一刀両断ミニコラム
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2003年

《2004.02.27》
なんたって特例
 「平成16年度における財政運営のための公債の発行の特例等に関する法律案」というのを政府が提出し、審議中だそうである。財政が逼迫している折、公債発行の特例を作るものである。ところが、民主党のメールマガジンによると、この「等」というのが曲者で、この中に年金保険料の流用規定が含まれているのだそうだ。元々、この流用は財政構造改革特別措置法という、これまた特別な措置の為の法律で規定され、それが本年3月で期限切れになるという。で、年金問題が世論でも叩かれている時、これをそのまま延長すると目立つので、別法案の「等」の中に隠した、という事らしい。ところで、国民が収めた年金の流用は、どういう物が行われて来たのだろうか。同メールマガジンによると、社会保険庁内部の交際費、全都道府県に保険庁職員用のマンション建設(無論、職員の家賃は格安だ)、社会保険庁用の公用車250台以上の購入、保険庁職員の外国「視察」費などがあるという。そもそも、年金として集められた金が、全国各地の保養施設に化けている話は以前もここで書いたが、その理由の一つに、流用を禁じるという規定が無い事も触れた。だから流用する役人に責任を問えない仕掛けになっているのだが、禁じる法律が無いどころか、流用の為の法律を作っていた、という訳である。しかも、一見分からない法案の中にまぎれ込ませるという形で、実質的な延長をはかっているという事は、連中が確信犯である事の裏づけ以外の何物でもない。いい度胸と言う他はなかろう。現在、審議中のこの法案が通れば、また国民が収めた年金のうち、1000億円以上をこういう流用に回す事が正当化されるのである。無論、国民の負担増は粛々と行われる。
《2004.02.26》
誤差2万倍
 ソフトバンクのヤフーBBからの顧客情報流出事件、別件も出てきて流出した個人情報は、500万人分になるという報道もある。ソフトバンクは、最初から流出した顧客情報を242件と発表していて、その2万倍ものデータがとっくに表に出ていた、ということだ。この2万倍にしたところで、犯人が会社を強請(ゆす)りに来たから分かったのであって、そうではなく闇の名簿業者などに流れていたら、ソフトバンクは知らん顔をして242人と言い続けていただろう。ヤフーBBはADSL開始当初からセキュリティの甘さが指摘されていた。ひどい例では、ARPパケットがユーザ間でブロックされていない、というのがあって、これはDHCPを自前で公開できる事とイコールなのだから、セキュリティの崩壊を招くような出来事だった(話が難しかったからか、あまりメディアでは報道されてはいない)。つまり、ソフトバンクという会社の体質がこうなのであって、今回の流出事件も内部事情に詳しい人間だったら、さして驚かなかったのではなかろうか。もっとも、ソフトバンクだけがひどい訳ではない。先日も、CGIスクリプトのセキュリティホールをついた不正アクセスが報じられたが、そのスクリプトのあるWebシステムは、何と2000年に導入したまま、使い続けていた代物だったという。これも、「犯人」がその情報をネットで公開したから、明らかになったのであって、取り出された情報が闇から闇へ流れていたら、今だにそのシステムはそのままだっただろう。住基ネットなど大した問題ではない。日本のネットは穴だらけだと思うべきなのである。
《2004.02.24》
私的複製
 米国の連邦地方裁判所が、DVD映画の私的複製を違法とする判決を出した、と新聞などが報じているが、良く読むと、正しくは「複製を可能にするソフトを販売していた会社に、販売・流布を禁止した」のであって、少しニュアンスが違う。実際問題として、私的に複製したかどうかは、その人間のプライベートライフを監視していなくては出来ないのであり、それは無理だから法的にも私的利用の範囲内での著作物複製が認められている。もっとも、既にネットにはこうした暗号を解除して複製可能にするツールが、幾らでも流れているのであって、この判決に実効は無い。禁止したツールを使ったのかどうかなど、調べようがないからだ。メディア流通業界は、CDにしろDVDにしろ、複製防止に躍起だが、その結果、売上げが伸びたという統計は出ていない。穿ってみれば、この現象は、要するに既得権益を守る動き以外の何物でもないのであって、後世から見たら笑い話になっているかもしれない。
《2004.02.23》
ニュースを見て
