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ミニ危機管理 川崎市の古書店が、万引き現行犯の中学3年生を捕まえ、名前も何も言わないので警察に連絡したら、脱走して事故死したというニュースが以前あった。今度はその古書店に「配慮が足りない」とか「人殺し」という内容の、FAXや電話が殺到、古書店主は精神衰弱にでもなったらしく、閉店まで考えているという新聞記事が出ていた。古書店には誠に同情申し上げたい。しかしながら、古書店側がお詫びの紙を貼りだしたらしいとなると、理不尽さを禁じ得ない。謝る必要などないのではないか。悪いのは万引きをした中学生であり、証拠を突きつけられて自ら脱走した以上、罪を認めたのであって、配慮の余地などあった訳もないからである。まさか、がんじがらめに縛り上げ、椅子にでも固定しておけば良かったでも言うのだろうか。それとも理由があるなら犯罪は見逃すべきだとでも言うのであろうか。とんでもあるまい。言うまでもなく、本件で謝罪すべきは、嫌がらせのFAXや電話をした連中である。明らかな恫喝行為であり、営業妨害でもあるのだから、告訴だって出来るだろう。犯人像は比較的明確である。報道内容からは推測するしかないが、常識的に考えて第三者が犯人側の味方になるとは考えにくい事と、万引き犯人が中学3年という事から、こうした嫌がらせの大部分は、恐らく同級生か、それに準ずるガキがやったであろう事が、容易に想像できるからである。言い替えれば「万引き仲間」という事だ。報道によれば、店では常習的な万引きにはずっと苦労していたという事だったから、この点からも可能性は高いと言えるだろう。中学3年程度なら、考える事はたかが知れているのであって、FAXもコンビニあたりを利用して足がつかないようにする程度である。であるなら、FAXの用紙にある発信元情報(或いは通話情報)と、コンビニの防犯カメラを突き合わせれば、答は一発の筈だ。だが、何故か報道も世論もそういう方向には行かないようだ。誠に不思議である。お詫びの紙を貼りだして問題が解決するのだろうか。危機管理とか自己責任とかいうのは、こういう日常生活から考えていかなくてはならない話ではないだろうか。 |
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スケール感 東京の臨海部は、副都心と銘打って開発されたものの、空き地が目立つ事は改めて言うまでもない。ところで、ここにハリウッドのような、映画制作の為の集合施設を作ろう、という動きがあるのだそうだ。構想そのものは結構な事だと思うが、折角だから少し調べてみた。東京都の公表値によると、臨海副都心の開発面積は、全部で442haとの事なので、これは4.42平方キロである。念のため、これは「全面積」である。さて、スターウォーズのジョージ・ルーカスがカリフォルニアに購入した、有名なスカイウォーカー・ランチと呼ばれる私有地がある。調べてみると、ここの面積は4700エーカーという事なので、これは19.02平方キロ。何も面積が全てではないが、米国を単純に目指しても、この落差では勝ち目はないだろう。なんでわざわざ書いたかというと、最初っからハリウッドという単語を持ち出すあたり、どうも一抹の不安を拭いきれないからである。日本にしか出来ない映画作りがある筈だからだ。 |
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空虚な教育シンポジウム 学力問題をテーマにして、教育関係者が集まったシンポジウムが開かれたのだそうである。で、始めたテーマが「学力とは何か」。伝えられるところによると、「社会の中でよりよく生きる人間力」「保護者が思っているのは、我が子を他の子より一歩でも進めたいという事」「生活科でコマが回せるようになるのも学力」などと意見が錯綜し、揚げ句は司会役が「まるでタマネギの皮むきで、しまいに目が痛くなって終わりだ」。こうした議論を見ていて感じる事は、そもそも関係者は子供に視点を置いて議論しているのかどうか、である。2番目の意見などは、保護者の顔色を伺っている以外の何物でもあるまい。保護者に色目を使い、なおかつ議論がこのように拡散するのは、学力以前に、そもそも教育とは何か、が定義されていないからだろう。教育問題は簡単には片づかないのだが、辛口子は基本的に「その子供が将来社会へ出て行った時に、困らない為に最低限必要な知識、経験を与えること」ではないかと考えている。例えば、CDの不法コピー問題で音楽業界は頭を痛めているが、現実に高校生あたりなら、レンタルで借りて、MP3にして、CD-Rに焼いて、互いにやりとりしているのが実際だろう。で、その高校生らの声として「法律を守れ守れと言うが、法律の事なんて学校で全然教えないじゃんか」というのがあるのである。保証人と連帯保証人、抵当権と根抵当権の違いなんて、社会へ出ても知らない人が少なくないだろう。それ以前に、小学校の給食で子供が嫌がるからと、わざわざ骨を抜いた魚を出すような事をしている現実( 本欄、昨年12.13を参照 )を、シンポジウムで議論なるものを戦わせておられる方々は、ご存じなのであろうか。はっきり言って、今の教育現場でしている事は教育ではない。飼育である。それに気がつきもしない連中が、影響力を持っている現実こそが問題なのである。 |
