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アニマルライツの軽薄さ アニマルライツという言葉があるそうである。動物の権利ということらしい。つまり、動物にも生きる権利はあり、むやみに殺してはいけないという理屈であって、日本の調査捕鯨に反対する単細胞連中が良く使う単語だそうだ。月刊PLAYBOYに連載されている、The Other Side of the American Dreamという記事の最新版がこの考え方を取上げている。これを理解出来ない日本の精神的後進性とも書かれている。 アニマルライツの意味は、主張する連中によると「動物とは人間が食べたり着たり実験材料にしたり遊び目的(サーカスなど)に使うべきではない」というものらしい。だからベジタリアンになれという事だそうだ。捕鯨などもってのほか、サーカスなど見に行くな、となる。よく言うと思う。この記事はそういう考え方を理解しようとせず、獲らなくても飢える訳ではない捕鯨などを強行する日本は意識が低い、と述べているのだが、さあてそうか? 捕鯨について述べよう。アメリカという国家が生まれる前、鯨はヨーロッパ人(特に南部、フランスあたり)を中心に捕獲されていた。目的は単純である。あのコルセット(ブルボン王朝頃の絵に出てくる腰をきゅっと締めているアレ)の骨として使う為に、ヒゲクジラのヒゲを大量に必要としたのだ。アレが女性だけの物と思ってはいけない。男性用もある。つまり見栄を張る為に鯨を殺していたのだ。また、ランプが普及すると、そのランプの為にマッコウクジラの鯨油を大量に使った。ここで奴らこそ意識が低いと思わざるをえないのは、そうして捕獲した鯨の「残りの部分は全部廃棄していた」点である。肉など食べなかった事は、今現在、欧州の料理に鯨肉を使ったモノが皆無である事から明らかである(おそらくは文献にもない)。北欧ではバイキング文化があるから、これは別の話。 翻って日本ではどうか。日本の捕鯨文化では、捕まえた鯨はそれこそ骨のかけらに至るまで有効に利用した。肉を食べただけではない。皮から脂からほとんど残す所が無いほどまでに活用したのである。文楽人形にヒゲがバネとして使われていたという話があるが、そんなものは広大な利用範囲のごく一部に過ぎない。このように日本の文化は、その資源を最大限活用することで生き物に敬意を表してきたのだ。食物連鎖こそが大自然の基本原理である事も忘れた考え方と、どっちの文化が高いのかなど、改めて問うまでもないだろう。また、日本の調査捕鯨には「間引き」という意味合いもある。保護された結果、一部の鯨は数が増加しており、遠洋漁船が網を引き揚げる時に、そこに鯨が現れて集めた魚をガブリと一飲み、場合によっては網を破壊して行くというトラブルが実際に続発しているのである。 翻ってたとえば、アメリカに巨大な肉食獣が住んでいて、時折牧場にやってきては牛を数頭、ガブリと食べて去っていくとしたら、こいつらがアニマルライツなどという詭弁を口にするかどうか怪しいものである。また、動物にはこうした権利があると言っておきながら、クマネズミ、ゴキブリやハエ、カなどを虐殺する事には一向におかまいなしなのであるから、このアニマルライツという詭弁の本質が、「正義の味方ごっこ」である点に全く疑いの余地はない。つまり、動物を引き合いに出して自分らのご都合主義を押しつけているのである。そんなに偉そうな事を言うなら、マラリア蚊のいる所に出かけて行って、好きに血を吸うに任せてみてから改めて言ってもらいたいものだ。それが嫌ならエボラウィルスを持つ猿とのスキンシップでも良い。どっちが文化後進国であろうか。 このアニマルライツ派は動物とは魚も含めるので、魚など捕らなければ良いではないかとも言うようである。自分らがスポーツフィッシングを楽しむ為にクロマグロを保護しろと言っている事をどう思うか聞きたいところだ。欧米文化、特にアメリカの文化は多様性を受け入れるという点で、日本とは確かに違う。しかしながら、その一方で自分らの悪趣味を容赦なく正義の名の下に相手に押しつけるという、明らかな後進性を持つ事は一向に気にしない。イラク侵略を見るまでもなく、キリスト教を押しつけた大航海時代の植民地政策以来の伝統は、今日でも脈々と受け継がれているのである。この著者、生田倫哉氏は米国在住で様々なアメリカの実情を、毎月鋭い視線で報告してくれるのだが、この問題に関しては呑み込まれているようだ。 |