 最近のニュースで、感じている事いろいろ・・・
  • 自衛隊本体出発へ
     なんちゅうか、ニュース映像見ていると、行進する自衛隊員の両側を、日の丸の小旗振っている民衆がずらりと並んで、恐らく、白黒画面にして、多少ノイズを入れたら、昭和20年頃の映像だと誰もが思うのではなかろうか。

  • 現職若手警官が女児誘拐
     関係者、専門家の言う事は、何年たっても進歩がない。「考えられない事だ」「あんな勤務熱心な警察官が」「今後、管理体制の一層の強化を」。若い男なら性欲があるのが当たり前で、それを的確に解消させなければ、ああいう形で暴発する奴もたまには出る。だからこそ、普段、そんな物など無いような素振りをしなくてはならない、教師や警察官に、痴漢やこういう事件が多いのである。吉原を作った江戸幕府、進駐軍兵士用に慰安ギャルを用意した戦後の臨時政府の方が、遥かに賢かった。ソープランドを奨励するくらいの事をやっていい筈だ。一般婦女子が犠牲になるのとどっちがいい。

  • 神社でハトを焼却処理
     無知というのは、本当に無くならない物だと、痛感する。鳥だからまだいいが(良くはないけど)、仮に人間に悪性ウィルス患者が発生したら、あちこちでどんなパニックが起きるのか、考えるだに寒気がする。○○予防法が作られ、各地に隔離施設が建設されて、断種まで行われるのだろうか。

  • 牛丼大人気
     あつものに懲りてナマスを吹いている連中とは別に、美味しい物は美味しいのだ、と、あちこちの牛丼扱い店では長蛇の列だそうだ。論理的思考の結果というよりは、本能に従っているかのような雰囲気も無いでもないが、これで多少高価でも売れると分かり、輸入先の多様化へ繋がるのなら、まずは歓迎すべき傾向である。神奈川県でBSE牛が出たそうだが(かなり高齢な牛である事に注意)、そんなものの影響は全く見られない。学ばないのは為政者の方か。普段、牛丼などという「下衆な食い物」は食べないとでも、言いたげだ。

  • 入港禁止法案
     特定の国(事実上、北朝鮮だ)の船は、追い返せるという法改正。あちこちで推進する声が多いのには、驚く他はない。国際関係は相互依存であって、これをやったら今度日本の船が、どこかの国で入港拒否されても、文句を言えなくなる。例えば遠洋マグロ船が補給をしようとして、拒否されたらどうする。食料の90%を輸入に頼っていて、本気でこんな事をしようと言うのか。

  • アナン事務総長来日
     自衛隊派遣を歓迎し、国会で演説をするそうだ。実はイラクでは、新国家建設について、混乱の度合が増している。米国の選んだ現暫定政府などが広く支持される訳もなく、選挙までがどうなるか見当もつかない状況だ。米国はこの混乱を引き起こしておきながら、さっさと国連にサジを投げて撤退しようとしており、困った国連が今度は日本に「何か」をしてもらおう、と来たというのが真相だろう。

  • 党首討論
     あんな受け答えをしていたら、大学入試面接で合格など考えられまい。討論にすらなっていないからだ。格闘技で言うなら、ボクサーと柔道家がお互いのルールで上がって、しかも互いに向き合っていないようなもの。質問する野党の側が議論のテクが未熟なら、返す首相は相変わらずの「問題すり替え」。国会議員の年金は、10年議員をしただけで掛け金の4倍の支給があり、厚生年金などとの併用も可能だ。特権と高給がこれほど似合わない連中は、他におるまい。まさに末期のソ連指導部を見るかのよう。日本が民主国家である、というのは間違いと言うべきだろう。
《2004.02.22》
500倍
 イラクへ「人道支援」に行く自衛隊本体の為に、先遣隊が基地を建設中である。郊外の砂漠のまん中(迫撃砲の射程距離以内には、砂しか無いような場所を選んだ)に、堀を巡らせ、要塞みたいなものを作るらしい。で、そこの地主が日本に賃貸料として、3億5千万円を要求して来たという。これまで駐留していたオランダ軍の野営地の賃貸料が70万円だったそうだ。21日放送のパックイン・ジャーナルで言っていた事だが、さて、大手メディアで見た覚えがない。言うまでもなく、大きく出れば金を出すという、日本の足元を見た値段であって、さすがはしたたかなアラブ人である。が、感心している場合ではない。これは当然ながら税金から出るからだ。現在価格交渉中とはいえ、最終的に1億円くらいで決着するのではないか、と言う話が出ているそうだが、そんな額が決まったら、他の国の野営地にも値上げは波及するだろうし、そうなったら他の国はますますアホらしくなって、撤退の動きも早まるだろう。