一刀両断ミニコラム
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2003年
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《2004.06.30》
誘発
 Hot WIRED Japanをご覧の方はご存知の通り、コンテンツのコピーを取り締まる法律は強化の一途をたどっており、今回、遂に「誘発する製品を作った企業を罰する」という法案が現れた。米国での話だが、誘発という言葉の意味が曖昧ではあるものの、要するに「コピーしてみたくなるような機能」だとすると、影響範囲は甚大である。携帯型音楽プレーヤ、パソコン、ビデオ、カメラまでが含まれると思われるからである。こうした法案が出てくる背景には、いわゆるメディア流通業の危機感がある。売上げが伸びていないのである。ネットでの不法コピーをやり玉にあげ、片端から個人相手に訴訟を起こしたり、CCCDを投入したりしているが、要するに効果が上がっていないのだ。つまり、的を外しているという事なのだが、意地でもそれを認める事は出来ないから、今度は更に網を広げようという訳であろう。何やらイラクやアフガンでせっせと銃弾やミサイルを発射している米軍に通じるものがあるが、いくら頑張って法を強化しても、必ず裏をかく方法は現れるだろうし、機器にまで片端から責任転嫁していれば、結局は市場の衰退を招き、自らの首を締めるだけに終わるであろう。アップルのiTunesによる音楽DL販売は大きな成功をおさめている。アップルのDL販売は、購入したデータを他のMacで再生も出来るし、自分でCDに焼く事も可能だ。にもかかわらず、そうした物が不法に大量に出回っているという指摘はない。そもそも例えばCCCDにしろ、DVDのコピープロテクトにしろ、本気で不法コピーをしようと思う闇業者にとっては、何の制約にもならないような代物である。結局善良な市民が一番ワリを食う訳で、この手のコピーガードが総スカンをくらうのは当たり前なのである。アップルのDL販売は、まだ日本では実現していないが、それは日本の音楽流通業が抵抗しているからだ。実は日本の音楽産業もDL販売を実施している。ところが、それはWindowsだけであるのはともかくとして、DLしたPC上でしか再生出来ないのである。無論、CDに焼くなど論外だし、HDが飛んだらそれまでだ。だから売れないのだが、それを見直す考えは音楽産業には無いらしい。折しも、日本のコンテンツ産業は、世界の趨勢から見ると非常に伸びが低いという統計が発表された。わざわざ自分らの首を締めているという、動かしがたい証拠が出たのであるが、昔から言うように、何とかは死ぬまで直らないのであろう。
《2004.06.29》
イラク人のための...
 イラク暫定政府が正式に発足したが、見方によってはテロに屈してスケジュールを突然早めた、とも言える顛末である。発足の式典も、旧フセイン宮殿で限られた人数だけで報道陣すらいない中、慌ただしく行われた。今までイラクを仮に統治していたCPAもこのフセイン宮殿で活動していたが、今度はここにはどうやら米大使館が置かれるらしい。米大使館は、公式に1700人と言われているが、実質はアドバイザーなどを含め3000人近い規模のようで(正式な数値は無いが、例えば日本の米大使館は100人程度)、イラクの政庁にもアドバイザが置かれて、実質的に政局を運営することになる。米国の支配という批判を避けるためか、国連など他の機関からもアドバイザ名目の人員を受け入れるらしいが、そんな人数は僅かである上に、文化関係の省庁に回されるようで、石油など重要な所は全て米国が押さえる構図は明らかである。暫定政府の首相に就任するのも、CIAとべったりと言われる元イラク人だから、まさに例えるなら旧満州の中東版と言えよう。暫定政府は、来年早々に総選挙を行うと言っているが、本気で民主的選挙を行ったら、親米政権など支持される訳もないのだから、旧マルコス政権下のフィリピンのように、立候補するのは全部与党のような事くらいはやりかねない。
