一刀両断ミニコラム
- 12月 - 11月 - 10月 - 9月 - 8月 - 7月 - 6月 - 5月 - 4月 - 3月 - 2月 - 1月 -
2003年

《2004.03.30》
開幕
 水曜(31日)頃のテレビ欄を見ると、「プロ野球開幕直前情報」というようなタイトルのついた番組が、いくつか見られる。ところが、実際には3月の27日にパリーグは開幕している。西武の松坂君は打たれてしまった。まあそれはさておき、かような番組名が堂々と通るという事は、メディアを含め、多くの人がパリーグの事など、念頭にない、という事に他ならないというのが肝心である。パリーグは、今年、かなり変則的な日程を採用した。開幕を早めたのもその一つだし、各方面から非難囂々のプレーオフ制もそうである。そもそも、何故こんなに変わった事をしたかというと、要するに注目を浴びるための手段に尽きる。言い方を変えれば、観客動員数を上げたいからだ。だが、実際にはそうなっていないどころか、逆効果になってしまっているのは、どう見ても明らかである。シーズンの終わり頃に、プレーオフの話がどれだけメディアで賑わうかも疑問であるし、3位までに優勝の可能性があるという事では、ペナントそのものへの関心も薄れるであろう。そもそも、何か変わった事をすれば独自性だと、勘違いしているのが間違いの始まりである。独自性というのは、優れていてこそ評価されるものだ。これを決めたパリーグ運営委員会は、責任の取り方を早めに考えておいた方が良いのではあるまいか。もっとも、この委員会に、数十件のケガ人事故に知らん顔をして遂に死亡事故を起こしてから、慌てて謝罪に回る森ビル関係者の二の舞にならないように、早めに手を打つだけの才覚があるかどうかが既に疑問ではあるが。
《2004.03.29》
契約とは
 月刊PLAYBOY誌に 「末永徹の快楽の経済学」というコラムがある。別にふざけた内容ではないし、お色気に絡めた話でもなく、極めて実用的で分かりやすい経済の話が毎号書かれているコーナーである。最新号の5月号では、最近、相次いでいる「高額の発明対価」判決について書かれ、氏は、基本的にサラリーマンは、会社に権利を譲渡するという契約をしたのだから、本来、あのような判決が出る余地はない、というスタンスで議論を展開している。青色ダイオードの中村氏の場合、会社との間で2万円という「契約」を結んでいるのだから、これで全て解決の筈なのだが、何故、あのような判決になるかというと、特許法の35条によって、「発明者の貢献に応じて額を決めなくてはならない」となっており、先の2万円の話は貢献に応じたものではない、という解釈による、という訳だ。お説ごもっともで、例えば米国だったら、どこの裁判所であっても「2万円という契約を結んだのだから、それまで」と言うであろう。だが、氏が指摘していない点がある。この2万円という契約は、本来の意味での「契約」かどうかである。サラリーマンの技術者として勤めた事がある人なら、誰もが思うであろうが、実際には通り一遍のメモのような用紙が渡され、自分の名前を書いてハンコを押すだけだからだ(しかも2万円どころか、数百円という金額も珍しくない)。つまり、記述内容にたとえケチをつけた所で「これが決まりだよ」と言われるだけであって、仮に2万円を200億円に直せと言ったって、最初から議論にすらならないのである。貢献度を勘案などしないのだ。この問題は突き詰めれば、日本が契約社会に徹底的にならなければいけない事を意味している。著作権の問題も、例えば印税一つとったところで、作家と出版社の間は非常に適当な場合が多い。税金にしたところで、いわゆる「天引き」という形で、当人があまり意識しないままに処理されているのが実情だ。天引きそのものは、諸外国でも無い訳ではないが、その場合でも、確定申告をきちっと行い、当人が中身を理解するようになっているのが普通である。氏は、このコラムの最後で、「特許法35条を改正したとしても、高額な訴訟が無くなる訳もなく、このままでは頭脳流出どころか資本流出を招く」と危惧しているが、氏が言うほど、日本が簡単に契約社会になるとは思えない。また、技術者への支払いが高額になって、資本が国から流出するというのなら、真っ先に米国から資本が流出しているのではないだろうか。