これでどこが世界から一目置かれる国になるというのかとも思うが、党首討論の虚しさはどうだ。イラク戦争の大義については、イギリスでさえ、最近では及び腰、米国のブッシュに至っては、「大量破壊兵器について、何故ああいう報告が上がって来たのか、もっと調べてみたい」などと言う始末。日本は首を突っ込んだばかりに、泥沼へと誘い込まれかねない。気がついたら深みにはまり、周りには誰もいなかった、という構図も充分にあり得るのだ。金と言えば、米国債の購入がある。昨年、米国が増やした米国債のうち、日本が全体の半分近くに及ぶ約17兆5500億円を買っているのである。貿易黒字が良く報じられるが、黒字はどこへ行ったのか、と思わないだろうか。少なくとも我々の懐には入っていない。実は、こうして米国債に化けている(言いかえれば米国の赤字を補填している)のである。日本はイラク戦費も負担(湾岸戦争でも日本が拠出した金額は、ほぼ米国の戦費に匹敵する)、日本を守る筈のない(日本の防衛は自衛隊の役目、と日米地位協定には明記されておるそうな)在日米軍の光熱費や思いやり予算を負担、旧長銀は4兆円の国費を入れて僅か10億円で米国投資会社に売却(国内銀行も幾つか手を挙げたが政府は無視している)、そして膨大な米国債ばかりかドルも買い支えているのだ。それで財政は硬直化、国債の利払いの為に国債を発行する始末で、国民へは増税という形で皺を押しつけようとしているのである。最近では、米国記者が「日本はそんなに金を出して大丈夫か」と聞いて来るのだそうだ。これで支持率が高いというのだから、世界七不思議に数えられよう。
《2004.02.19》
無知と怖れ
 大分で確認された、鶏インフルエンザ。見つかったのが趣味で飼っていたチャボだと言うが、半径30km以内の出荷一時停止はともかくとして(本来はこれすら異常だ)、感染鳥の焼却処分(ウィルスは生体細胞でしか生きられないのだから、焼却の必要はない)や、地元小学生の靴消毒、上野動物園でのチャボ展示休止などを見ていると、その過剰な反応ぶりはますます拍車がかかっているのではないか、という感を禁じ得ない。鳥ウィルスは人間には感染しない(感染したと言われているが、直接感染ではない)し、例え感染鳥であろうと肉も卵も安全だ、と専門家が何度も言っていても、このザマであるからだ。ここでふと思ったのが、先日のハンセン病施設の人達が、宿泊を断られた話である。らい予防法はとんでもない法律であったが、BSEを含めた、こうした過剰なまでの反応を見るにつけ、とても当時の人を現代人が責める事など出来そうにないではないか。科学が発達して無知は減るというのがこれまでの定説だった。が、結果として通信機能の発達は、無知をより効率的に広める事にしか役立っていないようにすら見えてくる。
《2004.02.18》
廃業で終わりか
 ハンセン病を理由に宿泊を拒否した熊本のホテルが、廃業を表明した。すると、ハンセン病療養所に脅迫まがいの電話が相次いでいると伝えられている。ま、世の中にバカは幾らでもいる。差別が無くなるなどという事はない。差別用語にめくじらを立てたのは、何だったのか、言い出しっぺや賛成した奴らは、説明責任があるのではなかろうか。さて、このホテル、結局廃業になってしまったが、ホテルの側の言い分にも一理はあった。いきなりハンセン病歴のある人が、やってきたら驚くだろうし、一般客にも拒否感を持つ人は多いのが事実だろうからだ。ハンセン病に関しては、感染はしないし、完治するし、何も心配はない、という事が何度も報道されたにも関わらず、目にも耳にも入らない人は非常に多いと言って良い。長年に渡って聞かされて来た事を、ある日突然変えろと言われても、ついて行けない人は少なくないのだ。この場合、ホテルの側が「あらかじめ事前に言ってくれれば」と言ったのは、現実を考えればやむを得ない面もある。そうしない事がベストには違いないが、口先で綺麗事を並べるのと、現場の最前線とでは訳が違うのだ。だが、ホテルの対応はまずかった。宿泊客へ啓蒙を行った上で、宿泊は当然認めるべきだった。結果として、騒ぎが広まり、こうした結果になった訳だが、話がこう大きくならないだけで、この問題は、全国に有るどこの宿泊施設でも起きている事ではないだろうか。ハンセン病療養所からの予約と聞いたら「生憎、満員で」と答えるホテルは珍しくないのではなかろうか。この事で分かるのは、いくら表面上で差別禁止を徹底しても、実質的には何も変わらない場合が殆どだという現実だ。本欄では何度も書いて来た事だが、差別的意識は人間の持つ本能的衝動である。自分が優れた個体だと思いたいからこそ、誰でもいいので何かしら理屈をつけ、おとしめる事で、相対的に自分を高く見せたがるのだ。従って、差別をするという事は、実はその当人こそが優れてなどいない事の証明に他ならない。しかし、「バカの壁」がベストセラーになってはいるが、読んでみて、自分がバカの側だと思っている読者は恐らくおるまい。誰でも自分が一番可愛いのである。だが、それをそのままにして、差別反対を唱えたところで、何も変わらないという事を、そろそろ学んでも良い頃ではないだろうか。