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無駄飯食らい 自民党のシンクタンクの、総合政策研究所というのがあるのだそうだ。今度、ここが出した提言というのが、「日本不利のルールがまかり通るのを何とかしよう」。具体的には、例えばスキージャンプで日本が活躍すると、板の長さが短くなった事とか、鈴木大地選手がバサロ泳法で金メダルをとるとそれが禁止された、というような事を引き合いに出している。何を今さらの噴飯ものである。まあ、議論しないよりはいいかもしれないが、こんな事は世界戦略を考えるのなら昔っから当たり前の事であって、捕鯨問題一つとっても、ノルウェーに続く事すら出来ない平和ボケ政府に、そんな事がまともに出来るのか、と思ってしまうのが普通であろう。このシンクタンクとやらは、かつて日本がバブルの時、世界の不動産を日本の銀行が買い占めた事に対して、特にアメリカが中心になって、銀行の自己資本比率という規制を持ち出し、結果的に今のデフレを招いた事とか、例のサブマリン特許問題、米国の著作権ゴリ押し戦略などをちゃんと理解しているのであろうか。穿って考えれば、特殊法人改革の中、生き残ろうとして、わかり切った事を仰々しく提言しているとも受けとれる。(このうち銀行問題については、 本欄昨年10.27を参照 ) |
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DVDオーディオ新規格? 電機メーカが中心になって、規格を決めると報道されていたので、はて?(以前からあったではないか) と思っていたら、低迷するDVDオーディオに新たな規格を追加する話であった。DVDオーディオは、DVDにオーディオ信号のみを入れ、容量が大きい分、量子化ビット数を増やし、サンプリング周波数も高くして、「高忠実度」の信号を再生可能としたものである。つまりは、現行のCDよりも良い音である、というのがウリで、今から20年以上も前、CDを発売した時に、国内メーカがこぞって「理想のオーディオ」とか「21世紀のサウンド」などというフレーズを使った事などは、ケロリと忘れた上で発売した製品だ。同じ考えで、高密度に情報を記録して、「高忠実度」を売りにしているものに、SACDというのがあるが、どちらも共通している事に、ちっとも売れないという事実がある。こういう時にメーカ側が口に出す「言い訳」は決まっていて、「装置がまだ高い」「ソースが少ない」「PRが不足していた」の3点セット。だが、装置の値段はかなり下がっても、一向に普及の兆しは見えて来ない。本当の理由は明らかだ。CDが理想の音ではない事は言うまでもないが、実用上十分な品質である事は確かで、その上を求めるユーザは僅かしかいないからであろう。その差を明確に再生する為には、それなりにハイレベルな装置とある程度は音楽再生を意識した部屋が必要である。勿論、その差に価値を認めるだけのユーザである事も必要で、それはごく一部のハイエンドなマニアだけだ、というのが現状なのだ。世の中の動きは、むしろ音質を多少犠牲にしても、データを圧縮するネットストリーミングの方に流れている訳で、そもそも方向が間違っていた事になる。 さて、前置きが長くなったが、今度、メーカが決める規格というのは、この大容量媒体に、通常のCD信号並みの情報を圧縮して記録する事で、最大7時間の再生時間を実現しようというものである。情報にプロテクトがかけられるなど、細かい話は別にしておいて、これも絶対に普及しないであろう事は、火を見るよりも明らかだろう。理由は幾らでもある。まず、7時間という記録時間は、殆どメリットにはならない。やたらと長いクラシックをノンストップで再生出来るような場合をのぞき、むしろソースとして販売する上では入れる物に困る事になるだろう(その分高い価格設定が出来る筈もない)。この規格は、記録装置としても(記録型DVDを使う)使う事を考えているものだが、あいにくMP3というものを使えば、通常のCD-Rにポップスなら100曲くらい入ってしまう現状を考えると、メリットとは言いがたい。上級装置で再生するならともかく、通常使用ならこのMP3で十分なのであって、わざわざ新しい装置をその為に買うユーザが、そんなに多い訳がないだろう。この2点だけでも、ネガティブファクターとしてはお釣りが来る。 日本のメーカが作る機械が売れないのは当たり前だ。マニア以外の消費者が望む機能を搭載していないからである。先日も本欄に書いた事だが、中国製の1万円で買えるDVDプレーヤは、CD-VideoもオーディオCDも、MP3を記録したCD-Rも再生する事が出来る。これに対して、ユーザが望んでもいない新しい規格を設定しては、従来と互換の無いプレーヤばかり出しているのが、日本のメーカだ。このあたりの、硬直化した発想が変わらない限り、ラベル以外が中国製、或いは韓国製という製品は、ますますそのシェアを広げるだろう。 |