 日本の小泉政権は、間髪入れずにこの暫定政府を承認、自衛隊はそのまま自動的にイラクに駐留する多国籍軍の一員となった。これらが憲法解釈や国内法整備どころか、国会での議論すら殆どされずに、まるで独裁国家であるかのように行われたのは言うまでもない。小泉総理は「イラク人のための政府が出来た」と表明しているが、これを喜ぶほど能天気なイラク人なら、最初から中東問題など起きる事はないだろう。日本政府は、自衛隊の活動もこれまで言って来た人道支援から、治安維持に踏み出す事を公言し始めている。米の海兵隊員がさらわれて殺害されたが、これからもこうした反米活動は激しさを増すだろうし、韓国に続いて日本の自衛隊がターゲットになる日も遠くないのであろう。もっとも、小泉総理は自衛隊員に少々の犠牲が出たところで、格好良く棺に日の丸を被せたいらしいから、そんな事は大した問題ではないようだ。これで、今度のイラクが、イスラエルに続き中東の火種から導火線へとなった可能性は、充分に高くなったと言えるのではあるまいか。日本は国民の信も問わず、小泉総理の独断によって、その火中に飛び込んだのである。かつて、中国大陸で日本は同じような外交パターンで欧米列強に操られるままに中国に飛び込み、やがて在中邦人の保護を名目にしたり、列車爆破事件をテロ扱いして中国侵略にのめり込んだ。結果は言うまでもない。満州創設、太平洋戦争、敗北である。
《2004.06.28》
集団的自衛権
 本欄では何度も出て来ている言葉であるが、要するに同盟国が攻撃された時に、助けに行く事である。小泉総理と野党党首は、NHKの番組で認めるべきかどうか議論したと報じられていた。小泉総理は憲法を改正して公式に認めるべきであると言っているが、野党、特に共産党などは反対だし、民主党も個別的自衛権(自分の事は自分で守る)で対処できる、と指摘したそうだ。こうした議論を見ていると、小泉総理のこの集団的自衛権に対する勘違いが感じ取れる。どうやら、小泉総理は、集団的自衛権を認めれば、今回のようなイラク出兵や多国籍軍参加を堂々と行える、というつもりのようだ。だが、集団的自衛権が認めているのは、例えば米国が攻撃された場合に、「米国に助けに行く」事であって、それを理由に第三国に出兵する事ではない。それを認めるなら、難癖さえつければどの国でも侵略出来てしまうのだから、わざわざ集団的自衛権などと命名する意味がないのである。だとするなら、そんな程度の認識で、総理は日本を指揮している事になる訳で、共産党ではないがこの状況に寒気を禁じ得ない。そういえば、別のニュースで、米国の調査会社が調べたら「老後を政府の制度に任せて安心だ」という国民は日本ではゼロだったと伝えられていた。ちなみに中国が調べた中ではトップの24%、言うまでもなくゼロは最下位であるが、先日、小泉総理や安倍幹事長は、今回の年金法改正について、「破綻時期を伸ばせたのだから、大いに意義があるのだ」と会見で答えている。要するに破綻を認めている上に、対処療法に過ぎない事も言っている訳だが、それにすら気づいていないのか、承知でしらを切っているのか。なお、この調査、今回の改正案騒動の前に行われているが、この数字は今調べても変わる事はないだろう。ゼロより下がる余地はないからだ。
今度は燃える三菱
 パジェロに続き、デリカ、グランディスと三菱車のエンジンから出火するという事故が、立て続けに起きている。三菱のリコールは、タイヤホイールやエンジンシャフトであったが、今度はエンジン内にも何かありそうになってきた。火が出るという事は、何かが燃える訳で、ガソリン配管か絶縁体、或はそれに類する物に欠陥がありそうだ。折しも、三菱社内では問題が起きると言葉をすり替えてそれを隠蔽していた事実も判明。走行中ではない状態は車ではない、という屁理屈がベースだったのだそうである。藤本義一氏はこれを評して「責任回避どころか責任というものを理解できない状態で、幼児なみの会社ではないか」と述べている。この際、三菱の管理職は、全員、知能検査を受けさせないといけないのかもしれないが、逮捕された元社長らの鑑定で、幼児なみという結果が出たら、責任を問えないという事になりはしないかが心配である。