《2004.02.15》
無菌栽培
 奈良県の小学生が、担任の発言(その子の姉が養護学校に通っている、という発言だそうだ)で学校に行けなくなった、といって市長に投書して直訴した、と報じられている。担任の発言の詳細や、コトの善し悪しについては、ここで論じるつもりはない。興味深いのは、その程度の事で学校に行かないという事実が正当化されるという点と、もう一つはその子が市長に対する直訴は出来たという点である。つまり、精神的にダメージを受けた、という訳でもなさそうに感じられる点だ。まあ感性てのは人それぞれだから、この小学生が非常に繊細な子であったのかもしれない。だが、これでこのまま大人になって、社会へ出たとして、この子はやっていけるのだろうか、とも考えてしまうのである。現在の教育における最大の問題点は(日本社会全体がそうとも言えるが)、嫌な事は見なければすむという、事無かれ主義、問題先送り主義である。イジメにしろ、差別にしろ、無くそうと言えば無くなるとでも言いたげだ。人間に個性があり、個人差がある以上、それを引き合いに出したイジメや差別が無くなる訳がない。重要なのは、それを受ける側に立った時にどう対処するか、という事の筈であろう。それを教えないから、いざ、受ける立場になった時に、どうしてよいか分からなくなるのだ。それでいて、別の口では個性重視なんて言うんだから、子供が混乱するのも当然である。だが、ここで更に深く考えなくてはならない事がある。それは、我々大人の方も、無意識のうちに、こうした養護学校に行っていると言う事に、差別意識を持っているという事だ。だからこそ、子供の方も敏感にそれを感じ取るのである。身内に養護学校に通うのがいたら、どこか後めたく思うのが普通ではなかろうか。だが、こうしたハンデを持つ人は、ハンデを負いながら生きているのだから、むしろ逞しくしっかりしているのであって、そう考えるなら変に特別視しようとはしなくなるだろう。そして、そう教えていれば、この子も、登校拒否になどならなかったであろう。ここで仮に養護学校というのを差別用語だと言って禁止したら、この問題は起きなかったか。答は明らかにノーである。差別用語を定義して、言葉を刈れば差別が無くなる、などという発想が、如何に次元の低いものであったかは、ようやく世間で認識されてきたようだが、偉そうに言葉狩りをしてきた連中は、そんな事はもうすっかり忘れているに違いない。
《2004.02.14》
毛が3本・・・
 某サル山で、ボス猿という言い方をやめる、という決定をしたとか。「研究の結果、ボスという言葉のような権限を持って無かった」という事らしい。そんな事は当たり前ではなかろうか。何で猿世界の社会が、人間と同じでなくてはならないのか。人間から見て、そのように見えるから、そのように呼称しているのであって、実際にボスとしての役割を果たしていると思う方がどうかしている。同じような言い方は、他の動物にも色々あり、この論法で言うなら「女王アリ」(実際には卵を産む事に特化した個体)、「働きバチ」(マーキングしてみると、常に働いているのは二割程度)、「百獣の王」(そうでない事はライオンの狩りを見れば分かる)などの呼称も、全部廃止しなくてはならないだろう。関係者の頭を疑いたくなるような決定である。
《2004.02.12》
牛丼狂奏曲
 どこのニュース番組を見ても、吉野家の宣伝であった。「最後の牛丼」を食べるサラリーマンをとりかこむ、報道陣のカメラの列は、将来、物笑いのタネになりそうである。これだけ騒いでいながら、牛丼を食べたいとか、牛肉を輸入しろという声が出ないのは、何故であろうか。答は無知だから、と言う他はなさそうだ。インタビューに答えて「もう魚しか食べません」と言っていた主婦はともかく(つい先日の鯉ヘルペスや、PCBなど、もうすっかり忘れている訳だが)、「驚くべき杜撰(ずさん)な米国の牛管理」などという特集を組む報道番組もどうかと思う。