《2004.03.28》
丸投げ
 小泉総理は、日本でもテロが起きる可能性に言及し、「国民は、社会は自分たちで守るという意識を」と記者会見。自分でさっさと米国に迎合して、これまで先人達が築き上げた信用を崩し、テロから狙われる要因を作っておきながら、国民に対しては自分の身は自分で守れ、ってのは、いくら何でも安易ではないか、とも受け取れる発言である。「たとえテロが起きようとも、自衛隊は引き上げないし、断固として動じない」とも述べているが、尖閣諸島へ侵入した中国人7人も、「国際関係を考慮して」大騒ぎした挙げ句に結局、無罪放免。いざ、その時が来たら、あっさりと妥協するのではあるまいか。そして、回転ドア事件のように、被害者のところで花束でも献花してそれでOKというあたりであろう。ところで、街では、知らぬ間に公共のゴミ箱が撤去されるなど、「準警戒体制」が整いつつある。だが、今時、ゴミ箱に爆弾を仕掛けるテロリストなどいる筈もない。韓国で起きた地下鉄火災事件は、わずか牛乳パック一つ分のガソリンで引き起こされた。実際問題として、地下街や地下鉄でテロを起こす気になれば、方法はいくらでもあるのが現実だ。それで「自分の身は自分で守れ」などと丸投げされたのでは、国民の方こそいい面の皮である。
《2004.03.27》
本質違い
 年金キャンペーンに出た江角マキ子氏が、年金未納であったと大騒ぎになっているが、社会保険庁の公式統計で1/3近くが未納であるという現実を見れば、当人への非難はスジ違いであろう。未納率が1%とかいうならともかく、実際には「石を投げれば未納者に当たる」状況な訳で、そこにこそ問題の本質がある。大体、社会保険庁にしろ、失業保険にしろ、事務費から職員の宿舎まで、我々の払い込んだ掛け金が使われているという現実こそが、もっと糾弾されてしかるべき問題だ。政府は最初から、「掛け金の分はちゃんと年金として支払われる」などとPRしておいて、実際には事務費、宿舎、公用車、果ては全国への箱モノなどに使いまくっているという二枚舌が、信用を失っている事には全然気づいていないのだから、三菱ふそうと同じか、それ以下の体質である。
《2004.03.25》
携帯放送
 地上波デジタルテレビ放送を、携帯向けに、という記事が出ている。何の事ちゃ、と思っても大した事ではない。単に、今ある携帯にテレビ受像機を組み込むというだけの話である。携帯電話における動画通信を使う訳ではない。それとは別で、今でもある携帯液晶テレビと同じと思って良い。これを携帯電話に組み込んでしまおう、という訳である。地上波デジタルを何が何でもゴリ押ししたい官僚側と、携帯電話に組み込んで商売上のキャッチフレーズに使いたい業界との思惑が一致して、かような製品が世に出る事となった。まあ表向きの能書きはともかくとして、実際には問題は少なくない。まずテレビを見ていたら、電池が持たない。今の携帯は待ち状態でいるから電池が持つのであって、テレビのように連続視聴をしていたら、まず1時間かそこらである。電池が無くなったら、携帯も使えない事になる。画面が小さいので、字幕なども工夫を求められる。つまり送る側も、テレビ受像機向けとは違う作り方をしなくてはならない。野球中継ひとつとっても、今のように小さな字でスコアを出していては、使い物にならないだろう。また、デジタルだから安定して受信できるというのも詭弁に近く、安定受信は電波がしきい値より強く来ている場合の話である。アナログ放送なら、多少画像が乱れても音声は聞き取れるという事があるが、デジタル放送では電波が足りない時は何も出ない。それは衛星受信設備で、土砂降りの時に電波が弱くなった経験の持ち主なら分かるだろう。都会のビル間で、或は電車の中で安定受信など出来るとは到底考えられない。つきつめれば、要するに地上波デジタル放送という考え方そのものが、根本的にピント外れもいい所なのである。6年後には、今のテレビやビデオが全て粗大ゴミになる、などとまだ本気で考えているようだが。
ハマス指導者暗殺を考える
