一刀両断ミニコラム
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《2003.07.31》
DVD−Rの混乱
 DVD-Rもメディアが安価になり、大容量バックアップとして大変重宝する時代となった。が、現実に規格が後追いする事となって、使う上では表向きの話に出てこない、厄介なノウハウが、依然としてあとからあとから出てくる状況に、変わりはない。特に困るのは、メディア(媒体)そのものに、メーカ情報や書き込み速度情報が書き込まれており、それをどう読んで解釈するかが、ドライブ任せになっている事だ。先日、Macに搭載していた純正のSuperDriveが不調になり、アップルジャパンに問合わせ、代替ドライブを送ってもらって交換して送り返す事をしたのだが(表向きはPRしていないようだが、サポートセンタで強く言うと応じてくれる)、その時、ドライブが一台だけだといざという時に致命的なので、もう一台を物色し、やはり内蔵できるTAXANのDVRMQ4(ドライブ自身はPioneerのDVR-105)というのを別途、購入した(秋葉館で2万4千円、リスク回避の投資としてなら充分に低い)。で、これが到着し、いざ媒体を入れてみると、何と1倍でしか書き込みが許可されない。同じ媒体を純正のSuperDriveで調べると、ちゃんと2倍書き込みが出来る。メーカに問合わせたら、何と媒体のメーカを見て、知らない所だと1倍でしか認めないように動作するのだそうだ。このDVRMQ4は、4倍で書き込めるのが「売り」であるが、言うまでもなく、4倍書き込みを行うには、専用メディアを買わないといけない。まあ4倍書き込みは媒体そのものの規格が少し違うので、メディアを選ぶのは仕方がないが、まさか2倍書き込みでうるさく言われるとは、計算外であった。 Pioneerのサイトで調べると、このドライブは、基本的には名の通ったメーカしか、相手にしない仕様になっていると分かるのだが、買う時にそこまで普通は調べないし、製品のパッケージにも明記されている訳ではない。このあたりは、CD-Rとは全く違う世界であって、書き込み型DVDドライブを買う時は(家電の製品でも同様の事は起こるだろう)、あらかじめ覚悟しておく必要はありそうだ。なお、本旨と少し外れるが、Mirrored型Macに二台のドライブを入れると、思わぬ良い事もあったので、付記しておきたい。まず、このDVRMQ4は動作が静かで安定している事である。様々な媒体を入れても、すぐに認識する(純正より早い)し、動作音が静かである。その為、こちらをプライマリにし、純正のSuperDriveをセカンダリにしてしまった。もう一つは、映画DVDを見る時、ドライブそれぞれに、別個のリージョンコードを設定出来る事である。通常、我々が海外からDVDを買う時は、そのリージョンコードは米国の1であろう。そこで、片方を米国DVD用にし、もう片方を日本のDVD用にすると、コード変更回数(5回)を気にする事なく、どちらも見れるのである。ちなみに、再生ソフトは何もいじる必要はないようだ。
《2003.07.28》
飛ぶ打球
 7月27日の、対オリックス戦で、ダイエーが打つわ打つわの大記録を達成した。ざっと述べただけでも、チーム得点、打点、打数でパリーグ記録を塗り替えたなど、合わせて12もの記録が出たそうだが、それも一回の裏に打者15人で、一気に11点を取ったというのだから、打線爆発を通り越して、まるで草野球である。今シーズンのプロ野球は、セリーグもパリーグもやたらと大量点が入る例が多い。一応、巷では、飛ぶボールが原因ではないか、というのが通説のようだ。どの球場も、観客に受けるから、と、飛ぶメーカの球を使った結果だというが、そもそも幾ら飛び方に違いがあるとはいえ、反発力については厳しい検査があり、そんなに飛距離が違うものか、不思議である。飛距離が実際に何メートル違うかもはっきりしていないし、実験がされた訳でもなく、例え有為の差があったとして、これだけ大量点が入るものなのだろうかとは、誰もが思う事だろう。以前にも本欄で触れた事だが、これは審判の判定に個人差が大きいからではないか、と、辛口子は睨んでいる。実際に野球中継を見ていると、高めのストライクゾーンに、特に審判の個人差が大きいように見えるからだ。昨年、高めをストライクとするように、判定が変更されたが、それが今年は再確認されず、個人によって判定が少し戻っているのではないかという気がする。だから、投げる方も困るのであって、審判の「ストライクゾーン」を確かめる為に、まず色々な所へボールを投げてみなくてはならない。そこを叩かれれば、体制を立て直す間もなく、一気に打ち込まれる事もある筈で、ピッチャー交代後の立ち上がり時であるとか、一回の表裏のような所で、大量点の入るケースが目立つ事の、一つの裏づけになるのではないだろうか。阪神の今岡は、第一打席の打率が八割と言われているが、好調の理由には、一つにこれがあるのかもしれない。
《2003.07.25》
無駄づかいはそのまま