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当選ダルマ 当選した時に、ダルマに目を入れるのは、視覚障害者に対する差別意識につながる、といので、それをやめて欲しい、と静岡に住むある視覚障害者が各党に要請したという。日本盲人全連合の会長は「単なる慣習だからいいのでは」とコメント。目の見えない人が、何故、その行為を気にするのか、という突っ込みはさておいて、この目を入れるという儀式は当選議員の御家芸だけではない。例えば、仏教では仏像を建立すると、目を入れる儀式を行う。まさにそれは「開眼する」という言葉に象徴されている。物理的に目が見えていても、見えている物が理解できているとは別の話である事は、ブランド品に群がり行列をなす人など、多くの実証例を引くまでもない。そもそも、ダルマに関して言うなら、手足が無いのだからそちらへの差別に繋がるという突っ込みも可能なのであって、この要請は、言ってる当人こそが被差別意識を持っている事以外の何物でもない、と辛口子は思う。報道によると72歳だそうだが、拉致家族支援の会でマイクに向かってがなりたてたあの人といい、「亀の甲より年の劫」という言葉が、最近特にむなしく響くような気がする。不況不況と言うが、今の世の中、金が無い訳ではない。行き詰まる閉塞感が人々を俯(うつむ)かせているのであって、その一つの原因が「あれも駄目、これも駄目」という世の中の風潮ではないだろうか。教育現場から、企業活動、出版界、メディアまで駄目の大合唱である。少々の不具合など、おおあらかに笑い飛ばすような事をしてこそ、未来は開けるのではないであろうか。 |
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うぷぷな新技術 本欄では、デジタル地上放送を愚の骨頂と、常にコキ下ろしているが、類似のパターンは少なくない。このパターンが特に増えているのがここ数年で、いわゆるIT産業が行き詰まりを見せて来ると、何とかして目新しさを強調しようとする余り、机上の空論から都合の良い部分だけを取上げて、画期的であるとPRするものだ。情報家電もその一つだろう。冷蔵庫が在庫を判断して勝手に補充の注文を出す事の、どこが革新的なのか、いかにも誇らしげに発表する連中の、頭をMRIでスキャンしてみたいものである。恐らく、脳の半分以上に血液が流れていないに違いない。さて、今度出た新手のパターン。それは立体テレビである。立体映像を直接送るのではなく、従来の2D映像を疑似的に立体視できるようにするもので、ディスプレイデバイスが進歩した事や、立体化の処理プログラムが開発された事から、携帯電話を皮切りに、数年後には全ての表示装置が立体化される、などと真面目に言う研究者がいるのだから、困ったものである。立体映像は動画ではなく、静止画でならもう何十年も前から厳として存在する。それがそんなに消費者にアピールするのなら、とっくの昔に雑誌の表紙、グラビア、製品のカタログなどは立体像になっているだろう。立体動画映像も、ファミコンのアダプタをはじめ、特にゲーム機器で幾つか登場している(かつてはCAD装置で一時流行した事もある)が、全く受け入れられなかった。理由は簡単である。立体映像は、立体らしく見せるものであって、実際に立体が宙に現れるものではなく、人間の左右の目に敢えて視差を起こす事で、その効果を出しているに過ぎないからである。従って、目の視差からは遠くにあると判断できるのに、目の焦点は近くに当たるという事になる。この為、脳が非常に混乱するので、立体映像を見ると、著しい疲労を覚えるのだ。今回、「新技術」と銘打って登場した能書きを見てみると、ここに書いた問題点については、解決はおろか、意識すらされていない。本欄が机上の空論と断言し、研究者の頭を疑うに、十分な根拠であると辛口子は考える。 |
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恒例の日弁連節 売春と買春の温床と言われる出会い系サイトに対する、警視庁規制案に、さっそく日弁連が噛みついている。警視庁の案では、誘った方(つまり、少女って事だ)にも罪がある、としている事から、「子供の人権侵害である」「買う側の問題だ」という訳だ。はっきり言って、机上の空論をこねまわす連中が、綺麗ごとを並べているとしか思えない。日弁連は、ある少女が言っていた「気持ち良くしてあげて、お金もらって何が悪いの」という質問に、何も答えていないではないか。この問題は人間の本能に関わる事だから、単純に割り切るのは難しい。だが、辛口子としては、そもそも「18歳以下を児童とする」事が、根本的に間違いだと思う。少なくとも、12〜14歳くらいになれば、子供を作る、或いは産める体になっているのだ。それを、赤ん坊から含めて一括して扱うというのが、そもそもおかしい。次に子供の人権であるが、人間の脳がどのように発育してくるか、という基本的な視点を欠いている。