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醜悪な10回ダビング問題 最初っから、辛口子はHDD録画機の10回ダビングなど論外だと思っているが、システム稼働予定(解禁などと書かれているがやめてほしい)の6月2日が延期になると報道されている。揉めているのは課徴金問題である。今になって著作権団体(例によって著作権を盾に甘い汁を吸うだけの団体である)が、事実上全てのデジタル録画・録音機器(だからiPodも含まれる)にこの課徴金を課すように要求してきたからである。 何故か消費者代表はそれを受諾。議論を長引かせるよりはという判断らしいが、目先の利に目を奪われて本質を見逃しているわけだから愚かという他はない。反対しているのはメーカである。この件に関しては明らかにメーカの言う事が正論である。そもそもメーカは(一般消費者も)デジタル放送に一方的にプロテクトがかけられて以来の被害者である。プロテクトが消費者もメーカも預かり知らぬところで勝手に決められ、ある日、突然放送電波にコピーワンスがかけられたといういきさつは、今や明らかになっているところだ。 ふざけているのは著作権管理側(著作物を作る人達ではない)の言い分である。「消費者への影響を顧みず、原則論を主張しているのはよくない」などと、迷惑の発信源がよくぞぬけぬけと公式の場で発言できるものだ。脳みそが幼稚だからこそ、かようなダダをこねるガキみたいな事を平気で言えるのであろう。この連中の知能程度の低さというのは、衛星放送などで繰返し流されている「コピーは違法です」というCMを見れば分かる。以前流れていたバージョンなどは、山と積まれたVHSデッキが映り、続いて何やらネットアクセスをしているらしき画面が出るという代物であった。今どきVHSデッキを積み上げてコピーをしていると思っている訳だ。まさに物笑いのタネ以外の何物でもあるまい。 こんな連中を養う為に、デジタルメディアに課徴金が課せられ、一方的に放送にコピー禁止がかけられているのである。同じ仕掛けのB-CASカード発行料など3000円もする。100万枚で30億円という濡れ手に粟のシステムである。報道によると課徴金の方はこの5年ほどの間に42億円から28億円にまで減少。要するにこれに奴らは危機感を抱いたという訳だ。自分らは偉そうな顔をして椅子にふんぞり返り、金だけは懐に入れるというこんな連中が、路頭に迷ったところで消費者は同情などするまい。 以前も書いた事だが、そもそもダビング10など何の解決にもならない。一部の機器を別にすれば、消費者側は対応機器に買い換えなくてはならないし、メディア(媒体)の方の問題も出てくる。10回ダビングと言ってもHDDからDVDメディアへの回数だけで、DVDメディアからはダビング出来ない。HDDに戻す事も出来ない。第一、いちいちダビングの回数を数えてなど、面倒くさいだけである。日本以外でデフォルトでコピープロテクトなどかけている国などない。だからと言ってよその国で著作権者が騒いでいるという話などはないのであって、誰が見たってダビング制限そのものがもってのほかなのである。児童ポルノだと欧米に歩調を揃えろと騒ぐ一方で、自分らが抱える利権の為なら欧米など知った事ではないという訳だ。 メーカ側と著作権管理者側の隔たりが大きいと新聞などは報じているが、隔たっているというよりお高く止まって威張り散らしているのは厚顔無恥の管理者側である。特別会計制度に巣食って職員住宅から娯楽遊興費に至るまで使いまくる奴らの下っ端のような存在だが、他人の褌で相撲を取るようなこうした連中を駆除する事こそ、社会正義の第一歩と言うべきである。その為には報道するメディアの側もそろそろ姿勢を考えるべきではあるまいか。 |
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赤ちゃんポストの先は? 20日の読売新聞によると、熊本市の慈恵病院が設けた赤ちゃんポストに、10ヶ月間の合計で17人が「投函」されていたそうである。最年少は生後1ヶ月、最年長は就学前というから6歳くらいであろう。そのうち一人が保護者に引き取られたという。さて問題。残りはどうなったのだろうか。 答は「不明」である。公開されていないのである。個人情報などではなく、どういう所に移されるのかというシステムの内容すら明らかではない。常識的に考えて、いわゆる児童養護施設に入れられるのではないかと言われている。問題はその養護施設というのが社会的にも国家予算面からも冷遇されていることである。19日深夜、テレビ朝日系が放送していたドキュメンタリーが、そんな養護施設の実態をレポートしていた。 番組によると、そうした養護施設に入る子供に親を亡くしたケースは殆ど無いという。親から捨てられた子供たちなのである。2006年に厚生労働省が発表した数値によると、1年間に児童虐待で一時保護となった子供の数は何と1万人を超えている。そのうち126人が死亡しており、もはや日常茶飯事に近いのが実態だ。