一刀両断ミニコラム
- 12月 - 11月 - 10月 - 9月 - 8月 - 7月 - 6月 - 5月 - 4月 - 3月 - 2月 - 1月 -

《2003.12.30》
カモネギ
 来日中の米、ベーカー元国務長官と対談した小泉総理は、日本がイラクに持っている債権を、相当量放棄する用意がある、と表明した。何故、放棄なのか。債権をどの程度放棄するかは明言しなかったが、それはイラクという国が立ち直りを見せてから考えればいい事で、現状を鑑みれば「保留」でいい筈だ。日本は、この下らない大義なき戦争の為に5500億円を出し(まだ追加するらしい)、その時の言い訳に「何もしないと国際社会で相手にされない」というようなフレーズが出た。しかし、小泉政権のやっている事を見ていると、言われるままに戦争に賛成し、言われるままに金を出し、言われるままに使い物になるか分かりもしないミサイル防衛システムを導入し、言われるままに自衛隊を派遣して、今度は言われるままに権利を放棄した事になる。これがフランスやドイツ、ロシアのような、まっとうな国際感覚のある国ならば、「あんなに大金を出したんだから、もっと権利を寄こせ」位は交渉しただろう。国際社会で一目置かれるどころか、カモネギ国家と馬鹿にされているのが現実ではあるまいか。国民は何の為に重税に喘ぎ、不況に耐えているのだろうか。
《2003.12.27》
大地震
 イラン(言うまでもなく、イラクの隣)で大地震発生。死者数万という報道もあり。国際貢献ってこういう時に、素早く効果的に動く事じゃないのだろうか。主旨から行けば、こういう事こそ、自衛隊が力を発揮するように思うのだが・・・自衛隊派遣に必要な費用は、延べで1兆円に近づくと言われる一方で、こちらへの支援はまず数千万円。派遣人員は何人なのだろう。
《2003.12.23》
36兆円
 来年度の国家予算案の国債発行額である。既に国家予算の半分が借金という事になる、てのはマスコミでも盛んに報じられているが、今の小泉総理が就任した時、国債発行額を20兆円に抑える、と公言していた事は、何故、誰も書かないのか。高速道路も制度の上では会社に建設拒否が可能になっているが、実際にはその場合には国土交通省の委員会で検討をし、建設命令が出たら、建設を拒否できない事になっている。計画凍結の路線も一応リストアップはされているが、長さは僅か100キロ超であって、全9000キロからすればゴミのような距離。要するに事実上の全線建設に他ならない。検討してきた内容は、要するに建設費をどう集めるか、だけであったと言えよう。三位一体改革というのも、見てみれば何の事はない、国に金が無いのを地方に皺寄せしているだけで、これで国民生活が豊かになるとは到底思えない形で終わった。来年の増税項目が既に多く決まっているが、参院選の先には更に巨大な増税、それも弱者を直撃する内容が迫っている。口八丁のウソ付き総理を、国民は何時まで支持しているのだろうか。この勢いで憲法改正をさせたら、どうなるかは目に見えているではないか。ところで、年金財政は実は赤字どころか百数十兆円の蓄えがある、という話を、27日のパックイン・ジャーナルがやるのだそうである。事実だとするなら、改革案を作った委員会は能なしの集まりという事になる。もっとも、改革案を見たところで、要するに金が無いからどこから集めるかと、如何に給付を減らすかの話だけであったが。
《2003.12.22》
貸与権
 映画会社や音楽産業に認められている権利の事で、自分のところのコンテンツを、勝手にレンタルさせない権利の事である。最近、コミック界の作家たちが運動を盛んに起こし、今度、文化庁もコミックに関してそれを認める方向で動くらしい。韓国ではレンタルショップが蔓延し、コミックがそこでだけ流通して新本が売れず、作家の生活が成り立たない程になっている、等色々な理由があり、日本でのレンタル本屋もいずれ蔓延するだろう、という事らしい。だが、この問題。当初は新古本問題だったような覚えがある。発売間もない本が、「古本屋」にすぐに並び、新刊が売れないのは問題だ、という話である。どこで貸与権、即ちレンタルの話になったのかは良く分からないのだが、新古本問題が膠着状態なので、新たな突破口を見つけたという所なのだろうか。ところで、ここで面白い事がある。例えばネットでの流通に対して、音楽産業が強い抗議の意思を現わしているのに、新古本問題に出版社が大きな声を出した、という記憶がない事である。また、ネットでの音楽流通に対して、あまりミュージシャンから大きな抗議が出ているようには思えない。