自分が子供の頃に書いた日記(夏休み日記でもいい)を読んでみれば、別人だったという事が分かるだろう。このように、子供の時には、判断力に限界がある。考え方も違う。駄目なものは駄目、と大人が毅然とした態度を見せる事こそが重要で、「話し合い」という方向に議論を持っていく事自体が間違いである。暴力は良くないが、処罰と暴力とはイコールではない。子供が万引きしてそれを叱って罰したら、児童虐待だとでも言うのか。また、「買う側の問題」で話が片づくのなら、最初っから(児童ではない)ポルノ規制問題など存在しない。人間の本能的衝動を、無理に禁止すれば、必ずどこかで暴発が起こる。禁酒法が何故失敗したのかを、日弁連は何も学んでいないようだ。禁酒法を提唱したのも、当時の教育関係者や弁護士らであった。結果はモラルの向上どころか、汚職と贈収賄とギャングの暗躍を招き、若い女性が夜遊びをするようになったのだから、お笑い以外の何物でもない。ではどうすればいいのか。古来、人類はこういう問題について、もっと知恵を持っていた。日本の江戸幕府が吉原を設けたのは、巷に売春宿がはびこるのを防ぐために、公的に管理した場所を用意することだった。欧州では厳しいキリスト教の戒律にも関わらず、「これは神だから裸でも問題はない」という理由をつけ、女神裸像や絵画をおおっぴらに観賞した。天使像など、どう見たってロリコン趣味であろう。イスラム教は、性、酒、金という3大トラブルの元を、戒律によって厳しく制限する道を選んだ。だが、天国には酒の川が流れ、美女が身をはべらせている、とも教えている。昔の人は、最新の医学知識など持ってはいなくても、知恵としてそれを理解していたのである。現代人は知識だけはあっても知恵で欠けている、と彼等が見たら笑う事であろう。 |
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たまには喜びたい 18日に、日本のスキーワールドカップの成績について書いたら、途端に男子回転で佐々木明選手が、何と2位に。モーグルの上村愛子は優勝、ジャンプ陣も好成績を上げて来た。まさかこの頁を見たからとは思えないが(当たり前だ)、佐々木選手の2位は歴史に残る快挙であり、諸手を上げて絶賛したいと思う。ただ、フロック(まぐれ)で無い事を証明するべく、回転チームにはこれからも好成績を、願わくば常に2回目の滑走に進める事を祈りたい。それにしても、この種の競技に、国の支援は殆ど無いのが現実。金が全てではないが、数兆円の赤字を垂れ流し、本州四国に橋を何本もかけているのと比較して、ついついそれにしてもと思わずには。 |
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引退 下の記事を書いたら、その後、10時間も過ぎないうちに、貴乃花の引退が発表となった。恐らくは、某国営放送関係者以外の誰の目にも、明らかだった事で、インタビューに答えていた誰もが、本当はそれ程驚いてはいなかったに違いない。各メディアとも、貴乃花の歴史をニュースで特集していたが、幾つか見た限りでは、流石に宮沢りえとの婚約騒動は取上げていなかったようである。さて、一代年寄りを襲名した貴乃花は、今後は相撲協会の一員として活躍して行く事になる。協会から抜ける訳ではないので、優勝を一度も出来なかったにも関わらず、あちこちへ引っ張り出されている兄の若乃花のような事にはならないだろう。ところで、小泉総理もこの貴乃花引退にあたってコメントを出しているが、そもそも貴乃花が膝を壊して無理して出場した場所で「感動した!」と叫んだのが、この小泉総理。この時の無理が結果的に今回の引退へ直結した事は、総理当人は意識してないらしい。北朝鮮関連だけではなく、ソ連を訪問しても成果ゼロという外交音痴ぶりを発揮、靖国参拝を強行して摩擦を起こし、結局、構造改革も腰砕けに終わりそうだ(抵抗勢力が最近静かになったのは、自分らの権益が侵されない事が分かったからに他ならない)。という訳で、格好は良いが、口先だけの思慮の浅い人物であった事が次々と明らかになってきている。こちらの引退も近いかもしれない。で、在位中は消費税は上げない、と明言したのだから、その後に消費税値上げが来るというシナリオなのか。 |
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プライドなき自称良識 横綱の貴乃花が引退の危機である。というか、引退は確実な情勢である。土俵入りでまっとうに柏手も打てず、そんきょも危ない状態で、幕内どころか下手をすると10両クラスの動きでしかないのに、不思議なのは何とかして盛りたてようとする、メディア(特にNHK)の動きである。事実を冷静かつ客観的に伝えるのが、マスコミの役目ではないのだろうか。だからこそ、事ある度に「良識の府」を強調できるのではあるまいか。カンぐるなら、何とかして日本人横綱を無くしたくないという、一部の右翼系権力の画策ではないかとすら、思えてしまう。 この問題は今に始まった事ではない。