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銅メダルの裏で 末続(すえつぐ)選手の銅メダルは、まさに歴史に残る快挙である。アジア人には決勝出場すら滅多に無いと言わ続け、周囲は全部黒人ランナーという中で、3位というのに、どうも日本のマスコミは扱いが小さい。競技の映像を見ていると、海外メディアの記者があっという間に取り囲むなど、あっちの方が扱いが大きいくらいだ。これを見て、仮に一番やる気になったのが、日本より中国スポーツ界であったとしても、これでは不思議ではない。総理は総裁選と憲法改正で頭が一杯なのか、恒例の感動ブシも出なかったようだ。さて、単に誉めるだけでは、当欄としてはコケンに関わる。ニュースでは殆ど流れなかったのだが、実は決勝スタート直前に、この末続選手に対して、審判が難癖をつけ、足の位置を直させるという一幕があったのである。決勝までは、同じ構えをしていたのに特にお咎めもなかった。確かにルール上は審判の権利として、これは問題はないのだが、集中力を削いでやろう、という米国の作戦とも見れる仕草であった。ちなみに、末続選手が3位に食い込んだ為、アメリカの上位独占はならなかったのである。日本はアンフェアだ、などとアメリカが以前は良く言ったものだが、実際にはそうではない。日本人選手が活躍した事で、ルールが変更された例は、スキージャンプの板の長さや、水泳のバサロ泳法など、決して少なくはないのである。金融界に目を転じれば、銀行に自己資本比率の枠を被せたのも、アメリカである。捕鯨反対の急先鋒をとりながら、エスキモーらには捕鯨を認めているのもアメリカ。京都議定書に反対して批准しない先進国もアメリカだけ。自国への敵対行動をするグループはテロリストと言うが、アメリカにとって都合の良いテロリストは自由の戦士と呼ぶ。結局、自分らは神に選ばれた国民で、自分らに都合の良い事が正義である、と言う大原則を仮定すると、アメリカの行動は全て説明がつくのである。で、それにべったりと腰巾着となって、日本を巻き込みつつある小泉政権。何故、支持率が高いのだろうか。 |
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宅間裁判をみる 死刑判決は出たものの、なにかとお騒がせな宅間被告である。メディアは遺族の声(「人間とは思えない」とヒステリックに言う)とか、総理の「当然」発言や、それに対する法律学者の「三権分立からは好ましくない」という声を乗せたりして、大騒ぎではある。だが、宅間被告は最初っから「面倒くさい事はいいから、さっさと死刑にしてくれ」と言い続けている。この点から言えば、言い逃れやおのれの保身にばかり走る、どこぞのお偉いさんやら官僚やら(文部省官僚は、日本に学力低下など無いと言い続けて、指導要領を大幅に削減した事などどこ吹く風、そのまま学力増強を今の指導要領に上乗せしようとしている)に比べれば、ずーっとスジを通している。別に人間として立派だなどと言う訳ではない。した事は論外で、被害者の心痛は察するに余りある。だが、こうした犯罪に対して、有効に処理できない今の司法制度や法体系にも、もっと言及がされてしかるべきである。宅間被告の言動を見ていると、当人は罪の意識を充分に持っている。とんでもない事をしてしまった、と認識しているからこそ、現状から逃れる唯一の方法である、死を望んでいるのだが、現行法制度は自殺など認めないので、弁護士やら裁判官やらが、よってたかって、死ぬでない、と言い続けている訳で、何ヶ月も閉じ込められて、そういう立場に置かれてしまえば、当人としては、やけっぱちな行動もとりたくなるのではないだろうか。犯罪者心理というのは、長い研究の歴史があるが、当人にもどうしようもないケースがある事が知られている。まるで、我々が腹が減ったから物を食べるかのように、衝動に押されて殺人に走るような例は、欧米でも日本でも多く報告があるのだ。こうした歴史があるにも関わらず、これを単なる異常とし、人道的見地という錦の御旗を立てて格好をつけるだけで、対応出来ていないのが、今の法制度でもあるのだ。遺族の言う「人間とは思えない」というのは、この意味で間違いであって、こういう事をやるのは人間だけであり、動物は絶対にこうした事はやらない。そして、小泉総理は「当然だ」と発言したが、これには、総裁選を前にして、国民支持率を上げようという作戦もあると、見なくてはならない。それに対して、「三権分立から好ましくない」という法的解釈は正しいのだが、では、それを言う法律学者には、これまでどれだけ有効な手を打ってきたのか、と問い返すべきでもあろう。本来なら、メディアはこうした事を追求しないといけないのであろうが、現状は被害者感情を煽るだけである事も、本欄としては付け加えない訳にいかない。 |
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象牙の塔 「犯人は市内引き回しの上・・・」と大臣が発言したり、似たような批判の声が高まった事を受け、法律論、犯罪論の専門家と言われる人々にも、少しはおのれの間違いに気がつく動きが出てきたように見える。25日付けの読売新聞夕刊だったと思うが、そうした専門家4名が、一連の少年凶悪犯罪に絡むこうした批判について、議論をした結果をまとめていた。簡単に言うと、刑を重くしろという意見に対しては「刑罰を重くしたから犯罪が減る訳ではない」、加害者の人権が守られるのはおかしい、被害者こそ人権侵害をされている、という意見については「前者は認められないが、後者は確かに認めざるを得ない」としていたのである。ただし、その上で出た結論というのが傑作で、加害者も被害者も一切情報を公開しないようにすべきである、となっていたのだ。簡単に言えば、何とかして「俺達が主張して来た事は間違いではない」と自分らのプライドを守る事を優先し、更に「臭い物にはなるべくフタをしてしまえばいい」という、安易な逃げ手段で問題の本質から目をそらしているのである。知識人や有識者と呼ばれるこうした連中の頭が、世の中から遅れている事は、今さら言うまでもない。とりあえず、100年遅れていたのが、50年程度に縮まったという所だろうか。だが、この50年のギャップは大きい。何を言いたいのかというと、そもそも犯罪者を公開処刑しろ、などとは誰も本機で言ってはいないのである。市内引き回しはジョークとしても、今の有り方はどこかおかしい、と誰もが感じているからこそ、大臣発言にあまり批判の声が出なかったのだ。特に問題なのは、犯罪を犯したのだから、それは犯罪と言え、というあたりまえの認識を、この専門家連中は全く持っていない点だ。以前にも本欄で触れたように、刑法で規定されているのは「14歳未満は罪に問わない」という事であって、罪が無いなどとは書いていない。罪そのものはあるのである。