 何だか、BSEの牛は食べたら最後、死ぬかのような扱いである。欧州でBSE牛から感染して、ヤコブ病にかかった例は、そもそも牛肉に脳をつなぎとして混ぜるというハンバーガーを食べ続けた為であり、それも食べた人数から考えて発病確率はそれこそ万に一つのオーダーである。日本で出たヤコブ病患者は、脳の手術をした時に、頭蓋骨の穴を塞ぐパーツとして、BSE牛の頭蓋骨から作った蓋を使った事で発病したもので、BSE牛を食べたからではない。そもそも、BSEは若い(20ヶ月未満)牛には現れないし、例えBSE牛にしてもいわゆる危険部位(脳、目玉、脊髄、小腸の一部)を食べなければ問題はない上、例えそうした部位を食べたからと言っても、発病する確率は数万に一つに過ぎないのである。先日聞いた話だが、米国で、それこそ牛の脳をそのまま使うハンバーガーを売っている店があり、BSEなどどこ吹く風、繁盛しているのだそうだ。もともとはドイツの田舎料理らしいのだが、客の方もインタビューに答えて「ワシももう歳だし、病気になったって構わんよ」という具合である。リスクと確率を考えている、こうした行動こそが、危機管理の原点である自己判断だ。BSEはかような具合に、危険度から行けば小さなものなので、米国が「若い牛は調べる必要はないし、足がふらついている牛を見たら検査する」と言っているのは、決して杜撰でも何でもなく、極めて論理的な結論に他ならない。日本が感情的かつ非論理的なのである。(もっとも鯨の問題になると立場は逆転するが)
 無知と偏見が悲惨な結果を招いた良い例が、かの「らい予防法」であった。あれは、学会の権威が己の体面を優先させた結果であったが、今回のBSEについては、専門家は正しい情報を発信しているにも関わらず、メディアがいたずらに不安を煽っているという一面がある。いらずらではなく、危険度がゼロじゃない以上、輸入を禁止しなくては安心出来ない、と言うのであるなら、メディアは真っ先にフグ禁止キャンペーンをすべきだろう。毎年、フグの毒に当たって死ぬ人間は、何人もいるのだから。
《2004.02.11》
狂信的宗教団体
 1月の31日と、2月の7日の二回に渡り、NHKが放送したドキュメンタリー「パレスチナ」。後編で、パレスチナ問題に「油を注いでいる」のは、背後にいるアメリカである、という話が出てきていた。アメリカの行動のそのまた背後には、ブッシュ政権に大きな影響力を持つ「キリスト教福音派」というキリスト教徒の一派がある。これがネオコンの土台である。この一派は、ユダヤ人が聖地(即ちエルサレム)に戻ってこそ、神が降臨すると信じているのだそうだ。一派と言っても全米で5000万人からいるそうで、これだけの人間が、聖書は神の声だと盲信し、その記述通りにする事が選ばれた自分らの努めであり、その為にはパレスチナ人を排除しなくてはならない、と信じて疑わないのである。以前書いた事だが、パレスチナ人が住んでいた所に、ユダヤ人が集まりはじめたのは、第一次大戦前の頃からで、シオニズム運動と言われる。当時、イスラエルのあたりはイギリスの植民地で、イギリスはそうしたユダヤ人入植者の受け入れには前向きだった。やがて第二次大戦が終わると、ドイツで迫害されたユダヤ人が一気にそこになだれこんだ。手に負えなくなったイギリスは、バトンをアメリカに渡して自らは手を引く。以来、ユダヤ人とアラブ人、特にパレスチナ人との闘いが延々と続いているのである。パレスチナ人にしてみれば、先祖代々住んでいた所に、突然イスラエルの戦車が現れ、追い出されるのであるから、どう見たってパレスチナの側に分があるのだ。さて、こうした福音派のしている事であるが、教義を100%真実と受け止め、その為には手段を選ばないという訳で、その本質はオウム真理教と変わりはない。オウム真理教は富士が噴火するのを抑えると言って上九一色村に入って来た訳だが、神の降臨の為と言ってパレスチナを我が物にしようとする福音派の行動は、こうして並べてみれば何も変わらない事が分かるだろう。そして人類にとって不幸な事は、こんな連中が世界最大の国で圧倒的な政治力を持ってしまった点である。それにしても、こうした福音派の発言を聞いていると、失笑を禁じ得ない。自分らは神に選ばれた子であり、その神を迎える為に異教徒を弾圧するのは当然だ、というような利己中心的な思い上がった精神の持ち主を、神が本当に選んだというのなら、それこそ神への冒涜だという事に気づいていないからだ。聖書に出てくる話には、モーゼに率いられて約束の地へ向かう途中で、一部の不心得者が教えを無視して身勝手な活動を行い、神の怒りを買うという場面がある。モーゼのとりなしで事無きを得たが、まさに福音派のしている行動は、この身勝手な連中そのものと言えよう。そして、今、モーゼはいない。宗教は神を盲信する為にあるのではない。教義に照らし合わせ、我が身を律する為にこそ、宗教はある。この福音派のような連中は、自分らの権益を広げる為に神の名を借り、利用しているに過ぎない。善人づらをしている分、イスラム過激派より始末が悪いのだ。