《2004.06.27》
オバタリアン
 一時、一世を風靡したコミックの題名である。傍若無人なオバさま方をギャグ仕立てで描いたものだが、昨今の時勢では相当に叩かれるような気もする。で、何でこんな話を今持ち出したかであるが、小泉総理の行動原理を推測すると、これにピタリと当てはまるような気がしてきたからである。オバタリアンに確かこんな話が出て来る。ミニバイクにまたがったオバタリアン、信号は無視、一方通行は逆行、歩行者は蹴散らし、速度制限はどこ吹く風であって、そうした違反をする度に「免許とったんだから、何してもいいざます」と堂々と主張するのである。これを今の政権に当てはめると「総理になったんだから、何をしてもいいざます」となる訳だ。「法案審議で野党の質問を遮って採決に持ち込んでもいいざます」「憲法違反スレスレだろうと自衛隊を海外に派兵してもいいざます」「自分は総理なのだから、国会の承認など無しに自衛隊を多国籍軍に参加させると、米国大統領に約束してもいいざます」などなど、同じパターンが幾らでも見られるのではなかろうか。問題は野党の情けなさで、あまりに堂々と開き直られて頭がついて行かないようで、テレビの討論など聞いていても、総理の方に好き勝手に話をそらされ、それに振り回されておよそ突っ込みという物がない。仮想小泉を立てて事前に練習する位の知恵もないのか。
《2004.06.26》
1800万円
 20億円などという根拠の無い数字が一人歩きして、弱者に対する権力の弱い者イジメそのものであった、イラク人質救出騒動。25日、外務省が発表した費用総額は、わずか1850万円というものであった。しかもその中には、大臣クラスが乗ったチャーター機代として200万円が含まれており、人質3人のチャーター代は僅か53万となっている。本欄では、飛行機チャーターなど幾ら高くても百万単位で、どう計算しても20億どころか億の単位すら怪しいと最初から指摘し続けて来たが、そのとおりであった訳だ。あの当時、自己責任論をぶって非難した代議士連中、街角のインタビューで「こんなに国に迷惑をかけて」などと答えたおめでたい連中、恐らくはどこぞの掲示板で火に油を注ぎ続けた政府の回し者とおぼしき連中などは、公式に謝罪くらいしてはどうか。こいつらこそ、叩かれてしかるべき存在だが、もっとも、あの程度の判断力しかない脳みそでは、とっくにこんな事は頭から消え失せていて、追求してもシラを切るのが関の山というところかもしれない。「総理もいろいろ」なら、それこそ「下もいろいろ」という事のようだ。
老人クラブ機構
 近鉄とオリックス合併騒動に端を発したプロ野球「改革論」。予想通り、どこのオーナーも自分勝手な発言はするし、何一つ具体案を出せない実行委員会に代表される無能集団が更に混乱を放置するという具合で、呆れて物が言えないような有様である。少なくとも一つ明らかなのは、ファンの立場から物を提言しているオーナーや委員は一人もいない事であって、僅かにヤクルトの古田捕手を筆頭に選手会が提唱した改革案が評価できるものの、プロ野球機構の方はそれを全く無視しているのが現実である。ファンの事を第一に考えるなら、まず何はさておいても30億円と言われる「新規参入料」をゼロにして、バッファローズに買い手がつくかどうかを調べてみるのが先決ではないだろうか。これをやらないのは何故か。答は簡単で、「仲良しクラブによそ者が来て欲しくない」からである。1リーグ構想が一人歩きするのは何故か。これも簡単で「今いる中で邪魔なのを追い出したい」からである。大阪の太田知事が「年寄りの集まり」と看破したオーナー会議だが、改革どころか私物化ばかり考える老朽化しきったプロ野球機構そのものを、まず解体するのがどうやら先のようだ。
《2004.06.23》
20%