こうしてみると、音楽業界とコミックス問題とでは、対照的な動きがある事が分かる。音楽業界がネットでのデータ交換に強い危機感を抱くのは、それが死活問題だからだ。となると、新古本問題は出版社にとって死活問題ではない、と推測される。つまり、古本屋に並ぶ新刊は、実は出版社が裏から流しているのではないか、という疑惑が生まれるのである。売れる見込み部数より多く印刷、正規の流通経路に乗せなかった分は古本屋に流して金に換える。正規ルートで売れた物に対してのみ、作者には印税を払うのだったら、出版社にとって新古本問題は死活問題ではないばかりか、旨味すらある事になる。迷惑を被るのは作者だけだ。この皺寄せが、貸与権という形で現れたのだとするなら、消費者にとっては、有り難い事ではない。コミック作者の抗議グループを見ていると、そうそうたる顔ぶれが並んでいる。それなら、出版社に対して、印税は本屋で売れた額に対してではなく、印刷した部数に対して払え、と提案してはどうであろうか。出版社側が拒否したら、この疑惑に対する裏づけになるばかりか、その際は、大物作家陣が原稿を引上げる、と言えばいいのである。それこそ死活問題だから、出版社側も真剣に応じるだろう。
《2003.12.20》
クラゲ
 「ひたすら餌と性欲の原始的な欲望だけで大海を漂うクラゲの如き不気味な存在」というフレーズが出て来るのは、先に逮捕された刀剣団体の村上会長が会報に書いた、今の日本人に関する記述だそうである。どこかの知事が喜びそうなフレーズでもあるが、一面で事実無根とはとても言えないのも確かである。手段はよろしくないが、今の日本がこれでは駄目だという点では正しい訳で、こういう考え方が広く支持を集めると、ヒトラー政権になる訳だ。この会長、あちこちで銃弾を打ち込んだり、弾丸入りの封筒を送ったりした容疑もあり、メディアは言わないが、これもテロの一種だろう。だが、これは過激な一例に過ぎないとはいえ、日本が軍事関係の費用を次第に高めているのは事実で、今回の自衛隊派遣でも莫大な国費がかかる訳だし、ミサイル防衛システムの導入も正式決定した。このシステム、要するに飛んでくるミサイルを打ち落とすものだが、米国では実験が失敗に失敗を重ね、先日、まぐれか的中か分からない当たり方を一回した、という代物。例えて言うなら、飛んでくるゴルフボールを確認してから、クラブを構え、こちらからもゴルフボールを打上げて、飛んでくるボールに当てようとする位に、難しいものだそうだ。初年度の予算は1000億円だが、最終的には軽く3兆円を越える額がかかると言われる。更に、これは日本の為の日本のシステムではなく、本来は米国が開発し、日本にも使わせるから金を出せ、と言われているもの。米国は自国の防衛に使うだけではなく、その本音はイスラエル防衛に使いたいのだとも言われる。日本はその開発費を負担する訳で、これでまた、アラブを敵に回す可能性が出てくるのである。
《2003.12.18》
クビライ・カン
 「元」で知られる大モンゴル帝国の3代目皇帝である。クビライが帝国を完成させたと言われる。NHKスペシャル「文明の道」シリーズの最終回が、このクビライを取り上げていた。モンゴル「帝国」と言われているが、その実態は支配するというよりは、取り込むような物だったと言われている。つまり、それぞれの地方には、それまでの支配者を領主として置き、地方独自の産業を興して、そこから生まれる利益を帝国に配分させたのである。今でも世界には色々な風習があるが、13世紀という時代である、今よりも更に地方色は強かったに違いない。ほぼアジア全域(ちなみにトルコから東をアジアと言う)を支配したモンゴル帝国が、それらをうまくまとめ上げた知恵の一つが、ここに見られる。無論、それだけではなく、例えば国内の通信に「のろし」を使った事も良く知られている事だ。砂漠の中も、数十キロ間隔で「塔」を築き、緊急通信をのろしで送ったのである。その結果、9000キロに及ぶ帝国の端から、僅か1週間もしないで首都まで通信が届いたと伝えられている。まさに当時のハイテクであった。ところで、この最終回が緊急ニュースで流れたのは、サダム・フセイン元大統領逮捕の為であったのは、何となく比喩的だ。700年近くも経て、米国がしている事を、このモンゴルと比べてみると、「神に選ばれた」と自画自賛する連中が、実は何も学んでいない事が良く分かるからだ。フセインの顔をわざとみっともなく映そうという意図がみえみえの映像は、バチカンからも批判され、口を開けてライトを差し込んでいるのは、大量破壊兵器を探しているらしい、と巷で囁かれる始末である。市民デモに向けて、威嚇ではなくモロに機銃向けて掃射している場面も報道された。アフガニスタンでは無差別爆撃で、多くの市民に犠牲者が出ている。遡れば、ベトナムでは爆撃に加えて枯れ葉剤をまいていたし、現在でも劣化ウラン弾を使って放射線被爆者を出し続けている。まさに、世界最大のテロ国家とは、アメリカそのものなのである。「力をもって支配しようとしてはいけない」というのは、クビライの遺言として残っているそうだが、今から数百年後、そのアメリカはどう評されるであろうか。そして、腰巾着の某東洋国家はその記述内で、触れてもらえているであろうか。