だから、情状酌量というものもある。14歳未満だと、自動的に情状酌量になるという訳だが、それがどこでどう解釈されるのか、報道でも犯人と言う言葉を使う事すら出来ない現状が、明らかにおかしいのである。この専門家なる連中は、刑法の条文を自分で読んだ事があるのだろうか。次に、被害者の侵害されている人権というのは、名前や顔が出る事だけではない。家族、友人を失ったのに、犯人に対して何も知る事が出来ない、というストレスこそが、大きな問題なのだ。全ての物にフタをして、秘密にすれば守られるのではない。つまり、被害者の心痛を少しでも和らげる為には、犯人がその罪を償ったかどうかを知らせる事こそ、重要だという人間的な視点が全く抜けているのである。こうした専門家連中は、自分の身内、例えば妻や子供がそうした犠牲者になったとしても、犯人がどこの誰でどう罪を償っているかなど、知らなくても平気なのだろうか。いや、他人ごとだからこそ、平気で正義漢のような顔をして理想論ばかり並べていられる、と見るのが自然だろう。諸君、良く見ておくべきだ。肩書きだけの有識者などという連中は、こんな程度の人間なのである。 |
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何故プレーオフか 来年から、プロ野球パ・リーグがプレーオフ制を導入する。公式戦を年間135試合(今より5少ない)にし、終わった時点で3位と2位が試合をし、先に2つ勝った方が1位と試合をし、ここで先に3つ勝った方が優勝となる、というものだ。ニッカンスポーツの有名な野崎氏も指摘しているが、全く導入の意味が分からない制度である。今年のパリーグでは、西武と近鉄がダイエーを必死に追い上げているが、プレーオフがあるのだったら、西武も近鉄も、ペナントでは2位、或いは3位を目指しておけばよくなるのである。つまり、今年のような追い上げデッドヒートは無くなるし、当然ながらマジックナンバーも意味がなくなる。試合に緊迫感が無くなれば、言うまでもなく、観客動員数やグッズ売上げにもマイナスになるだろう。こんな子供でも分かるような理屈が、パ・リーグの運営委員会には分からんのであろうか。恐らく分かっている筈だ。にもかかわらず、こうした愚策を行う理由は、考えられるならただ一つ。それは、何とかせねばと自暴自棄になっている、という事である。観客動員数で常にセ・リーグに差を拡げられているパ・リーグの委員会は、とにもかくにも何か話題を作る事だけを考えたのだろう。だが、大事な事を忘れている。独自性というのは、優れていなければ何の意味もないどころか、マイナスになるという事だ。どこかの自動車会社が「わが社は独自の発想によって、アクセルを左に、ブレーキを右に配置しました」などと誇らしげに発表したら、誰もが馬鹿かと思うだろう。同じ事をやっているのが、パ・リーグの運営委員会なのである。職務に耐えられるだけの資質に欠けている事を表明したのだから、とりあえず、現委員は全員、頭を丸めてこの業界から姿を消しては如何なものか。 |
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軍事国家への第一歩 25日、小泉総理は、再選されたら憲法改正について、その手順をまとめるように、指示したと報じられた。小泉発言に、具体的な改正内容は出て来ないが、自民党の憲法調査会がまとめた素案には、2つの柱があり、それぞれ「集団的自衛権を認める」事と、「国が国家緊急事態を宣言できる」事となっている。前者は、既にここでも解説をしてきたように、同盟国が攻撃されたら助けに行く事である。つまり、今回、大騒動になったイラクへの自衛隊派遣も、問題なく行える事になる。このイラク派遣の問題点は、例えばアメリカが9.11テロで攻撃されたのに、違う国に軍を派遣している事で、この理屈を使えば、要するに気に入らない国なら、難癖をつけて、何時でも攻撃できる、という事になるのだ。これを普通、侵略と言う。米国のやっている事はまさにこれで、米国は自分に対するテロ行為を行う相手をテロリストと言う一方で、自分の意に沿うようによその国を攻撃する連中の事は、自由の戦士と言っている。後者は、言うまでもなく、基本的人権などの制限に直結する。過去、非常事態を宣言して国が事実上の独裁国家になる例は、幾らでもあった。非常事態を宣言しさえすれば、国民の自由な発言や行動が制限されるのであって、憲法の基本理念そのものを否定する事に直結する。仮に、である、政府が北朝鮮を仮想敵国にする事で、国内に軍備必要論を次第に高め、最終的に日本を公式に再軍備化し、国民の基本的人権を制限しようと考えているとしたら、思い当たるフシが沢山ある。先日の辻元議員逮捕によって、現行憲法擁護派の筆頭である、民社党土井党首を牽制し、メディアを抱き込んで、連日、北朝鮮の恐ろしさを強調する映像を流し続け(北朝鮮の国民総生産は沖縄県程度だと言う事などは全く言わない)、ミサイル保有論から原爆必要論まで代議士に発言させ、テロ特別措置法は時限立法なので、選挙前に国会会期を伸ばして延長する事にしている事などだ。 ここで、驚き呆れる事だが、26日の新聞各紙のトップ記事は、何と万景峰号の検査で問題点が出た、であった。問題点などというが、中身を聞けばまことに些細な内容で、どこの船でも調べれば出るようなものだったのに、トップ扱いである。それよりは、総理のこの発言の方が、日本の将来にとって、余程重要である事が分からないのだろうか。先の終戦記念日、広島市市長は、小泉総理の座る前で「最近、再軍備化や原爆保有論が出はじめた事を危惧する」演説を行ったが、そうした発言が新聞紙面で大きく取り上げられる事もなかった。国家が危ない方向へ進もうとする時、本当に問われるのは、メディアである。それについては、日本と対照的な例が、英国に見られる。ブレア首相が、イラク戦争を正当化する為に、ウソをついた、と、マスコミが連日叩いている件である。重要な鍵を握っていると言われたケリー博士が不審死をした件が、今、調査中であるのだが、先日、それに関連する7000ページに上る全資料がインターネットで一般に公開された。官僚の書いたメモまで含まれるというのだから、徹底している。民主主義やIT政府というのは、本来こういうものを言うのであって、端末で住民票を取り寄せられる、などというのは、単に今の書類手続きの一部を、国民に押しつけただけに過ぎず、実質は何も変わってなどいないのだ。ましてや、メディアが政府の片棒を担ぐのでは、明治時代にも劣る情けなさと言う他はない。以前も書いた事だが、ナチス党は、合法的な民主選挙を通じて、独裁政権を築いた。ある日、突然、独裁国家になった訳ではないし、ナチス党が「我が党は独裁国家にする」などと選挙運動した訳でもない。綺麗に聞こえるスローガンに、拍手を送っているうちに、気がついたらそうなっていたのだ。小泉政権も、聞こえのいいフレーズを並べ、実質的には国民へ負担を押しつけてきただけである。[巧言令色少なし仁]という言葉を、今こそ我々は改めて噛み締めるべきではあるまいか。 |