 先日、NHKで中継された巨人-阪神戦(延長の末、1対0)の視聴率が20%に達した、という記事が出ていた。20%超は今年3度目の快挙(?)だそうである。記事には試合内容が良かった事と、NHKだから最後まで中継した事が原因として書かれていたが、辛口子はもう一つ重要なファクターがあったのではないかと思う。それは「野球中継に徹した」事である。言い換えれば、野球以外の事をやらなかったという意味だ。携帯クイズだの、何とかキャンペーンだの、選手の趣味だの言うものを、これでもかと言うくらいに画面や音声に流している民放、特に日テレとNHKとの一番大きな違いは、これだと見るべきだろう。スカパーで見ていれば、他球団の試合をほぼ全部リアルタイムで見られるが、どこも「野球の中継」に徹している。時々、下手な解説者もいるが、殆どは野球を知り尽くした現場上がりのベテランが、スポンサーに媚びたりしない解説をしているから、見ていても野球に没入出来るのである。というより、当たり前の事を当たり前にやったからこそ、当たり前の結果が出たと言うべきだろう。地上波デジタルを既にご覧になっている方は、「狭い画面」で出て来る番組が少なくない事に気づいているのではないだろうか。「全番組の半数以上をハイビジョンで」と総務省の腐れ役人が決めた為、普通サイズの番組をハイビジョン用にリサイズした結果(つまり、左右が空く)、それを4:3画面で見ると(通常のテレビでダウンコンバートして見る場合)上下までもが開いてしまって、2回りくらい小さな実効表示になってしまうのだ。この腐れ役人も何の為の、誰の為の放送なのかを考えていない訳である。まさか全家庭がハイビジョン受像機を即座に買うべきだ、とでも言うのだろうか。故事にちなんで、これらのものを蛇足と言う。1000年たっても頭が進歩していないのである。
《2004.06.21》
小泉政権のメッキはまだ残っているか
 元自民党議員の野中氏や、道路族の古賀氏らが(田中眞紀子氏については言うまでもない)ここ数日、小泉批判を強めて来ている。小泉人気もそろそろ終焉と見たのかもしれない。事実、20日付報知新聞の社会面では、小泉政権の「不支持率」がアップ、支持率がダウン、どちらも小泉政権始まって以来の値を記録した、とあった(何故かあまり大きな扱いではなかったが)。支持率が50%を割り、不支持率もほぼ5割になったそうだ。年金問題の強引な処理があるのかもしれないが、おだてられて木に登ったただの凡人宰相にそろそろ国民も気がついて来た、というところだろう。自民党をぶっ壊すと言って票を集め、壊したのは民主主義の基本である議会制と憲法解釈だったし、構造改革は組織の組み直しに終始、道路も新幹線も結局は作る方向で変わりはない。郵政改革は元々橋本内閣からの課題であるが、これも結局うやむやのままである。そして何よりも最近バレバレなのは、小泉総理当人のメッキがぱらぱらと剥がれて来ている事だろう。「社長もいろいろ、社員もいろいろ」と引用したのが歌謡曲だった事から、幾ら歌舞伎やオペラに行くところを報道陣に公開しても、どういう音楽を聞いて育って来たのかがバレてしまったし、先日も民主党を皮肉って「党首が交代したりと大変ですな」などと発言していたのは、何のことはない、民主党党首は年金問題で責任とって退陣したのに、自分は詭弁を弄して居座っている事には気づいていない事を、明らかにしてしまったからである。自衛隊の多国籍軍参加も、憲法に関わる大問題なのに、勝手に一人で「やる」と言ってしまい、国民への説明どころか国会での決議すらとっていない。サウジアラビアで米国人が誘拐されて殺された事で、ブッシュ大統領は「奴らは野蛮人だ」と息巻いていたが、米国がイラク人に行って来た虐待行為はどうだというのだ。日米どちらもいい勝負であって、どちらが歴史により多く汚点を残せるかの勝負となってきたが、日本の大手メディアは目の手術をしたイラク人少年ばかり書いている。イラクでは、毎日、百人単位で戦闘の犠牲となって人々が死んでいるのに、である。米軍は「捕虜」を相変わらず「尋問」しているし、フセインには死刑を要求している。
情報化管理社会へ?