超重税国家への一本道
 小泉内閣の構造改革。その実態が、メディアでも様々に報じられ始めた。言換えると「大増税路線」である。年金問題も同じだが、コンセプトはただ一言に尽きる。「無駄使いはさておき、金が無いからもっと集めよう」である。年金は、将来的に収入の半分を支給する為、と述べているが、その実態は単に「足して2で割った」だけである。要するに取る側はもっと取りたい、取られる側(企業)はそれは無理と主張、両者の中間を取った訳だ。見て分かるようにここには年金を実際に受ける立場の代表が、誰もいない。更に、全国各地に使われもしない保養施設を作りまくった事など忘れ、抜本的な改革など出て来ない、今回の与党取りまとめ案では、将来の「支給開始年齢引上げ」についても、全く触れていないのだから、消費税と合わせて必ずこれは出てくると見ていいだろう。税金については、いよいよ借金が国の財政の半分近くになりそうなので、財務省が慌てて片端から集めているのが実際だ。遂に消費税引上げも、税制改正大綱に明確に織り込まれた。年金受給者への課税強化、住民税増税(例えば今まで免除されていた専業主婦分が課税される)、配偶者控除廃止など、色々合わせると来年はおよそ年収の1%が増税になると思っていい。年収500万なら5万円だ。それに加えて、年金の支払い額が毎年1万円ずつ上がる。この議論でも、全く抜けているのが財政支出の削減である。景気が悪化、税収が減っているのに、支出が何も減らないのだから、赤字が増えるのは当たり前だが、支出を切り詰めるどころか戦争に5500億円を出し、自衛隊派遣にまた金を使い(特別手当ての一日3万円を1000人に出すと、3日で1億円がかかる)、一体どこが構造改革なのか、メディアも野党もつまらない憲法論議や重箱つつきなどしていないで、もっと追求すべきだろう。
《2003.12.16》
アルカイダとフセイン
 どうもメディアや、自称専門家の報じられるところを見ていると、フセイン政権とアルカイダとの区別がついていないような見方が目につく。イスラムだからと、十把一絡げで判断するのは、大きな誤りである。フセイン政権は、独裁政権ではあったが、イスラム原理主義ではない。それどころか、西洋型のイスラム社会を目指しており、かつてのバグダッドの映像を見ても、働く女性の姿は珍しく無かったし、彼女らは黒いフードこそしていたものの、顔は普通に出していた。これに対し、タリバンなどの原理主義では女性に顔を隠す事を強制するし、労働どころか教育すら受けさせない。アルカイダは、原理主義寄りの組織であって、このようにフセイン体制とはどちらかと言えば、互いに異端という関係にある。現在の混乱状態にあるイラクに、アルカイダが潜入しているとすれば(これも証拠はない)、それはアメリカを叩く為であって、イラク旧政権に味方する為ではない。この点からも、フセイン逮捕がイラク安定になど、繋がらない事が分かる。そもそも、米国は、かつては、フセイン政権を正義の味方と言ってせっせと優遇し、近代兵器や細菌兵器を与えて来たのである。それは、パーレビ体制が崩壊し、イランにイスラム原理政権が誕生して、イランにあった石油利権を失ったので、フセインを焚き付けてイラン・イラク戦争を後押しする為だった。その後、フセイン政権を敵視するようになったのは、言うまでもなく、イラクがクェートに侵攻した事が最大のきっかけだが、あれも米国の軍事衛星をもってすれば、サダム・フセインが軍を集結させていた事くらい、分かっていたに決まっているので、承知で侵略させて、それを口実に叩いたのは間違いない。さて、そのクェートから多国籍軍がイラク軍を押し返し、イラクに進駐した時、イラク南部の反フセイン感情の強い地域では、フセイン政権への反乱が勃発した。ところが、米国はこの反乱を支援せず、何故かフセインが軍を再び立て直してこの反乱を鎮圧するのを、傍観したのである。従って、今回、アメリカがイラクに侵攻しても、この南部地域が米国を歓迎する事は無かった。ただ、露骨に反米行動をとったかといえば、そうでもない。