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的外れな北朝鮮騒動 新潟に万景峰号が接岸し、港では「帰れコールをする反対派」と、「歓迎する在日朝鮮人たち」とがシュプレヒコールを送って騒然としたらしい。在日朝鮮人たちが歓迎するのは当然だ。彼等にとっては、故郷とのフェリーだからだ。分からないのは、反対する連中である。日本はどこの国の船であろうと、違法でなければ歓迎する、という姿勢をとっている国だ。海洋国である日本は、そうしなければ、よその国で自分が迷惑するからである。万景峰号が日本に接岸するのは、この意味で何の問題もない。むしろ問題なのは、まっとうな検査すらして来なかった政府の方であって、シュプレヒコールは上げる方向が180度逆と言うべきなのだ。また、たとえ万景峰号がスパイ行為に荷担していたとしても、この船の入港を阻止したところで、何の効力もない。日本と北朝鮮の間には、何隻もの貨物船が運行されていて、それは年間で述べ1000隻にも達するのである。必要なら中国を経由してもいいのであって、この意味でも反対派のやっている事は的外れである。更に、北朝鮮とわが国との間には、意外な程に物流があるのであって、食料があちらに送られているし、逆にあちらの工場で作られた縫製品など、多くの製品が日本に入っている。安く売られているシャツや靴下などは、結構、メイド・イン・ピョンヤンなんてのが多いのだ。あの連中は、まず自分らの着ている靴下やシャツを調べてみるべきだろうが、そこまで思慮がありそうな顔は、テレビには映っていなかった。さて、日本は主義信条思想の自由がある国だから、シュプレヒコールを上げる単細胞がいる事は違法でも何でもない。問題なのは、そうした連中の声ばかり流すメディアである。そもそも、拉致被害者の家族が帰って来なくなったのは、昨日も書いたように、メディアがおめでたい連中と一緒になって騒いだからだ。当初、小泉総理がピョンヤンを訪問した時、北朝鮮側は家族ともども返す事を表明していた筈である。社会主義体制とは、巨大官僚社会であり、その官僚社会が、拉致そのものを認めたという事の重大性を考えなくてはならない。日本の厚生省が、薬害エイズを、どれだけひた隠しにしたか、思い出すべきである。ひとたび認めれば、動くのが官僚社会というもので、恐らく、あのまま一旦、「一時帰国」の人達を戻し、再度、家族と共に日本に連れて来る事は、充分現実的な対応だったはずだ。それを、守る会とかいう単細胞の集まりが、感情的にヒステリックな声を張り上げ、それをマスコミが大々的に流したお蔭で、事態はこじれて今に至っているのである。一旦返したら、再び戻って来る保証はない、などと言うなら、あの時の記者会見で脇に並んで「次の選挙で票を頂戴ね」という顔をしていた、議員連中の何人かが、一緒について行けば、何も問題はなかった。そうしなかったんだから、あの議員連中の本音ががどういう物であったかについては、今さら論ずるまでもない。そして、何度も書くように、最も始末が悪いのが、それをただ伝えるだけのメディアである。上に書いた、北朝鮮で日本向けの縫製品などが多数作られている、という話は、数年前のニュース・ステーションが報じていた事だ。その頃は、北朝鮮敵視論が勢いを増しつつあった時で、そうした中、冷静に実態を報じる番組が、まだ存在していたのである。今では、どこの局も、朝から晩まで、キム・ジョンイルの映像、軍事パレード、喜び組、美女軍団、そして正体不明な「元工作員」なんてな物ばかり流していて、まるで太平洋戦争中の「鬼畜米英」である。本来、拉致被害者がこれだけ出たというのは、沿岸の警備すらまっとうにして来なかった政府にも、大きな責任がある筈だ。ところが、それを批判するどころか、昨日の朝日新聞が「RDD電話アンケートで小泉総理再選を望む声が6割」などと報じているように、政府にヨイショするだけなのだから、全く話にならない。今回の騒動で一番被害を受けているのは、在日の朝鮮人の人達だろう。故郷との行き来もままならなくなっているからだ。コトある度に、拉致被害者の家族家族と繰り返すだけのやつらは、自分さえ良ければいいのだ、と顔に書いているのと同じである。プロのネゴシエータの爪の垢でも、煎じて飲ませてみたいところだ。 ところで、RDD電話アンケートって何か、と思って調べてみたら、ランダムに番号を発生させて電話をかける事をRDDと言うのだそうだ。相手が出たあとは、オペレータが口頭で質問を行う。これがアンケートである。が、アンケートというのは、設問の設定の仕方で回答を誘導する事が出来る。しかも昼間に電話で質問するというのであるから、幾ら番号をランダムに選んでも、その時に電話で答えられる層に偏りが生じるのは避けられない。サンプル数もせいぜい1000程度であり、統計学的に言っても参考指標としての意味合いが強いのだが、報道で見るとまるで全国民がそう思っているかのような印象を受ける。特に自民党総裁の再選は党員による選挙で決まるのであって、一般国民には決める事は出来ないのだから、先の報道は噴飯ものなのである。また、これは見方によれば、明らかな世論誘導で、北朝鮮では思想教育が行われている、などど偉そうに言えた状態ではない。 ネゴシエータとは、誘拐や監禁などの事件が起きた時、犯人と交渉をするプロの事である。大原則はとにかく人質の無事な解放で、その為には犯人に妥協をして逃走させる事も、場合によってはいとわない。どこまで犯人との「駆け引き」を出来るかが、腕の見せ所である。犯人は例え逃げても、つかまえるチャンスはある。だが、人質の人命が失われたら、二度とそれは取り返せない、という、極めて論理的、かつ知性的な判断に基づいて行動するプロである。同様に、拉致家族を戻したいのであれば、どのような手段をとれば最も間違いなく、戻せるかを考えるのが、知性というもので、家族を返すまでは何もやるな、とヒステリックに繰り返すだけならば、こうしたプロとは対極的な知性という事になろう。それをただ流すだけのメディアも同様である。 |