日常茶飯事だからニュースにもならない。 親が子供を捨てる理由は番組では語られなかったが、まあおよそ察しがつくのは離婚と再婚に伴う「人員整理」、或いは母子家庭による経済的困窮あたりではないかと思われる。自殺者は今でも年間3万人を越えて推移しており、その大部分が働き盛りの男性であるというから、母子家庭もどんどん増えているのだ。しかしながら、昔は親が子供を捨てるというのは余程の理由がある場合で、泣く泣く子供を手放すのが普通であったのに、今は邪魔者扱いが当り前らしい。番組に出て来た高校生の女の子は、間もなく卒業するからと母親に面会を求めたところ、お前など知らぬと言われたという。必死に堪える姿が痛々しかった。 そうした養護施設の職員は、よちよち歩きから上は高校生までの子供を何十人も抱え(施設は法律上高校卒業までしか預かれない)、親、兄弟、先生の代わりを勤めるという激務をこなしながら、待遇はお世辞にも良いとは言えない。殆どボランティア精神だけでやっているようなものだという。このあたりの、聞こえの良い赤ちゃんポストなどというような体裁だけを整えて、あとは知らん顔をするという国(或いは社会)の態度、最近問題となった後期高齢者医療制度や生活保護切り捨て問題などとも通じるものがある。日本では福祉、或いは社会保障全体がどうもこういう発想で貫かれているようだ。 話は変って21日に放送されたNHKのクローズアップ現代。テーマは今話題の「児童ポルノ」であった。最初に「被害者」からの訴えが紹介され、米国の厳しい取締りの様子も紹介され、日本ではどうするべきか、冤罪の問題はどう考えるのか、というような話の展開であった。何かと取上げにくい話題を正面から解説するあたりは流石であるが、何だか米国の実態を見ているとまさに禁酒法のIT版ではないかと思えて仕方がない。 何しろ、1982年に単純所持を違法にしたが、法律は年々厳しくなり、最近ではコンピュータの中にデータがあるだけで重装備のFBIがドアを蹴破って入って来るところにまでなっているというのである。要するに単純所持を禁止したって何も効果が無かったということだ。今ではネットのチャットにおとり捜査員が「同志」を装ってログインし、犯人を捜すことまでしているそうだ。それでも逮捕者が減る気配はないというから、まさに禁酒法の経緯と同じ。日本に規制強化を言ってくるのは、要するに日本に対して八つ当たりをしているようなものであろう。自分らの的外しを棚に上げ、日本のせいだという訳だ。なお、番組内ではウィルスによって知らぬ間にPC内に画像データが送りこまれていて、それで逮捕されたという冤罪被害者の話も出ていた。 さてこの児童ポルノによる被害者がどの位いるのかについては、問題が問題だけにはっきりした数値はない。だが、ここで考えなくてはならないのは、本文最初に書いたような親による子供虐待の実態である。こちらは明らかになっているだけで、毎年1万人という数字が出ているのだ。子供に一生消えない心の傷が、とかいうのなら、こちらの方がよほど深刻ではないだろうか。番組で紹介された被害者の声というのはお馴染みのパターンであって、自分が幼い頃のヌード写真をネットで見つけて卒倒しそうになり自殺まで考えたというものであり、それはそれで悲惨なのだが、社会が妙に騒ぎ立てるから余計に気になるというファクターもあるのである。 誰だったか名前を失念したが、十数年ほど前、あるアイドルタレントが子供の頃にいわゆる少女ヌード写真集を出していたと明るみに出た事がある。それでそのアイドルが失業したとか自殺したとか言うと、そのような事は全然無かった。むしろファンの方も、子供の頃から可愛かったんだ、という声を上げ、逆に人気が出たといういきさつだったように思う。子供のヌードは恥ずべき犯罪だという先入観を社会が植え付けるから、余計に思い悩むという事もあるのである。暑い夏に子供が庭先で裸になって水浴びをする風景などかつては普通に見られたが、それで性犯罪者が横行したかというとそんな事は皆無であった。 また穿った見方をすれば、そうした被害者の投書というのが真実であるという裏付けはない。調べた結果、真実だったと関係者が保証したという話も聞いた事がない。世風が動けばそれに迎合して自分を演じる人間が幾らでもいる事は、健康食品ブームの時にあらゆる食品が健康に良いと学説を唱える御用学者があとからあとから湧いて来た事でも分かるだろう。こうして見てくると、まさに病んでいるのは社会であり、親ですらそうした社会の犠牲者なのではないかと思えて来ないだろうか。こうした問題、青少年の非行、いずれも先進国社会、特にアメリカで顕著なのだ。日本でこうした問題がうるさく言われるようになったのは、アメリカかぶれが首相になって以来のように思う。 いずれにしろ、こうした児童ポルノだけを規制しろと叫ぶ面々が、本当に「子供のことを考えて」いるのかどうか、こうして見てくると改めて疑問に思えてくるのである。第一、所持を禁止するというのなら、そもそも撮影した奴を何故摘発して罰しないのだろうか。被害者からの投書などによると、大抵は親か身近な大人がそうした行為をやっている。遡って摘発する事は可能な筈だ。だが、そうした冷静な議論は殆ど見られない。つまりは正義の味方ごっこに酔いしれているんじゃないのかと疑いたくなるのである。 |