 政府は、街のあちこちにICチップを組み込んで、様々な情報を道行く人が情報端末で得られる「外国人にも住み易い街作り」を目指す、と発表。すると何だろうか。そのような物を埋め込んでいない外国の街では、全て外国人は住みにくいのだろうか。何よりも問題なのは、こうして情報端子が街のあちこちに設置されると、個人の行動を100%把握する事が可能となる点であるが、マスコミはそういう可能性には言及していない。今でも、SUICAのような非接触型カードがある。これは情報端末にかざす事で認識されるが、あの装置は少し改良すれば数m位離れたカードでも認識できる。課金さえしなければ、カードの持ち主には知られる事なく何時、その近くを通ったのか記録出来る訳で、そうした「検出器」が街の要所要所に置かれれば、知らぬ間にカードの持ち主は全ての行動を把握されてしまうのである。政府は同じ日、消費者からの苦情を扱うサイトを新設するとも発表したが、選挙運動をWWWで行う事は依然として認める気配もない。こうして見て来ると、小泉政権のやっている事は、民主主義の原則を踏みにじるものばかりみたいに見えてくる。
《2004.06.19》
誰のためのプロ野球か
 「近鉄が球団名を売りに出すと言った時には、あれ程大騒ぎしておいて、今、球団合併と言ったら、なんだか決定事項みたいに話が勝手に進むのは、どういう事か」と疑問を呈したのは、ヤクルトの古田捕手である。古田捕手はプロ野球の選手会長をつとめている。その選手会は、規則に従って特別委員会の開催を要求した。これに対し、コミッショナーら経営側は及び腰である。選手会の要求は、30億円の参加料を無くす事やウェーバー方式の採用などで、プロ野球の活性化に向けてなら、誰もが納得するような内容であるが、コミッショナーらの発言を聞いていると、まずは自分らの顔に傷がつかない(基本的に今の協約を変えない)事を優先させているとしか思えないものが多い。要するに、観客やファンの方に顔が向いていないのだ。巨人戦の視聴率は低迷を続け、先の広島戦では遂に10%を割ったとのこと。ゴールデンアワーでの10%割れは、番組打ち切りの目安となる数値であり、同じ時間に放送された女子バレー五輪予選が上げた20%の半分であったそうである。つまり、1リーグにして巨人戦を組む事で観客動員数が上がる、などという論法そのものが成立しない事を端的に示した訳だが、いずれにしろ今は賛成のような顔をしていても、やがて個別に利害関係が出てくれば、ファンの事などそっちのけで、何かと理屈をつけ、議論をかきまわすのが必ず出て来るだろう。
指揮系統
 法的根拠も無しに、さっさとイラク多国籍軍の一員として自衛隊を位置づけると決定した日本政府。口先では指揮権は日本にあると言っているが、同じ日に米国は「アメリカが多国籍軍に対する指揮権を持つのは当然だ」と発表している。一見矛盾に見えるが、これを説明する一つの仮説がある。それは、日本政府が既に米国の指揮下に入っている、とするものである。米国は6月にイラク暫定政権が発足しても、実質的にイラクを支配する体制を固めている。例えば、米国はバグダッドの米国大使館職員を2000人ほど派遣すると言っているのだ。2000人という規模は、殆ど先進国の一つの省庁であり、暫定政府そのものを圧倒的に数で凌ぐ。しかも厚かましい事に、米大使館を旧フセイン宮殿に置く、とまで息巻いてイラク国民の顰蹙を買った。それがどうなったかはともかく、実際にアドバイザーの名目で、イラクの主要な各省庁に200人くらいずつを派遣するようで、これによって石油関係や利権関係、軍事などを手中におさめる予定のようだ。となると、多国籍軍に勝手な指揮権など認めると思う方がおかしいであろう。
《2004.06.18》
邪推のいろいろ
 小泉総理は、年金問題に関連して、社会保障全体の視野で検討する委員会を与野党共同で立ち上げる構想を発表。ただ、議員年金という単語は出て来なかったようだ。タイミングから言って選挙対策の一環と見れない事もない。元々、小泉総理はアドバルーンをブチ上げる時は元気一杯だが、そのあとは尻つぼみで担当者丸投げとも言われるから、喜ぶのは早い。一方、海の向こうの米国では、アルカイダが9.11の時に攻撃対象として日本も計画していたと発表。うがって考えれば、選挙での小泉政権後押しか?