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ウソは良くない筈だが 英国の世論調査で、ブレア首相は国民を騙した、という結果が67%に達したと報じられている。言うまでもなく、イラク攻撃の理由とした、大量破壊兵器の事である。同じ事は日本の政府にも言える。しかも、大量破壊兵器だけではない。9.11テロのあとで、「アルカイダがやったという証拠を確かに見た」と言ったものの、証拠を今だに示しておらず、世界の信頼を得る為に必要だと力説して、自衛隊イラク派遣法を強行採決しておきながら、理由も言わずに派遣延期、構造改革はそれに伴う苦痛をあと2年我慢しようと言いながら、既に3年がたとうとしており、省庁再編は文字通り省庁の境界線を動かしただけで、道路公団総裁を更迭すらせず、壊す筈であった自民党とは、反対意見の持ち主も入閣させる、などと言い出す始末だ。日本のメディアも、電話による支持率調査ばかりしてないで、少しは実態を示すような調査をすればいいかと思うのだが、政府べったりで批判も出来ない今のメディアに、それは望めないだろう。なにせ、北朝鮮の手の平にのるかのように、報道内容は美女軍団一色。かつて、拉致家族が一時帰国した時、感情丸出しで騒ぐ守る会とやらに同調して、一緒に騒いで問題をこじらせ、あちらに残された家族の帰還を今だに遅らせている事など、すっかり忘れているからだ。今回、万景峰号問題で、またも同じ事を繰り返している、こうした思慮の限りなく浅いメディアそのものが、政府のウソなど咎められる訳もない。お蔭で、子供に「ウソはいけない」とも言えない始末だ。 |
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動脈硬化と血流不足 高校生が卒業して就職する時に、応募する会社は一社に限る、という制限があるのだそうだ。元々は、高度成長期(今から30年も前のことだ)の時の青田狩りを防止する為の物だったが、今日のニュースによると、全国都道府県の半数が、来年度から廃止するらしい。つまり、不況の真っ只中だというのに、こんな馬鹿げた「自主規制」が今だに生き残っているのである。そういえば、心臓の心室細動を直す装置が、ようやく誰でも扱えるようになるらしい。最初は医師会が猛反対し、これを医療だという事にして、医師資格が無いと扱えない様にした、いわくつきの装置である。高円宮さまがこの心室細動で亡くなられて、ようやくおのれの愚かさに医師会も気がついたらしいが、動脈硬化でプライドにしがみつく事しか出来ない連中からは、謝罪の一言も無いのは言うまでもない。高卒のこの就職規制も、どこかの皇族の子息あたりが、就職浪人でもしていれば、もっと早く無くなっていた事だろう。さて、話は全く変わって、テレビ朝日系24日放送の巨人−ヤクルト、プロ野球中継。番組表では6時半開始であるが、なんだかんだと延々とCMが入り、5分待ってやっと始まったかと思ったら、「プロ野球の醍醐味を味わう企画」とやらでメルゴング、などという物をこれまた延々と説明。それが終わったら、またもCMが流れ、結局野球の中継が始まったのは、10分も経ってからであった。さて、このメルゴングとは何かというと、中継中に画面にクイズが出て、それに携帯のメールで回答すると、どの回答が何件出た、という数字が画面に出るというものである。おわかりのように、バラエティ系発想である。視聴率低迷に悩んだ末の、苦肉のアイデアなのだろうが、さてここで考えてみるに、これで集まる視聴者というのは、果たして野球ファンなのだろうか。どこが野球の醍醐味なのであろうか。野球について、本当に視聴者に知ってもらいたいならば、例えば1アウト、ランナー三塁で、打者が外野フライを何故打とうとするのか、ヒット・エンド・ランとは何か、何故そこで監督が代打を送ったのか、というような話を随時折り交ぜるのが、当たり前ではないだろうか。ところが、地上波の野球中継を見ていると、やれ選手がどこの学校の出身だの、趣味は何だの、昨日の試合で打ったホームランだのと言うような情報ばかり流し、肝心な野球技術の話は二の次どころか殆ど出て来ないのが、現実だ。中継を仕切っているディレクターは、恐らく野球というものを知らないに違いない。しかも今回は、携帯電話を使う画期的な企画だ、などと言って、鼻高々にしている可能性すらある。野球と関係ない事をやって、集まって来るのは、野球ファンではない。だから、飽きたらすぐによそへ行ってしまう。一方で、こんな事ばかりしていたら、本当の野球ファンは益々離れて行くだろう。昨日の、ある新聞夕刊には、解説者のバラエティ化を警告するコラムが掲載されていた。中継に呼ばれる解説者は、どこかの興業団体に属している人が、優先的に呼ばれるのだそうだ。だから、解説も本質と関係ない、下らない事をしゃべる内容となりがちだと書かれていた。西武から巨人へ移って引退した、某キャッチャーなぞ、その典型ではあるまいか。CATVやスカパーで放送されている野球中継は、ちゃんと野球技術を知りつくしたベテランが、解説者として出てくる。CMは少ないし、余計な事はやらないし、解説がきちっとしているので、野球そのものを楽しめるのだ。これで視聴率低迷に悩んでいる、というのだから、地上波メディアを仕切る脳細胞には、動脈硬化以前に、血流がちゃんと行っていないとしか思えない。 |
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PENTHOUSE 米国の代表的なポルノ雑誌である。ポルノという言葉も、最近では使われなくなっているが、要するに裸のギャルが足を思いっきり広げて、その局部をはっきりと見せているような写真が満載されている物である。PENTHOUSEは局部を見せる事はあっても、性交そのものを見せる事はなく、その意味ではハードでは無いポルノ雑誌に分類されるのだが、この度、出版元が破産したと報じられた。対抗馬のPLAYBOYが順調なのと比べ、凋落ぶりは哀れな程だったようだ。一時、日本版が出た事もあるが、幾らヘア解禁でもそんな本を日本で出せる筈もなく、肝心な部分はボカしての出版になり、それしかない特色を出せなかった訳で、名前だけ残り全く違う雑誌となっていった。報道によると、今やポルノ写真を見たければネットに幾らでもあるので、誰も本を買わなくなったのだ、という分析があったが、一面、これは正しいとは言え、それだけではないと思う。そもそも、PENTHOUSEは、PLAYBOYに対抗して登場した。だから、裸は出しても女性器そのものは掲載しなかったPLAYBOYに対抗して露出度を上げた訳だが、それ以外にも、PLAYBOYの写真が赤っぽい色合いなのと比べ、PENTHOUSEの写真は青っぽいなど、対照的な特徴が幾つかある。だが、コトの本質は、PENTHOUSEが支持を失ったというよりは、PLAYBOYが支持をしっかり得ている、という視点で見るべきであろう。その要因は何かというと、PLAYBOYは確かにギャルのヌードを売りにする雑誌だが、女性の体という被写体を、綺麗に撮るという姿勢で一貫しているという一点に尽きる。この点で、PLAYBOYは他の類似雑誌と際だった一線を画しているのだ。だから、PLAYBOYは女性からも多く支持されている。プレイメイトへの応募は年間に自薦、他薦を合わせて1000人を軽く越えるらしい。プレイメイトと言われるのは、月刊PLAYBOYのセンターフォールドを飾った女性だけであって、つまりはこの中から選ばれるのは、年に12名に過ぎないのである。