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正義の味方ごっこ 日本の調査捕鯨船が帰国した時に、乗組員に鯨肉を配っていたが、それがみやげの度を超した物量であるとNGO(グリーンピース)が記者会見で日本の調査捕鯨を非難した。ところが、その調査を行うに当たりこのNGOは宅配便会社の集荷場から段ボール箱の配送物を勝手に盗み、それを開いて中身を見ていた事が判明した(朝日新聞5月16日紙面ほか)。グリーンピース側は記者会見でそれを認めた上に、「中を確認して元に戻したら犯罪行為を助ける事になるんだから、俺達は正しかったのだ」と開きなおった。 恐らく、このグリーンピースという連中は自分を少年探偵コナンか古くは鉄人28号を操縦する金田正太郎あたりだと勘違いしているに違いない。調査権限もないのは無論、例え権限があったとしても私物を開いて見るとなるなら裁判所の許可が必要なはずだ。犯罪行為を助ける事などとはよくぞ抜かしたもので、その理屈が通るのなら勝手に他人の家に土足で踏み込み、何か犯罪証拠が無いか歩き回って良い事になる。どこかの誰かがグリーンピース本部に土足で踏み込み、勝手に段ボールか何かを運び出したら、こいつらがどうコメントするかミモノであろう。 声高に正義を唱える連中というのがどういう精神年齢かを、この事件は端的に示している。正義の名の下に何でもして良いのだと言うのは、小学校低学年までの思考であろう。南極で調査捕鯨船に薬品瓶を投げ入れたのも同じレベルの知能程度である事は以前も書いた。こうしたバカの群れに資金を提供する事の愚かさを、もっと世間にメディアは訴えるべきではあるまいか。 |
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メタボセット 悪評散々の後期高齢者食い扶持削減制度の影に隠れているが、実はもう一つの医療制度がスタートしている。それはメタボ検診の強制化である。分かりやすく言えば、肥満度チェックとそれへの対応、つまり医学指導を徹底しろというもの。医学界の大批判にも関わらず、厚生労働省は「粛々と」スタートさせた。 批判の大合唱も当然である。なにしろ、ウエストサイズで画一的に肥満かどうかを判定しろというのだ。身長や年齢も関係ない。実際に医学データを調べても、ウエストと所謂メタボ疾患と言われる病気の発生率には明確な相関関係は無いという。にも関わらず、厚生労働省は民間企業などの健康保険組織に対しても「ちゃんとメタボ検診やらないと、後期高齢者医療制度の分担金増やすからね」と脅しをかけているのである。 恐らくは、これにも天下りか何かが絡んでいるに違いない。国(官僚)が反対の声をシカトしてコトを進める時には、必ず裏にこれがある。水俣病から最近の薬害エイズ、薬害肝炎に至るまでがそうだし、今回の後期高齢者医療制度もまさにそれだ。その甘い汁システムについては詳細は分からないが、このメタボ検診、コトのきっかけは恐らくアメリカに違いない。 アメリカでは肥満は深刻な問題となっている。肥満度を示す一つの数値にBMIというのがあるが(定義はキログラム体重をメートル身長の自乗で割る)、日本ではこの25以上を肥満としている。アメリカは30以上と基準をゆるめているが、これを25にすると3000万人も肥満が増えると大騒ぎになったそうだ。ちなみに、身長175cmで体重75kgの男性の場合、このBMI数値は24.5になるが、30になる為には体重90kg強が必要で、如何にアメリカ人がデブになっているかが分かるであろう。ペリー・ローダンに出てくるエプサル人(*)並である。 さて、こうなれば当然考えられるのが、小泉政権である。何せ、アメリカ大好き、アメリカこそが理想という単細胞政権である。アメリカのやる事なら何でも正しいと思っていれば、当然メタボ対策というものも取上げただろう。そこに目を付けた官僚が、格好の天下りネタとして活用したに違いない。単純な頭を国の指導者にしてしまった結果の負の遺産だった訳だ。 ところで、後期高齢者医療制度。保険と言っていないのが巧妙であるが、実は今までの健康保険とはシステムも違う。今までの国民健康保険制度では市町村単位で運営され、窓口も市町村単位で設けられていた。