 イスラエルとパレスチナの抗争が、遂に血で血を洗う情勢となった。表向き、他人事のようなコメントを出しているが、これに対する米国の責任は免れない。そもそも、今の強硬派、シャロン首相をイスラエルに誕生させたのも、背後で米国が糸を引いていた可能性が大である。シャロン首相は、元々、中東戦争でその名を馳せた、猪突猛進型の司令官であった。いわゆる、血の気の多い、突撃精神旺盛なタイプである。何が何でもエルサレムをユダヤ人で占拠したい、米国の福音派と言われる連中にとっては、穏健派がイスラエルの首相では困る。だから、背後で過激派を操って前首相を暗殺させ、今のシャロンを首相に就けたという可能性は充分にあり得るシナリオだ。世論を操作すれば、選挙などある程度どうにでもなる。この手法は、イランのパーレビ政権や、南ベトナムの親米政権を作る時にも使われた。かような推測を前提に置くと、日本政府の公式発表のバカバカしさが良く分かる。「今が一番苦しい時期」? 何を寝ぼけた事を言っているのだろうか。これによってテロは沈静化するどころか、野火のように広がるだろう。国内に目を転じると、文芸春秋を実験台として、出版統制の実地試験が行われた。先に日本は、国際サイバー犯罪条約を批准する方針を明らかにしたが、これはプライバシー等の面で多くの国が懸念を示し、まだ4カ国しか批准していない(米国もしていない)という代物である。国民保護法案も、見方を変えれば「保護されたければ権利を制限するしかない」という法律だ。国民の締め付けに向けて、日本は着々と歩を進めているように見える。となるなら、苦しくなるのはこれからと言うべきだろう。
《2004.03.23》
デジタル家電
 売れ行き好調で各社とも増産に走っていると、盛んに報じられている。が、当初、デジタル家電と言っていたのは、主にネット家電であった。IPV6などという単語が意味も分からずに乱れ飛んだのも記憶に新しいが、冷蔵庫が勝手に在庫を管理して注文を出すとか、帰宅しないでエアコンのスイッチを入れられる、などというピントのずれた設計思想が誇らしげに報じられたものだ。で、それから僅か数年の今、デジタル家電と言っているのは、DVD録画器と、プラズマテレビになっている。何時の間に入れ替わったのか知らないが、要するに初めの頃とは別モノが同じ名前で分類されている事に注意しなくてはならない。
《2004.03.22》
LED信号機
 信号機を作っている各社は、LED化をした信号機を大幅増産、会社によっては3倍にもするそうである。LEDを使う事で、消費電力が減り、球切れも無くなるなど、良い事ずくめ。増産は当然で歓迎すべき傾向であろう。ただ、これも青色LEDが出来たからこそ、なせる技。省資源、省エネの効果を考えたら、これだけでもインパクトは大変なものだ。ところで、かの発明者、 中村修二氏は、応用面で一番いいのが信号機だと考え、鉄道各社などを回った事があるのだが、どこもかしこも相手にしてくれなかった、と書いている。理由は簡単である。信号機メーカには、鉄道関係からの天下りが多数いて、電球を交換する会社もその中にあり、電球が切れなくなるとメンテの回数が減って、実入りが減るから知らん顔をしたのだ。信号機製作の各社は、今、LED特需に沸いている訳だが、こういう連中が、別の場所では「1技術者に200億円など多すぎる」と偉そうに言っている事は、報道には書かれない。
《2004.03.20》
低次一元論
 朝日新聞がイラクへの自衛隊派遣に批判的であるのに対し、読売新聞は一貫してそれを支持して来ている。メディアが色々な見解を持つ事は、基本的に良い事である。どのメディアも同じ事しか言わないよりは、ずっと正常な状態だ。さて、読売19日朝刊の編集手帳が、このイラク派遣を振り返っている。論旨を簡単にまとめると、「仮に日本がアメリカに賛成しなかったら、どうなっていただろうか」という問いで始まり、「日本が賛成しなくったってアメリカは戦争をした」「その結果、日米間には埋めがたい溝が出来ただろう」「日本はアメリカに守ってもらわなくてはならないのだ」という分析をしていた。埋めがたい溝とは何かは良く分からないが、要するにアメリカに逆らったら日本の未来はない、という論旨である。