高校野球は神聖化されたあまり、表立っての批判は聞かされないし、誰かが不祥事を起こせば全員が連帯責任という現実。ちなみに高野連の内部で不祥事が発覚した事があったが、高野連の幹部は誰一人、連帯責任などとらなかった事も加えておきたい。JRのどこかの駅で、落ちた人を助けようとして死んだら、何時の間にか騒ぎが大きくなって、英雄扱いになり、とうとう石碑まで立ったというお話。人助けをしようとして自分が死んだ例など、幾らでもある。それでは溺れた子供を助けようとして、一緒に溺死した人の為に石碑が立ったかといえば、絶対にそんな事はないのである。極めつけは、北朝鮮拉致家族問題であって、一部の関係者がヒステリックに煽り立てると、それに油を注いだのがマスコミであった。お蔭で日朝の交渉が中断、その事が今回の核開発騒動につながっている。念のために確認しておくと、北朝鮮の核開発中止は、米国(或いは日本)が、重油を供給し、また、今の黒煙炉にかわる安全な軽水炉を設置するから、という事で説得したものである。軽水炉設置は遅々として進まず、米国議会は重油供給に反対し、日本は交渉テーブルを閉じたので重油に関する交渉の窓口もなくなった。これで厳しい冬を迎えるのなら、原子炉の再起動しかないのは当然である。メディアが事実をもっと冷静に、かつ客観的に報じ、国民感情をいたずらに煽るような真似をしなければ、事態は変わっていたかもしれない。ちなみに、NPT(核拡散防止条約)には、ちゃんと脱退できるという条項がある。北朝鮮のやっている事は、国際法違反でも何でもないのである。 マスコミも問題であるが、訳も分からず一緒に騒ぐ一部の国民、という指摘は確かにある。だが、それならばこそ、マスコミは冷静に事実を伝え、いたずらに騒ぎが大きくなるのを防ぐべきではないだろうか。率先して騒ぎまくる報道の有り方を是正できないのなら、自らの首を締める事になる、という事にも気がつかない状態なのであろうか。 |
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スポーツから見る構造改革 冬を迎え、ウィンタースポーツのシーズンとなった。さて、長野五輪で活躍した日本のジャンプ陣、まだ完全離陸とは行かないようで、世界各地で開催されているワールドカップを見ていると、一番好調の船木ですら、10位以内に入るかどうかというあたりからなかなか壁を破れていない。かつては、板の長さ制限が小柄な選手ほど不利になった規則変更の為だと関係者は言ったものだが、ポーランドのマリシュ(公称で身長168cm)が去年に続いて、今年も好調であるのだから、とても理由にはならないだろう。ノルディックでは荻原引退の後、若手の高橋大斗がまだまだトップにはほど遠い発展途上。これがアルペン競技となるともっと悲惨であって、回転系にエントリーしている木村公宣ら3名は、2回目の滑走に出れる事すら稀という有り様である(通常、上位30名が2度目の滑走をし、総合タイムを競う)。だが、驚くなかれ、これでも滑降などのスピード系に比べれば善戦しているのであって、確か女子選手が一人エントリーしていたと思うものの、常に下から数えて5本の指に入るかどうかという順位をウロウロしているのが、スピード系の現実である。確かに地の利で考えると、日本に不利な面はある。スキーのワールドカップは主に欧州と北米を転戦する。従って、どうしても選手は故国から遠く離れて戦う事になる。また、スピード系競技では、日本にあまり練習する場が無い(長いコースが無い)という理由も、時折聞かされる。だが、果たして本当にそれだけだろうか。 例えば、女子のスピード系選手で昨年に引き続き、今年も好調で常にトップを争っている、クロアチアのコステリッツェ選手がいるが、クロアチアという国には殆ど山がなく、スキー場も同じ理由で僅かしか無いという。それでは、彼女は常に外国で練習しているのかというと、さにあらず。父親の指導のもと、体力作りや滑走練習などを殆ど自国で行っている、という話を先日見たスポーツドキュメンタリーが語っていた。例えば、滑走競技の練習には、山道をインラインスケートで滑走してカンと体力を養ったりしているようである。父親も元スポーツ選手で、血筋としては確かに筋金入りなのだが、見ていると与えられた条件をうまく利用し、自分に最も適したトレーニング方法を工夫して、世界のトップまで辿りついているのがわかる。 さて、どこかの国であるが、こういう例を見ると、やはり根本的に何か強化方針というものが、全く間違っているのではないか、としか思えなくなってくる。かつて、陸上競技ではウサギ飛びを当たり前にやっていたのと同じように(あれは現代医学では筋を痛める論外の運動)、旧態然としたトレーニング方法を、あまり考える事もなく、繰り返していたりするのではないだろうか。スキー競技は年々、マテリアルも変化してくる。昨年は、カービングスキーが急速に普及した年だった。実は日本の木村選手などは、世界に先がけてカービングを使った一人である。だが、他の選手がそれを乗りこなしているのとは対照的に、結果が出ていない。カービングスキーは、鋭く曲がる一方で、それだけ脚力をつけてしっかり制御しないと、板が勝手に抜けてしまうという問題がある。