それは、もしも行方不明のフセインが持ち直して、再び政権を奪取したとすれば、またアメリカに捨てられて、フセイン軍に蹂躙される事を恐れたからである。ところが、今回の逮捕劇で、フセインがもう再起する事はない、となれば、この地域の人達も、安心して米国に反旗を翻す事となるだろう。これもイラクが安定する訳がない一つの根拠である。最後に、もう一つ誤解があると思うのは、アルカイダという組織が、普通の組織と同じであるかのように、見てしまう傾向である。アルカイダはその形態もはっきりせず、例えばどこかの国に本部があるとか、何かの国際組織に参加しているとかいう訳ではない。つまり何かテロが起き、テロリストがアルカイダの者だと名乗ったとしても、それが本当なのかどうかは分からない、という事である。逆に言えば、本当はアルカイダとは何の関係もない個人なりグループが、勝手にアルカイダを名乗って爆弾などを投げたとしても、その影響力はアルカイダによるテロと何も違いはない、という事なのだ。従って、どれだけ警備、検問、捜索を強化しても、住民そのものから反感を買っていたら、テロは防ぎようがない。日本が軍を派遣して、米国寄り、即ち反イスラムの立場を明確にする事の危険は、ここにあるのである。
《2003.12.15》
フセイン大統領
 亡命中の夫人の所に、ちょくちょく電話も手紙も来る、と夫人が語った直後に、逮捕の報。写真見る限り、たった数ヶ月でこんなにヒゲが伸びるのだろうか、と疑問を感じたくなる風貌。それにしても、核疑惑から大量破壊兵器、何時の間にかフセイン捕獲へと話がすり替わっている事などどこ吹く風、一斉に口裏を合わせたようなコメントを出す日米首脳陣だが、もとよりイラクがアルカイダと結託している証拠もなければ、大量破壊兵器も見つかっていないのだから、フセインがイラク政情不安定の総指揮官である訳がない。これでイラク情勢が沈静化するのだ、と本気で考えているのだったら、途方もない能天気である。
 ところで、14日付日経朝刊の政治欄を見ていたら、小泉総理は思い通りに行かないと、逆ギレをして自暴自棄に走る傾向があるから、今回も、ムキになって自衛隊を強引に派遣するのではないか、という分析記事が出ていた。記者会見での憲法引用のいい加減さといい、国会等の答弁で見られる話のすり替え(論理のすり替えと言われているが、聞いている限りにおいて、論理とはとても言えない)といい、一国の宰相としてこれでいいのか、と皆が気づき始めたのではないだろうか。支持率急降下や反対デモの人数を見ても、この傾向は明らかに顕著になってきていると思う。なお、ご存じのように、年金問題はビジョンなき数字とメンツ合わせに終始、来年からは弱者を直撃する増税政策がメジロ押しである。よその国の元大統領をどうこう言っていられる場合ではない筈だ。
《2003.12.12》
ボーナス
 オンラインの保険会社ダイレクトライン(あの眼鏡女性が絶叫するCMの会社だ)が、インターネットで調査したところ、冬のボーナスの使いみちについて、何も買わないが55.2%と過半数(ボーナスそのものが出ないという回答を含む)を越え、以下、旅行が16.5%、衣服が8.5%、パソコン7.5%だったそうである。もっと詳しいデータは無いのかとサイトへ行ってみたが、出ていたのはここまでであった。それでも、上位3位までには、地上波デジタルどころか、テレビ関連すら出て来ないのが分かる。
球界の癌
 代理人交渉を求めたら問答無用で電撃トレードに出された、と、巨人の入来投手が異例の抗議声名。あのナベツネが頑として拒否しているので、巨人は代理人交渉を認めていない。リーグとして代理人交渉は認められているので、巨人は自分の都合がルールだと主張している事になる。ダイエー小久保、近鉄ローズなど、相変わらずの「4番コレクション」も充実、プロ野球全体を面白くなくしている。後楽園の年間予約席も1000席以上が売りに出された。来年の視聴率低迷は、早くも約束されたと言えるだろう。
《2003.12.11》
一部の責任
 新潟県のある県立高校で、生徒に「北朝鮮の拉致は一部の者による責任」と教えたとして、教育委員会が教師を処分するのだそうだ。国家的犯罪であるという「正しい認識」を持たせるべき、なのだそうな。ところで北朝鮮は、公式に一部組織の暴走と言っているのであって、国家として拉致行為を計画したという証拠はない。それを「正しい認識」とゴリ押しするのでは、やってる事は北とおんなじだ。で、こういう事を聞くとついでに確認したくなるのだが、らい予防法とか、薬害エイズなどを、その高校では日本政府の国家的犯罪と教えているのだろうか?