ところがこの後期高齢者の方は広域連合という組織が一括して管理する。広域連合とは従来の市町村単位とは違い、都道府県単位で行政を管轄する仕組みだそうで、そこが市町村窓口に例えば保険証を交付、それを市町村窓口が被保険者に渡すという具合になっており、自己負担の医療費も病院や診療所を経由してこの広域連合に行く仕組みである。 この広域連合の上に厚生労働省があって、そこが指示や通達を出す訳だ。つまり、今までの国民健保と違ってステップが一段多い。その分、何か問題があった時の対応が遅くなるというのが国民の側から見た問題点だが、そもそもこの広域連合とは何かというと、一番身近な例の一つが「ゴミ処理」だというから、実に意味深ではないか。ここまで書けば分かるのではないかと思うが、この広域連合が天下りの受け皿なのであろう。今までも広域連合はあったが、新たに仕事が増えた分、天下りポストも増えるという仕掛けな訳だ。メタボも似たような仕組みが隠れているに相違ない。 *:エプサル人とはドイツのウルトラ長編SF小説であるペリー・ローダンに出てくる、環境に適応した移住人類のこと。強重力惑星に適応したので身長と横幅が同じくらいある。ただし、適応しているので筋力も強く知性も高く、決して病気の肥満ではない。 |
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代表か裏切り者か 一度消失した筈のiPodなどへの課金問題が、またぶり返しているそうである。朝日新聞などの報道によると、文化庁の文化審議会にある私的録音録画小審議会という分会にてまた提案されたらしい。面白いのは、メーカ側から反対意見が出るのは当然として、消費者代表の委員からも支持する意見が出ていると記事にある点だ。となると、消費者代表とは誰だ、という事になる。もっとも顔ぶれは文化庁自身が選んでいるのだから、最初っからヤラセの要因はあるのであって、以前から審議会なんてのはシナリオが出来ているという指摘はされているのだが。 さて、その面々であるが文化庁のサイトにある審議会一覧の下、16項にその私的録音なにがしという小委員会がある。そこの平成20年第1回という所を選び、5項にある「資料」の一番最初に出ている委員名簿を見ると全部で委員は20名であり、その中の消費者代表らしき顔を探すと、主婦連副常任委員とジャーナリストあたりがそうではないかと思われる。まあ一般市民をランダムに選ぶ訳にもいかないだろうが、消費者代表と言われても何となく頷けない部分もある。 ちなみに、このジャーナリストとしてリストにある津田大介氏は自由なネット配信を支持して来た人物であるから、その意味では消費者側と言っていいとは思うが、この人が賛成したというのがどこか腑に落ちない次第。報道によるとHDDを搭載した録画または録音機器に一律数百円が加算されるという案だったらしいから、その程度ならしょうがないとでも考えたのであろうか。 前回、同じ話が出た時、iPodに入れるデータはiTMSから購入しているのだから、二重課金になるではないかという問題点が指摘されている。今回のこの提案ではそれをどう回避したのかが報道されていない。他にiPodに入れるとすれば、CDからということになるのだが、これもレンタルにしろ自前にしろちゃんとコストは払っている訳である。残るのがネットなどからの不法コピーであるが、これはiPodが悪いのではないのであってこれが理由だというならやってる事は冤罪であるばかりか、不法流通コンテンツを承認する事にもなろう。要するに何でもいいから金を取りたいという本音の証明である。 ネット配信が普及して困っているのは、本当の意味での著作者ではない。それを管理・配布している団体または企業である。だからJASRACは他の管理団体を認めないというような契約をさせたと公正取引委員会から警告を受けたのだし、コンテンツへのコピープロテクトは坂本龍一氏を始め実際にコンテンツを作っている面々が最初っから反対している。DVDのリージョンコードなど、まさにこの配布団体のご都合主義以外の何物でもない事は言うまでもない(日本人が米サイトから購入して何が違法なものか)。作曲どころかロクに円一つ書けないような奴らの生活の為に消費者が不便を被っているのが今の著作権問題の本質だ。そこに利権が絡み、官僚の為の天下り先が用意されてB-CASカードやらコピーワンスなどが出現した。で、この消費者代表とやらは、そこまで理解した上で賛成しているのかが謎なのである。 |