つまり、トレーニング方法一つとっても、違う手法が要求される筈だが、日本のコーチ陣はそれをどこまで理解していたのだろうか、と言う事にならざるを得ないのである。 似たような話は、ケガ人による休場者が続出している、大相撲界にもありそうだ。基礎体力を付ける事なく、機器を使っていたずらに筋力ばかり強くしたら、関節や筋に負担がかかるのは当然だと思うのだが、これまで相撲協会はトレーニング方法について、何ら通達を出していなかったらしい。古くから行われて来た、シコやテッポウと呼ばれる運動、様々な材料をごっちゃに入れたちゃんこ鍋というシステムは、実はこうした欠点をうまく補う、優れた方法であったようだ。ところが、今の若い力士は、面倒臭がってシコやテッポウをさぼり、ちゃんこを残してハンバーガーを食べに行くというので、問題点が噴出したのではないだろうか。 無論、日本に優れたスポーツ指導者がいない訳ではない。例えば、高橋尚子を育てた小出監督のように、選手の持つ優れた資質をうまく引き出せる指導者もいる。しかし、一つの集団として動く時に(スキー競技委員会とか、相撲協会であるとか)、どうも日本は的確な状況判断によるフィードバックを苦手とするようだ。この傾向、あらゆる業種から行政にまで普遍的に存在するようで、この「構造」をどこまで「改革」できるかが、日本再生の鍵となるように、辛口子には思える。という事はつまり、どうも将来は明るくないという方向に、またまた話が行ってしまうのである。 |
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身勝手3景 小泉総理は靖国神社参拝を行い、近隣諸国との軋轢を引き起こす。戦没者に敬意を表するという総理の理屈は理解出来ないでもないが、わざわざ近隣諸国の神経を逆なでする行動を率先してとる事は、一国の代表として如何なものであろうか。北朝鮮の外交を我が儘とか身勝手とか、これでは言えないのではないだろうか。 新潟に入港した万景峰号の前に、地元自民党県議らが集まって「拉致家族を返せ」とシュプレヒコール。如何にも子供じみた行動であるが、その真意は地元の人に対して「次の選挙ではよろしく」である事は見え見えで、あまりに芸の無いその行動原理には失笑を禁じ得ない。日本の船が中国か韓国に入港し、地元の議員から「靖国神社参拝反対。帰れ」コールをされたとしたら、どう思うかという方向に頭が動かないのであろうか。 品川区にある、皇后様のゆかりの家の取り壊しに反対する住民ら、20人が工事車両を前に反対運動。そんなに残したいのなら、有志が資金を出し合って買取ればいいのである。誠に幼児めいた身勝手そのものではないかと思う。第一、皇后様も取り壊しについては了承をなさっているのである。皇后様の真意を踏みにじる行為ともとられかねまい。 |
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NPT 最近、本欄の記事がアップされなかったのは、突っ込みたくなるような話題が、あまりマスコミに出て来なかったからである。さて本題。北朝鮮が脱退を表明したからと、大騒ぎになっているが、この問題は実はそう簡単ではない。そもそも、核兵器不拡散条約(NPT)という条約そのものが、一足早く核を手にした、米、ソ、中国、フランス、英国の5ヶ国にとっての、自分らの優位性を保つ為の条約である、という側面があるからだ。表向きはともかく、内心ではこの条約を面白くなく思っている国は多い。言うまでもなく、現在、このNPTの考え方そのものが揺らいでおり、既にインドもパキスタンも核を保有している事は明らかだし、ソ連崩壊に伴って核物質の流出と拡散は着実に進んでいると言われている。国内資源に乏しい国にとって、兵器としてばかりではなく、発電設備としての核が喉から手が出る程欲しい場合もあるのだ。今回、北朝鮮が表明したのは、原子力発電を再開する事であり、直ちに北朝鮮が核兵器を持つ事を意味している訳ではない。また、原子炉を稼動させ、原子炉内で核物質が生成されても、それを核兵器に直ちに出来る訳もなく、核物質の精製、兵器に使えるだけの量の確保、更に実際に使えるかどうかの実験、という手順を踏んで、初めて核兵器を保有したと言える状態になるのである。北朝鮮がこの最初の段階にしかいない事は明らか。それでは何故、既に核を保有しているインドとパキスタンが叩かれないのかというと、アフガニスタンに対する戦略的な位置関係の為に、アメリカが意図的に叩かないからである。事実、対タリバン戦略の関係で、従来インド寄りだった米国は、パキスタンとの関係も急速に接近させていて、その絡みでパキスタン情報局から、北朝鮮に関する情報をかなり入手しているようである。イラクや北朝鮮が核兵器保有の可能性が出たと大騒ぎするのであれば、インドやパキスタンに対してもっと非難があって良い筈なのだ。実に米国のご都合主義で世界は動いている事が分かるのではないだろうか。最後に、北朝鮮が今回、核問題を切り札に強硬的な出方をして来たのは、とにもかくにも国内のエネルギーが不足しているからである。