《2003.12.10》
どう考えてもおかしい
 内閣による自衛隊派遣基本計画が発表された。小泉総理自ら、「国民にはご理解と応援を」と言っていたが、コトの発端を改めて遡って考察してみると、とてもそういう気分にはなれないのではなかろうか。
 まず、何故自衛隊派遣になったのか。閣僚は口を揃えて「具体的行動を見せないと」とか「金だけで済む話ではない」と言うが、そのきっかけとなったのが湾岸戦争への拠出金である。どこからか、日本は金だけ出してコトを済ますのか、という声が出たというコトになっているのだが、さてどこから出たのかがはっきりしない。良く引き合いに出される「ショー・ザ・フラッグ(国旗を見せよ)」という言葉も、例えばどこかの大臣なり長官なりが言った訳でもなく、出どころが不明である。これは、以前、民主党議員だった時の大橋巨泉氏が、この問題を国会の予算委員会で追求した時、政府側は誰一人として答られなかったのだから、間違いはない。ところが、かような根拠不明な言葉だけが一人歩きをし、自衛隊がアフガニスタンでは海上からの補給として参加、今回、遂に戦場へ行く事になった訳である。ちなみに、今回は「ブーツ・オン・ザ・グラウンド(実際に地を踏みしめよ)」なのだそうだ。こうして経過を見てみると、さしたる根拠も無いまま、なしくずし的に派遣へと動いて行った事が分かる。
 次に憲法問題である。一体、日本の閣僚は憲法の条文をまっとうに読んでおるのだろうか。9条の1で、日本は「武力による威嚇または行使」をしない、と明記している。今回、自衛隊は対戦車砲などの強力な武器を持って行く訳で、それを例え使わないにしても、もって行くだけで「威嚇」になる事に疑いの余地はない。百歩譲って人道的見地から見たとしても、民間人が現地の支援に行き、それを保護する為に自衛隊が行くのであれば、まだ理屈が通るのだが、自衛隊員が人道支援を行うというのだから、ますますスジが通らない。今回、現地で戦闘となるにしろ、ならないにしろ、「戦地への派遣」という「実績」は出来てしまう事になる。これで例えば、米国かどこかが「良くやった」とでもコメントしようものなら、「派遣して日本は尊敬された。やはり憲法は改正すべきだ」とでも持って行くつもりであろう。
 そして何よりも理解不能なのが、軍を出す事が世界に向けて、日本の立場をアピールするという論法である。参加しないと、日本の国際的立場が無くなるのだそうだ。それでは、ドイツ、ロシア、フランス、中国などは、国際社会で顔が潰れたのだろうか。そんな事はない。別に国際社会でなくたって、身近な例で考えてみれば分かる。腰巾着が尊敬されるとか、一目置かれるなどという事は、絶対にないのだ。アメリカに、まるで子分であるかのように盲従する事が、どうして日本の国際的立場を確立するのに役立つのだろうか。逆である事は目に見えている。
 それどころか、今回の軍事派遣が(日本がどう言いくるめようと、欧米のマスコミはJapanese ARMYと書いている)、日本がこれまで築き上げてきた国際的信用を台なしにしかねない暴挙になりかねない事は、あまり語られていない。日本はこれまで、世界各地に経済的拠点を設け、経済の形で世界と付き合ってきた。ハイジャック事件か何かが、あまり知られていない国で起きた時、どこであろうと必ず日本の商社マンがいた事を思い出してもらいたい。無能な外務省より、彼等商社マンが、日本という国のイメージを長年に渡って作って来たのである。確かにエコノミック・アニマルと言われた事もある。だが、金というのは、敵味方のどちらにとっても、無視出来ないファクターである。政府側であろうと、反政府のゲリラ側であろうと、その国の政権を把握した時には、日本の経済進出が無ければ、たちゆかないという状況になるからだ。従って、日本は、白黒どちらの勢力とも対等に話が出来る立場にあった。だからこそ、今回もイラクでの対日感情が、今のところ、それほど悪くないのである。日本の外務省の功績ではない。日本の商社、即ち民間の功績だったのだ。だが、米国にくっついて、軍を派遣したとなると、こうした実績が全て水泡に化す恐れは多分にある。片方に軍事的協力をしたら、もう片方の勢力は決して耳を貸さなくなるのだ。金で解決して何が悪い。最も平和的な解決法ではないか。
 宮沢元総理は「短期的視野ではなく、5年、10年を見なくてはいけない」と述べているが、こうして考えてみれば、安易な派兵こそが日本の国益を失わさせる事に他ならないのが、明らかであろう。政府の中には、米国が今や世界で最も強力な国なのだから、それと同盟を結び、それに従って行くのが当然だ、という考え方があるようである。が、それであるなら、50年前に、ナチスドイツと連盟を組んだ事も、正しかったと言う事になろう。今でこそ、我々はナチスドイツが敗北した事を知っているが、当時、世界の誰もが、このまま行けば、ヒトラーが世界を制覇する日は遠くはない、と思ったものなのだ。どちらが短期的な視野なのであろうかと、改めて考えざるをえない。
