一刀両断ミニコラム
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《2003.09.30》
人災
 東京の中央線で行われた、大規模路線変更工事で、予定が大幅に狂い、数十万の利用者が迷惑を被ったが、どうやら発表を見ている限り、原因は単純な信号機配線ミス、という事のようだ。単純というのがどの程度かだが、線のラベルと端子の表記を見比べれば分かるような物だったらしい。という事は、担当した工事者が未熟だったのか、説明書が分かりにくかったのかというあたりだろうが、もっと問題なのは、この巨大工事が、実行に当たって、一切予行演習をしないブッツケ本番であった事だ。これは常識的には信じられない事で、このスケジューリングを行った責任者こそが、真の「問題点」と言うべきだろう。本欄で何度も書いて来た事だが、組織やプロジェクトというものは、能書き通りにうまく行った場合ではなく、何かトラブルが起きた時に、どう対応出来るかで評価されるべきである。この点から行けば、この責任者の判断力は、小学生並みだと言って良いのではないだろうか。
《2003.09.27》
自衛隊の派遣前倒しへ
 政府は、一時棚上げになっていた自衛隊のイラク派遣を、前倒しにして実行する方針を固めたようである。言うまでもなく、米国への配慮がそこにはあり、派遣しないと今度は金を求められる、という計算もあるらしい(ただし、派遣したってきっと金も求められるだろう)。アメリカの厚顔無恥ぶりは、思わず感心してしまうほどで、自ら国際社会の反対を押し切ってイラクに攻め込み、現地の混乱が収拾できなくなって助けを求めているというのに、「他の国もイラク復興に参加する機会を与える」という表現を使うのだから、全くいい玉である(国連に軍派遣を要請しても、指揮権は手放さない)。もっとも、日本はそれに腰巾着のようにくっついて行く事に決めたのだから、結果として自衛隊員に死者が出ても、イラク経費の一部負担を強いられて増税路線になろうとも、それは構わんという事らしい。英国のブレア政権は青息吐息、米国のブッシュ政権も支持率低下に悩む中、日本だけは小泉政権支持率が高値安定。言うまでもなく、阿倍幹事長と石原国土交通相の効果だが、相変わらずのバラエティ国民性である。恐らく、今回の派遣で、何らかの事故が起きたり、増税が決定しても、責任追求の声など、日本では出ない事だろう。なお、以前から書いている事であるが、日本でいくら「自衛隊」と言いくるめようと、海外メディアでは「Japanese Army」である。また、憲法改正議論の中で、集団的自衛権を認めるべきだという議論があるが、仮にそれが認められたとしても、集団的自衛権とは、米国が攻撃された場合に、米国へ助けに行く事であって、第三国へ行く事ではない。そして、そもそも、9.11テロとイラクとの関係すら、まだ立証されていない(米国の主張は、9.11テロがアルカイダの仕業という事と、イラクがアルカイダを支援している、というものだが、この両者とも立証などされていない)というのに、日本のメディアはその事を取り上げもしないのが現実だ。
 で、メディアで思い出したのが、巨人監督交代の茶番記者会見。ナベツネオーナーは、「こういう混乱はメディアのせいだ」と一人でしゃべりまくったそうだが、まさに老醜と言うほかはない。こちらはメディアの勝ちである。ただし、もう「盟主」なんてな表現はやめるべきだろう。
《2003.09.26》
独自路線
 米マイクロソフトが、家電用OSとしてTRONをコアに使うべく、提携をすると伝えられている。マイクロソフトはTRONフォーラムに参加、技術を得る事になる。TRONは公開をベースにしており、これでマイクロソフトは必要な情報を大手を振って得る事が出来る訳である。フォーラム参加費など、マイクロソフトにとって小遣いにもならぬ額であろう。メディアは、これでマイクロソフトも独自路線から転換、などと報じているが、元々マイクロソフトが独自に開発したソフトなど、殆どない。MS-DOSからが、僅かな金額で権利を丸ごと買い込んだものである。その後、Windowsを開発したが、出来がひどく、Windows3.1など論外な代物だった。その頃、DECから買い込んだのが、後のWindows NTとなるOSである。現在、これがWindowsのカーネル(コア)となっている。つまり、元々、独自技術など殆ど無いメーカがマイクロソフトである。金に明かして、あちこちから技術を買い込んで、自社ブランドで売りまくってきたに過ぎない。それを有り難がって群がった、おめでたいどこかの国の国民の件はさておき、この報道で分かる事は、マイクロソフトというメーカのしたたかさであり、同時にマイクロソフトという金メッキが剥がれたという事でもあろう。折しも同じ日、東大の学生用コンピュータ一式(およそ1200台)を、全面的にMacに更新するという報道もあった。Macは次世代のMac OSXを64bitベースにする(ハードでは既に最新のG5マックが64nitになっている)と発表しているが、MSはこの点でも優位性を失いつつある。マイクロソフトの斜陽は意外に早いかもしれない。
《2003.09.22》
やってられない
 前日までは、継投すると言っていた巨人の原監督が、一転して辞意を明らかにした。表向きは言うまでもなく、チーム不振の責任をとった形にはなっているが、その裏は少し違うようだ。「監督ってのは『やってくれ』と言われてやるもので、『やらせて下さい』でやるもんじゃないよね」と言っていた原監督、来季の構想を練っていたが、フロントがそれとは全く違う戦力補強を押しつけて来た事と、例のナベツネオーナーによる「三連敗だったら白紙」発言に、いい加減、カチンと来たものらしい。そもそも、今季の不振は監督の責任と言うには、あまりに理不尽なものである。最も大きな問題は、ペタジーニの獲得だった。ペタジーニは一塁しか守れない。今まで一塁を守っていた清原を三塁に動かすと、今度は江藤が守る場所がない。仕方なく外野にペタジーニを回すと、今度は弱い肩と遅い足を露呈する。仁志が衝突で怪我をし、長期離脱を強いられた時、右翼を守っていたのがペタジーニだった。あそこに高橋がいたなら、俊足で補球をしていたか、内野に声をかけて衝突は防いでいただろう。つまり、単純に打つ数値だけを評価して札束を積み上げたフロントは、守備というものを何も知らない野球のド素人だった、という事なのだ。野球は守備こそがカナメである。今シーズン、低迷に泣いた横浜もオリックスも、打線は決して悪くない。横浜のウッズなどは、今でもホームラン王を争っている。にもかかわらず低迷しているのは、一重に「とるべきアウトを取れる時に取り逃している」からに他ならない。横浜やオリックスの試合を見ていると、まるで草野球である。ホームランやファインプレーは出るのだが、エラー、それも凡ミスが多いのである。外野がトンネルをしたり、ショートが捕球をする時に格好をつけて、一塁に悪送球をしたりするのだ。出てくる中継ぎ投手陣を見ると、軒並み防御率が5や6だが、あれでは投手を責める事は出来ない。これほどひどくはないまでも、同じ轍を踏んだのが巨人だったのだ。