《2004.02.10》
雛鳥症候群業界
 安い輸入CDがこれ以上増えると、業界の死活問題だ、と、国内の音楽業界が、輸入CDを制限させる法案を通そうと活動している。文化庁がそれを受け、著作権法の改正案(改悪案だ)を策定中である。恒例の、自分らは何もしないで金儲け、という業界の路線である。建前は著作権保護と綺麗事を言うが、実態は自分らの取り分が減るから騒いでいるだけのこと。ここで制限しようとしているのは、違法なコピーCDではない。合法な輸入CDである。我々が海外からCDを買って輸入しても、或いは輸入されたCDを買っても、どこにも今は違法性はない。著作者にはちゃんと著作料が行くのだから、著作者も困らない。困るのは、自分らの売上げが減る、国内音楽産業だけである。この手の議論が出てきた時、大抵は著作者本人ではなく、国内市場の既得権益を守ろうとする連中の利益だけが、その本質である。良い例がDVDのリージョンコードだ。あれは例えば米国市場で買ったDVDを日本では再生できないようにする仕掛けである。考えてみれば明らかだが、日本の住人がネット通販などで米国からDVDを買っても、著作者にはちゃんと著作料が行く。困るのは、流通を牛耳っている連中だけである。それがバレたから、最近はリージョンフリーな装置について業界は何も言わない。裁判沙汰になっているのは、CSSと言って、コンテンツを暗号化するアルゴリズムであって、それを解読するプログラムにも欧州で無罪判決が出た。話を戻して、日本のCDが外国(それも発展途上国ばかりではなく、米国など)に比べて異常に高いのは、ネット通販をするまでもなく誰もが感じている事だろう。それでいて、日本の音楽家に入る実入りが多いのかといえば、そうでもないようだ。つまり、どこかにロスがあって、それはピンハネをしている連中がいる、という事であり、そういう連中が悲鳴を上げているに過ぎないのである。海外からの安いCDが来るのは、グローバルな時代なら当たり前であって、業界がすべきは高コスト体質を改善する事であり、ネット販売を拡張するとか、元を取ったCDを安く再版して需要を盛り上げるとか(DVD業界は、この点で遥かに賢い戦略を取っている)やれる事は幾らでもある筈だ。http://www.mainichi.co.jp/digital/coverstory/archive/200402/05/1.htmlなどを見ると、「理解を求める業界代表」という写真があるが、事なかれ主義と保身に走るこんな連中を養う為に、消費者が理解などする必要は全くない。理解を求めるなら、今、どのようなコストがどのようにかかっていて、輸入によってどこがどれだけ圧迫されているのか、というようなデータを公表するのが先だろう。自ら努力をせず、「餌が来ないよ」とピーピーと騒ぐだけの連中を、雛鳥症候群と言うのだそうだ。彼等が仮に路頭に迷ったとして、同情がどれだけ寄せられるか、こうした連中は最初に考えるべきであろう。
スキー事故
 最近、スキー事故の報道が何件か続いた。いずれも衝突事故であって、後遺症が残った話や死亡に至った話である。スキーは楽しいスポーツだが、初心者でも暴走すれば軽く時速40キロ程度は出る。それで壁か何かに衝突するという事は、時速40キロで走って来る車に跳ねられるのと同じだ。当然、タダでは済まない。このようにスキーは暴走すると凶器になるので、少なくとも初心者は見よう見まねでやるのではなく、どのスキー場にもある、スキー学校に入って基礎訓練は受けて欲しい。上級者は初心者を連れて行くなら、必ずこうした学校に入れるか、そうでないなら責任を持ってリードするべきだ。良くあるように、いきなり頂上まで連れていって、置いて行くなどもっての他である。ガンガン滑りたいなら、上級者同士で行けばよいのだ。なお、スキー学校といえば、昔は体育会系丸出しの所が多かったが、最近は若い女の先生も多く、教え方もこなれている。また、ゲレンデに出る時は、最低限、帽子を欠かさないようにして欲しい。スキー事故で死に繋がるのは、必ず頭への衝撃である。ゲレンデは雪であっても、固められているので石のように硬い。体は厚いウェアで保護されているからいいが、頭を打つとその時は平気でも、脳の血管が破れ、溢れた血液が脳を圧迫、その日の夜になって死に至るという悲惨な結末につながる。薄い帽子であっても、それがあるだけで衝撃は桁違いに小さくなり、一つしかない命を守れるのである。