 社会保険庁がこの度まとめた、2002年度の国民年金未払い率は、37.2%で、前年度比で8.1%増しという「急成長」である。今年度、この数字が更に「躍進」する事は疑いようがなく、預金差押えなどの強制徴収を実施する方向で、対策を検討する事になったそうである。てやんでえ、べらぼうめ、ってのが庶民感情であろう。なにせ、既にテレビで何度も報じられているように、年金運用の外郭団体は、全国あちこちに数百億もかけて保養施設や体育館、プールなどを作りまくり、採算がとれないからと、それを10500円などという破格の値段で、地方自治体に払い下げたりしているのだからだ。報道ではあまり言ってなかったが、こうした施設には、それぞれ理事がいる訳で、これは当然天下りだし、平気な顔をして3億円程度の退職金をもらっているのだ(ちなみに、長女の不祥事で先程知事をやめた埼玉県の土屋知事は、任期を全部合わせると、2億4千万円ほど退職金を手にしたらしい)。ところで、何故、こんな施設を作りまくったかだが、バブル当時はこうした年金は「蓄え」が数兆円に達していた。こういう形で金が寝ていると、他省庁から突かれ、徴収額を減らせというような議論が出るのを恐れたためらしい。そこで法律を一部改正し、そういう方向へ「運用」できるようにしたのだが、これがバブルが過ぎても延々と続いてきたのだ。お蔭で数兆円の内部留保は、今やゼロに急接近。昨年頃までは「払わなければもらえないだけですよ」などとのんきに構えていた社会保険庁も、流石に顔色が変わったという訳だ(いかに無計画かつ惰性でやってたかが分かる)。だが、それなら庶民にも言いたい事はあるだろう。まずは、無駄づかいを実施した人間と言い出しっぺ、及び関係者が、損失額を弁償してみせることだ。その手段も、社会保険庁がちゃんと示してくれている。勿論、預金差押えである。
《2003.07.24》
上限撤廃
 中央教育審議会は、今の学習指導要領にある、上限指定を見直すようにする報告書をまとめた。つまり、今の指導要領には、「ここから先は教えてはいけない」という線引きがあるのである。悪名高い円周率を3とする、なんてのも、これに含まれている。それにしても「最低限これだけを教えなくてはいけない」という下限ではなく、「教えてはいけない」という上限があるというのだから、誰が聞いても理解に苦しむだろう。要するに、出来る子の頭を押さえる話だからだ。遅きに失しながらも、見直しの動きは始まった訳だが(見直すと決まった訳ではないので念のため)、これで知的立国を目指すと言ってたのだから、まさに「臍が茶を沸かす」というところである。国会議員や政府にそんな物がなさそうなのは、幾多の報道で分かりきっていたが、教育審議会への参加条件にも、「必要な知能の下限」というのは無かったらしい。無論、「先の答申は間違っておりました」などとは、口が裂けても言わないのである。
《2003.07.22》
何故、今、辻元叩きか?
 辻元(前議員)の逮捕には、政府べったりのメディアにも批判の声がある。当然であろう。罪は認めている、金は利子をつけて返している、しかも逃亡の恐れは無いのだから、今さら逮捕して拘留する事は、法的にもおかしいのである。逮捕というのは、裁判所(この場合、東京地裁)が逮捕状を発行して可能になるので、裁判所が発行した事そのものにも、疑問がある。何時の間にか、お咎め無しになっている松浪議員を例に出すまでもなく、もっとタチの悪い事をしているのは沢山いる筈で、辻元前議員のみが優先されなければならない理由は、表向き考えにくい。となると、当然考えられるのは、裏の理由だ。真っ先に思いつくのは、この辻元前議員が政府批判の急先鋒だった、という事であろう。予算委員会での「総理」連呼や、鈴木宗男議員(刑務所に入っていてもまだ議員)に対する「疑惑の総合商社」発言など、政界に巣食う古狸の面々にとっては、まさに「うるさい小娘」であったに違いない。だが、もっと読んでみると、別の側面が見えてくる。まず考えられるのが、側近には政界復帰を匂わせている、田中真紀子前議員に対する牽制という面である。今度は、反政府にまわるだろうからだ。ところが、辻元問題に関連して、今、辞任の声が高まっている土井党首が、憲法擁護派の最右翼である事に目を向けると、話は一気にきな臭くなってくる。現在、政府は自衛隊のイラク派遣に向け、法整備を行っているが、今回の派遣が特例ではなく、何時でも行けるようにしよう、とも動いている。しかも武器使用を次第に広く認めるようにしているから、限りなく正式軍隊化への道をたどっているのである。そうなったら、現行憲法を改正する必要が出てくる(今でさえ、かなり無理をして強引に解釈しているが)。その時に、一番邪魔なのは、土井党首なのだ。個人情報保護法にも、運用によっては言論統制につながりかねない部分がある。こうした関連法案で下地を敷いておいて、最後に憲法改正に持っていく。そうなったら、戦前に逆戻りだ。自由が失われるのは、ある日突然来るのではない。ヒトラー政権にしても、合法的に民主主義の下、選挙を通じて成立したのだ。何時の間にか、何も出来なくなるのである。朝日新聞の電話調査で、自衛隊イラク派遣反対の割合が増え、小泉内閣支持率が低下したと報じられているが、何かおかしい、と国民誰もが何となく感じはじめたからでは、あるまいか。
《2003.07.21》
自衛隊のイラク派遣
 連日、米英の兵士が死に、現地の兵士から幹部の責任を問う声が出ているにも関わらず、小泉政権は自衛隊派遣法案を通すところである。現地に非戦闘地域などはない。米軍の司令官すら、内戦状態だと断言しているのだ。さらに、防衛の為に武器使用を認めると言っても、逆効果しかない。相手がロケット砲ででも攻撃してきたら、銃など何の役にも立たないし、自衛隊が反撃して死傷者が出たら、紛れもない戦闘行為となり、これ即ち軍隊派遣をした事になって(もっとも、自衛隊と言ってるのは日本のメディアだけで、海外では全てJapanese Armyである)、平和国家という日本の題目すら通らなくなる。大量破壊兵器など、既に誤魔化しであった事を米国政府も認めたのに、小泉政権は今だに「いずれ見つかる」を繰り返すだけ。大義名分が崩れた戦闘地域に、軍隊を派遣して一体何がどう守れるというのだろうか。渋谷では反対のデモがあったらしいが、プラカードに工夫が足りない。どうせ書くなら「小泉総理はまず息子を派遣しろ」くらい、書いてみてはどうだろう。
《2003.07.20》
プロレスラーは弱いのか?