従って、プレイメイトと言われる事は、自らの容姿に自信のある女性にとって、大変なステータスになっている。他の雑誌では、こうした現象は起きていない。ちなみに、日本版のPLAYBOYも長く出版されているが、一時、日本版が独自に掲載した、日本版プレイメイトは、はっきり言って、この戦略を理解せずに選ばれ、撮影されたとしか思えないような内容で、恐らく不評だったのだろう、現在ではこの企画は無くなって、今の日本版PLAYBOYは、ほぼ、米国版の翻訳本である。さて、こう書いて来ると、どうしても気になるのが、コンビニなどで並んでいる男性雑誌。一時、規制するとか販売を止めるとかいう話があったが、何の事はない、今ではかつてと何も変わらない状況である。そうした成人向け雑誌を開いてみると、女性という被写体を綺麗に撮っているような物はまずお目にかかれない。どう見ても、性欲の為の便器みたいな捉え方をしている物ばかりである。あまりに内容が貧相だから、出てくるギャルの質も低下する一方だ。この事を出版に関係している人間に聞いた事があるが、返って来る言葉は決まっていて「読者がそれを求めている」である。そうではあるまい。そういう読者しか求めない物を作っているのであって、順序が逆だろう。このあたり、安易にバラエティ系にばかり走り、隣がやる事を真似する事しか出来ないメディア全般に、共通しているのかもしれない。ちなみに辛口子は、PLAYBOYの姿勢を全面的に支持している。女性は綺麗に撮らなくてはいけない。それは、本サイトにあるPhotoギャラリーを見てもらえば、理解頂けると思っている。メディアの分析がポルノ論でしか終始しないのを見ても、今の日本に欠けている幾つもの物のうち、まっとうな感性、審美感、美的感覚という物が、その一つと言えるのだろう。 |
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何故株が上がるのか 日経平均が1万円を突破、などと報じられている。株価は先月から次第に上昇しており、景気回復の可能性が取り沙汰されているのは、新聞などで見るとおり。が、調べてみると、この株価上昇は、日本の将来性が買われたとか、不良債権が一掃されたとかいう訳ではないらしい。では何かというと、日銀が通貨供給量を増やしたのである。つまり、単純に言って、金をバラまいたのだ。その金の行き先が無く、株式に集中した結果、株価が上がったと見る事が出来るのである。では、これまでデフレ策を押し通して来た日銀が、何故今になって通貨供給量を増やした(これはインフレ策になる)のだろうか。それは小泉再選への布石と見るのが妥当だろう。小泉続投の為には、景気後退や自殺者増加などのウィークポイントを、少しでもカバーしなくてはならない。だから、構造改革が成功して株価が上がり始めた事を強調する為に、通貨供給量を増やしたと見ると、筋が通る。再び総理になってしまえば、再度、デフレ策がとられるのではないだろうか。 |
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無い袖とプライド 東京都と銀行・ホテルが、外形標準課税に関する裁判で和解の可能性、と報じられている。言うまでもなく、東京都が独自の財源を求めて、これらの業界へ課税をした件である。裁判では、一審、二審ともに東京都側が敗退し、最後の最高裁でも逆風と言われるなか、何故、銀行側が応じる可能性があるのであろうか。銀行等に対する外形標準課税の徴収は既に行われており、裁判で負けた場合、東京都は法定利子を付けて返済しなくてはならない。法定利子は数%あり、これはつまり、この低利率の中、この税金が、銀行にとっては非常にありがたい「投資先」となってしまう可能性が高い事を意味している。言うまでもなく、この利子は我々の払った税金で賄われる。東京都は元々財政難から新規財源を求めたのに、乏しい財政から利子も捻出しなくてはならなくなるのだが、ここで面白いのが、石原都知事らによる、東京都側の発言で、「銀行が良ければ、和解してやってもいい」という態度である事だ。つまり、自分らの安易な業者イジメは棚に上げ、職権を利用して、その気になればまだ色々出来るんだから、と脅しをかけている訳である。従って、銀行・ホテル側は、あくまで法律論を通して最終判決を待ち、大金を手にするか、「お上」の機嫌を損ねて今後もしこりを残すのかを、選ばなくてはならない。ここが思案のしどころ、という訳だ。いかにも日本らしい話ではある。 |
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火星フィーバー 数万年に一度の大接近とやらで、火星ブームだそうである。探査船は幾つも打ち上げられ、望遠鏡や火星儀が売れている。米国では、火星の土地売ります、という商売があって、幾つか売買が成立したそうだ。まあテロだのウィルスだのと言っている地上に見切りをつけて、大宇宙に目を向けてみるのも悪くはないが、少し気になる事もある。それは、大接近という言葉から、まるで望遠鏡を向ければ、火星が月みたいに大きく見えるような勘違いが、されているように見えるからだ。実際には点よりやや大きい円盤に位しか見えない。最接近したと言っても、距離は月に比べれば100倍以上遠い。家庭用の望遠鏡では、幾ら見えてもぼんやりとした小さな赤い円盤なので、望遠鏡が売れているというのが理解に苦しむのである。がっかりして、粗大ゴミにしないように願う。折角買ったのなら、これを機に宇宙の勉強でもして欲しい。ところで、火星の不動産だが、今から40年ほど前の、和製コミックス「ロボット一家(前谷惟光-ロボット三等兵の作者-による同一キャラの平和生活版)」のエピソードに同じような話があったのを思い出した。大枚をはたいて不動産屋から火星の土地を購入、ロケットで火星に行くと、そこには火星人が住んでいる。権利書を見せても、現地の裁判所では「よその星が勝手に作った権利書など無効である」と敗訴し、ほうほうのていで地球に帰って来る、というお話であった。火星ブームというが、こういう気の効いたシャレっ気が見えないのが、今の社会か。 |