 にも関わらず、ナベツネオーナーは(本当に9月に引退するのか?)球団代表に、自分の息がかかった三山 氏を送り込み、ジェネラルマネージャとしてチーム編成にまで口を出させている。それが的を射ているのならともかく、現実には上述のような体たらくなわけで、そんな戦力を押しつけられる監督はたまったものではない。原が辞表を叩きつける気になるのは、至極当然で、個人的にも「よく言った」と拍手を送りたいくらいだ。ここのところ、監督という地位は非常に不安定で、シーズン途中の突然解雇が目につく。戦力補強もロクにやらせてもらえずにクビにされた横浜の森監督、3年契約はどこへやら2シーズン目の頭に突然解雇されたオリックスの石毛監督、そして先日の中日、山田監督である。巨人の場合は監督から辞意を表明した訳だが、どれにも共通するのが無能であるのに責任をとらないフロントへの不信感であろう。今や時の人になっている、阪神の星野監督も、「監督が軽く見られておる」と苦言を呈している。NHKのドキュメンタリーでもやっていたが、阪神が優勝したのは、星野が自分の思う通りのチーム作りを出来たからに他ならない。クビにした古参選手にくっついている、タニマチからは、結構反発や嫌がらせもあったらしいが、それを追い払ったからこそ、今の栄光があった。球団のファンは、この事実をもっと声を上げて非難するべきだろうし、それこそが真のファンと言うものではなかろうか。オーナーは金だけ出せ。口は出すな。出すならフロントともども、責任を明確にしろ。氏家は何時までしがみついているのだ。
 という原稿を書いたら、今度は一転して留任という報道が流れてきた。情報が交錯しているが、まあ監督がどうするにしろ、フロント体制があれでは来季も怪しい事に変わりはない。後楽園最終戦で2桁得点などと浮かれているが、阪神が出してきたのは、二軍クラスの投手や初めて投げる新人投手ばかりだったのだから、喜べる状態でもない。
《2003.09.20》
WinMX
 インターネットのファイル交換ソフトとして知られる。名前で分かるように、Windowsベースで動くアプリである。勿論、交換ソフトはこれだけではないし、MacintoshでもLinuxでも類似のソフトは存在する。さて、こうしたソフトは、本来は、複数のマシンでファイルを共有するメカニズムだが、知られているように違法なコピーソフト交換に最も良く使われているのが実態だ。元々、ファイル交換はホストマシンを必要とする形で始まったが、現在ではどのパソコンもホストマシンを兼ねる、こうしたアプリが主流となり、それだけ実態がつかみにくくなっている。が、朝日新聞に掲載された記事によると、ネット上で調査するプログラムを走らせてみたり、アンケート調査などによる結果を照らし合わせ、およそ100万台ではないか(日本だけで)、と推定がされているようだ。個人的にはもっといても不思議はないという気はするが、やはりこれだけの台数となると、著作権の危機というのが声だかに言われるようになるのは、仕方ないであろう。確かにこうした場を通して交換されているデータは、アプリケーションやDVDからの不法複製、場合によっては映画館で非合法に撮影されたビデオであったりするようだ。だから、公式にはリリースされていない筈の、最新映画が流れていたりする。記事中には、「追跡するのは技術的に可能なのだから、やらないように」という話が出ていたが、なに、交換する側も次々に新しい技を使うのであって、結局はイタチごっこだろう。
 さて、こうしたメディアの報道には、あまり出て来ない事実がある。実際にファイル交換メカニズムを使って、色々なデータをやりとりしているユーザにアンケートをとると、本当に自分が好きな作品、或いはアーティストの音楽などは、不法コピーではない正式リリースの物を購入しているケースが非常に多い、という事である。これは、ハッカー・ジャパンの2003.07号などに出ていた話だが、そうだとすると別の側面が浮かび上がる。つまり、頒布権を持つメディア側が、本当はユーザがそれ程欲しいとは思わないようなシロモノを、手かえ品かえ、強引に売りつけてきたのではないか、という事だ。実際、コピー制限をかけたCCCDが販売されても、CDの売上げは全く伸びていないらしいから、これも一つの裏付けになるだろう。大きな声でがなるだけのガキを集めたアイドルグループをアーティストなどと呼んだり、まるで高校生の学芸会ではないかとしか思えない日本映画の宣伝なぞ見ていると、よくぞこれで金をくれと言えるものだ、と、関係者の厚顔無恥ぶりに感心を禁じ得ないが(どこがプロの技だ)、このファイル交換ソフトの蔓延は、そうしたおよそコストに似つかわない代物を、著作権を楯に強引に売りまくって、巨万の稼ぎを上げて来た巨大メディア産業への、ユーザからの強烈なしっぺ返しとも言えるのである。
マジック2
 初の9連敗や1イニング12失点と、記録更新中の巨人のていたらくに、オーナーナベツネ氏の怒りが爆発、今度の対阪神戦で3連敗したら、監督交代を宣言したと伝えられる。昨年秋には「原君はまだ若いんだから、V20も出来る。永久監督だ」などと上機嫌でブチまけた事など、すっかり忘れているらしい。そういえば、当人は9月で引退するとか言っていたが、それはどうしたのだろうか。日本の球界を駄目にしているのは、巨人を中心に回っている今の現実だ。球界の盟主どころか、癌と言うにふさわしいのが、今の巨人の有り方である。真の巨人ファンならば、こうした現実を非難し、それこそナベツネ永久追放を言わなくてはならない。今年の阪神の闘い方を見ていると、とにかくスカッとするのを認めざるをえないのではなかろうか。阪神フィーバーがここまで盛り上がっているのは、巨人中心で来たこれまでのプロ野球体制に対する、ファンからの強烈なしっぺ返しでもある。緒戦を落とし、原監督交代まであとマジック2。