 ある新聞を読んでいたら、コラム欄にプロレス番組の視聴率が上がらない、という話が出ていた。K−1のような、格闘技が人気を集める一方で、参戦するプロレスラーが軒並み惨敗している現状にも触れ、ファンには根強い人気はあるが、いずれは真の肉弾戦を目指すか、米国のように完全にショー化をするしかないのでは、というような内容であった。確かに、新日プロレスの永田、中西と、どうも格好良くない負け方をした印象ばかりが目につく。だが、ここで考えなくてはいけないのは、強いとは何かという事ではあるまいか。K−1やボクシングは1ラウンドが3分である。これは人間が緊張を保ち、フルパワーを出せる時間がほぼ3分だという事から来ている。よって第一ラウンドが10分であるプライドは、参加選手にとっては大変きつい事になる。ところが、プロレスは、幾ら途中に多少息抜きがあるとは言え、シングルマッチで30分戦うのはザラで、長い時には60分近くになる事もあるのだ。この事から考えて、プロレスラーは短期決戦には弱いかもしれないが、長時間に渡って戦う能力、即ちスタミナという点では、恐らくズバ抜けているに違いない。K−1で破れたレスラーは、いずれもK−1ルールで戦っている。正しく比較するのなら、今度はK−1の選手がプロレスルールで戦って見せなくては、いけないのではないだろうか。その場合、最初の攻撃を交わしたら、次第にレスラーの方が追い詰めるような気がする。クロコップのように、まさに凶器のようなキックを持っている選手であっても、来る事が分かっているなら、最初は防御に徹し、相手のスタミナが切れてきたら逆襲に転じるという戦法が可能だからだ。(もっとも、中西はプロレスリングでもボブ・サップにおもちゃにされていたが)
 さて、プロレスの人気とは何であろうか。プロレスはショーだ、とか、ヤラセである、という声は良く聞く。まさにその通り、という面はある。しかし、これはヤラセ的要素があるからまだ見世物になるのであって、真剣に肉体同士が素手で戦ったら、それは骨が折れ、血を流し、肉がえぐれるような、凄惨な物になるに違いない。極真空手の創設者である、大山倍達氏が自伝で書いているが、氏が若い頃、武者修行で米国を回った時に、金持ちが強い刺激を求めて行う、アンダーグラウンドプロレスに巻き込まれた事があるのだという。その光景は誠に残酷で、常人なら目を覆うような物であり、氏は「私はそれまでプロレスというものを馬鹿にしていたが、あれはあれでいいのだ、とこの時以来、考えるようになった」と書いている。さて、プロレスは、ある意味で、スポーツの原点に最も近いと言う事が出来る。それは限定的ながら反則が許されるからである。他のスポーツでは、反則はした瞬間に失格であるが、プロレスはそうではない。スポーツのルーツは、古代スパルタで行われた、奴隷同士が殺し合う見世物だと言われる。スパルタという言葉から、スポーツという言葉が生まれた。それは文字通り、殺し合いであって、ルールはただ一つ。死んだ方が負けというものであった。この、ルール無し、即ち反則アリという点で、プロレスは一般のスポーツとは、一線を画している。勿論、ある程度、ヤラセの要素はある。でなければ、アンダーグラウンドプロレスになってしまうからだ。しかし、やらせだとか、ショーだとか言っても、それは鍛え上げられた強靭な肉体が行うからこそ、魅力を発するのである。素人があんな事をやったら、ショー以前に、下手をしたら即死である。だからこそ、プロレスは熱烈なファンの心を掴んで離さないのである。
《2003.07.18》
掲示板規制論
 森山法相が、例の長崎幼児殺害事件に関連し、ネットの掲示板等に、少年の個人情報が流れている件について、法律で制限するのは無理だ、という見解を出しているが、当たり前であって、そういう発想を持ち出す事が、論外である。理由は簡単で、単なる「言論の自由への侵害」だからだ。憲法違反を堂々と主張するとは、その鉄面皮ぶりに感心する他はない(出版物規制などで、青少年の健全な育成の名のもとに、言論統制が幾つも行われている事にも注意したい)。そもそも、こういう時に必ず出てくるのが「子供の人権」という言葉だが、犯罪者の人権が制限されるのは当たり前で、そうでないなら刑務所というシステムが成立する訳がない。先日も書いたが、刑法には「14歳に満たない者の行為は罰しない」とあるのであって、罪は無いなどとは書いていないのである。また、罰とは何かという事だが、同じく刑法の9条には刑の種類というのがあって、「死刑、懲役、禁固、罰金、拘留及び科料(罰金のこと)とし、没収を付加刑とする」と明記されている。つまり、これら以外は刑罰ではないのであって、犯罪者の個人情報を明らかにする事は、プライバシーに絡む話でこそあるものの、刑罰とは違う話なのである。前回も書いた事だが、「罰しない」という事は「罪がない」事ではない。これが勘違いされ、少年犯罪については、少年の氏名どころか、犯罪動機、取り調べ内容、裁判などあらゆる事が非公開になっている。これがそもそもの間違いである。動機や犯罪の詳細が公開されなかったら、正しい補正が出来る訳もない。フィードバックの無いシステムは、必ず暴走するのだ。また、誰もがそう思っているから、掲示板などでそうした情報が流れる事や、先日の「市内引き回し論」に大きな反対が起きないのである。刑罰はリンチではないから、誰も、真面目に「市内引き回しをしろ」などと考えている訳ではない。子供の人権という便利な言葉を振り回して、犯罪者(14歳未満だとこの言葉も使えないらしい)を擁護する事ばかり言う、法曹界や有識者などという連中に、一般市民が警告しているのだ。今までなら、マスコミを押さえておけば、世論誘導は可能だった。だが、ネット社会ではそうはいかない。