スノボー初心者は特に後に転んで頭を打ちやすく、年間数人は死者が出ていると言われる。出来れば、初心者、特に子供にはヘルメットが望ましい。特に子供はまだ頭蓋骨が固まっていないので、尚更である。報道された事故も、子供がヘルメットをきちっと被っていたら、死には至らなかったのではなかろうか。尚、スキー場で怪我をさせたら、どのような理由があろうと、ぶつけた側が有罪になる。これはれっきとした判例があり、突然飛び出して来た、などというのは理由にならない。相手が死亡でもしたら、過失致死罪となって、殺人者のレッテルを一生の間、背負って生きなくてはならなくなる。保険もあるが、賠償では刑事は片づかないので注意が必要である。最後に、スキーのマスター法だが、どうも日本の教え方は、古色泰然のように何時も思っている。ボーゲンは本来、上級者が荷物やケガ人を下ろす為に使うテクニックであって、初心者は最初からパラレルターンで始めるのが、欧米では普通である。巷には、スキーのビデオが幾つも出ているが、もし可能なら、欧州の教則ビデオを見てもらいたいと思う。特に辛口子が感心したのは、フランスのスキー学校が制作したもので、エボルティフシステムというものだ。最初に1mくらいの短いスキーをつけ、パラレルターンの練習を始める。上達するに連れ、次第に長い板に変えて行く。これで全くスキーを知らない初心者も、5日ほどで見事にパラレルターンをこなすようになって行くのだ。一時、スキーがブームになった頃、VHSで市販されていたが、最近は全くこうした質の高いビデオが見当たらず、いたずらに派手さだけを強調するような物しか無いのが残念である。最後に、カービングスキーに頼るのは良くない。カービングは簡単に曲がる印象があるが、逆に力のかけ方を少し間違えると、板がスパーンと抜けてしまい、転倒につながりかねないからだ。スキーワールドカップの回転系競技でも、制限を強める動きが出ているほどである。バイクでもスキーでもそうだが、本当の上級者は、一見、速く走っているように見えなくても、実は速いものだ。思いっきり派手に飛ばすだけの輩は、下手クソなのだと認識しよう。
《2004.02.09》
構造改革は不況への道
 ここのところ、突っ込みたくなるネタも無く、対空ミサイルの飛び交う非戦闘地域であるバグダッド空港の話も、牛肉を部分解放するという亀井農相の話も、見え透いていて面白くない。という訳で、先月末、26日の日経朝刊に出ていた、不況と構造改革を論じた経済記事を紹介したいと思う。著者は経済学博士の小野善康氏。氏の主張によると、従来言われているように、カネの量は限られているので、カネが無いのが不況ではなく、カネが動かないのが不況であるのは事実だが、実際にはカネが動くだけでは意味はないのだそうだ。氏の例えを見てみよう。例えば、100万円の車を買ったとする。すると購入者から生産者へ100万円が動いた事になる。が、実はそれだけではない。新たに車というものを手にした事で、それまで無かった付加価値が発生しているのである。これが景気を良くする原動力であって、単にカネが動いただけでは、何も産み出さない。
 例えば、赤字の企業に税金を投入、不良債権を穴埋めしたとしても、その事によって、新たな価値が何か生じる訳ではないので、全くの無駄金になる。年金の議論も、今の制度を見る限り、若い世代から高齢者に単に金を動かすだけなので、何も景気に作用しない。この理屈で行くと、例え効率の悪い公共事業であっても、何か産み出すのであれば、無いよりはマシという事になる。先の車の理屈で言うならば、どこかの第三セクターが、70万円の価値しか無い車を100万円で売ったとしても、無いよりはずっとマシなのである。特に不況時には、人が余っているので、そうした雇用の吸収場所にもなるし、そこで稼いだ人は今度は何か物を買うからでもある。逆に雇用の数だけを維持する、パートやワークシェアリングの増加は、同じ金を多くの人間に分配するだけなので、景気上昇に寄与しないばかりか、消費を抑えるだろうからむしろ逆効果ですらある。こう書いて来ると、天下りの退職金などはどうなのだ、という話になるが、それは制度が悪いのであって、そこを直す事と、公共事業を不採算だからという理由で、整理する事とは全く意味が違う事を考えなくてはならないのである。
 と、氏は理論を展開していたのであった。この理屈によると、小泉内閣のしている事は、景気を冷やす方向ばかりである、という事になる。しかも面白い事に、そうなるとますます「構造改革に邁進」する、というスローガンが輝いて見える事になり、それが一層、景気を悪くする、という不思議な悪循環になるのである。経済学の難しい事は分からなくとも、何となく現実を説明しているような気になるのではないだろうか。