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構造改革の一面 巡視艇と銃撃戦の上、大変な手間暇をかけて引き上げられた北朝鮮の工作船が、9月末まで東京の船の科学館で公開されている。ところで、公開終了後の保存が、どうやらままならないらしい。理由はただ一つ。予算が無い為である。傷みも激しく、全体を修復するのは無論だが、収容する建物の事も考えなくてはいけない。結局なんだかんだで、4億円ほどが必要だが、管轄する海上保安庁には百万円も余裕が無いらしい。苦肉の策で出た案が、寄付。ところがこれも芳しくなく、目標には遥かに届かないそうである。結局、今のままだと、分解して廃棄するしかないらしい。ここで考えたくなるのが、この4億円という数字である。拘置所に入ったまま、議員辞職もせずに公費で給料をもらい、次の選挙では立候補すると言われている、かの鈴木宗男が集めたと言われる金の、一桁以上低い値だ。先日、娘の不祥事で辞表を提出した、埼玉県の土屋知事。退職金は在職期間を合わせると、2億円以上になるらしい。以前、本欄でも取り上げた、年金財団の放漫建築物件。あれに居座る理事の退職金が3億円という話も聞いた。つまり、こういう金は幾らでもありながら、こちらに回す金は無い、という事である。世の中の理不尽なのは何時もの事だが、この件に限っては、あれ程何かと言えばうるさい(今回の6ヶ国会議でも拉致問題について難癖をつけている)被害者の会とやらが、全く静かなのも不思議である。裏にいる議員連中にとって、こういう物を保存しても票に繋がらないからであろうか。 |
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頬かむり 西部警察という番組が、ロケ中にカーアクションの車が暴走し、見物中のファンの列に飛び込んだ事で、番組制作そのものが中止となっている。個人的には、この種の和製モダンドラマは、どれを見ても学芸会にしか見えないので、中止になろうがどうでもいいのだが、気になるのは、何かが起きるとすぐに「中止」にして、ほとぼりを冷ますという日本の慣習である。事故の映像を見ていると、カーブで後輪を滑らせ、ドリフトターンしようとした車が、コントロールを失って道路脇の列に飛び込んだもののようだ。運転していた俳優の腕前の問題は確かにあるが(本来なら専門家がやるべき)、車のコントロールなどというのは、路面状態が僅かでも違えば、何が起きても不思議ではないので、あんな目と鼻の先に観客を並べておいた事こそが、最大の原因と言うべきである。恐らく、ファンサービスという理屈がつくのだろうが、安全第一にしないで何がサービスであろう。ところが、メディアを見ていると、そういう方向の分析は辛口子の知る限り、全くなされていない。責任者が涙を流し、番組が中止になれば、それでいい、とでも言わんばかりである。アクションドラマは西部警察だけではないので、また別の場所で同じような事故が起きても何の不思議もなく、これでは今回の事故の教訓は、全く生かされない事になる。事故の責任を追求する事は重要だし、被害者への補償も言うまでもない。が、事故から教訓を得て次に生かす事こそが、賢者のやる事ではないであろうか。以前、家庭教師をしていた事があるが、書いている途中で回答の間違いを指摘すると、すぐにケシゴムで回答全部を消そうとする子供が少なくなかった。これでは同じ間違いを繰り返すだけで、こういう子供はこの癖を直さない限り、絶対に伸びない。そういえば、何度不祥事を繰り返しても、記者会見で頭を下げればそれでいい、とでも言いたげな会社も目立つ。今の日本社会は、こういう子がそのまま大きくなったのばかり、蔓延しているのであろうか。 |
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けだもの 一人暮らしの女性を尾け、強姦行為を繰り返していた高校生が逮捕された。こういう奴が出ると、大抵使われる言葉が、「けだもの」とか「畜生」或いは「動物並み」というようなフレーズである。けだものとは、毛だらけのもの、という言葉から来ているそうで、畜生は仏教用語で言う悪道のこと。悪道行為をした人間は、輪廻転生で動物に生まれ落ちると言われて、そこから畜生と言うようになった。いずれも動物である。が、こうした表現は彼等動物に対しては、実は失礼であって、動物は強姦行為を決してしたりはしない。動物の生殖行為が人間の価値観から見て、一見不合理に見えても、そこには自分の子孫をよりよく効率的に残そうとする、戦略が必ずあるのである。理由は簡単である。オスにしてみれば、なるべく多くのメスに子種を植えつければ、それだけ自分の子孫が残る確率は上がるのだが、植えつけた子種がちゃんと育ってくれなくては意味がない。だから、子供の生き残る確率を考え、どのようにメスと交尾すれば最も合理的か、という戦略をどの種も必ず決め、それに従って生殖行為を行っている。欲望のおもむくままに、異性を襲うのは、人間だけ(最近の研究で、チンパンジーに似た行動が見られるという報告はある)。従って、この高校生は「けだもの」ではなく「動物以下」の脳味噌の持ち主と言うべきであろう。ところで、この高校生、アダルトビデオを見て、それを真似たと供述しているそうで、このあたりが、未成年にポルノを見せてはいけない、という事なのかもしれない。ポルノ解禁で性犯罪が増加する、という、明確な統計学的根拠は無いそうだが、何万人かに一人でも、こういうのが現れるのでは、女性の側はたまったものではないからだ。日本はコンビニ等で子供でもエロ雑誌を買える、世界でも稀な無節制国である。本来、こういう物を扱う書店は、きちっと未成年の入場(販売ではない)お断りを徹底させるような、倫理或いは規制が求められるのではないだろうか。ポルノは必要悪である。全面禁止すれば、地下組織が儲けるだけだ。だからこそ、売る側のモラルが求められるのだが、こういう事を議論すると、すぐに一律禁止とか、児童がどうこうとか、根拠もなく騒ぐだけの方向に話が行くのも日本。動物とまではいかなくても、理性のレベルとしては如何なものだろうか。なお、性犯罪は何も21世紀の専売特許ではない。強姦魔の報道記事などは、どの時代にも必ずある。が、それらは殆どが30代かそれ以降の年齢層で、未成年が出ているのが、近代社会の特徴。つまり、ポルノ情報を通して、大人が子供に「やり方を教えている」のが近代社会、という事になるのではないかと思う。規制すべきはこのルートではあるまいか。 |
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大停電 北米を襲った大停電が報じられているが、今年の夏は欧州で猛暑となり、イタリア等でも大規模停電が起こっている。イタリアは原子力発電から撤退し、不足電力をフランスから輸入していたのだが、猛暑で川の水温が上昇、フランスの原発が川から冷却水を取れなくなり、運転停止へ追い込まれ、国内需要を優先させた事から、イタリアでの大停電となったものである。アメリカの停電は、まだ原因がはっきりしないらしいが、複雑かつ大規模な電力網のどこかが、破綻した為、その影響が一気に広がったものであろう。電力供給網は、総延長が数万キロにもなる為に、その上を伝わる信号速度を無視できず、いわゆる分布定数回路として扱わないと、その挙動を計算できない。ある場所で起きた変動が、全体に伝わるのに時間がかかるので、そうした振動が、まるで波のようにあちこちに伝搬するのである。