《2003.12.08》
米軍襲撃疑惑
 6日のパックイン・ジャーナルを見ておられた方はご存じのように、今回の外交官死亡事件は実は米軍の誤射だったのではないか、という疑惑が、8日発売のアエラに掲載される。番組で紹介されていたが、疑惑の根拠としては、
  • 米軍の発表が二転三転した。特に、午後5時に事件が発生(正確には午前11時)したとか、車から降りて飲料を買いに出た所を撃たれた(実際には走行中に撃たれた)など、デタラメな内容が最初に伝えられた。
  • 米軍が何故か事故車両を回収した。韓国など他の国の類似事件では、そんな事はない。車は日本のモノであり、米軍に持っていく権利はない上に、何故か日本政府は返却を強く要求していない。
  • かような大事件が起きたというのに、日本は調査班を現地に派遣する気がない。現地大使館が調べようとしたら、そこから出るな、という指示が出た。
  • 日本に送還された二人の遺体を司法解剖しておきながら、結果が発表されない。
  • 車の写真を見ると、正面からボンネットとフロントガラスを撃たれている。側面は窓に弾痕が集中している。
 などである。つまり、この二人が向かっていた会議場へは、同時に他の国々の担当官も向かっていた訳で、別の国の車を警備していた米軍車が、接近してくる日本のこの車を見て(日本は警備車両を伴っていなかった)、自爆テロかと思い、迎撃したのではないか、というのである。正面からの弾痕がある事から、この日本車の前方に米軍車がいて、それがまず止めようとして射撃、車が横に向きを変えた所に更に集中射撃をしたのではないか、という訳だ。特に、側面の弾痕は、的確に窓に集中しており、これは手に持った機関銃では無理で、台座に固定された大型機銃でなくてはこういう形での集中は起きない。
 番組では述べていなかったが、この車両は簡易とはいえ、防弾処置が施されており、そのガラスを難なく突き抜けている事から、相当貫通力のある弾丸だという事も分かる。つまり、手持ちの銃でパラパラ撃ったのでは、こうはならない筈なのだ。さて、仮にこの「仮説」が事実だとする。であるなら、米軍が慌てて車を回収した事、最初に何とか誤魔化そうとしてすぐバレるウソをついた事、日本政府が車の返還を要求していない事、司法解剖の結果を述べない事(体内から出てくる弾丸を見れば、どんな銃で撃たれたかはすぐに分かる)などが、説明つくのである。仮に、外交官からゲリラの使うAK47の弾丸でも出て来たなら、喜びいさんでそれを大々的に発表するに違いない。米軍の使う銃の弾だから、発表出来ないのではないだろうか。
 番組中で言っていた事だが、外務省に「何故調査団を派遣しないのか」と聞いた所、担当は烈火の如く怒って「あんたの社はウチの職員に死ねと言うのか」と返したそうだ。語るに落ちるとはまさにこの事で、外交官死亡事件の前と後とでイラク情勢は何も変わっていないのだから、派遣された外交官は死んでも不思議ではないと言う判断の上で送られた事になる。つまり、人災だという事だ。仰々しく行われた国葬なみの追悼式で、首相の読んだ弔辞の涙声が、何とも白々しく聞こえて来ないだろうか。政府はマスコミとも結託し、「テロに屈するな」を繰り返すだけだが、これで自衛隊を派遣、攻撃されたら反撃をし、「既成事実」を作ってしまってから、「ほら、特に問題ないじゃないか」と憲法改正へと動くというシナリオがあったとしても、もはや不思議ではあるまい。
《2003.12.06》
ダチョウの頭
 イラクで殺害された2外交官の遺体写真が、海外の通信社で配信されている事に、外務省が抗議しているのだそうである。同省には、日本国内からの抗議も来ているとか。遺体の写真など、今どき珍しくもない。今日も、バグダッドで爆弾テロがあり、海外メディアのサイトを見れば、吹き飛ばされた死体が転がっている道路の写真が掲載されている。残虐な写真に抗議するなら、当然、そうした物へも抗議すべきであり、今回のように、自分らが見たくないから掲載するな、というのでは、どこから見ても、子供じみた幼稚な行動という受け取られ方しかされないと思う。特に、平和ボケの日本国内からこんな声が出るのは不思議ではないとしても、外務省が国を代表して、かように幼稚な抗議を行うというのでは、海外から見れば噴飯モノであろう。本気でこうした犠牲者を今後出したくないと思うのであれば、悲惨な事件である事を正面から捉えてしかるべきであるが、それにフタをしようとするのだから、要するに都合の悪い事は見ないフリをするという事で、こうした事が今後もあり得ると思っている事の裏返しでもある。表題は、敵に襲われたら砂の中に首を突っ込んで、見えないフリをする、というダチョウの逸話(根拠の無いウソである)からとった。やってる事の次元は同じであろう。これでますます日本が、世界からバカにされるのだけは、間違いあるまい。同時に、遺体を日の丸でくるんだ映像は何度も繰り返すが、その悲惨さは覆い隠すという形態は、何よりも、太平洋戦争当時の戦死者を美談にすりかえる報道と同じであり、更にそれを日本国民が望んでいるのだと、海外、特に日本に侵略されたアジア諸国からは見える事だろう。
