何故イジメをした」と問い詰めても、恐らく当人にも本当の理由は分からないに違いない。本欄では何度も書いて来た事だが、これは人間の無意識が持つ本質的機能だからである。意識の外なのだ。そのコミュニティで自分の地位が落ちるのは誰だって嫌なのだが、それは本能的な人間の持つ特性である。自分のポジションを上げようという本能的なモチベーションがあるからこそ人間は進歩をしてきたのだが、逆にそうしたメカニズムが負の側面を見せると誰かに目を付けて引きずり下ろすという形で現れる。そうすれば自分が最下位にはならずに済むからで、それがイジメや差別のメカニズムである。 番組中で述べられていた事項は多いが、実際にそうしたイジメで社員の勤労効率が落ちる事は会社にとっても大きなマイナスである。また、会社には快適な職場環境を極力実現する義務があり、見て見ぬふりをする事は法的にも不利な立場となるし、対外的なイメージも悪くなることから、最近ではようやく本腰を入れて対策に取り組む会社も増えてきているそうだ。だが、その対策を見ると「イジメをしない」というポスターを貼るとか、相談窓口や目安箱を置くというものが殆どで、言わばハエの発生場所を突き止めないでハエ取り紙を沢山置くようなものであるのが現状のようだ。 さて、この平成14年というのは小泉政権が誕生した翌年である。小泉政権によって日本の職場環境は大変動に晒された。終身雇用制度の崩壊である。派遣社員が事実上殆どの職業に認められ、会社では正規社員と派遣社員との階層構造が出来上がった訳だが、このように派遣社員の中にも階層構造が生まれているのだ。こうした環境で己の身を守ろうとするなら、誰かを蹴落とすしかないのは理の当然。つまり、終身雇用の下でも職場内のイジメはあったが、それらとは大きく違う形でのイジメが増える土壌が作られたという事なのである。前述の古参派遣社員も自分の身分が定年まで安泰であったら、こういう行動を取ったかは疑問である。派遣業の適用範囲を大幅に拡げた一方で、セーフティネットの方はなおざりにされた事が、いわゆるネットカフェ難民という貧困層を作り出したのはテレビでも報じられているが、こうした形での難民ではない言わば「敗者」をも作り出しているということなのだ。竹中を始めとする改革派は、これはまだ改革が足りないからだと性懲りもなく言っているらしい。 ところで番組中で語られていた事に、感情を抑える職業にこうした問題が多いという話があった。教師、看護婦、警察官など要するに「何時も良い子でいなくてはならない」仕事である。これはまさにストレスを吐き出す場が無いからという事だろう。痴漢報道にやたらと教師や警官が出てくるのはその為だと辛口子は考えているが、もう一つ、こうした問題は欧米でも深刻になっているのだそうだ。本欄でこれも指摘してきた事だが、辛口子はこうした問題の背景には所謂差別用語などの「言葉狩り」が影響していると思っている。汚い言葉で悪態をつく事が、そうしたストレスに対する安全弁となってきたからである。無論、誰かに面と向かってそういう事を言ってはいけないだろうが、例えばどこか一人になった時とか「同志の集まり」のような閉じた場でそういう事を叫んで思いっきり発散する事を考えれば、その効果は想像出来よう。ところが、そうした言葉を禁じられ、或いは知らずに成長して来た場合にはそうした形での発散の場が失われる事となり、安全弁の無い圧力釜のように感情が爆発してしまうのである。いわゆる「いきなりキレる」とか「知らぬ内に痴漢をしてた」というような類だ。爆発しないまでも、そのストレスを誰かに向けて解消しようとする訳である。 だが、日本も欧米も話を聞いていると、そうした所まで議論を深めている例は皆無である。番組中でも一般論に終始していた。そうした所まで議論が行かないのは、「人間は神に選ばれた特別優れた存在だ」という根拠のない一方的な自負が無意識の中にあるからである事が考えられる。自民党は欧米の圧力もあって、児童ポルノの規制を強化する事を検討し始めたそうだが、とっくに強化している欧米で何も解決していないのもこれらと同じで、「人間がそんな嗜好を本質的に持つ訳がない」という大前提でしか物を考えず、本質論になっていないと見れば説明がつく。