では、賛成しなかったドイツ、ロシア、フランスなどは悲惨な結果になっているかと言えば、そんな事はない。こうした分析はあちこちで聞かされるが、要するにアメリカべったりの、言わば金髪コンプレックスから一歩も出ないから、そこから先に議論が行かないのである。対テロと言うが、テロ組織は愉快犯でやっている訳ではない。彼らにとっては死活問題だから必死に反撃しているのである。その原因を作っているのが、他ならぬアメリカである。中東情勢が不安定なのは、第二次大戦前に列強が勝手に引いた国境線に端を発する。今見ても分かるように、国境線が異様なまでに直線的なのは、それが人為的に引かれたものだからだ。しかも、特定の民族が固まらないように、わざと民族を分断するように線が引かれた。良く話題になるクルド人も、その居住区域のド真ん中を国境線がよぎっている。その後、それに拍車をかけたのがイスラエル建国。第二次大戦でナチスに迫害されたユダヤ人に、世界の同情が集まった結果、建国が一気に実現したのだが、後ろで糸を引いていたのもアメリカ(とイギリス)である。今では、米国のキリスト教福音派という、エルサレムをユダヤ人が占拠すれば、キリストが降臨すると信じてやまない、ウルトラ級にお目出度い連中の後押しで大統領になったブッシュが、せっせと火に油を注いでいる。以前のクリントンの和平路線と、今のブッシュの中東ゴリ押し政策を比べてみれば、その差は歴然だ。そうした中、アンチ米国の立場を貫いていたサダム・フセインは、彼ら迫害されるアラブにとってはヒーローとしての存在でもあった。それを破壊したのだから、まるで蜘蛛の巣をつついたように、世界にテロが広がったのも当然である。こうした中で、米国べったりの姿勢をとる事は、テロに訴えるしかない勢力からは敵視される。何も米国と喧嘩する必要はない。おかしな事があったら、従わなければ良いのである。事実、イラク戦争に対して無視を決め込んだ、中国に対してテロ組織は宣言などしていない。そんな中国に対して、米国が制裁をしているかといえば、それどころか北朝鮮の六カ国会議では、中国に主導権をとらせている。アメリカと反アメリカの両者に対して公平な立場を貫き、どちらからも言い分を聞けるようにする事こそが、世界の平和に貢献する道であろう。かつて、日本はエコノミック・アニマルと揶揄されたが、日本は少なくとも敵を自ら作る事はしなかった。経済という武器を使ってどの国にも出かけて行ったから、その国の政府勢力も反政府勢力も、日本と敵対しなかった。国を支配したあと、日本の経済力が必要だったからだ。戦後、長い間を経て作り上げて来た、こうした日本の実績を、今の小泉政権は全てブチ壊しにした。もはや日本はテロ組織とコンタクトすら出来ないだろう。昨年の米国債新規発行分を17兆円も買い取り、貿易黒字は全て米国債の購入に回し、在日米軍に対しては、兵士や家族の光熱費まで面倒を見ていながら、日米安保条約には、有事の際には米国が日本を守るなどとは、まるで書いていないのである(適切な措置をとる、とだけある)。これでは同盟関係ではなく、単なる幇間である。日本がここまで米国財政に「損失補填」をしなかったら、米国はイラクに戦争を挑んだかは不明であろう。かような事実を鑑みた上で、最初に述べたような分析をまだ行うのであれば、誠に不可解な頭である、と言わざるをえない。敵を知り、己を知れば、百戦危うからず、という孔子にも笑われよう。19日、小泉総理は、「国民はテロと戦う覚悟は出来ていると思う。だからこそ支持率が高い」と述べた。これは冗談の場ではない公式の発言である。
《2004.03.19》
泥縄+恥の上塗り