科学離れ
 理科の時間が人気ないなど、小学校から成人に至るまでの科学離れというのは、何かと指摘され続けている。原子と電子はどちらが大きいか、という質問の正答率が、日本は調査した国で13位だったなどという話は、割と頻繁に新聞にも出ているようだ。「自分の頭で考えない人間」をせっせと量産してきた文部科学省の責任を言うのは易しいが、この傾向は先進国には共通で、米国ですら地球の回りを太陽が回っている、という回答をするのが珍しくないと聞く。かくして各国とも理科離れ対策には苦慮している訳だが、ここで連想したのがコミック週刊モーニングに連載されている「ドラゴン桜」という作品である。簡単に言うと、今までの受験勉強の常識を根底から覆すような内容のものなのだが、その中に国語に関する話があって、いわゆる文字離れについて言及するシーンがあり、それは、勉強する生徒が「いいじゃん、そんな事どうだって」と、回答を拒否する場面であったのだ。それに対し、教師の方は実例を上げ、長い文章に慣れないと同じように長い文章で考える事が出来ないのだ、と説明するのである。理科離れも同じ理屈のように思う。「いいじゃん、そんな事知らなくたって」という訳だ。社会が成熟し、弱肉強食でもなく、そこそこ生きていけるとなれば、難しい事なんて考えなくてもやっていけるのだから、それも一理である。ただ、ブール代数だの、分布定数回路だのを熟知しろというのではないまでも、原子と電子のどちらが大きいかという事まで興味がないとなると、人類としての基本を捨てているような気もしてくる。例えて言うなら、携帯電話で何故話が出来るのかを知らなくても確かに会話は出来るが、それだけで満足しているのならメーカ側の宣伝にのって、言われるままに自分が稼いだ金を使うだけの存在、即ち家畜に成り下がってしまう事になるのではないか、という意味だ。事実、街を見ていると、相変わらず運転中に電話をしている者、自転車の上で親指を使ってメールしている者などが珍しくなく、その様子を見ていると、与えられるままにエサに食いついている家畜の姿が連想されない事もないのである。この仮説をさらに押し進めてみると、口先だけ聞こえのいい事を並べる首相の支持率が高いとか、寄ってたかってイラクで人質になった人達を攻撃する現象などに通じるような気がする。自分の頭で考えないから、単純に周囲が動くと同じ動きをするのである。こうして見て来ると、理科離れと言っても、問題は理科に限った話ではない事が分かる。これに対する一つの回答として、これを止むを得ない事として容認し、一部の才能の持ち主に英才教育を施すという考え方があり、それは欧州、米国、東南アジアなどでも実行されているのだが、日本は国民性がそれには馴染まないようだ。しかし、だからといってこの傾向を放っておいたのでは、教育以前の問題として、例えば簡単に詐欺にかかる国民ばかりが増えるなど、社会的損失も馬鹿にならない。単なる科学離れではなく、「何故を考えない」傾向としてとらえる事が肝要ではないだろうか。
《2004.06.16》
リメイクでも秀逸
 日米とも映画もテレビもリメイクが大流行である。殆どは安直なキャラや設定の流用で、見ている方が恥ずかしくなるような代物だが、中には光るものもある。代表は、テレビ東京系で水曜深夜に放送している鉄人28号であろう。鉄人は最初のモノクロ版から通算で何と4度目のアニメ化。過去、現代社会に鉄人を無理矢理当てはめて失敗してきたが、今度は時代設定を太平洋戦争後すぐの日本に設定、一種のパラレルワールドものにして、作画も色を地味にするなど当時の雰囲気を再現している。出て来るキャラやロボットの役割をオリジナルとは敢えて変える一方、古い鉄人を知る者にも違和感の無い使い方をしていて、見事に「もう一つの鉄人」が出来上がっているのである。いま一つの秀作は、丁度放送が始まったばかりのサムライ7。あの黒沢映画「七人の侍」の設定を使って、何と未来SFにしてしまった。今や日本を代表するクリエイティブ集団GONZOをはじめ、過去に優れた個性派作品を作って来たスタッフも顔を並べ、見ていると何とも不思議な実在感のあるアニメに仕上がっている。3DのCGと2Dのセルアニメとの合成は、あのラストエグザイルでほぼ完成の域に達していたが、この作品ではそれが更に洗練され、シームレス感が一層感じられるできばえだ。雰囲気を盛り上げるBGMにも敢えて日本の伝統楽器を使っているこのサムライ7、クレジットを見ていると中国人の名前が沢山出て来る。