 ところで、今年の原監督を見ていると、どうも長島采配に染まっているように見える。特に投手の使い方が、昨年とは全く違う。辛口子は、昨年の采配ぶりから考え、今シーズンの初めには、期待を持っていたのだが、完全に裏切られた。誰だ、若い監督にウソ八百をアドバイスしているのは? 巨人フロントは、新庄に続いて田口(カージナルス)にも、勧誘の手を伸ばすらしい。この辺の、進歩してない脳味噌あたりだろうか。
《2003.09.19》
宇宙エレベータ
 米国で、これに関する学会が開かれ、はるばるスリランカからは、かのA.C.クラーク氏も、衛星回線で参加したそうである。何でも、「私は今86歳だから、あと20年で完成するとしても、108歳」と言ったそうで、流石。さて、未来への展望は結構だが、この手のものは、必ず利点ばかりが強調され、ネガティブなファクターについては、あまり語られないものだ。この会議でも、幾つかの反対意見は出たらしい。だが、マイナスばかり考えていたら先へ進まないから、とにかく気をつけながらも進む事を優先しようというのが、欧米式近代経済理論だ。確かに軌道エレベータ(こういう言い方もある)が実現すれば、宇宙へ出る為のコストは、飛躍的に安価になり、間違いなく経済と人類の発展には、革命が起きるだろう。重力によって、如何に我々が地上に縛られているかは、山に登ってみれば分かる。500m程度の小山であろうと、麓から山頂まで行くのは重労働だ。だが、平らな地面を水平方向に500m動くのなら、何の苦労もなく10分ほどで行けてしまうだろう。エベレストの山頂まで行くと、余程特殊な訓練でもこなさない限り、酸素マスク無しでは命も危なくなるが、この高さを水平に直すと僅か9km弱。普通に歩いても2時間の距離である。いかに大気という物が薄く、我々が地上に縛られているかが、これからも分かる。軌道エレベータは、いわゆる静止軌道に「駅」を作り、そこから地上までをエレベータで結ぶ、というものだ。従って、地上ステーションは赤道上になくてはならない。静止軌道までの距離は、およそ36500km。ここに直接「駅」からワイヤを垂らすと、ワイヤの重みを支えられないので、そこから更に「外」へワイヤを伸ばし、「駅」に重心が来るようにする事が考えられている。遠くへ行く程重力は弱まるので、バランスを取ろうとすると、結局、ワイヤの長さは10万kmにもなると言われる。こんな途方もない長さのワイヤーを作っても、今の金属では自重すら支えられない。従って、冶金に関する技術革新が必要で、現在最も有望視されているのが、単結晶金属である。いわゆるウィスカー(猫の髭という意味で、多結晶をある状態に置くと、表面から成長する細長い結晶。ほぼ完全な単結晶と言われている)の巨大版という事になるが、今のところ実現の見込みはない。このあたりが、現在の技術的な検討内容である。
 さて、このような途方もない建造物が出来たとして、最も気になるのが事故である。或いはテロでもよい。なにせ、全長10万kmである。もしも「倒壊」したら、地球を2周半するのだ。スキー場でリフトのケーブルが切れただけでも、跳ね回るロープが近くの物をなぎ倒し、大惨事となる。これが地球2周半となったら、どれだけの災害になるか、見当もつかない。こうした会議の場で、この種の災害をどう防ぐか、というような議論がされたという話はあまり聞かない。未来を語る事は別に悪い事ではないが、それよりは飢餓、戦争、公害、ネット犯罪など、地上で片づけなくてはならない問題が山積しているのであって、優先度としては大分下がるのではないだろうか。似たような壮大な宇宙ネタとして、いわゆる宇宙コロニー(ガンダムシリーズに登場するアレ)も有名だが、これもあまり実現性は無いと言えるだろう。コロニー一つで収容できる人口はたかだか数十万人。バングラデシュ一国だけで、年に200万人も人口が増えているのを見れば、建造にかかるコストと手間と資源を考えるまでもなく、やっていられる訳がない。今、人類に必要なのは、足元を固める事だろう。飛躍までは少し時間を置くべきだ。さもなければ、飛躍する前に倒れるに違いない。
《2003.09.18》
IT盲信症
 どこぞの展示会で、リンドウズ(Lindows、即ちLinux上に構築したWindows類似環境)が注目を集めている、と報じられている。度重なるウィルス騒動で、流石にWindowsの問題点にようやく目を向けた動きと言えそうだが、今度は盲目的にLinuxに殺到するあたり、相変わらずの無知蒙昧ぶりである。Linuxが対ウィルスに対して安全である、などという根拠はない。確かに安全度はWindowsよりはずっと高い。だが、一旦コトが起きれば被害が出るのは変わりないのであって、その事を理解しているとは、とても見えないようだからだ。どのようなソフトにも、バグは付き物である。自動的に全てのバグを発見する事は、ゲーデルの不完全性原理によって、あり得ない事が証明されている。従って、セキュリティホールが見つかったら、如何に迅速にそれを修正出来るかが、鍵なのだ。Windowsにもそうしたメカニズムはあり、まっとうに使っているなら、ホールを塞ぐパッチプログラムが配布された直後に、画面には「お知らせ」マークが現れる。にもかかわらず、これだけウィルス騒ぎが広がったのは、一重にユーザがそうしたマークを知らないか、無視しているからに他ならない。これではいくらLinuxを導入しても、同じ事が起きるだけだ。いくらコンピュータが進歩しても、使うのは人間である。使う人間のスキルが低かったら、どれだけ優れたコンピュータであろうと、ただの粗大ゴミであり、それがウィルスを撒き散らすのなら、それ以下だ。IT国家も結構だが、使う人間がこれでは、国家としての秩序に不安が出かねない。IT政府といえば、日本ではもっぱらネット経由での行政手続きにばかり、話が集まっている。幾ら住民票の取得がネットで出来たところで、役所の負担が軽くなるだけに過ぎない。本来なら、IT化によって国民が政府の動向を直接見てチェック出来てこそ、IT化の意味がある筈だ。裁判所の審理日程を見る為に、裁判所の前まで行かなくてはならない現実が軽くなるとしたら、無論、意味が無い事はないが、それよりは公職選挙法を改正し、議員が自分の言葉でWWW経由の選挙運動をしても良いようにするとか、委員会の審議内容を閲覧できるとか、特殊法人の業績が正しく公開される等、先にすべき事が幾らでもある筈である。しかるに、マスコミは何もそういう事を追求しない。これらを見ていると、結局は国民の、ハイテク、特にネット社会に対するスキルが低いのであって、それを最初に何とかするのが先決だという事になってしまう。とりあえずは、コンピュータをネットに接続する為には、免許が必要だ、とでもすればいいのかもしれないが、もし情報処理技術者試験というような、実務上では役に立たない物が、天下り先として出来ても困る。先日、OECDが、加盟30ケ国中で、最も日本の大卒に占める女子の割合は低いと発表したが、ついでに管理職や社会のトップに、理科系がどれだけいるかも、調べて欲しかった。多分、同じく最下位だろう。