 顧客情報の大量流出を招いたヤフーBBは、ADSL全会員向けに「セキュリティ無料サービス」を行う、と発表。はて、セキュリティサービスとは何ぞ? と思って、良く聞いてみると、シマンテック社のウィルス予防ソフトの無料提供なのだとか。元々、これを4月から有料化する予定だったのを、9月まで無料にする、と「誇らしげ」に発表している(ウィルス対策ソフトには、ウィルス情報の更新が必要で、それを無償にする、という事だ)。馬鹿か、この会社は。そもそも顧客情報の大量流出は、社内の管理がいい加減だったから起きた事で、ADSLユーザには何の関係もない事だ。また、ウィルス対策などは、どのプロバイダも当たり前にやっている事で、セキュリティ対策なら各OSとも製造元がパッチを出しているし、MacのOSXなら、この種のツールは最初っからOSと共に提供され、アップデート情報も無償で更新されている。これを3月末まで無料で行うものだったのを9月まで伸ばすのだ、という程度の事で偉そうに「セキュリティ無料サービス」などとぬけぬけと言うというのは、セキュリティのセの字も理解していない、おめでたい会社であると、大々的にアピールしているに等しい。また、18日付けで「社内技術顧問委員会」を設置、あの村井純教授らの提言をしてもらうという事も発表しているが、体裁整えもいいところで、システム管理の入門書にでも目を通すのが先だろう。かように空っぽな脳みそに、当たり前の事から説明しなくてはならない村井教授こそ、いい面の皮であるし、かような人材に無駄な時間を使わせる事は、大きな社会的損失でもあるのだ。
《2004.03.17》
支持率
 朝日新聞によると、自衛隊派遣に賛成が42%、反対は41%。昨年の6月には、これがそれぞれ46と43だったそうだ。ちなみに同じ報道による小泉内閣支持率は49%。で、この数字がどうやって出たのかと言うと、例の電話調査(RDD方式と言って、ランダムに電話番号をかけて聞き取り調査をする)である。1896人から回答を得て、回答率52%と言うから、3600人ほどをリストアップしたという事であろう。で、問題なのは1896という数である。1億数千万から見ると、非常に小さな値に違いない。あの視聴率が約2800万世帯を1000サンプルでサンプリングしているのだから、それより率は低い。従って、誤差も10%程度はある筈だ。それを数%の変化云々と論評するだけでも噴飯ものだが、特に問題となるのが、調査方式。電話に限定されているという事は、対象が公平に抽出されてはいない可能性が大だからである。どのようなサンプリングを行おうと、完全にランダムかつ公正と言うのはあり得ないが、一つの方式のみでサンプリングする事が、結果の偏向をもたらす事は間違いない。例えば、往復ハガキによる回答を求めるとか、匿名性を重視した手法を考えるなどして、複数の方式を併用してこそ、結果に信頼が置けると言うべきであろう。電話の問題点に関して言えば、例えば非常に低所得な層が反映されないであろう事とか、目立ちたがり屋のアンケート好きのような性格が多めに出るであろう事などが考えられる。視聴率が安易に一人歩きした結果、テレビでは低俗なバラエティばかりが氾濫するようになってしまったが、同じ理屈で政治がバラエティ化したのでは、たまったものではない。先の視聴率操作問題を盛んに報じたメディアだが、ちっとも問題の本質を理解はしていないようだ。それでいて、インターネットでアンケートなどとると、結果に信頼が置けないなどとコメントするのだから、いい根性している。
《2004.03.16》
政権交代
 スペインで、選挙に勝利して政権をとった野党、社会労働党の党首は、「公約どおり、イラクに派遣している兵を引き上げる」と発表した。日本では、以前、社会党が政権をとった時、それまで一貫して違法と言い続けて来た自衛隊を、あっさりと合憲と言い換えた事が記憶に新しい。結局、二枚舌が災いして、今や社会党(現社会民主党)は存在そのものが風前の灯火であるが、今、もっとも政権に近いと言われる民主党が政権をとったとして、こうした形での「大転換」が起きるかというと、はなはだ疑問である。つまり、日本では本当の意味での野党は存在しないのであって、故に二大政党制を目指した小選挙区制も効力を発揮しないという事になるのではないだろうか。選挙をするから民主主義なのではない。そんな事を言うなら、旧ソ連にも、旧イラクにも選挙はあったし、現北朝鮮にも選挙がある。問題は、広く民意を問う、即ち情報がきちっと公開されて、国民が判断をする事が民主主義である筈だが、その意味では、イラクで死亡した外交官の検死結果すら、議員が請求しても明らかにしないどこかの政府は、そのまた遥か手前にいるとしか言いようがない点である。なんと、今だにインターネットでの選挙活動すら認めないのだ。馬鹿らしくて国民も選挙に行かなくなる訳だが、その方が組織票には有利になるので、公明党もやめられない。民主党にしても、こうした形での「改革」を訴えているかといえば、そうではないのだ。選挙に行って投票しなくては世の中が変わらない、という政府の言い分は詭弁である。選択肢も、それを提供する方法も、最初から無いではないか。選挙公報なんてのが、何の参考資料にもならない事くらい、子供でも分かる。