不足したのは重油の供給が滞ったからであり、そもそも核施設を停止して、IAEAの監視下に入る事を承諾したのも、重油の供給という条件の下であったのだから、今回の北朝鮮の行動は当然考えられた事であって、その意味で特に驚くべき事ではない。で、その重油の供給が滞ったのは、北朝鮮と西側との対話が中断したからであり、そのきっかけとなったのが、日本の拉致家族問題に対する感情的な反発である事も、マスコミでは全く語られていない。別に言うがままに、一時帰国家族を返すべきだったかどうかではない。一部の感情的なグループに煽られて、「断固として一人たりとも返さない」などと表明した、日本政府の対応のまずさを指摘しているのである。「この問題については、改めて交渉したい」とでも言って、窓口を継続しておくべきだったのだ。 |
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中東情勢入門 新年早々から、アメリカがイラク周辺に戦力を増強していると伝えられ、一体、本気で占領までするのかどうかと、誰もが戸惑っているだろう。日本からは遠い砂漠の話であり、アラブ的考え方にも馴染みが少ない事から、重要資源である石油を大幅に依存しているにも関わらず、中東の情勢については、あまり理解がされていないのが現実だ。何故、彼等はああまでムキになって、テロまでするのか。歴史は2000年以上に遡る。 細かい話を書き出すと、分厚い本が幾つも書けてしまうようなスケールであり、ここで解説するのは問題のほんの一端を紹介したものに過ぎない事を初めにお断りしておく。そもそもは、映画「十戒」でも有名な、ユダヤ民族の流浪の歴史がその底にある。約束の地、エルサレムに建国したイスラエルは(2000年前の話であり、今のイスラエルではない)、結局、強力な他国家によって敢えなく崩壊、以来、ユダヤ人は世界に散らばっていく。そんなユダヤ人の間に、約束の地へ帰ろうという運動(シオニズムと言う)が19世紀の頃から始まっていた。第一次大戦の当時、世界地図の上では中東は巨大な空白地帯であった。理由は「そこには砂しか無かった」からである。アフリカのような地下資源、アジアのような香料に相当する物が無かったから、いわゆる列強はどこも砂地を植民地にする気が無かったのだ。だが、アフリカやアジアに独立運動が起こり始めると、列強は新たな覇権を求め、空白だった中東に目を向けた。当時、中東地域を実質支配していたのは、オスマントルコであった。第一次大戦で、イギリスはドイツと同盟をしていたトルコを揺さぶる為に、その支配地でゲリラ戦を展開させる。それまでは国という概念を明確には持たず、いわゆる遊牧民として平和に暮らしていたアラブ人に、国を作る事を呼びかけ、武器を与え、軍を組織させ、訓練をしたのである。この役目を行った有名な人物こそ、かの「アラビアのロレンス」である。 さて、列強の思惑通り、第一次大戦の後、中東に続々と国が誕生する。これがいかに人為的な物であったかは、国境線がやたらと直線である事からも分かる。資源が一つの国に集中しないように(当時、石油の重要性が認識された)、線が引かれている。生まれた国も、表向きは独立国ながら、実質的にはイギリス等列強の統治下にあった。スエズ運河は、イギリスにとって、東洋の植民地へ向かう重要な戦略ルートであり、それを支配する為にも、エジプトは実質的にイギリスの植民地でなくてはならなかった。今のイスラエルがある所、即ちパレスチナもイギリスが支配をしていた。そこにはシオニズム運動に率いられ、ユダヤ人が大勢移住をしてきていた。当然、原住民であったパレスチナ人との間に軋轢が起きる。イギリスが、アメリカの機嫌をとる為にユダヤ人に、アラブ側を操る為にアラブ人に、それぞれ「あなた方の為の国を作ってあげます」と約束をしていた事は、革命政権が誕生したソ連のレーニンによって暴露された。パレスチナへのユダヤ人入植は続き、この約束が次第に火種となって行く。 事を更に厄介にしたのは、ナチスドイツによるユダヤ人迫害である。ヨーロッパを迫害されたユダヤ人達が、大量にパレスチナに流れ込んだからだ。更に第二次大戦が終わり、強制収容所の悲惨な実態が明らかになると、ユダヤ人が独立国家を持つ事に、表立っての反対も言いにくい情勢になった。この事が最終的にイスラエルの独立へとつながる大きなファクターとなる。イスラエルは、アラブ全体から見ればまさに「よそから来た侵略者」である。冷戦の下、アメリカはイスラエルを支援、ソ連はアラブを支援した。中東戦争は、東西の代理戦争としての側面も持っていた。 こうして現代に至るのだが、そもそも、この中東の問題にはその根幹に、列強によって引かれた勝手な国境線がある。民族がこれによって分断されたし、そこに出来た政権はいわば傀儡で、富を独り占めにして国民を弾圧した。イラクのシャーがその典型だが、今のサウジアラビア王朝も贅沢のし放題であると反感を買っている。オサマ・ビン・ラディンはそうした腐敗政権に腹を立てて、テロ活動を始めた一人である。後に、その政権の背後にアメリカがいると、矛先をアメリカに向けたのだ。