《2003.09.14》
老人性痴呆
 石原都知事は、先の爆弾発言で、外務省とその事務官であった田中均氏を目の敵にしていたが(そもそも、知事という大きな公職にある立場での個人攻撃とは、それだけで論外である)、田中氏は官僚として省の決めた事に従って職務を果たしたに過ぎない。大体からして、少なくとも北朝鮮に拉致の事実を認めさせ、五人を生きて帰国させられたのも、田中氏の功績が大きい筈だ。都にかかってきた電話の半分は「良く言った」というモノだったらしいが、そういうおめでたい連中は、個人攻撃されるのが自分になった場合の事など、考えてもいないのだろう。さて、ではその間、石原都知事は一体何をしていたか。どこかの米軍基地を民間に解放するとか、都内に入る車を全てチェックする為のゲートを全道路に作る話などはどこかへ行ってしまったし、銀行に外形標準課税をして裁判で連敗し、ただでさえ末期的な財政にトドメをさしかねないのが現実である。石原都知事が立場を使って、拉致問題解決に動いたという事実もない。単に、外務省の揚げ足取りをして、個人攻撃をしているだけで、これでは高齢化で小学生レベルにまで、頭が退化していると見られても仕方がないだろう。なお、老人性痴呆が進行すると、猜疑心(さいぎしん)が強くなり、何でもいいから敵を作って攻撃するようになる事も、良く知られている。都知事に投票した300万人は、石原氏が何をしてもいい、と投票したのではない。都政を良くしてくれる事を期待して票を入れたのだ。最近、この事を忘れている為政者が非常に目につく。当選したのだから、何をしてもいいのだ、と言いたげな行動では、「逮捕しちゃうぞ」に出てくる、「免許とったんだから、どこを走ってもいいザます」と無謀運転を繰り返すオバさんドライバーと同じであろう。そして、何でもいいから仮想敵国を作り、それを大義名分に、軍事化を一歩ずつ押し進めているのだ。先日、北朝鮮がパレードをしたと報じられたが、人ばかりで軍用車両などは殆ど見られなかった。新聞にはアメリカの機嫌を気にしたという分析が出ていたが、そうではあるまい。単にパレードに使うガソリンも、払底しているからに他ならないのだ。テレビで流される軍事車両のパレードは、良くみると10年以上も前のものばかり。こんな状態で、他国への攻撃など出来る訳がない。テロなら可能という意見もあるが、した事がバレたら、国家は壊滅である。外国軍隊に抵抗する軍事力すら無いからだ。朝鮮戦争当時と違い、今では中国やソ連の支援は期待できない。現体制維持を何よりも優先する今の北朝鮮政府が、そんな手を使う訳もないのである。にもかかわらず、世界中に敵を作って軍隊を差し向けるばかりのアメリカにべったりくっつき、第三国への自衛隊派遣や、憲法改正によって個人の権利を制限するような話が、当たり前のように語られる昨今を見ると、日本全体がこの症状になりつつあるのか、とさえ思えて来るほどだ。折しも、100歳以上の人口が2万人を突破したそうである。
《2003.09.13》
最右翼対談
 爆弾が仕掛けられて当然、という発言について、石原知事は釈明めいた事はしたものの、発言の訂正も撤回もしていない。更に「中国人が池袋でSARSを蔓延させる」だの、高齢化で理性が衰えつつあるのか、言いたい放題。海の向こう、イタリアではベルルスコーニ首相がやはり問題発言で知られ、先日もムッソリーニは人を殺してなどいない、と発言して大問題になっている。この際だから、この両者の対談でも企画してはどうであろうか。ところで今回の騒動で、あれを応援演説だと悦に入っている亀井候補の能天気ぶりも、改めて明らかに。
ヤボ
 日本相撲協会の北の湖理事長、高見盛のパフォーマンスに「土俵に上がったらマナーをもう少し」と苦言。だが、高見盛は目立ちたくてやっている訳ではない。当人は一生懸命であり、だからこそ、面白くても心を打つのだ。あれは当人の気が弱いので、身を奮い立たせる為に自らが考案した方法である。高見盛は稽古場では十両にも負けるそうで、本番で力を発揮する天才肌の力士だが、その力の元があの気合い。だから時間前に立ってしまうと、非常に脆い。これで下手にあの気合いをやめさせたら、高見盛はあっという間に番付を落とすだろう。かつて相撲協会は、旭鷲山にも同様な苦言を呈しているが、輝きを失った旭鷲山は以後、幕内の中程を上がったり下がったりであり、かつての人気は影もない。相撲人気の凋落は、つまらない見栄を張っていられる状態でもない筈で、それよりは、平幕に人気を頼るしかない、情けない横綱や大関、続出するケガ人を何とかするのが先決であろう。何よりも、バラエティ番組に安易に人気力士を出させたりしないようにする方が、大事なのでは。
《2003.09.11》
プロの技
 依頼人(宅間被告)が控訴するな、と言っているのに、独自の判断で控訴手続きをとった弁護団。表向きの理由は、責任能力の有無をちゃんと立証しきれていない、という事になっているらしいが、勘ぐってみれば、答は案外単純明快かもしれない。それは、裁判が長引いている限りにおいて、メシの食い上げにはならない、という事である。国選弁護人であれば、給料は国が保証してくれる訳であるし(勿論、税金である)。なお、弁護団は宅間被告のメモとやらも公開したが、これも当人の許可をちゃんと得ているかどうか、分かったものではない。マスコミは「反省の色もない」と、このメモを報じているが、そんな事は裁判の前から分かっていたこと。それよりも同じ事が、弁護団にも言えるんではあるまいか。
爆弾発言
 自民総裁選、亀井候補の応援演説で、外務省の田中審議官宅に爆弾が仕掛けられた事を「あったり前」と言った石原東京都知事。以前から問題発言が多かったが、今度は許してもらえるかどうか。石原新党の可能性は、これで限りなく遠くなったと言えよう。改めて考えてみると、都知事も最初に大見栄を切って言った事の殆どが、実現していない。ともあれ、これでは石原氏に爆弾が投げられても、あったり前に?