《2004.03.14》
改革案の影に
 自民党が、国民負担を増やし、支払いを減らす年金改革案を、今国会で成立させてしまおうとしている中、民主党が先日、別の改革案を発表した。こちらは基本的に消費税を年金に特化させる発想で、基本支給分を間接税でまかなおうという考えである。これは一つの考え方として以前から提唱されてきているものだが、こうした具体的な形で出された事には意義がある。ただ、自民党案にしろ、民主党案にしろ、完全に議論から抜けている事がある。それは200兆円を越える「これまでの蓄え」である。そこから、社会保険庁が事務費の名目で職員宿舎を作ったり、各地に箱モノを建てたりしている訳で、この落とし前をつけるのが、信頼回復の第一歩ではないかと思うのだが、実態は逆である。社旗保険庁は、「事務費」への流用を正当化させる法律を出しているし、200兆円そのものも手つかずである。どこの国の年金機構を見ても、こんなに溜め込んでいるところはない。どこの国も、蓄えが無い訳ではないが、それを流用して良いとしている所もない。ここに手がつかないという事は、ここに群がって甘い汁を吸っている連中が、そこら中にいる事を示しており、実際にこれらの蓄えはかなり減っていると見るべきだろう。内部留保と言っても、実際に金塊か何かで積んである訳ではなく、帳簿の上だけの話だから、いざという時には税金で補填すればいいという考えだ。北海道警察の不正経理が動かぬ証拠で明らかになったが、こちらは規模が桁違いであり、バレた時には取り返しがつかなくなっているに違いない。いや、恐らく既になっているからこそ、そこから目をそらそうとしているのではあるまいか。
発表の仕方
 重大事件が起きた時、警察の発表で証拠が小出しに出される時は、迷宮入りの可能性が大である。本当に決定的な物なら、相手にさとられる前に逮捕に向かうからだ。古くは三億円強奪事件から、最近では横浜の一家4人惨殺事件まで、この法則は大抵あてはまると見て良い。さて、元巨人軍監督の長嶋氏が脳梗塞で倒れた時の発表に、この法則を当てはめると、やはり似た傾向がある事に気づく。少しでも「プラス方向の症状」を強調し、発表の度に少しずつそうした証拠が小出しにされているからである。何とかして「悪くはない」と言おうと努力している訳である。この事から考えると、命にこそ別状はなくとも、長嶋氏の症状は決して楽観できる物ではあるまい、と推測できる。恐らく、半身麻痺に近いところまで行ったに違いない。五輪野球監督続投など、おそらく論外であって、完全回復は非常に困難なのではなかろうか。
直らない体質
 三菱ふそうのトラックが、車輪脱落事故を起こして来た事で、遂に会社が責任を認めるような発言を始めている。この事故は、既に何年も前から発生し、バスの前輪が外れたような報告も、いくつも上がって来ていたと言われる。言うまでもなく、無能な経営陣がそれを見て見ぬ振りして来た訳だ。警察も動き始めていると伝えられ、慌てて「対策をとらなかった訳ではない」という既成事実を作ろうとしているのである。三菱と言えば、例のパジェロのリコール問題で社会的信用を失い、今やホンダに大きくシェアでも水を開けられているのだが、ふそうの方の首脳陣は、無能なまま改革が行われていなかったようだ。三菱は伝統的に、技術陣は優れている。新車発表会などで、細かい話を聞いても的確な回答が返って来る事が普通だ。辛口子もかつて、排ガス規制が厳しくなった時に、電子式燃料噴射装置について「故障したらどうなるのか」と、あちこちの発表会で聞いた事がある。「出力は低下しますが、走ります」と答えたのが三菱だけで、あとは軒並み「故障は致しません」と平然と答えたものだった。だが、優秀な技術陣に対して、営業の無能殿様ぶりもまた定評があるのが、三菱である。同じく辛口子の体験では、自分のミスで書類処理が遅れ、印鑑登録の有効期限が切れた時、その営業は平然として「もう一個取って来て」と抜かしたものであった。その体質が経営陣全般に行き渡っているとすれば、この事件は不思議でも何でもない。今、三菱には外資が入り、社長も確か外国人であったが、日産のゴーン社長と違い、外人だから社内革命が起こせる訳ではない事も、同時に証明された事になる。