《2003.07.17》
やらせ疑惑
 ここのところ、連日、あちこちのテレビ番組でやらせがバレている。例によって「今後このような事のないように」というワンパターンのコメントも目立つ。しかし、やらせが発覚したのは、今回が初めてではない。勿論、今後、このような事が起きても、別に責任をとる訳でもないのだろう。今回の発覚で、問題にすべきなのは、何故やらせをしたのかではなく、何故バレたか、ではなかろうか。つまり、談合と同じで、やってない所を数えた方が、早いのが真実ではないだろうか。ちょっと考えれば分かる事だが、顔を隠し、「音声は変えてあります」というのは、いかようにでも作る事が出来、裏づけもないのだ。
《2003.07.16》
ゲーム脳
 長崎の幼児惨殺事件に関連し、最近、一部マスコミでやたらと流れている単語である。ゲームばかり一日中やっていると、脳の前頭葉という理性を司る部分に、血液が行かず、衝動的な行動をするようになる、という研究結果が、ある学者から出ているのだそうで、それがルーツらしい。前頭葉は、脳のあちこちから出る信号を整理するところと言われ、我々が衝動的に行動を起こす時、「それをしたら次に何が起きるか」と考えて、それを制御する役目をしている、と言われる。いわば、理性の城である。いわゆる「キレる」人間の脳は、確かにここの部分の活動が低いのだそうで、これは日本だけでなく、欧米でもれっきとした研究結果がある(先日触れた、養老孟司氏の「バカの壁」にも出てくる)。が、しかし、である。それが原因であるかのように、そればかり論じるのは問題である。この手の話は、世間を騒がす問題が出ると、どこからともなく、研究者だか学者だか医者だかいう人間から、理屈が出てくるものだ。つい昨年にも、いわゆる教室でじっとしてられない子供について、何らかの病名を上げ、あれは病気である、よって仕方ない、などという方向に議論が行った。この主張が正当なら、旧日本軍中野学校でも、授業崩壊があったに違いないが、そのような記録は残っていない。今回も、ゲームがいけないとか、暴力的内容がいけない、などという方向に議論が行っているようだが、これも同様に問題の本質を隠しかねない愚論であろう。それならゲームが無かった頃に、衝動的に残虐な事をする子供がいなかったのか、と言えば、そんな事はなかったからだ。むしろ、子供は残虐な面を持つもので、戦前の子供は、トンボをつかまえては、首をちぎって遊んでいたりしたもの。ミミズを裏返しにしたり、野良猫をつかまえて爆竹を装填した経験を持つ年配の方も、いるはずだ。猟奇的な犯罪も、有名なロンドンの切り裂きジャックをあげるまでもなく、何も最近になって出たものでもない。昨今の少年による残虐事件が、果たして本当に統計的に有意な差で、増加しているのかどうかを考え、同時にそうした少年が何故補正もされないままで、成長してしまうのかを議論すべきであろう。学校でじっとしてられないから、放っておく。そうした姿勢がその成長の一助となっているのは、間違いないのではないだろうか。子供の人権などという言葉を振り回している連中が、いかにその発想からして浅はかかが、分かるというものではあるまいか。前頭葉のチェックをしなくてはならないのは、子供ばかりではないようだ。
《2003.07.15》
HD録画機はどこまで使えるか
 家電メーカやら、PC機器メーカやら、あちこちから出ているこの製品。細々とした番組を録画させといて、あとでちまちま見ようか、と考え、物色してみた。まず、家電メーカの製品だが、一般にPC環境との連携が悪い。FireWireでデータが移せるPioneerの製品(DVR-77H等)は、結局マシンからはDVカメラに見えるので、1時間の番組を移すには1時間かかるからパス。東芝のRD-SX40はEtherを搭載しているものの、出来るのはWWW経由での予約だけでデータ転送は出来ず、DVDに一度焼いてからマシンに持ち込む必要があり、これもパス。ちなみに、以前も触れたが、こうした家電製品でDVD-Rを焼くと、多国語に対応しない。NECのPK-AX10、或いは20はLAN端子を持ち、データの双方向転送が出来るなど、連動は良さそうだが、サポートソフトがWin環境だけである事と、ユーザサイトなぞ見ると、モザイクノイズ出まくりとか、録画予約をしても何も起きないとか、Linuxを使っていて、電源オンから立ち上がるのに3分かかるとか書かれていて、これもパス。それにどの製品も、結構高い。そこで消去法で残ったものとして買ってみたのが、 アイオーデータのVR-HDA120MS。 今日はこれのカタログや雑誌紹介記事に書かれていない事をお知らせしよう。