《2003.12.05》
差別対策
 先日、ハンセン病患者がホテル宿泊を拒否されたという報道があったが、何やら今度は部落解放の組織の方へ、かなりたちの悪い誹謗中傷の手紙が多数舞い込んでいるらしい。差別や偏見は無知から生じると前回書いたが、実はもう一つのパターンがあり、それは次元の低い虚栄心から生じるものだ。どこか無意識のうちに、自分自身に対する劣等感を持っていて、それを表面上認める事の出来ない輩(例えば、親は社会的地位がそれなりに高いのに、当人は凡庸そのもののような場合)は、劣等感が裏返しになって、誰かを差別して蔑む事で、自らの劣等性を責任転嫁しようとするのである。つまり、こういう差別をするような奴は、プライドだけ高くて知能程度が低い事になろう。ところで、こうした報道を見ていて感じる事は、二つある。一つは言うまでもなく「差別用語」という考え方である。そうした概念を持ち出した事で、実際に差別が無くなったかといえば、全くそんな事はない。むしろ、表向き出ない分だけ、その実態は陰湿になっているという事だ。もう一つは、こうした差別をする連中への対応である。たちの悪いイタズラ電話への、最も効果的な反撃は、相手の声を録音して、そのまま相手に流す事だという。なら、こうした連中には、皆が差別待遇をするのが最も効果的という事になるのだが。
箝口令の真相
 小泉内閣の箝口令。どうやら伝わってくる話によると、記者から自衛隊派遣への説明責任をもっと果たすべきでは、と質問されたある大臣が「理由なんて無いんだから説明しようがないだろ」と言ってしまった事に、端を発しているらしい。触れてはいけないタブーに触れてしまった、という事のようである。これを聞いて、ある小話を思い出した。旧ソ連時代、赤の広場で酔っぱらいが「ブレジネフのバカやろ〜」と叫んだそうな。勿論、あっという間に秘密警察が飛んできて、男は押え込まれた。「な、なんだ、国歌元首侮辱罪なんてあったか」と言う男に、その秘密警察は答えていわく、「違う、国家機密漏洩罪だ」と返したというお話である。
《2003.12.04》
箝口令
 自衛隊派遣問題が、小泉内閣のアキレス腱となりつつあるようだ。総理は閣僚に箝口令を敷き、何でもぺらぺらとしゃべればいいってもんじゃない、とコメント。しかし、今までの発言も良く聞いていれば、およそ中身の乏しいものばかりで、予算委員会で野党から追求されても、「決まった事だから」の繰返しだった。口八丁で乗り切ってきた内閣が、自ら口を閉ざすとなると、さてあとは何が残るのだろう。
《2003.12.03》
偏見
 前日に書いたハンセン病患者の宿泊拒否問題で、なんと患者らの所に誹謗中傷の手紙や電話が結構来ているらしい。偏見は無知から来るものだが、それにしても偏見、即ち無知の撲滅というものの大変さが改めて実感される。これだけ情報化社会になり、情報を取得する手段も昔とは考えられないほどに整っているというのに、かような実態は誠にお寒いと言わざるをえない。デジタルデバイド(IT環境にある者とそうでない者との情報格差)という言葉はあるが、最終的には個人のスキルの問題だと言う事が良く分かる。なお、患者の皆さんも大変だとは思うが、この事件を偏見を無くし、事実を広める為の一つの機会と考えるようにされては如何であろうか。ホテル会社の謝罪を受け入れるだけで終わらせたのでは、同じ事の繰返しが今後とも続くだけだろう。
人災
 バグダッドに派遣されて殺害された外交官二名が、何となく英雄的殉死のような扱いを受けているみたいで、気になる。危険を承知で派遣したのだから、これは人災である。政府をもっと糾弾する声が出ていい筈だ。川口外相は、優秀な部下を失った、とコメントしたが、問題は優秀な上層部の欠如にあると言うべきであろう。どさくさに紛れて、外国にある日本公館を自衛隊に警備させる、という話まで出てきた。なしくずし的に憲法9条が無効になりつつある。ちなみに、9条では「国際紛争解決の手段として、武力による威嚇または行使をしない」と述べており、いくら平和目的であろうとイラクに自衛隊を派遣するという点だけで、重大な問題を含む事がわかる。発砲しなければいい、という理屈らしいが、行くだけで威嚇になると思うのが普通だろう。小泉首相は、自衛隊派遣が決定したら事の次第を説明する、と述べたらしいが、順序が逆だ。国民を馬鹿にしている。
《2003.12.02》
理由になってないのでは