《2004.03.13》
見える中身
 自民党が憲法調査会というのを立ち上げ、憲法改正に向けての作業を始めているが、報道によると、「公共の建築物が一部の反対で遅れるのを防ぐべきだ」「公共の福祉という定義を見直し、公共の利益にすべきだ」「国民の義務には、国防も加えるべきだ」などなど、基本的人権よりも公共の福祉を優先させるべきだという方向で、議論が一致したそうである。この方向で考えるなら、明らかに全体主義国家を目指すという事になりそうだ。国旗国歌法案だけで現場は強制になっている実情を鑑みれば、そのうち、総理大臣や天皇の写真を崇拝するように行ったとしても不思議ではない。その前に、議員特権を見直す、なんてな話が出る訳もないのは、言うまでもなく、何より先に、国会議員の立候補条件に、知能検査を義務づける事が必要に見えてしまう。押し付けられた憲法などと偉そうに言えたレベルではないのは、明らかだ。こんな連中がどさくさに紛れて憲法をいじくったりしたら、国民生活は暗黒になる事、疑いなしであろう。
見える本音
 独占禁止法改正案に、財界を中心とした強い反対論が出ている。こういう場合、反対者の表向きの理由は意味がない。本音は別にあるからで、ここでは、改正されたら法に触れる事を沢山しているというのがそれである。そうでないなら反対する理由がないし、あからさまに「違法な事をしているから」などと言える筈もないので、こういう事になる訳である。逆に言うと、それだけこの改正案が的を射ている訳で、最終的にどういう骨の抜かれ方をされるか、という見方で報道を読まなくてはいけない。
《2004.03.12》
イノセンス
 ご存知、ただいま公開中の話題アニメである。凝りに凝った映像美と音響美を是非堪能してもらいたい。ストーリーを理解するには、前作よりは原作コミックスの1巻を読んだ方が良いと思う。映画そのもののクォリティについては、敢えてここでくどくどとは書かない。この映画の本当の凄さがちゃんと理解されるには、数年かかるのではないだろうか。さて、この映画を某シネマコンプレックスで見たのであるが、実は一番印象に残ったのが、映画の前に放映された「予告編」であった。流れたのは「デビルマン」と「キューティーハニー」。この両作品にとっては、不幸としか言いようがない場での上映である。予告編が全てではないが、場数を踏んでいれば予告編だけで中身はおよそ察しがつくものだ。どちらも金をもらっても見たくないような代物、という印象を禁じ得なかった。そういえば、アップルシードも予告を見る限りにおいて、攻殻とは天地の差があるように感じる。DVDで販売されているOVAの方が、よほど勘所を掴んでいると言えよう。という訳で、いつも思うのだが、こうした「作品」を作っている面々は、街を歩いていて恥ずかしくないのであろうか。この面の厚さこそが、プロだとでも言いたげな作品群であった。
《2004.03.11》
教室はプライバシー?
 三重県の高校で、黒板にペンキで落書きがされた事に対し、ビデオカメラを設置したら、生徒から「監視されているようで嫌だ」という抗議が出て外されていた、と報じられている。校長は「プライバシーへの配慮が足りなかった」と言っているそうだが、更衣室とかいうならともかく、れっきとした教室で、プライバシーとは驚きであろう。見られては困る事でもやっているのだ、と、生徒が認めたようなものではないか。どうも教育関係は、訳の分からない「事件」が頻発しているが、これなどは典型である。プライバシーという単語の意味も理解せず、あっさりと撤回する方も情けない。それならビデオカメラで捕らえた映像を、誰でも見れる形で公開すればいいだけの事ではないか。
鶏は特別か?