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政党の比較以前に YouTubeが日本の政党別にコンテンツを並べた、政党ポータルというページをオープンしたのだそうだ。ご存じのように、米国では動画によるオンライン・コンテンツは大きな影響力を持ち、政党も候補も活用しているばかりか、それを批判する動画も沢山アップされるなど、政府と国民との間のコミュニケーション手段としての役割も大きい。下手な動画などアップしようものなら、やぶ蛇である。 翻って日本ではどうか。上述のページはまだ見ていないが、YouTubeで政府関係の動画は沢山あるし、政党のサイトへ行っても動画コンテンツが幾つも掲載されている。もちろん、全部を見た訳ではないが幾つかを見た限りでは、そもそもPR媒体としてのセンスすら欠如しているとしか思えないものばかりであって、動画でさえあればいいとでも考えていないと説明出来ないような貧相なコンテンツばかりという現状には、天を仰ぐしか術(すべ)を持たない。 ある政党の広報ビデオを見てみたら、まず始まったのが何やらBGMのついたオープニングタイトルである。それがしばらく続いたあとで、おもむろに出て来た解説者が決まりきった事をしゃべり始める。例えば、こちらは○○党広報です、などというようなセリフである。そんなものは見る側は分かってアクセスしているのだし、バックには政党名がでかでかと書かれているのだ。アホではなかろうか。 結局、少なくとも30秒以上、場合によっては数分待たされた挙げ句に、本題はその先である。そこまで我慢して見ているネット視聴者がいたとしたら、身内かよほど鈍感な人ということになろう。YouTubeだけとは言わない。米国政治関係のムービーばかりでなく、CBSやNBCのニュースコンテンツを見てみれば、その違いは歴然である。再生してすぐに本題が始まるからだ。辛口子の実感としては、ネットコンテンツは再生開始して3秒待っても本題が始まらなければ、見捨てられると思ってよい。平たく言えば「チャンネルを変えられてしまう」のである。どこを見ても似たような物しかやってない地上波テレビと違い、ネットにはバリエーションに富んだコンテンツが無限にあるからである。 つまり、こうした政党などの日本のコンテンツというものは、おしなべてその発想がVTRか何かを使った密室PRの域を全く出ていないのである。もっと辛辣に言うなら、はるか昔、映画館で上映されたというニュース映画の方がまだテキパキしていたくらいだ。つまり、見る側の事を何も考えていないのである。抜本的にプレゼンテーションとはどうあるべきかという基礎教育すら受けていないとしか考えられない。これは政党ビデオに限った話ではなく、どうもこうした組織にいる人間には必須条件なのではないかと思えるフシがある。 YouTubeで最近見たムービーで、何かの審議会の様子を流しているものがあった。こうした形で開かれたモノにするのは良い事ではないかと思いながら再生したら、間もなく唖然自失。発言者がマイクを持っておもむろに始めたのが、決まりきった挨拶であり、会場の誰もが知っている事の繰返しであり、しかも発言時間が一人7分という事を議長が注意しているにも関わらずしゃべり続けた上に、本題に入る前に制限時間終了を告げるベルが鳴ったという代物だったからだ。 まあ本来伝えるべき情報を伝える事には何も役だっていなかったムービーだが、審議会の類がこういう形で満足に時計の秒針も読めないような顔ぶれ同士のやりとりである事を教えてくれた、という点では意義はあった。しかし、何故、こうも日本の政府関係発言者(民間は少しはマシだが)というのは、プレゼンが下手クソなのであろうか。それは前にも書いたように、聞く側の立場で全く物を見ていないからであろう。つまりは第三者としての視点を持たないのである。米国のような、人前で理路整然と話す事を重視した教育を日本では行っていない、という点にも問題はありそうだ。先は長い。こんな調子で国民生活を左右する法案や、例の児童ポルノがどうのこうのという話が決められていくのであろう。 本題とは関係ないが、昨日の本欄内容についてご指摘を頂いたので補足しておきたい。辛口子は何も東洋人が他人への抑圧行為をしていないなどと言うつもりはない。争いは数限りなくあった。だが、世界を我が物顔に闊歩して、違う国の違う考えの持ち主に自分の宗教や価値観を押しつけるというような行為を、国家戦略として行ってきたという歴史は殆ど無いように思う次第である(無論、太平洋戦争時の日本は除く)。そのつもりで記述した。 |