 まず、コンパクトであり、静かである。静まり返った部屋で、夜中に動作しても、気がつかないほどである。ファン搭載だから、もう少し音がするかと思っていた。デザインは白をベースにした本体で、落ち着いた感じを受ける。表示のLEDが、結構高輝度で、ややまぶしい位だ。電源オンで立ち上がるのに、10秒少しかかる。ここでテレビ画面が見られるが、リモコン操作を受付けるなど、完全にREADYになるには、あと5秒ほど必要である。買った最初は時刻を設定する必要があるが、時報と連動したセット機能は無いから、時々、時計が正確か、チェックする必要がある。リモコンによる操作には、少々もたつき感があり、AV機器のリモコンとは違和感がある。画面のメニューは基本的に見やすい方だと思うが、ドキュメントはPC機器メーカらしく、家電メーカに比べると書いてある事が大雑把で、ユーザの方も完全に素人だと迷う部分がありそうだ。録画の画質は標準モードで充分に綺麗で、テレビ画面で見る限り、オリジナルと切り替えても、まず区別はつかない。テープのVTRと比べ、ジッタやノイズが無いのが、大きな違いである。早送りや巻き戻しは8倍から最大360倍まで可能だが、細かい送り操作はしにくい部類に入る。ソニーでなつかしい、ジョグダイヤルがあれば便利だが、そういう物はない。倍速と1/2速が出来るが、音声も同様に再生されるから、夜中にテレビをこれで見ていると、近所から妙な誤解を招くかもしれない。編集機能は全くなく、せめてインデックスの打ち込み位は欲しいと感じた。
 本体で録画したデータは、mpeg2形式でMacに移す事が出来る。基本はUSB接続で、繋がっている状態ならMacからの予約操作等も出来る。USBではファイル転送(本体からMacへのみ)に時間がかかるので、FireWireによる接続が可能というのが、本製品のウリだが、実際にFireWireで転送操作を行う為には、本体からHDを外し、改めて別電源と、I/FにFireWireアダプタを取りつける事で、Macに外部HDとして認識させる、という荒技を使う。実用性が無い訳ではないが、これで「FireWire対応」というのは、かなり誇大広告と言えよう。また、この状態でも、MacからHDへのデータ転送は認められない。恐らくデータそのものは移せるだろうが、番組情報等は白紙のままだから、管理出来ないのであろう。無論、FireWireでも、ツールを使ってデータを取り出さなくてはならない。つまり、HD録画した番組をじゃんじゃん編集して、DVD-Rに焼きたい、というような目的なら、本機はやめた方が良い。溜まった物から、幾つかを時々、移したいというのなら、実用性は充分である。
 本機を使って、色々と予約録画をやっていたら、一回だけ、データが録画されない事が起きた。その時、画面は静止モザイク状態であり、恐らくチューナからのビデオ信号を、デジタル変換する時、うまく同期信号を拾えなかったものと思われる。この状態は、結局、電源の再投入まで解消されなかった。色々情報を集めてみると、PCメーカの製品では時々起きるような話があり、大事な番組はVTR録画を併用するのが安全なようだ。もっとも、発生頻度は今のところ不明で、購入以来10回ほど予約をした中で、まだ一度しか体験していない。この件については、メーカに問い合わせているが、24時間経過してまだ返答は来ていない<*1>。
 結論をまとめると、不満は残るが実用性は充分にある、というところだろう。使い勝手やデータの転送、そして何よりもMac本体でmpeg2データを直接ハンドリングするソフトウェアが殆ど無い事などは、今後の課題である。HD録画機は面白い分野だが、メーカがそれぞれまだ模索している段階で、製品としても未完成である、という印象が強く残った。ただ、HD録画そのものはテープとは違い、非常に便利である。DVDに焼く事が良い保存方法かは長い目で見て、何とも言えないが、山のようにTAPEを録り溜めても、案外あとで見ないものだ。見たい番組をちょいちょいと録画しておいて、あとで見る、あるいはまとめてTAPEに移す、というような使い方が、もっとも本機の威力を出せるところだと思う。
<*1>:問合わせの翌々日に返答が来た。センタに送ればチェック/修理するそうだ。場合によっては数日かかるとの事で、まだ症状が再発しておらず、様子見にしている。
《2003.07.13》
刑法41条
 まだ例の長崎殺人中学生事件だが、どこかの知事が少年法をどうこう言った件について、少年法ではなく刑法である、という指摘があちこちで出ている。パックイン・ジャーナルでも「知識がないのがトップにいる」と指摘していたが、まあそれはそのとおり。しかし、実際に刑法の条文には「14歳に満たない者の行為は罰しない」とあるのであって、「罪はない」とは書いていない。ここに大きな誤解(或いは拡大解釈)がある。ちなみに、39条には、いわゆる心神喪失者について同様の記述があるが、これが何時の間にか、「罪を問えない」になり、だから動機も措置も明かしてはならない、というおかしな方向に話が行っているのではあるまいか。念のため、罰しない事は罪が無い事を意味しない。情状酌量という措置がちゃんとあるではないか。罪はあるが、事情考慮の上、今回は罰しないというのが情状酌量である。
《2003.07.12》
市中引き回し
 鴻池(こうのいけ)防災担当相が記者会見で言ったと報じられた、発言に出てきた一節である。長崎で起きた、幼児殺害の中学生について、当人に罪が問えないなら、両親を引きずり出して、市中引き回しの上、打ち首にしたら、と述べたもの。まー、時代劇ではないので、幾ら何でも実現は無理だろうが、批判的反応がほとんど見られないところを見ると、おおむね共感する向きが多かったのではあるまいか。特に、変質者や少年犯罪による被害者やその遺族は、「そのとおり!」と相槌を打ったのではないかと思う。この大臣、一連の発言の中で、「被害者ばかりマスコミが報じるが、加害者をもっと出していい」「当人が責任をとれないなら、両親や校長が出て来るべきだ」「出て来ないなら引きずり出す」などと言っていて、表現はともかく、市民感情としては、まさにその通りであろう。日ごろ、子供や心神喪失者の人権だの何だのと、偉そうな事を言ってる向きは、この機会に是非、こうした発言を批判してもらいたいものだが、いや、静かなものではないか。