日本が総指揮をとって、実作業は殆どが中国なのかもしれない。中国や韓国もアニメやCGの才能発掘に努めていて、最近の作品を見ていても急速に力をつけているが、まだ日本が一日の長を見せているというところか。どちらの作品にしても、オリジナルの持つ個性、世界観、設定などを充分に理解した上で、自分のものとして消化しているから見応えがあるのであって、その他多くは単純にキャラを流用などしているから見苦しいだけに終わるのである。このあたりの独創性、最近、停滞感のあるハリウッドを凌いでいると言っていいのではなかろうか。無論、これはアニメ界の話であって、映画界は鉄人の時代から進歩がない。が、こうしたアニメ界も経済的には決して楽ではない筈だ。政府は口先だけ知的立国などと繰り返すが、天下りの退職金や、公務員に手厚い年金、或は議員年金などはそのままで、こうした才能が潤うような仕組みは設けていない。既存音楽業界の利権のみを優先させる著作権法の改悪案も、ロクな審議もしないまま国会で成立したばかりだ。アニメ界には天下りの素地が無い、という見方しかしていないからだろう。
子供扱い
 先に行われたシーアイランドのサミットで、これまで公開されていなかった各国首脳間のやりとりが、一部明らかになった。それによると、小泉総理はジェンキンス問題(曽我ひとみさんの夫)についてブッシュ大統領から「家族一緒に暮らしたい? 愛があれば日本じゃなくたっていいだろ」と突き放され、ブレア首相からは「米国にものが言えるのは日本だけだろ、な」とイラク問題で背中を押され、「北方四島問題を交渉したい」と呼びかけたプーチン・ロシア大統領からは返事すらもらえなかったそうである。
《2004.06.15》
教育現場はイジメの巣か
 東京は中野区の小学校で、入学式の挨拶で君が代斉唱の事実上の強制に疑問を呈したPTA会長がスッタモンダの末に辞任に追い込まれた。校長と区議はあからさまに非難をし、PTAそのものは会長だからと勝手に言っていい事かと非難の合唱だったらしい。一部には擁護論もあったらしいが、結局は「あなたの子供がいじめられるかも」という脅しのような発言が出て、一筆書かされて署名捺印した上で辞任を迫られたそうである。公式な発表は、一身上の都合という奴で、校長も「辞めさせた覚えはない」と厚顔ぶりをコメント。言うまでもないが、国旗国歌法案を制定する時に、文部科学省は何度も「強制するものではない」と公式に発言している。それは新聞にも掲載された。この区議や校長、並びにPTA会員だの学内評議会だのという連中は、恐らく字も満足に読めないのだろう。まことに結構な教育者としての適性である。この事件を取り上げていた朝日新聞は、この辞職したPTA会長に好意的な書き方をしていたが、当然というもの。ところで、これらのいきさつを聞いていると、かのガリレオ・ガリレイを非難する時に当時の宗教界の重鎮が使った言葉を思いだす。それは「教会の教えには、大地が動くなどというものはない」というものであった。教会が間違いを認めるまでに500年かかったが、日本の教育界は500年たっても認める事などなさそうだ。
プロ野球活性化案
 近鉄の身売りの余波で、経団連の豊田会長が「1リーグにして8チームくらいにすればいいのでは」とコメント。規模も適正だし、どのチームも巨人戦を組めるから、観客動員数の増加も見込めるのだそうだ。何時の話をしているのか分からないが、巨人・大鵬・卵焼きの時代はとっくに過ぎた。巨人戦中継の視聴率は低迷の一途である。国民のし好が多様化している現在、様々なチームが覇を競ってこそ活性化するのであって、巨人を中心にその引き立て役を回りに配するような事をしたら、プロ野球そのものが危うくなるだろう。良い例がJリーグに見られる。地域密着型で成功しているチームが少なくないことだ。アルビレックス新潟は、J2時代からコンスタントに1万人以上の観客を集め、その勢いは今も健在である。仮にJリーグで、鹿島アントラーズが金にあかして各チームから一線級のストライカーを集めまくっていたら、Jリーグなど崩壊していただろう。プロ野球の発展を真に願うのなら、まず巨人を外す事から始めるべきだ。巨人は一つのチームだけで興行すればよろしい。なにせ、軽く2チームくらいは作れるだけの選手を集めて飼い殺しにしてるんだし、「まだまだ金はある」と先日もナベツネが豪語したくらいなのだから、何も問題はあるまい。
テロ対策