これは例えば、複数の重りの間をバネで繋いでいて、全体として何とかバランスが取れている時に、どれかの重りが突然外れた瞬間、何が起きるかを連想してみると良いだろう。所によって、振動が集中し、その結果、重りがさらに外れたら、全体の崩壊に繋がる。電力網も同様であって、事故による衝撃波を吸収できないでいると、その影響で次々と発電システムが緊急停止するのである。日本は異常気象のお蔭で、今のところ電力危機の恐れはやや薄らいでいる(原発稼働率はまだ不十分で、今後、暑さがぶり返す事もありうるから、安心は出来ない)。ところで、日本は電力供給を地域毎に独占的会社が担っており、その事から却ってこうした危機に対しては、迅速な対応が可能となっている。日本でも大規模停電が起きる可能性はゼロではないが、復旧に何日もかかる事は恐らくない。米国は多数の電力会社が存在する為、一旦、システムが破綻すると、再度歩調を揃えなおすのに大変な手間がかかるのである。それが米国の停電が大規模になり、回復が遅れた理由だ。独占企業は必ずしも悪ではなく、特にインフラについてはこういうメリットがあるので、いわゆる「民営化」や「構造改革」も、単純に進めると思わぬ副作用が出る事がある。今回の電力危機について、メディアでは自称専門家が色々とコメントしているが、こうした方向へ分析している例は無いようだ。 |
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民族の祭典 レニ・リーフェンシュタールが監督した有名な、ベルリン五輪の記録映画である。最近、DVD化がされたので、改めて見直してみた。モノクロではあるが、高コントラストを生かした迫力ある映像、様々な角度から迫ってくる競技の迫力、どれをとっても一級の記録映画である。ナチのプロパガンダ映画と批判する向きもあるが、見ている限りにおいて、そのような実感はない。確かにヒトラーは何回も映し出される。が、どこの国だって、自国で五輪を開催していて国家元首が観席していれば、それを映さない訳がないだろう。ヒトラーの捉え方も、偶像化するのではなく(ナチの宣伝映画やニュースでは、ヒトラーを偉大に見せる為、必ず下からのアングルを使い、間違っても笑っているような所は流さない)、競技に手に汗握る表情を映していたり、脇の側近と談笑する姿をややローアングルに見せている等、偶像よりむしろ人間としての扱いをしているからだ。ヒトラーの絶大な信頼が無ければ、こうしたカットが当時の政権で検閲されなかった訳がない。リーフェンシュタールは、若い頃から美貌を生かして女優としてのキャリアを重ねた。当時は今のように、特撮技術は殆どなく、スキーシーンでは自ら危険なアクションに挑戦、命を落としかけた事もあるという。そうした女優としての活動をしながら、カメラマンにカメラの使い方を教えてもらう等して、やがて監督としても実力を発揮する。その彼女の作り出す圧倒するような映像美が、ヒトラーの目に止まり、専属映画監督に抜擢されたと言われている。この事から、ナチ崩壊後は、ナチ協力者としてのレッテルを貼られ、最近まで殆どメディアの表舞台に立つ頃はなかった。長生きして、最近になり自らの声で語りはじめた事は、喜ばしいと言うべきである。ナチは様々な蛮行をしたのは事実だが、彼女はそれに荷担した訳ではない。彼女を批判するなら、ナチ発足当時に誉めちぎった当時の知識階級の何人かや、同盟を結んだわが国だって、大きな事は言えまい。およそ、クリエータにとって、潤沢な資金と資材、人材を思うがままに使って、自分のアイデアを実現する事は、究極の願望に違いない。リーフェンシュタールがヒトラーの要請を受け入れたのは、至極当然と言うべきなのだ。そしてなによりも、こうして作られた映像の物凄さは、時代を越えた今でも、その輝きを失う事はない。安易なCG合成ばかりを多用し、アイドル系大根役者を前面に立てて、噴飯モノの駄作を連発するしか能のない、今の日本映画界にこそ、少しはリーフェンシュタールの爪の垢でも、煎じて飲んでもらいたいと、思う事しきりである。 |
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ウィルス騒動 自民党総裁選も、イラク情勢も、目新しさが無く、最近はあまり突っ込みたいニュースネタがない、と思っているところに、久しぶりに、ウィルス騒動というネタが出た。ウィルスと言っても、コンピュータの上で悪い事をするプログラムの事である。SARSではない。かつては、アスキー社に主婦らしき声で、「人間に移る心配はないのでしょうか」という、真剣な問合わせが来たという実話があったのも、今は昔。マスコミでも普通にウィルスという単語で、使われるようになった。今、また新たなウィルス出現と騒がれているが、この出現は少しでも予備知識がある人なら当の然と受け止めているだろう。Windowsには毎月のように、「深刻なセキュリティホール」が発表されており、にもかかわらず、多くのユーザが適切なパッチを当ててもいない事は、毎度のウィルス騒動の時に語られ尽くされているからだ。Windowsというシステムは、元々、グループウェア的に使う事を前提に考えられている。つまり、数人から数十人が一つの課題に取り組むような、コンピュータの使い方だ。従って、上司が部下のマシンを管理出来るような仕掛けが随所にある。これが悪用されれば、ウィルスプログラムは何でもやり放題。毎月のように「発見」されるセキュリティホールは、何の事はない、山のようにある穴のうち、一部に過ぎないのである。かつてWindows95が出た時に、一斉に持ち上げた上に、マイクロソフトの悪口は全く書かなかった無知と無責任など、マスコミはとっくに忘却の彼方であるが、ここではマスコミが全く報じないウィルスの本当の危険性について、少し補足しておきたい。今回まん延していると言われるウィルスに関して「あなたのパソコンが突然電源が切れたりしませんか」などと報じている例があるが、こんなのはウィルスの行う悪さにしては、大した話ではない。本当に厄介なのは、感染した事をユーザには分からせないようなタイプのウィルスである。例えば、バックドアと言って、何時でも外部から当該マシンに侵入出来るような、仕掛けを組み込むような物がある。感染しただけでは、ユーザは気がつかないが、ハッカーが好きな時に中を覗けていじれるようになるのである。覗かれても大した物など入ってない、などと悠然と構えてはいけない。これによって、悪意あるハッカーが、当該マシンを踏み台として、他のマシンに侵入する事があるからである。現在、「不正アクセス禁止法」が施行されているので、その結果、どこかのマシンに実害が出たら「知らなかった」では済まされない。また、最近特に関係者の間で警鐘が鳴らされている物には、スパイウェアという物がある。これはマシンを遠隔操作して、ユーザ情報を自在に取り出したりする仕掛けの事で、最も厄介なものには、テレビカメラの搭載されたノートPCのカメラ機構を操って、そこからの画像をネット経由で「覗ける」ようにする物があると言われる。こういう情報が外に流れていても、ブロードバンドでネットに直結されていると、パケットをこまめに観察しているユーザでもない限り、気がつかない。勿論、そんなパソコンを売りまくるメーカは、そういう事故が起きても知らん顔をするのは目に見えている。カメラ付き携帯による覗き撮影が幾ら報じられても、メーカの反応はゼロに等しいのが現実。こうなったら、ユーザに出来る対策は2つだけだ。自分できちっと対策を講じることが一つ。これについては、無論、スキルが必要で、その為にも、もっと啓蒙がされなくてはならないのだが、上に書いたように、実態はお寒い状況だ。もう一つは、モラルそのものを変質させ、自分の情報が覗かれようが盗まれようが平気になる事である。世の中、どうも後者に動いているような気がしてならないのだが、それでいいのか? |