《2003.09.10》
無責任な解任劇、そして新庄選手と視聴率
 プロ野球もシーズンの趨勢が見えて来ると、一気に人事へ話が動くものだが、今年は特に主体性の無いフロントの動きが目立つ。何よりも不可解だったのが、オリックスの石毛監督解任劇だ。3年契約をしておいて、2年目のそれもシーズン開始直後の突然の解任である。後任になったのがレオン監督だが、やはり成績は振るわない。オリックスのフロントは、当初、来季もレオン体制と繰り返しておきながら、一転して人事は白紙と表明した。セリーグでは、横浜の森監督解任劇(昨年ではあるが)も、滑稽である。この両チームに共通しているのが、最下位を独走している点。特に横浜は既に80敗をして全チームに先がけ最下位決定、借金50を目前にしてシーズン100敗も夢ではない。オリックスは今季、一試合26失点などの記録を打ちたて、やはり最下位確定も間近である。確かに、監督を入れ替えるのは、必要があるならためらうべきではない。サッカー界では良く見られる光景である。だが、確たる戦略もポリシーもなく、監督だけ変えたのでは、良くなどならないどころか、結果は裏目に出るだろう。この両チーム低迷の責任は、監督ではなく、フロントの無能さにある事は疑いの余地はない。恐らく、同様に山田監督を突然解任した中日も、来季は低迷は間違いないだろう。
 さて、巨人。選手もスタッフも、来季は大幅に人事を刷新するという。ただ、勿論原監督は留任。選手も一部の顔ぶれは、対象外であると発表されており、その中には、本欄が戦犯として最初に上げた、清原とペタジーニの顔がある。そして、昨日、今度は新庄獲得に名乗りを上げると発表した。その理由として出てきたのが、視聴率の低迷。視聴率を取れるスター性を持つ事を高く評価したのだそうだ。つまり、視聴率が悪いのは、スターがいないからだ、と決めつけている訳である。今年の巨人ファンの間では、松井がいなくなった事もあるが、試合そのものが無気力でつまらない、という声が多い。ところが、フロントには、巨人軍は読売芸能倶楽部だと見えているようである。確かにかつては王や長島から松井に至る、客を呼べるスター選手が巨人の客を集めて来た。だが、スターだけを目当てにする客は、スターがいなくなれば去って行く。スター選手がいようといまいと、チームへのファンであるなら、チームそのものを応援する。そうした光景は、巨人以外では珍しくもなく、今の巨人に欠けているのが、まさにそれである事が分かっていないようだ。球界の盟主という言葉は返上し、それこそ球界の癌と言うにふさわしいメンタリティではあるまいか。
《2003.09.09》
870億ドルと説明責任
 日本円に換算してざっと10兆円である。米政府は、イラク駐留などの戦費として、これを議会に追加要求したが、既に大赤字を抱える国家財政から見て、簡単に賄える金額ではなく、当然ながら日本やイギリスへ「援助」を求める事になる。アメリカべったりの小泉政権は、二つ返事でそれを了承、国民へは増税の形でそのツケを回すことだろう。小泉政権は、批判の声を浴びて一度引っ込めた筈の、自衛隊派遣に先立つイラク調査団を、米国から突かれてまた送る事にした。これでも次期総裁選への足場は磐石と言われている。それにしても、ムードで政治が決まるというのだから、困った国民性である。小泉人気は、スマートな出で立ちと、表向きはっきりと物を言うという、芸能人的要素で支えられているとしか言いようがない。東京では、巨大ブランド店がオープンし、早朝からブランド嗜好の単細胞が列を成しているが、地方に出ると不況の色は非常に濃いのにも関わらず、何故か支持率が高いというのは、他に考えられないからだ。もっとも、確かに対抗馬がいまいちの顔ぶれ、というのはある。だが、そもそも問題なのは、「説明責任」という概念の無い、日本の擬似民主主義にその根幹があるからではないだろうか。
 英国でブレア首相が叩かれているのは、イラク戦争に賛成したからではない。その根拠として上げた項目が、どうやらウソ八百だったらしいと明らかになったのに、何故、賛成したのかを明確に説明出来ないからだ。これに対して、日本では、総理が「非戦闘地域などと言われても私に分かる訳がない」などという、小学生並みの答弁をしても、問題にすらならない。高校野球の部員が不祥事を起こせば、出場を辞退してそれで終わり。企業が不祥事を起こせば、説明もせずに記者会見で頭を下げれば終わり。特殊法人や官僚は、どれだけ国税を無駄使いしようと、説明すらする事を求められもしない。「小泉総理ははっきりと自分の考えを述べるからいい」という声を、時々聞かされる。だが、そんなのは総理以前に人間として当たり前の事であって、言った事にどれだけの責任を持てるかこそが、一国の代表として、本来なら問題の筈なのだ。自民党を壊す話も、特殊法人を改革する話も、構造改革の話も、確かに「やる」とはっきり言っているが、いざ問題点が出てきたり、抵抗勢力が勢いよくノロシを上げると、ピタリと足を止めて、知らん顔となり、ほとぼりが冷めるのを待ちながら、矛先を変える、というのがこれまでの小泉式のやり方ではあるまいか。これで、はっきりと言うからいいねえ、では余りに情けない国民と言われても仕方ないだろう。更に厄介な事に、日本では迂闊に説明などすると、かえって「不誠実だ」と叩かれる傾向にある(これはネット社会でも良く感じる事で、相手の主張が自分の意に沿う物でなく、しかもそれに反論出来なくなると、とにかく謝れとがなりたてるだけのバカは幾らでもいる)。政権末期の森総理がそうであった。当人が理由を説明すればする程、内容以前の感情的反発が強まったのだ。辛口子は別に森政権が良かった、などと言うつもりはない。だが、当時の森総理の反論には一理あるものも無かった訳ではないし、それこそ「非戦闘地域がどこかなど知る訳ない」などと言ったのが、森総理だったら、どれだけの騒ぎになったのか、想像するに余りある。