相手が大臣だと途端に静かになる。有識者なんていう連中が、どういう頭の持ち主なのかが良く分かろう。ちなみにこの大臣、れっきとした筋金入りの政治家だが、これまで失言歴が多彩とのこと。今回も歯に衣着せぬ発言となったのだろうが、レイプ礼賛よりはずっとスジが通っている。ところで、当の犯人である中学生については、既にインターネットに情報がわんさと流れているらしい。法務省あたりは、問題視して躍起になっているようだが、取り締まりきるなど不可能だろう。どうすればいいかは明らかである。心神喪失だろうが、幼年だろうが、罪は罪だという原則を作る事だ。その上で、それを償う(つぐなう)のに、ハンデが与えられるべきなのだ。犬だって、人を噛み殺せば、飼い主に責任があり、場合によってはその犬は、薬物による安楽死である。つまり、今の法律論では、こうした幼年や心神喪失者は、犬以下の存在だと言っているのと同じなのだ。どこが人権に配慮した物なのか、まことに不可解ではないか。かように、根本的に発想の原点が間違っているから、そこら中でおかしな法律が生まれる事になる。例えば先日も、心神喪失者が犯罪を犯した場合に対処する法律が成立したが、犯罪を犯した場合に通院か入院を命じるというもので、一般の精神病患者が安心して治療を受ける事を想定している訳ではなく、解釈によっては、犯罪を犯して初めて治療を受けられる、ともとれる代物。関係者は、それこそ心神喪失状態で審議していたに違いあるまい。
《2003.07.11》
何故株価は上がったのか
 日経平均が一時1万円を越えた、という事で、政府与党は「経済政策がようやく実を結んだ」とご満悦になれば、野党の側は「何を言う。今の内閣発足時にも戻っておらん」とやり返している。まあ、次元の低い言い争いは置いておいて、では株価が何故上がったのかを考えてみたい。理屈はそんなに難しくはない。株価は買う人が売る人より大勢いれば、上昇する。それだけである。ただし、本来なら、株式はその企業の業績が上がると見込んだ場合に、投資家が購入して上昇するのだが、今では投機目的で動く部分が多い事に注意しなくてはいけない。現在、世界では日本やアメリカの国家予算に匹敵するくらい、巨額のマネーが投機目的に動いている。それらは、少しでも稼ぐ宛てを探し、世界の市場を駆け巡っている。現金が世界を駆け巡るのは大変だが、今は電子取引が殆どなので、世界を動くと言っても実際にはハードディスク上で、ビットが書き換わるだけである。投機となると、値上がり益を求めるだけでなく、先物取引というシステムによって、値が下がっても儲けを得る事も出来るので、まさに世界を動き回る巨大マネーは怪物となっているのである。そうした中、たまたま日本にその金が一部来た、という事が、株価の上昇を招いたのであるが、ではその理由は何であろうか。りそなの処理で日本経済の将来が明るくなった、という見方もあるが、りそなが日本のマイナスを全て背負っていたとも思えないので、これでは説明が不足している。では本当に日本ではリストラが進んで、企業活動が上昇しているのだろうか。確かに一部の企業では、先行きに明るさが見られるが、役所関係など、マイナス要因の処理は一向に進んでいないから、これも充分ではない。辛口子は、今まで米国市場に流れていたマネーの一部が、日本に流れたのではないか、と見る。あまり報道されないが、例の911テロ以降、米国は国内治安維持と軍備拡張に莫大な費用を注ぎ込み、クリントン政権がやっと解消した三つ子の赤字を元の木阿弥としている。現在の国家予算赤字は4000億ドルを越えていると言われ、一連の会計監査不正疑惑と共に、米国の市場はその信頼を失っている、という指摘があるのだ。無論、イラク戦争の根拠として上げた、イラクの核物質購入や、大量破壊兵器の証拠などが、ウソ八百であったとバレた、というのも要因だろう。現在、こうして行き場の失ったマネーは、あらゆる物を投機の対象として、行き場を探している。たまたまそれが日本に来て、株価上昇の気配を見せれば、今度はその上昇が更に多くの金を集めるのである。今回の株価上昇で、買っているのは主に外国人投資家だという報道もあった。従って、この株価上昇が、日本経済の回復を意味するとは限らないし、何時までも続くとは思わないのが、賢明というものではないだろうか。
《2003.07.10》
またも出た「罪に問えない」
 長崎県の幼児誘拐殺人事件。犯人は中学1年の少年であった。例によって、少年法による手厚い保護があり、犯人の名前も学校も顔も動機もその後の経過も、漠然としか明らかにはされない。遺族にすら明かされないのである。「衝撃だ」と言った関係者(実は文科大臣)がいたらしいが、何を今さらであって、ウソか方便か建前でないなら、既にボケが始まっているのだろう。毎度のことながら、少年犯罪に限らず(心神喪失も同様、根本的におかしいのは、罪を問えない、という概念であって、罪は罪として認め、その上でハンデがあるなら、それに応じた償いを考えるべきではあるまいか。こうした法律を制定し、又は支持している連中は、子供なら殺人をしても良いのか、と子供に問われて、どう反論するのか見せてもらいたいものだ。無論、こういう連中は、犯人の人権は、被害者や遺族の人権より重い、とも考えている訳だ。違うというならちゃんと根拠を表明してもらいたいものだが、明快な答を聞いた覚えはない。遺族はメディアを通じて、「犯人には心が煮えくりかえる思いだ」と伝えてきているが、怒るべき相手は犯人だけではあるまい。