だが、それには気づかずに「日本がもっと取り締まらないからだ」と連中は言うのである。 昔の人達はこうした見栄ばかり考える現代人より遙かに物事をしっかりと理解していたと思う。人間の差別性向について考えても、古くからある宗教の教えには、それを巧みに戒めるような文章が少なくない。仏教では輪廻という概念を作り、現世で悪い事をすると下等な生き物になると説いた。キリスト教でも「汝の敵を愛せよ」と教えている。イスラム教も特に敵を叩きつぶせとは教えていないと聞く。インドのカースト制度をこの視点で見るなら、堂々と階層構造を固定する事で逆にこうした差別問題を無くしてしまおうと言う仕掛けと見る事もできる。(だからカースト制度支持、という意味ではない。念のため) 性衝動に関するなら江戸幕府が吉原を作ったのも、それによって一般婦女子が襲われるのを防ぐという狙いがあった。太平洋戦争直後に日本政府が米軍兵士用の慰安婦を募集したのも、一般婦女子を守る為だった。通り一遍の「女性を襲うのはやめよう」などというポスターを貼ったところで無意味だと知っていたからだが、これをただの女性蔑視としか見ない現代論者は実に多い。こうして見てくると昔の人というよりも、割と最近の人でも人間の本質についてはちゃんと解っていたのである。すなわち、現代人が急速にアホになっていることこそ、地球温暖化よりも明確な事実であるようにしか思えなくなってくるのだ。 |
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下郎ホテル プリンスという言葉を辞書で引いてみると、「その世界で将来第一人者になると嘱望されている男子」という意味が書かれている。ところがどこかのホテルは世界の王か何かになったつもりらしい。日教組の全国集会予約を受けておきながら、土壇場になって一方的に契約を放棄、あまつさえ記者会見では悪びれた所も見せずに「社内規定にも反するので」などと言ってのけたのだ。社内規定が何であろうと、そもそも国内法に反する規定など無効である(どんな組織であろうと違法事項を内部規則に出来る訳がない)が、お抱え弁護士までそれを主張するんだからこういう腰巾着弁護士など即刻罷免ものである。 日教組に対する差別だという指摘もあるが、それ以前にこのホテルの対応は旅館業法に対する明白な違法行為。ホテルという業務は公共性が強く、例えば法定伝染病患者であるような例外的な条件を満たさなければ、宿泊は拒否出来ないことをこの法律は明記している。裁判所がホテルの対応は違法であると断じたのは当然で子供でも分かる理屈であるのに、堂々と記者会見で社内規定を持ち出したのだから、この会社の連中は思い上がりも甚だしいかタダのバカに違いない。何も日教組が好き嫌いだとか、右翼が騒ぐとかそういう問題ではない。法治国家のシステムそのものに楯突いた不届きモノと言うに他ならず、このホテルを直ちに免許取り消しにしても当然の行為なのだ。 それにしても不可解なのは、それなら何故最初に予約を受け付けたのか、という点であろう。まさか日教組が名前を隠して申し込んだ訳でもあるまい。受けた時点で相手が何者かなど分かっていたこと。それにも関わらずあとで気がついたというのなら、それこそ無能の証明に他ならず職務遂行能力ゼロを示しているのであり、記者会見したこのバカ社長以下幹部全員は辞表を出すのが当然だ。辛口子個人はプリンスホテルというものの宿泊で嫌な思いをした事はない。サービスも従業員の対応もプロのものであった。だが、こんなのが幹部だというのでは認識を改めざるをえなくなろう。この会見が仮にこの新高輪ホテルのバカ幹部による暴走だとするなら、プリンスホテルは直ちにこの面々を懲戒解雇すべきであろう。会社全体に大きな損害を与えたのだ。またそうしないならプリンスホテルの将来は暗くなるだろう。そして、この問題で免許取り消しのような明確な処分が下らないのだとしたら、裏で何かが暗躍した事の証明となり日本は法治国家としての信用を大きく損なうに相違ない。 |
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