 政府は、鶏インフルエンザに関連して、正しい知識を広めようと異例の呼びかけを行った。卵や肉を通じて感染する事はないし、人間への直接感染も殆どあり得ないなど、メディアでも専門家が繰り返し述べている事であるが、こうした試みは歓迎すべき事であろう。しかしながら、ここで不思議なのは、牛に対して何故こういう事がされないか、である。BSEは若い牛には発生しない。日本で出た牛は全て高齢牛である。それらはいずれも乳牛であって、乳が出なくなって処分される頃の物ばかり。日本では、BSE牛から感染してヤコブ病になった患者はいない。いるのは、頭蓋骨の穴を塞ぐのに使った「蓋」が、ヤコブ病患者からの物だったり、BSE牛からの物だったりしたケースである。欧州での感染例は、牛の脳をツナギに使ったハンバーガーを、何年も食べ続けた場合であって、それも数万分の1の確率でしか発症していない。こういう事をもっとPRしても良いのではあるまいか。ついでに、普段「和牛」と言って売られているのは、実は乳牛を処分した肉である事なども、もっとPRされて良いであろう。
泥縄
 大学でアニメ学科を作ると聞いて、何をいまさら、と思う向きも多いのでは。大体、現場の超薄給を何とかしないといかんだろうし、既に作業の大部分が海外に出ている今になって、何を教えるというのであろうか。アニメ歴史学でもやるなら、まだ理解できるが。
 ヤフーBBは、これからはアクセスログを無制限に保存するなど、セキュリティの強化策を発表しているが、既に数百万のデータが出たあとで、こういう発表を奥面もなく行えるというあたりが、その体質を端的に示している。ソフトバンクと言えば、以前、系列の雑誌に記事を執筆したら、掲載されたものが私の書いたのとは似ても似つかない代物だった事を思い出した。それでいて執筆者にはしっかり私の名前が書かれていた。明らかな著作者人格権の侵害だが、そういうのを平気でやる所が、セキュリティなんて言ったところで、アル・カポネが禁酒キャンペーンやるようなものであろう。
《2004.03.10》
犯罪幇助の一団
 ここのところ、古いβの記録をDVDに変換する作業に追い回され(こんなに大変だとは・・)、本欄もお留守になっていたが、あまり突っ込みたくなるネタも無かったのも事実である。が、今日は久しぶりに叩きたくなる記事があったので、再開したい。
 元ネタは、世田谷の「日本学園高校」でのお話である。そこの男性教諭が、盗みや万引きをした(事を告白した)生徒に対する特別授業をしていたのだが、生徒がおしゃべりをやめなかったらしく、「犯罪者が何をヘラヘラしているんだ」と怒鳴った(らしい)ら、生徒の一人が開き直って向かって来たので、投げ飛ばした、という事だ。報道によると、この教師は退職に追い込まれるらしいが、生徒には御咎めなしのようだ。この話を読んでいる限りにおいて、確かに暴力は咎められるべきなのだろうが、おかしな点がいくつもある事に気づく。まず、万引き等は犯罪行為だという事である。だから、犯罪者だという指摘に問題はない。言われたくなかったのならしなければいいのであって、それを教えるのが教育ってものではないのか。次に、それで生徒が大人しくうなだれでもしたというならともかく、開き直って向かって来たという事実がある。昨年、コンビニで万引きをした男に、追いかけた店長が刺されて死んだという報道があったが、これと全くパターンだというのがすぐに分かる。本来なら、この教諭には、いわゆる訓告あたりを行い、この生徒こそ退学処分というのが普通だと辛口子は思うのだが、生徒はそのままで教師がクビになるのだそうだ。という事は、その処分を決めた連中は、万引きは犯罪ではない、と教えている事になる。ちまたで犯罪を咎められたら、開き直って逆襲するような生徒を、せっせと育成している訳だ。その事を指摘しないで、学校の説明のままに記事を書く記者も情けないが、何よりも、こうした教育関係者は、この際だから、「私たちは、犯罪幇助(ほうじょ)を生業(なりわい)としております」と、はっきり公言してはいかがなものか。

各記事は個人で楽しむ分には自由だが、いかなる意味でも営利を伴う使用については、 筆者個人の許可を求める。ただしURLを宣伝する行為は、この限りとはしない。

GO BACK TO TOP