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毎度ながらの学習能力ゼロ新聞 6日付読売新聞社説は、「児童ポルノ単純所持も禁止すべきだ」であった。まあ巨人の低迷ぶりを見れば読売グループの荒廃など察するに余りあるが、ここまでアホ丸出しを堂々と主張するに至っては、白痴と等しいとでも言うしかなくなる。論調は単純で、「欧米も禁止している」「子供の精神に大きな傷が」「上半身裸も駄目、絵も駄目」「プロバイダによるサイトのブロック」というあたりである。 まさに何でも欧米というコンプレックスしか見えない駄文と言うしかない。欧米人が自分の貧相な価値観をどう押しつけて来たかは歴史が証明している。大航海時代、行く先々でキリスト教を押しつけ、イスラムの船が通りかかると襲撃して皆殺しにし、子供は拉致してキリスト教徒に洗脳してきたのが奴らの歴史である。自分の浅はかな考えを押しつける事にかけて、彼らの右に出る連中はいない。東洋人にはそうした歴史はない。鄭和は世界に交易路を拡げたが現地では出張所を置くだけで、どの宗教とも民族とも対等な立場で交流をした。元帝国はユーラシア大陸を席巻したが、自前の宗教などを押しつけた訳ではなく支配地でも実際には現地の政府に統治させた。例外は欧米の一員だと勘違いして尊大になった太平洋戦争当時の日本くらいなものだろう。 これは昔の話だ、という言い逃れは有り得ない。言う事を聞かない奴はテロリスト論、スポーツルールのご都合変更、鯨は賢い動物論、サブマリン特許、差別用語、モデルは痩せすぎ、メタボなど近年でも類似事項に枚挙などいとまはあるまい。これらを見れば世の中を良くしている例など皆無である事が明確である。欧米がやっているから、という単純思考は目の前の事実をまるで学んでいない脳みそにのみ可能なことだ。いまだに欧米の一員として数えられる事に、限りない至福を感じる単細胞は幾らでもいるらしい。 次に、禁止そのものが何も解決しないという、あの禁酒法からも何も学んでいない事を改めて指摘しなくてはなるまい。禁酒法時代、工業用や化粧品に使われるアルコールの横流しに業を煮やした当局は、工場から出荷されるアルコールに不純物を混ぜ、それを最終製品製造工場で取り除いて横流しを防ぐという手を考えた。しかしシンジケートにも優秀な化学者は幾らでもいた訳で、次々と新しい不純物を考える当局とそれに即座に対応したシンジケートとのいたちごっこは延々と続いたのである。この構図、ムキになってプロテクトをかけては解除されるコンテンツ業界そのまんまであるが、この児童ポルノにしても同じ事が起きるだけだろう。禁止論者の知能ではインターネットというとホームページかブログしか思いつかないらしいが、ネットで闇情報を配布する手段は幾らでもある。そういう情報を流すシンジケートが喜ぶだけだ。摘発と再出現の無限ループになるだけであろう。 子供の精神云々に至ってはお笑いしかない。確かに本当に子供を使ったポルノというのは存在するようだが、実際には親が金を稼ぐ為に出演させている例も多々あると言われているのだ。それに自分のあられもない写真がネットに現れて衝撃を受けるのは子供ばかりではない。大人であっても同じ事で、子供に限って禁止するという理屈になど繋がらない。既に当り前に禁止されている事だ。 それに加えて上半身裸だけで問題にしているという事は、ヌードとポルノの区別もついていないバカである事を証明している。以前も書いた事だが、それならまずキリスト教宗教画に出てくるキューピッドを片端から塗りつぶす事から始めてみろと言いたいところだ。どうせ欧米にはへいこらするしか無い奴らだから、そんな事など想像も出来ないのだろう。子供の上半身裸のイメージすら禁止されるとなると、現在存在するアニメやコミックスはその殆どが該当するだろう。子供用品のCMではよちよち歩きの幼児を使うなどザラだが、それらも取り締まられる事になるであろう。ということは、逆にそんなに問題な代物がこれだけ氾濫している現状で、何で世の中が平穏なのかを説明出来なくてはならない。まさか性犯罪は全てこれらが原因だとでも言うのか。それならテレビ局など犯罪幇助そのものではないか。 その読売新聞を見ていたら、「ゴキブリが怖い」とか「雨が降ってきた。家まで送って」などというような幼稚極まりない110番が増加しているという記事が出ていた。社説を書いている奴らは社を代表して書いているつもりなのだろうが、そこに見える頭の程度は「欧米の言うとおりにすればいいのだ」という単純極まりないレベルである訳で、まさに「目クソ、鼻クソを笑う」状態になっていたのは皮肉というほかはない。 |