 熊本県のホテルが、ハンセン病患者を宿泊拒否した問題で、会社の社長は患者へ謝罪したが、ホテルの社長は「当然の判断で、患者である事を事前に知らせなかった県側の責任」「ハンセン病について認識は足りなかったが、一般的に認識されていないし、県の啓発パンフも見た事がない」などと発言したそうである。ということは、この社長は、県から通達が来ない事は、何も知らなくていいのだ、と言いたいようである。ハンセン病については、新聞の一面で何度も取り上げられ、民放もNHKもニュースや特集を組んで誤解について報道した。つまり、知らないのは一重に単なる勉強不足と言う以外にはなく、責任ある地位の人間として、資質を疑う発言と言わざるをえない。「これを読んでおくように」と言われない限り、何も学ばないというのでは、まだ小学校も卒業出来ていない段階だ。そんなのが社長をやるようでは、この「アイレディース宮殿黒川温泉ホテル」とやらの先行きも怪しいであろう。
《2003.12.01》
人道支援
 自衛隊のイラク派遣が話題になる中、実は日本政府は文民士官をバクダッドに派遣していた。その中の二人が、遂に死亡するという、予想された事態が起きたのは、既に報じられているとおり。彼等は武器も携帯せず、警備も無く、軽装備の4WDで移動中に襲われたものらしい。外務大臣と小泉総理は、遺憾と追悼の意を表しながらも、「イラクへの人道支援はいささかも揺らぐ事はなく、テロに屈してはならない」と繰り返すだけであるが、そもそも人道支援とは何であろうか。戦争中に国家が混乱するのは当たり前で、混乱を収拾する為には何をおいても、戦闘状態を終結させなくてはならないはずだ。そうしなければ、幾ら道路を作ろうと、水道を整備しようと、すぐに破壊されてしまい無意味である。そしてその為には、米軍などの「侵入者」が出て行く事こそが肝要で、幾ら戦力を増強し、敵を叩いてもソマリアの二の舞になるだけであろう。更に、こうした人道的活動には、そもそも軍隊は向いていない。それこそNPOが既にあちこちで活動しているのであって、彼等NOPの方がよほど金を効率良く使っている。そして、そこに自衛隊が行く事は、むしろ「あの軍隊の仲間だ」と見られる事で、彼等NPOに危険が及ぶ可能性すらあるのだ。
 自衛隊の陸上部隊は、攻撃を恐れて砂漠のまん中に陣地を作り(迫撃砲の有効射程内には砂しか無い場所を選ぶ)、そこにこもるという話が既に伝わっていて、これじゃ何をしに行くのかもわからない。それに毎日兵士一人あたり3万円の税金を投入するというのだから、何の為の税金投入なのかも分からない。そもそもテロに屈するというが、軍を派遣しない事は何も屈する事ではない。派遣しないと屈する事になるというのなら、過去、数知れず繰り返されてきた侵略戦争の口実そのものである。危険だから軍によるガードが必要だというのなら、危険なバグダッドに文民士官を無防備で何ヶ月も置いていた事と、自衛隊は安全な場所に派遣するという事とで、話が根本から矛盾している。という事は要するに、今の小泉内閣は、理由はともかく、自衛隊を派遣したという「前例」を強引に作ろうとしているとしか思えないのである。小泉内閣は、米国の戦争に賛成した事ばかりではなく(そもそも、アルカイダとイラクの関係にしたって、証拠を見たと言っただけ)、経済政策や銀行破綻処理など、どれをとってもまっとうな説明責任を果たしていない。国会の予算委員会などでも、野党からの追求に「決まった事だから」などという答弁を平気で繰り返している。今回の自衛隊派遣も、その意義は全く不透明であるが、派遣実績を作ろうとしていると考えるならば、それなりにスジが見えて来るのだ。つまり、憲法改正の下地作りである。憲法改正の論議が一部で高まっているらしいが、現行の憲法下ですら、理屈をつけて第三国に軍を派遣する実態で、この上、第9条を改正などしたら、日本は軍事国家へ一直線となりかねない。法律は一度決まってしまえば、一人歩きを始める。「強制する訳ではない」と政府が公式に表明していながら、国歌国旗法案に基づいて、文部科学省は、国旗掲揚の位置から全員起立、そして罰則までを含めた「通達」を、各学校へ出しているのだ。先日、パックイン・ジャーナルを見ていたら、あるイラク反対デモに参加した視聴者からの投書が紹介されていた。警備と称して警官隊がデモ隊を巧妙に分断して、しかも互いの距離を開き、デモの影響力を削ぐようにするらしい。しかも先頭には機動隊の隊長が立つという。大手の地上波テレビメディアは、政府にべったりであり、既に民主国家の看板すら怪しくなりつつあるのが、イラクどころか今の日本ではないのだろうか。

各記事は個人で楽しむ分には自由だが、いかなる意味でも営利を伴う使用については、 筆者個人の許可を求める。ただしURLを宣伝する行為は、この限りとはしない。

GO BACK TO TOP