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不要研究所 先日、噴飯モノの外来語言換え提案をした、国立国語研究所が、性懲りもなく第二弾を発表した。記録保存館(アーカイブ)、等生化(ノーマライゼーション)、回線接続(オンライン)、脱境界(ボーダーレス)、倫理崩壊(モラルハザード)などなど、相変わらずの「迷案」が並んでいる。国立という位だから、税金で運営されているのだろう。合理化を恐れて、活動ぶりをアピールしようとでもしているのかもしれないが、それなら逆効果であって、「こんな研究所いらないリスト」の筆頭は確実だ。この際、折角であるから、ブレインレス=国立国語研究所という訳語も作ってみてはどうか。シェームレス=日本道路公団、というのも出来そうだ。 |
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売れないハイテク 当欄は最初っから断言していた事だが(2002年10月18日の本欄参照)、鳴り物入りで登場したタブレットPC(まあ簡単に言えば、弁当箱に液晶タッチスクリーンを付けたようなPC)は、全く売れていないという記事が、cnet等で公開されている。日本のメディアは、自分の間違いを認めるような記事を、まず出す事はないが、こうした欧米からの記事で、その事実を知る事が出来るのだ。記事によると、タブレットPCに分類されるマシンは、ノートPC市場の1%にも満たない売れ行きで、Microsoftが力を入れていた事を考えると、惨敗と言っていい状態だそうだ。cnetの記事は、ちっとも「後押し」をしないMicrosoftが悪い、という事業者のコメントを出しているが、そうではあるまい。本コーナで以前指摘したように、全く同じような製品が10年ほど前に出て、まるで普及する事もなく消えて行ったという事実があるからだ。少しでもまっとうな記憶力があれば、その位、気がつきそうなものだが、昨年絶賛していた評論家連中が、そのことをコメントする筈もない。似たような話は、「電子マネー」「ETC」「情報家電」「デビットカード」など、取り上げて行けばいくらでもある。Windows95が出た時、花火まで上げて需要を煽ったMicrosoftの戦略はともかく、それにうまうまと乗るだけで、毎月のように「深刻な欠陥」を発表するMicrosoft批判すら、今だに出来ないメディアも、無罪ではあるまい。 |
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センセイ方 弁護士学者合同部会というところが、国会議員の憲法に関する「放言」を集めた冊子を発表したそうである。今の世の中が乱れているのは、みんな憲法が悪いのさ、という方向に話を持って行き、憲法改正へとつなげようとする動き、とも見える物ばかりだそうだ。ところで、別に憲法に限らず、議員諸氏の放言・妄言は少なくない。子供を生まなかった女は年金など支給しなくていい、とか、犯罪少年の両親は市中引き回しの上打ち首、などは、まだ記憶に新しいところだ。それでも放言などまだ可愛い方で、毎年、何らかの不法行為が明るみに出て、逮捕される議員が数名出る。国会議員は全部で500人強だから、その中から毎年数人ずつ逮捕されるというのは、一般社会の常識で照らし合わせてみれば、殆ど暴力団の比率ではないだろうか。しかも、暴力団などとは違い、不逮捕特権など、手厚い法律で保護されていて、この数字である。拘置所に入れられても、依然として議員辞職をせず、給金を受けとり続けているのもいる。これをけしからん、と言うのは簡単だが、そうした議員が何故当選しているのかを、本来、考えなくてはならないだろう。議員は国民の権利の代表と言うが、一体、具体的に何を代表しているのか、良く考えると実に曖昧である事が分かるからだ。投票率が5割などという状況で、一体何が代表なのだろうか。まっとうな候補者情報も与えられず、候補者によるネットでの選挙活動も認められない状況で、一体、何を判断して有権者は投票すればいいのだろうか。判断材料がないから、知名度や組織票で議員が選ばれる。まっとうに国の将来を考える議員が、知名度も無しに選ばれる事などあり得ない。だから、特定勢力の利益にのみ活動する議員が出てくるのだし、プロレスラーが当選したりするのである。自衛隊をイラクに派遣する法案を強行採決した時、議長の背後で仁王立ちになっていたのは、大仁田議員だ。この議員は、まだ戦争中のアフガニスタンへ行き、「ファイヤー!」と叫んだ事でも知られている。別にプロレスラーが議員になってはいけない、と言うのではない。だが、これが税金を投入している、議員のやるべき活動なのかは考えるべきである。かような実情を鑑みれば、議員が国民の権利の代表などとは、本末転倒そのものとしか思えなくなるだろう。現在の与党には、いわゆる宗教をベースに活動する政党が名を連ねている。選挙情報をもっとオープンにし、議員が個人でネットで自由に政策案を訴え、選挙活動を出来るようになったら、困るのは組織票だ。だから、今の与党が続く限り、選挙の質は変わらず、投票率も上がらず、逮捕は続き、政局は知能低下する一方と思われる。どうも、お先真っ暗ではあるが、選挙法の改正が望めないのであるなら、とりあえず、我々は議員を呼ぶ時に「センセイ」と言うのをやめる事から、始めてはどうだろうか。考えてもみたい。何故、「議員」ではいけないのだろうか。どこの国でも議員は議員と呼ばれる。上院議員は上院議員であり、センセイではない。ちなみに、先生という言葉は、本来、「学問などを教える人、または自分が教えを受けている人」であり、その事から、「学校の教員」を指すようになった。今のままでは、辞書に載る「先生」の意味を、180度変えなくてはならなくなるだろう。 |
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