ただし、全ての政権がそうだった訳ではない。エジプトのナセルは列強の排除とアラブの一体化を訴え、イギリスやアメリカを震撼させた。それに相当するのが、今のサダム・フセインである。湾岸戦争で、フセインはイスラエルにスカッドミサイルを打ち込んだが、それはイスラエルを引きずり出せば、アラブ側が一つにまとまって対抗するだろうと読んでの事だった。アメリカはそうなっては困るから、パトリオットを提供するなどして、必死にイスラエルを押さえたのだ。フセインのクエート侵攻も、そもそも最初から「列強が勝手に引いた国境線など無効だ」と主張していたフセインにとっては、何度も予告していた事だった。 フセインは、西側で宣伝されるような「独裁者」のイメージとは、だいぶ違う。豪華な宮殿をたてて贅沢にふけっている訳ではない。イラクでは、女性は顔を隠す事も求められず、教育も受けられるし、職にもつける。歴史的な経緯を見れば、フセインの言う事には一理あるのだし、それゆえに、中東の人から見ればフセインは英雄なのだ。中東の不幸は、常に列強にかき回され、自分らの事を彼等自らの手で決める事が殆ど無かった点にある。常に列強(今の最大の列強がアメリカである事は言うまでもない)の都合で、何ごとも決められて来た。だからこそ、OPECが誕生し、石油が戦略に使われた時に、あれだけ大騒ぎになったのだ。今、アメリカはサダム・フセインを悪の指導者と決めつけ、何とか排除しようと必死である。かつて、イランでシャーが失脚し、ホメイニ率いるイスラム政権が誕生した時は、同じフセインを英雄扱いして、イラン・イラク戦争を後押しした事など、けろっと忘れているのである。だが、仮にアメリカの考える通りに、フセインが失脚し、表向きの親米政権が誕生したとしても、問題は何も解決しないだろう。むしろ、テロが激しくなり、西側の国の中にも、アメリカに反旗を翻す国が出て来るのではないだろうか。そうした中、東洋のどこかの国は、明確なスタンスも持たず、アメリカにすりすりするだけでやって行けるのだろうか。 |
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今年を占う 1年の計は元旦にあり、と言う。新年のニュースを幾つか眺めてみた。恒例の正月風景は、まあ、何時ものとおりだが、例年にない特徴と言えば、やはり相変わらずの北朝鮮拉致帰国者への追い回しであろう。昨年の帰国以来、マスコミのプライバシー侵害はすさまじいものがある。墓参りに行った、温泉に入った、パソコンを習った、年賀状を印刷した、揚げ句はその年賀状が紙面を飾ったりする。その傾向は正月も何ら変わる事はなかった。それともう一つ顕著なのが「行方不明者の○○さんに関する新たな情報」と銘打って出てくるもの。当然、「証言」は、何時ものパターンで、顔不明、名前不明な人物が、声も変えて行っている。身辺の安全の為、ここまではよしとしても、その証言内容たるや、「知合いが似た人を何年前に見たと言っていた」という、又聞きの伝言ゲームと言ってもいい位に曖昧な代物ばかりだ。それでいて報道では「これで北朝鮮の主張が一つ崩れた」ように言うのだから、良識の府などと事ある度に言うな、とも言いたくなるところである。ただ、これらについては、マスコミが本当に堕落しているという可能性の他、国民の目を本質から外しておこうという、深謀遠慮があるという解釈も可能である。では何が隠れているのか。可能性は幾らでもある。実は北朝鮮からはもっと詳細な情報が来ていて、輪をかけて衝撃的な内容だから発表できないとか、拉致事件はその裏で日本人政治家が動いていたとか、新たな交渉内容について予備折衝が行われているが、これ以上騒がれたくない為、などである。 さて、ニュースの中、カメラに対して答える庶民の声は、やはり景気回復が多かったようだ。これについては、恐らく明確にNOと言えるのではないだろうか。今年は増税ラッシュである。サラリーマン家族の医療費三割負担も始まるが、最近特に多いのが、消費税値上げを匂わせる「アドバルーン」である。昨年暮れの時点で「来年5月には明確な検討を」という声もあったし、日本経団連も元旦早々に「毎年1%上げてはどうか」と発表する有り様だ。減税が景気回復に結びつかない事はあっても、増税が景気回復を導く事は絶対にない。昨年暮れの、朝日ニュースター系で放送された、パックイン・ジャーナルでは「小泉改革は間違いなく進んでいる。ただ、国民の誰もが改革という言葉を勘違いしているだけである。小泉改革の改革とは、弱きをくじき、強きを助け、最終的に官僚、役人、政治家と一部裕福な層だけがこの世の春となるようなものなのだ」と看破していた。確かにこの解釈で小泉政権の施策を見ると、納得出来る部分が多いように思う。で、最後にここで不思議なのが、これら一連の増税策に対する反対運動が盛り上がらない事である。消費税導入の時など、反対運動で内閣まで倒れたのである。このように見てくると、まさにこれこそが、北朝鮮問題連続報道効果なのかもしれない。 |
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