かような綺麗事を並べて、他人事のような顔をしている、有識者や法律学者のような連中も含めるべきであろう。このように、上っ面だけ人権擁護のような顔をして、犯人と被害者をとことん分離している今の考え方は、もう一つ、深刻な弊害を生んでいる。それは、被害者の遺族には、心の休まる時が来ない、という事だ。被害者が本当に反省し、謝罪に現れたり、遺影に焼香でもしたのなら、遺族の心情はまだ幾らか癒されるだろう。しかし、現状ではそれどころか、犯人が取り調べで何を述べたかすら、知らされないのだ。遺族はやり場の無い怒りを心の底に秘めたまま、残りの人生を歩まなくてはならない。偉そうに、二言目には人権という言葉ばかりを振り回す輩は、被害者の遺族に全ての皺を寄せて、自分は正義面をしている事に気づいていないのである。「原因をしっかり究明して、このようなことが再び起きないように、なんとか止めていかなければならない」と言う、文科大臣のコメントの、何と白々しい事か。
《2003.07.09》
DivX
 インターネット界で普及度ナンバーワンの、動画像圧縮アルゴリズムの事である。圧縮度が驚異的で、DVD程度の画質のものでも、30分が約200MB程で済む。これがどの位のものかというと、通常のDVDでは、これがほぼ2GBであるから、およそ1/10という事になるのだ。DVDの圧縮は、MPEG2が使われている。MPEG2では圧縮度を変えられるのだが、市販のDVDではおよそこの位に圧縮している、という事である。言うまでもなく、MPEG2でこの1/10に圧縮したら、画像は荒れて鑑賞に耐えない。だから、DivXは凄いのだ。で、DVDの容量は、片面で約4.7GB。つまり1時間ほどが記録できる。これはいわゆる記録型のDVDである、DVD−R等の値であり、映画等のDVDは、2層になっていて、それによってほぼ2時間の再生時間を得ているのである。さて、ここで、次世代光ディスク、と言われるブルーレイを取り上げなくてはなるまい。ブルーレイにも色々と種類が考えられているが、市販が開始されている媒体は、記録容量が23GB。これで通常のビデオが12時間記録でき、ハイビジョン映像信号ですら2時間記録出来る、というのが謳い文句だ。しかし、ここで考えてみると、もし情報圧縮にこのDivXを使ったなら、今のDVDの記録容量が、実質的に一桁上がって47GBになるのと等価である事が分かるのである。つまり、ハイビジョン映像信号ですら、今、一枚130円ほどになっている、DVD−R媒体に、4時間も記録出来るのだ。画期的であるが如く、メディアの伝えるこのブルーレイは、日本メーカの御家芸である、ハードにばかり目を向けて、ソフトの進化を考えない、典型的な例である事が良く分かるだろう。次々と新しいハードを消費者に買わせる事を、第一にしか考えないのである。また、このブルーレイに関して、ある紹介記事で「ハイビジョン映像が2時間も見られる。夢のようである」などと書いていた評論家がいたが、その評論家なる奴が、知ったかぶりの無知な人間であるか、メーカの片棒と担いでいるだけの人間であるかのどちらかだ、という事もわかるのだ。出版不況の昨今、雑誌の記事はますますこうした片棒担ぎがハバを効かせているので、読者の側もそれを良く考えて記事を読む事が必要になっていると言えよう。ところで、このDivXを使えば、今のCD−Rに一本の映画をDVD画質で収める事すら可能である。今のDVD−R媒体なら、10時間分以上が入る事になる。更に、ブルーレイディスクにこれを適用したら・・・答は200時間だ。映画が100本入る。それはいいのだが、そうして記録したディスクを一体幾らで売るのだろうか。誰がそれを買うのだろうか。ブルーレイが、如何に技術ばかりで考えられた、机上の空論の産物かが分かる。なお、日本では殆ど見かけないが、DivXで記録したDVD-R等を、家庭用テレビに対して再生できるプレーヤも、海外には存在し、ネット通販で買う事も出来るようだ。辛口子はまだ試していないが、そのうちトライしてみたいと考えている。こういう技術こそ、消費者の為のものではないだろうか。きっとそのうち中国あたりが、これによる記録型の家庭用DVD録画機を出して来るのではないか、という気がする。そういえば、今、メディアで盛んに取り上げられているDVD録画機で、DVD-Rに記録すると、音声多重には対応しない(つまり片方しか入らない)、なんてな事は、カタログの片隅にしか書いていない。PC上で映像を編集し、DVD-Rに複数音声トラックと共に記録する事は、何でもなく出来るので、何故、家電では出来ないのか不明であるが、容易に想像出来るのは、「次の物を買わせる為の布石」ではないか、という事であろう。どこが「VTRを置き換える」ものだろうか。
《2003.07.05》
阪神独走を考える