《2004.02.04》
痴的立国への道
 昨日、高校生からの署名提出に「現場で先生がもっと教えないと」と、ピントのずれた返答を言った首相に続き、今度は河村文部科学相がまるで太鼓持ちのような「後押し」発言。「自衛隊が何の為に行くのか、行くには法的根拠もあり、きちっと教えてもらいたい」のだそうだ。武器を持って行くが威嚇ではなく、非戦闘地域ではあるが安全ではない、などという詭弁で成り立つ派遣は、法的根拠どころか、憲法違反であると教えるのが普通だろう。百歩譲ったとしても、法の解釈を何通りか上げ、生徒に考えさせるのが教育というものではなかろうか。自衛隊の取材制限で報道管制の第一歩を歩み出した政府は、今度は教育現場の締めつけに乗り出したいようだ。だが、そもそも、当の高校生は先生に言われて署名集めをしたのでもあるまい。本来ならば、コトの正否以前に、自分で考え、こうして行動した事を、評価すべきだ。辛口子なら高く評価する。しかしそれどころか、自分の頭で考えてはいけないとでも言いたげな、政府首脳のこれらの発言、とても見本となる大人の姿勢とは高校生には薦められない。
 3日には、経済同友会の代表幹事なる人物が、先の青色LEDの報酬金額について「異常だ」とか「せいぜい1000万がいいところだ」などと発言した。テクノロジの価値をまっとうに評価できない、こんなレベルの人間が、偉そうにのさばっている現状を、また一つ明らかにしてくれた。これで、知的立国などと口先だけで繰り返したところで、優秀な人材の海外流出は加速する一方だろうし、第一、学生の理科離れを嘆く以前の問題である。
《2004.02.03》
褪せるメッキ
 宮崎県の高校生が、ネットやファックスで自衛隊のイラク派遣からの撤退と、平和的手段によるイラクへの人道支援を訴える署名を集め、内閣府に提出したそうである。これに対する小泉総理の返答は、「自衛隊は平和に貢献する」などと、例によってのはぐらかし回答。更に「世の中善意の人間だけではない。なぜ警察官が必要で、なぜ軍隊が必要か、という事をもっと先生が教えないと」とも述べたそうで、人道支援が何時の間にか警察活動になっているようだ。秩序を守るとか、犯罪者を捕らえるというのは、古来、相手国を侵略する時に使われてきた常套句である。ヒトラーもミロシェビッチも、相手国の同朋を守る為だと言って、侵略をした。そういう話こそ、先生が教えるべきだろうし、試験の答案だったら総理の回答は不合格だろう。ところで、先のイラク派遣承認決議を欠席した自民党の大物議員3人について、総理は「処分は幹事長に任せてます」の一点張り。会見中に6度も繰り返したそうである。厄介な事には、自分は手を汚さない、という意味のようだ。指示はすれどもサポートせず、の鉄則は如何なく貫かれているようである。
《2004.02.01》
200億円
 例の青色LED発明に対して地裁が判断した、中村氏の貢献分、即ち日亜工業に命じた支払い金額である。産業界はおおむね驚きと反対の声を、技術者側はおおむね賛成の声を上げているのは、予想通り。金額の絶対値だけを見る限り、確かに今までの常識から考えれば、一個人に対する支払い額としては、空前に見えるかもしれない。だが、イチローが複数年ながら50億円という契約更改をしているのと比べれば、それ程でもないだろうし、第一、年金財団が作った閑古鳥保養施設にいる天下りの理事が、高々数年腰かけただけで数億円の退職金をとっていくのに比べれば、よほど合理的な数字だと言えよう。青色LEDが日亜工業にもたらした利益は、これの1桁上に近いし、殆ど中村氏が一人でこの開発を成し遂げたのであるが(会社は全くと言っていい程、支援していないし、評価もしていなかった)、それよりも産業界全体に与えた影響は、数桁上と言って良く、一人の技術者が作り上げた革命的成果としてなら、史上空前に近いものである。産業界は、200億円という数字に驚きを隠せないようにコメントするが、今から10年ほど前、米国が日本に対して特許攻勢をかけて来た時には、この2桁上の金額を納得して払っているのだ。今回の支払い額に文句があるというのなら、当時、何故支払ったのかを説明するのが先だろう。そもそも、中村氏が海外で確固たる評価を得てからも、国内のどの企業も大学も、誘いの手を伸ばさなかった事こそ、最初に反省すべきなのである。即ち、自分らが無能であった事の証明に他ならないのだから。

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