民主主義で必要なのは、国民が判断して票を投じるという基本である。必要な情報が与えられず、気分で投票される選挙があるだけでは、民主主義ではない。それなら旧イラクでの選挙で、フセイン支持率が100%であった事を笑えないのだ。そして、政治家に必要なのは、上っ面だけはっきりモノを言う事ではなく、説明責任を果たせるかであり、国民はそうした説明から政治の善し悪しを判断しなくてはならない筈であって、顔の印象などで判断しては政治ではないのである。こう考えて来ると、日本の全国民が、総バラエティ化している、とも言えるのかもしれない。その結果、不景気が加速、年間3万人の自殺者が出て、弱肉強食のアメリカ型経済となり、憲法が変わって日本が軍事国家に歩みだしたとしても、自分らが判断したのだから、と国民は納得するのだろうか。考えていないんだから、納得もきっとしないのであろうが、その時は手遅れになっているのである。
《2003.09.06》
啓蒙と知性
 この頃の朝日新聞は、政府への批判を強めているし、メディアの有り方にも一石を投じている傾向があって、読んでいてなかなか面白い。5日付の朝刊では、最近のスポーツ放送に関して苦言特集を組んでいた。スポーツと言っても色々とあるが、やはりヤリ玉に上がるのはプロ野球中継である。プロ野球解説者の豊田泰光氏は、そもそも珍プレー番組がきっかけで、以後プレーを茶かす傾向が強まる一方であると指摘。一生懸命やっているから、失敗が絵になるのであって、遊んでいる訳ではなく、野球を知らない素人アナに選手インタビューさせたり、余りにひどいので(最近も、王監督の便器問題などは、一応番組内で謝罪があったらしいが、本当に反省してるなら、フジテレビ社長の顔を使って同じ事をやってみろと、辛口子は言いたい)解説者を辞めたと語っている。作家の海老沢泰久氏は、面白さと悪ふざけとは違う、と解説。そもそもバラエティ系の制作者が、スポーツなど担当するからいけない、と断言。これに対する訳でもないが、作る側の代表として、樋口潮氏という人物(かの筋肉番付を作った人だ)が書いていて、例えば三段飛びの距離を説明するのに、2車線用の横断歩道を3歩で飛べる、というような説明は決して遊んでいるのではないし、何より視聴者に興味を持ってもらわなければ、プロ興業の繁栄もない、と書いていた。ここからは辛口子の解説になるが、分かりやすく説明する事は大いに結構である。現状はそうではないから、批判が出るのである。野球のヤの字も知らないアナに、選手のプライバシーインタビューなどさせて、野球に対する理解がどう進むのか、という問題だ。だが、根本的な問題はそれだけではない。制作側にだって、何もアホばかりが揃っている訳ではない筈で、何かおかしいと感じている人材は少なくないと見るのが当然。ところが、アホばかりが出世するから、こういう事になるのであろう。その根源には、視聴率ばかりを評価基準とする単細胞思考がある。高視聴率を取った担当が出世する。この図式が、今の人材構造を作ってきたのだ。ビデオリサーチ等の数字を見ると、確かにバラエティ系の視聴率は高い。巨人戦の視聴率は良い頃で大体16%程度であるが、バラエティ系なら24%という数字は珍しくないのだ。だが、視聴率はただの数字であって、その意味を読み取ってこそ、脳味噌を使っていると言えるのではなかろうか。以前も書いた事だが、例えば将棋の愛好家が全人口の10%だとする。それなら、将棋の番組が視聴率10%を上げたとしたら、それは大成功な筈だ。数字の大小を比べるだけなら、小学生でも出来るのだ。つまり、小学生程度の頭がメディアを支配している、と考えなくてはこの現象は説明できない事になる。以前、中国の指導者は理科系の卒業者が多いのに、日本は稀だ、という話がどこかに出ていた。理科系というのは、何も数学や物理が得意という意味ではない。論理的思考能力の問題なのである。ただ、幾ら批判が出ても、そもそも論理的に物を考える能力の無いのが相手では、馬の耳に念仏である。望みが無い訳ではないが、先は長い。
ということは
 公正取引委員会が、独占禁止法の罰則強化案を出したが、経団連がそれに噛みついている。課徴金額を高めるという事は、刑罰の意味が強くなり(今は違法売上げの6%で、この値は不正所得を取り上げるという考えから、独禁法の課徴金として決まっているのだそうだが、新案ではこれが20%になる)、二重処罰となって憲法に触れるのでは、という内容である。では米国などでは、不法所得の5倍、等という課徴金があるが、その方がいい、というのであろうか。それにしても、そもそも独禁法違反などしていなければ、反対する理由も無い筈。よほど気になるらしい。
《2003.09.04》
失笑4題
 巨人戦中継の視聴率は、低下の一途をたどり、7月20日の対横浜戦が12.7%、8月23日の対ヤクルト戦が9.7%、8月31日の対広島戦が6.3%だそうである(ビデオリサーチによる)。野球そっちのけでやっていた中継番組の携帯クイズは、何の役にも立たなかった訳だ。これでも恐らく各局は、来年の編成に巨人戦中継以外は入れない事だろう。さて、危機感を抱いた巨人、シーズンオフには大胆な戦力改革をプラン中だそうだが、清原とペタジーニは例外リスト筆頭に入っているとか。先にフロントの入れ替えが必要では?
 非難の声を受けて、厚生労働省は公的年金資金を使って建設した様々な施設のうち、赤字である物などを対象に、統廃合に踏み切るそうである。2005年度の実施を目指すそうだが、不採算施設は例によって10500円あたりで払い下げるのだろうか。ちなみに、この激安価格が問題となったのは、失業保険の基金だが、何故10500円かについては何も根拠がなく、どっかの官僚が勝手に決めたのだそうだ。国民の血税を無駄使いした事への弁償はどうした?