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官僚のメディア支配 今、角川の「官僚とメディア」 という本(魚住昭著)を読んでいる。700円程度の安価な書籍である。これによると、日常我々が接するニュースというものが、如何にいい加減な、政府の御機嫌を伺った内容しか流していないかが良く分かる。安倍政権誕生直後、安倍の地元での巨大スキャンダルをスクープした共同通信の記者達が、会社上層部からの圧力で結局記事を出せなかった話の他、姉歯による建築偽装が姉歯だけではなくフューザーらにも罪を被せるようになったいきさつ、ライブドアの潰し方、NHK番組改編問題、最高裁が行ったタウンミーティングによる裁判員制度に対する世論誘導など幾つも出ている内容に共通しているのは、報道組織上層部が「会社の為」を大義名分にそうしたスクープを押しつぶすという構図である。更に調べていくと、その背後には政府官僚の影がちらつくという訳で、詳しくはこの本をめくってみてもらいたい。安倍問題は冒頭真っ先に出てくる。メディアの伝える「若手のホープ」などとは全く違う実像が描かれている。ところで、今話題の児童ポルノ問題。政府はプロバイダに要請して、ブラックリストに掲載されたサイトへのアクセスをブロックさせる方向でまとまりつつあるようである。何だか中国ではないか、と思った向きは正しい。ブロックされるのが、「今は」児童ポルノ(誰が認定するのか知らないが)としても、将来にわたってそうである保証はない。今回の「実績」によって、何時か知らぬ間にどこかのサイトがブロックされていても気がつかないという事が有りうるからだ。介護保険の時、年金天引きが行われた事が実績となって、後期高齢者医療制度にも自動的に年金天引きが組み込まれた事はまだ記憶に新しい。有り得ない話ではないどころか、絶対に有りうる話である。 最初に述べたように、今の(少なくとも大手の)メディアは、政府官僚のコントロール下にあると言っても過言ではない。ここで、今は手を下せないうっとおしい政府批判のサイトやブログに対する政府のフィルタリングが効くようにするには、これはまさに格好の口実という事になるではないか。児童ポルノが次には「それを匂わせる」物となり、次に「社会を不安にさせるモノ」となり、その次は「秩序を乱すおそれのあるモノ」となるのだ。既に自民党の憲法改正草案では、個人の基本的人権とは「公の秩序に反しない」限り尊重される、と記述が変えられている。現行憲法では「公共の福祉」である。 ところで、官僚が幾らメディアを支配しようとしても、メディアが報道というものを真に理解して、それに抵抗する姿勢を見せるのならそうそううまくはいかない。ところが実際には、会社幹部が率先してその手先となっている。実際には幹部どころかもっと話は上のようだ。この「官僚とメディア」を読むと、電通が官僚と二人三脚で世論を誘導していると思わざるを得ないからである。電通は日本最大の広告イベント会社であり、新聞も雑誌も広告無しでは経営出来ないし、テレビですら広告(CM)無しでは成り立たない事から考えるに、どうやら鍵はこの電通にありそうだとなる。NHKは広告収入主体じゃないから、何とかしようとして色々な仕掛けをしているのだと見ても筋が通る。戦前、軍部が戦争に突き進んだ背景には、戦争を後押しする新聞記事と熱い世論があったという。その背景には戦争で利権を拡大しようとする巨大資本家がいた。似たような構図が今、はっきりと見えてきた事になる。そしてこの傾向、ここ5〜6年で急速に顕著になってきたそうだから、これも小泉政権の成果となろう。もっとも、小泉もこうした巨大資本にとってはただの捨て駒かもしれないが。 さて誰でも自分の身が可愛いし組織に反しても自分の意志を貫くというのは大変な事だから、どこの国でもこの構図は同じであろう。実は世界的にも巨大資本がメディアを傘下におさめようという動きが活発で、世界のメディアは高々数社の下請けというのが実態になっているという(朝日ニュースターの番組、デモクラシー・ナウでは良く出るネタである)。やたらとうるさい二酸化炭素単独環境破壊説や、対テロ、児童ポルノなどの裏にこの仕掛けがあると見ると筋が通ってくる。日本もその例に洩れない訳だが、第二次大戦の時の政府や軍部の動きと同じく、一般国民を幾ら犠牲にしても官僚と政府は安泰である政策を、恥も外聞もなく立て続けに打ち出す今の政府の行動基本原則が特徴だ。 この動きを少しでも防ぐ唯一の手段は情報公開の徹底である。また、こうした付和雷同的に長い物に巻かれろ主義に対しては批判を浴びせると共に、政府に対して筋の通った反対意志を示す者を賞賛する仕組みも必要である。が、メディアがそもそも政府御用達では公開など海外向けの形だけに終わってしまうし、イラクから帰還した民間人3人をメディアと政府が寄ってたかって袋だたきにしているのが現実である。これでインターネットも規制されたのでは、まさに「華氏451」の世界になりかねないのではなかろうかと暗澹たる思いになるが、こうした本を著するジャーナリストがまだいる事、出版する会社がある事などがパンドラの箱に最後に残った希望と言うべきであろうか。 |
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