 プロ野球ファンでない人もご存じ、阪神タイガースの独走は歴史的ですらある。東京の新宿京王百貨店にある関東唯一の阪神グッズ店は、驚異的な売上げを記録、後楽園の東京ドームにも六甲おろしが鳴り響く。そうした中、あまりメディアで語られない阪神独走の側面を考えてみたい。まず、何と言っても、阪神独走を許した第一戦犯は、読売巨人軍である。阪神の貯金は30、横浜と並んでこの両チームが殆どを提供した、と言っていいからだ。横浜の最下位はともかく、巨人がもう少し勝っていれば、こうまで阪神の独走は起きなかった筈である。さて、その巨人の迷走を作った第一戦犯は、言うまでもなくペタジーニである。巨人にけが人が続出した、という不運はあったが、少なくとも元木と仁志が衝突したのは、明らかにライトにいたペタジーニが、鈍足である上に、言葉の関係から声で指示をしなかったのが大きな理由だ。この二人が健在だったら、巨人はもっと戦えた。ペタジーニは金さえもらえばあとは仕事をしない性格と伝えられていて、ヤクルトは毎年一年契約にして、出来高もつけていたのだが、巨人の契約はそうではなかったらしく、巨人が獲得した頃、関係者の間では、「絶対働かないぜ」と囁かれていたらしい。事実、時たま、思い出したようにホームランを打つだけで、あとは活躍はしないし、ケガを名目に帰国して休んで来るというのが、今年のペタジーニだ。先日もケガを理由に米国に帰っているが、そんなに重傷なら、こんなに早く戻って来れる訳がない。さて、ペタジーニを責めるのは易しいが、先に金さえもらってしまったなら、あとはケガでもしたらつまらん、と思うのは当たり前で、そういう契約をした無能な巨人フロントこそが、真の戦犯である。ペタジーニに限らず、古くは張本を獲得した頃から、まさしくバカの一つ覚えで、年齢の行ったベテランに途方もない金額を出して、しかも活躍されずにシーズンを終えるという愚行を繰り返して来たからだ。億単位の契約で外国人選手を獲得しては、金をドブに捨てているのは、今や年中行事である。外国人選手の間にも情報ネットワークはあるのだから、恐らく巨人フロントは、まさにカモネギ球団と思われているに違いない。これでは若手は育たないし、監督もロートルを押しつけられて、思うように采配も出来まい。更に、こうした無能フロントも少しは学習しているのかと思いきや、折角、ベイリー、ランデル、レイサムの3外国人を解雇する、と発表した途端に、今度はFA宣言をする筈の、西武の松井を獲得する、などと言い出したところから見て、全くその知能程度は進化していないようである。阪神が来年も優勝するとは考えにくいが、巨人の快進撃もありそうにない。もっとも、メディアもそれと匹敵するおめでたい発想レベルだから、相変わらず地上波では巨人戦ばかり中継する事だろう。今年のオールスター、ファン投票では阪神勢が圧倒したが、もう一つ。巨人からは一人も選ばれなかったという事実がある。既に、野球ファンの間では、「巨人・大鵬・卵焼き」なんてな時代では無くなっているのだ。読売系なら仕方ないが、折角、横浜のオーナーになりながら、横浜戦を中継しないTBSを始め、地上波メディアは、無能な上層部を一層する位の覚悟で、猛省すべきであろう。以前も書いたが、辛口子はスカパーで野球を見ている。試合開始から終了まで間違いなく放送するし、CMは非常に少ないし、解説者はしっかりしたのが出て来るし、訳の分からないタレントは出て来ないし、見たくもないデータ画面の押しつけもない。要するに野球を楽しむ為の、当たり前の事をやっているから、安心して見ていられる。今でも余計な事ばかりやる地上波メディアが、地上波デジタルなんて手にしたら、野球中継がどうなる事だろうか。
《2003.07.03》
国民性
 イギリスでブレア首相の支持率が、急降下していると伝えられている。理由は言うまでもない。アメリカの言うがままに、「イラク大量破壊兵器」と繰り返した事が、問題になっているのだ。大量破壊兵器どころか、数個師団いたという大統領親衛隊もその影すら見つかっていない。機甲師団なんだから、少なくとも戦車や装甲車が大量に見つからなければならないのだが、それも報じられていないのである。かような事実に鑑みて、イギリスで問題となっているのは、為政者が堂々と嘘を言ったという事である。これを日本と比べてみると、色々な点で対照的であろう。小泉総理は、党首討論で「そのうち見つかるさ」などという答弁をしている訳だが、嘘もその上塗りも、全く支持率に反映されていない。そもそもが、日本の国民性は、嘘には寛容である。公的な場で、組織の不正を証言した場合と、不正など知らん顔をして、嘘を並べた場合とで、どちらが出世するかを考えてみれば明らかだろう。普通の市民が嘘を言う場合と、責任ある立場の人間が嘘を言う場合とでは、全くその罪の度合が違う、というのが欧米の考え方だ。この違いは、国民性とも解釈できるが、別の見方をすれば、その影響がどこまであるか、を考えた上での選択、とも言えると思う。責任ある人間の嘘を容認しておくと、いずれそれが大きな形で社会全体に跳ね返る事を、欧米は長い民主主義の歴史で学んでいるのであろう。さて、日本である。日本ならではの、長い物に巻かれろ意識。これが良いか悪いかは、歴史が証明するだろうが、問題は表向き「嘘はいけない」と教育している事との矛盾である。その教育そのものも嘘である、と言う切り返しはさておき、その為かどうか、弱い奴を嘘つき呼ばわりして攻撃する時は、日本人は途端に元気になる。後めたい気持ちを打ち消そうと、正義感を剥き出しにするのかもしれない。イジメが減るどころか、陰湿化して一向に減らないという事実の一因は、そのあたりにあるとも考えられる。先日、新聞を読んでいたら、「ウチの子が学校でイジメにあっており、それが止まりません」という親からの質問に、その方面の弁護士なる人が、「イジメは卑怯な行為であり、もっと良く話し合う事が必要です」などと回答していた。まさに机上の空論であり、試験問題の模範解答だな、と思ったものである。そんな折り、「バカの壁 - 話して分かるなんてウソ」新書、養老孟司・著)なる本が出ている事を知った。さっそく読んでみるつもりである。

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