 ドコモは、売れ行きの芳しくないFOMAの通信速度を30倍にする技術を開発、2005年にも実用化して販売のテコにすると発表。てことは、ビット単価が変わらなければ、時間あたりの使用料も30倍になる計算。宣伝に乗って、動画をひょいひょいと鑑賞した結果、10万円を請求されたユーザから、怒鳴り込まれたと報じられた事があるが、一体、何が売れない原因なのか、まだ分かっておらんのだろうか。折しも、8月末に開かれた、モバイル・コンテンツ・フォーラムで、IDCジャパンの三島マネージャが、3G(第三世代携帯)の市場は、世界で見ても、国内で見ても、たいして大きくはならないのではないか、と講演。
 東京の都市銀行5社の頭取会議で、いわゆる都の外形標準課税に関する裁判での和解をしない方針が、固められた。これに続き、信託銀行筋もそれに従う事を決定。格好良く外形標準課税の啖呵を切った石原都知事、このままだと法定利息を上乗せして銀行に返還する事になる。無論、それは都民の税金である。そういえば、ホテルにも新税がかかっていたが?
《2003.09.03》
底辺の構造問題
 阪神優勝という単語を登録商標した男性と、阪神側との交渉はうまく行っておらず、何やら裁判沙汰になるらしい。色々と情報を集めてみると、高飛車に出た阪神側が、話をこじらせたというのが現実のようだ。この男性は、例え権利問題が今のままでも、「阪神優勝」という単語を使って構わない、と言っているのに、阪神側があくまで小遣い銭程度の金額での全面権利委譲を迫ったようだからだ。登録商標はれっきとした権利であって、この男性は高値をふっかけている訳でもなく、とがめられる筋合いは全くない。にも関わらず、どこぞの女性タレントが、何も知らずに「死刑モノだ」などと言ったそうで(ちなみにtalentという単語を辞書で引くと、こういう手合にふさわしいモノとは逆の意味が出ている)、このアホタレントの他、ネット上の掲示板には、自称阪神ファンとやらから、襲撃予告や集団リンチを呼びかける書き込みが大量に行われ、地元警察がこの男性宅をパトロールするまでの騒ぎになっているそうだ。
 全く呆れてモノが言えないとはこの事である。まず咎められるべきは、阪神グループのセコさである。阪神グループは、大阪の阪神百貨店周辺での、他店による阪神優勝セールを認めないと表明しているし、登録商標問題についても上述のようなケチと利己主義丸出しの行動をとっているからだ。貧乏性ってのが身に染みついているような人間が、予期せぬ大金を手にする機会に巡り合うと、こういう行動をとるものである。阪神も、欲に目がくらんで、社員あたりに完全に天狗となっているのが少なくない、という事だろう。掲示板への悪質な書き込みに至っては、今さら、それを取り上げるまでもなく、幼稚園児並みの脳味噌のまま、体だけが大きくなった人間が、日本に如何に多いかを示しているに過ぎない。我も我もと、こういう形で集団的正義漢モドキの行動をとるのは、要するに自分が如何に貧相な存在かを、無意識のうちに自覚しているからに他ならないのである。だからこそ、他人をおとしめる事で、相対的に自分が高い位置に来たように解釈し、自己満足に浸るのである。遺憾ながら、こういう手合いが多い事は、先に川崎市で万引き高校生を追いかけた本屋に、非難のファックスを送りつけた、文字通りのバカが大勢いた事で分かるように、決して世の中に少なくないのが現実だ。それがネットの匿名性をいいことに、好き勝手に自己満足に走る訳だが、こういうのは、阪神ファンを標榜する資格すらなく、それこそどこかの堀にでも、自ら飛びこんでそのまま浮かんで来ない方が良いであろう。
《2003.09.02》
完全なる結婚
 表題は、映画の題名である。8月末に、完全版のDVD(2枚)が発売された。映画そのものは、1969年と1970年に西独で制作されたもので、当時、日本ではポルノ扱いに等しい上映がされている。内容は題名から想像が出来ると思うが、念のために書いておくと、恋愛、結婚、家族という生活の中で、性に対してどう考えたら良いか、を真面目に解説したものである。これには原著があり、それは1926年にオランダの婦人科医、ヴェルデ博士によって書かれた同名の本で、実に80年近く前のものだが、これをわざわざ取り上げたのは、他でもない。今の日本では、余りに興味本位の裸ばかりが氾濫し、正しい性の情報が乏しいからである。AVを見て、ああいう物だと信じ込み、女性を愛する時はひたすら激しくピストン運動をし、相手の口にも差し込んだ上で、顔に向かって放射するのだ、と信じている若者が、まさかいるとは信じがたいが、AVを見たからと、それを真似して強姦行為を繰り返した高校生がいたのだから、あながちいないとも思えない。この映画は、異性を愛する事が、どういう事かをきちっと解説しており、若者ばかりか、若いカップルや新婚夫婦なら、二人で見てもいいであろう。なお、真面目な映画であって娯楽作品ではない。裸は出て来るが、ポルノめいた内容を期待すると失望するので念のため。
 皮肉な事だが、実は性に関する表現がもっと厳しく取り締まられていた20年ほど前までの方が、正しい性情報は案外流れていた。昭和30年代前半頃には、太腿という単語すら、文章から削除されたなど、今の若い人には信じられないかもしれない。だが、そうした中でエロ本を出そうとした編集者は、それを性医学の本に見せる為に、様々な工夫を凝らしたのである。だから、妊娠のメカニズムだとか、正しい体位の有り方、世界各地の珍しい性の小話、古典を性の面から解釈した記事などが、結構書かれていたのだ。ところが、現代。コンビニにも裸のギャル本が並び、巷にはAVが氾濫する中、こうした情報を探そうとしても、見当たらないのが現実であろう。
 性は人間にとっては、非常に重要な事である。性的衝動を的確に処理出来ないでいると、そのストレスで人間(特に男性)は思いもかけぬ行動をとってしまう。新聞記事を良く見てもらいたい。痴漢や盗撮で捕まる犯人には、教師や警官が非常に多いのが分かると思う。四六時中、「正しい子」でいる事を強制されていると、当人も気づかずにそうしたストレスが暴発するのだ。江戸時代、徳川幕府は、巷に非合法な売春宿が出来ないように、政府公認の吉原を作った。太平洋戦争後、日本の臨時政府は、米国兵による日本女性への暴行事件を減らす為に、有志女性をつのり、米兵用のコールガールを育成した(ちなみに、その時、彼女らが芸者と呼ばれた事から、今でも芸者と売春婦を一緒にする誤解が残っている)。残念な事だが、人間はそれ程、進歩した存在ではない。本来持つ本能に、まだ強く支配されている存在である。性の問題は、そうした中でも、特にタブー視されがちだが、正しい性情報が無い事は、男性ばかりか女性にとっても不幸なのだ。離婚原因のトップにある、性格の不一致には、この性問題も隠れているのではないだろうか。少子化に悩むのなら、こうした正しい情報こそが、もっと提供されなくてはならない筈。ところが、そういう動きは見当たらないどころか、興味本位だけの下劣な映像ばかりが氾濫し、今度はそれを規制すれば若者は健全に育つ、という短絡的な議論が出る始末である。このビデオなど、文部科学省推薦になってもいい位なのだが、それは望むべくもない。最後に、若き諸君にアドバイスをしよう。彼女を愛する時は、包み込むように愛してあげるとよい。激しく動く必要などない。相手は必ずそれに応えてくれるだろう。で、そこまでどう持って行くかって? それは本欄でもどうしようもない。
《2003.09.01》
泥棒が来てから縄を結う
 日中韓が共同で、携帯電話、サーバ、情報家電などに組み込む基本ソフトを開発して行く事で合意した。言うまでもなく、ウィルス騒動が相次ぐWindowsからの脱却であり、その動きは評価できるというより、当たり前すぎて、しかも遅過ぎる。Windows95が出た時以来、Windows98、そして今度のWindows XPまで、メディアはこぞって絶賛した。バグやセキュリティホールが出ても、報じられるようになったのは、今年になってからであり、今まで持ち上げて来た事などどこ吹く風だ。今度の基本ソフトに何を使うかは決まっていないが、Linuxのようなオープンソース系の物をベースにすると伝えられている。しかし、Linuxが安全だという保証などどこにもない。オープンソースの場合、大勢がチェックして改良出来るから、問題点への対応が早いというだけである。セキュリティホールが見つかっても、早急にそれに対応できなければ、いざコトが起きた時に大騒ぎになる点では、Windowsだろうが何だろうが同じである。情報家電や携帯電話などで、こうした対応、即ち適切なパッチを当てる事がどこまで可能かについて、あまり言及された話を聞かない。毎度書く事だが、誰かが勝手に外部から自分の家にある家電を操作、例えばヒーターがオンになって、家が火事になったとしたら、一体誰が責任をとれるのだろうか。安全だと言うなら、同時に「どれだけの損害が出ても間違いなく補償します」という一筆を付け加えるのがスジってものだろう。さあ、やってみせてもらおうではないか。
水増しと悪あがき
 開始から1000日で1000万台を目指すと大見栄を切った、衛星デジタル放送。1000日が実際に経った時点での普及世帯数は、450万台くらいだそうで、まあざっと目標の半分である。実は、BSデジタル放送を流しているCATV会社について、実際に受信契約をしているかどうかではなく、その全会員を足しているようなので(どうせ、こういう数字は大きくなる計算をするものだ)、本当に受信している人の数はこれより遥かに低い筈だ。ちなみにBSデジタル受信装置の全出荷数が214万台程だそうだから、これに100万台上乗せ出来るかどうかというところだろう。最近、「家族でもっとテレビを見よう」などという、呆れたCMが流れている。社団法人日本衛星放送協会によるものだ。関係者の焦りが見えるようではないか。ちなみに、辛口子周辺で、BSデジタル放送を、そうと知って受信している人は稀である。CATV契約者で、チャンネルの一本としてなら知っているが、それがBSデジタルと言うものだとは、知らずに見ている人が殆どだ。ここで問題を整理しておこう。
 デジタル放送の売りは、高画質、多機能、双方向である。高画質なんて言ったって、その違いが分かるような装置で見ている人だけの話である。多機能、双方向は上に書いたように、そんなモノを知らずに見ている人が殆どなのだから、意味はない。大体、テレビというのは、「ながら」で見るからテレビなのである。野球中継を見るのに、選手年鑑を片手にいちいちデータをチェックしながら見る野球ファンがいるというなら、教えてもらいたいものだ。こういうモノを蛇足テクノロジという。需要があって生まれたものではなく、机上の空論から出たものだからだ。同じ理屈は地上デジタル放送にも当てはまる。ユーザは画面が見えればいいのであって、関係者の言うメリットなど、誰も望んでいない。政府は欧米を引き合いに出すが、アメリカでは受像機がさっぱり売れず、欧州ではサービス会社が幾つも倒産しているのが現実だ。にも関わらず、総務省(旧郵政省)は、7年後には全面的に切り替える、即ち、今、使っている放送受信機が全部ゴミになる、と横車を強引に押しているのだ。視聴者は、テレビからビデオから全部買い替えを強要される。デジタル放送対応のビデオは、録画回数に制限があったり、送り側の都合で録画出来なかったりする。しかも今のものより10倍以上高い。ちなみに、衛星デジタル受信設備は、地上波デジタル放送には使えない。地上波デジタルはUHF帯で放送される。そこで空いたVHF帯が有効利用されるのだそうだが、バカ言ってはいけない。たかが100MHz帯が少々空いたからと、画期的な使われ方などある訳がない。では一体何故、こうまで市場を無視したゴリ押しをするのだろうか。答は簡単だ。新たな利権構造と天下り先の確保以外には考えられない。当然、出番を待つ特殊法人は、社団法人日本衛星放送協会だけではない筈だ。既にこの無益な長物、地上波デジタルに向け、莫大な税金が投入されようとしている。それでなくても国家財政は大赤字なのに、である。言うまでもないが、後にこの構想が崩壊したところで、官僚は責任などとる訳もなく、親方日の丸で、たっぷりと退職金をもらいながら、天下りをしていくのである。

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