 海上でのテロリスト逮捕訓練とやらは、ターゲットの船にドクロマークが書かれていて、緊張感の無さが隠しきれないようであった。どこの世界に「私はテロリストでございます」と書いて動くテロリストがいるのかとも思うが、まあ百歩譲って訓練だからとしても、これで安心とは到底思えない。連中が本気でやるなら、目立つ恰好で動く訳がないからである。さて、13日に放送されたNHKスペシャル( 21世紀の潮流 アメリカとイスラム 第1回 カリブの囚われ人たち)をご覧になった方は、米国が対テロを名目に、いかに人権無視のやり方をしているのかを、改めて認識したと思う。日本の取材陣が、カリブの収容所に何度も取材に行っていたとは思わなかった。今の日本政府のとっている政策に、真っ向から疑問を呈したNHK久々の快挙ではないだろうか。公開されただけでも、収容者への「圧力」は相当なものである事が伺え、これがベースとなって、イラクの虐待行為に発展した事も充分に理解できるものであった(カリブの収容所も虐待に近いが)。で、日本はこの国(この政権)にべったりなのである。スペインは野党が政権について、イラクから軍を引上げた。イギリスではブレア政権が頑張っているが、先日の地方選挙で与党は惨敗し、第三位に落ちたと伝えられている。政権党が2段階転落というのは、史上初だそうだ。残る「幇間国」は事実上日本だけである。米軍は日本の基地から殆どの戦力をイラクに向かわせていて、日本は実はガラ空きになっている。残された部隊も、今度は北海道に一部配置し、自衛隊との共同作戦を展開する(聞こえはいいが、見方によっては自衛隊が米軍指揮下に入るともとれる)事も検討が開始されている。国内では国会を無視して「自衛隊は多国籍軍に参加する」などと断言(総理大臣にあるのは自衛隊の指揮権だけで、作戦そのものの立案実行権はない)する一方、サミットのような国際舞台ではブッシュにペコペコする小泉総理の姿が世界中に伝えられた。希望があるとすれば、あまりの情けなさに、テロリストの方で襲う気力を無くしてくれる事くらいではなかろうか。
《2004.06.14》
やめてまえ経営
 毎年の赤字額に遂に悲鳴を上げ、球団名の売却というウルトラCも禁じ手とされて万策尽きたのか、近鉄はオリックスへの球団譲渡を発表した。報道されているように、同じ会社が球団を二つ登録する事は出来ないので、このままだと球団が一つ減る事となり、パリーグ、引いては全リーグの再編へとつながりかねない。確かに球団経営は大変だが、毎年赤字があるからと売ればいいのだったら、誰にでも出来る。今年はパリーグの観客動員数も大幅に増え、どの球団も観客動員に一層の力を入れている時に、一体この近鉄という会社はどういう企業努力をしてきたのかが問題だ。近鉄といえば伝統ある球団で、古いファンも多く、本拠地には立派なドーム球場もあって、今年は投手の岩隈が開幕から10連勝を記録するなど、話題性も決して乏しくはないのだが、発表を聞いている限り、そうした努力をしてきたという気配はない。球団を手放す前に、無能な経営陣が責任を明確にするのが先というものだろう。なお、オリックスへの売却という話の裏には、他に手を挙げる会社が無かったという事情もある。即ち、政府の景気回復宣言のいい加減さが、ここでも裏付けられているのである。
《2004.06.13》
景気は回復しているのか?
 政府は選挙をにらみ、回復しているとPRに懸命だが、実感としてそのような話を裏付けるものは身近を見る限りでは何も無い、と誰もが思っているのではないだろうか。景気に関しては、何も政府の大本営発表などを真に受ける必要はない。どこにでもある飲み屋か食堂へ行って、そこの店主に「景気どう?」と聞けば一発である。小泉政権が構造改革を力強く宣言して以来、自殺者は激増し(改革前の3倍)、デフレは進行し、中小企業も個人店舗も銀行も幾つも潰れ(銀行の一部は海外資本に激安で売却)、スッタモンダの末に結局道路も新幹線も作る事になり、税金と年金徴収額と失業率は上る一方で、省庁再編などは文字通り再編(=組み直し)であって規模の合理化や天下りの是正などは皆無である。そもそも、不景気がある程度長く続けば、設備の更新需要などというものは出て来る(同じように家庭でも買い換え需要が出て来る)のであって、底を打つのは当たり前であり、むしろ小泉「改革」のお陰で回復が遅れているという指摘が少なくない。この上、イラク戦費を負担するばかりか軍まで派遣し、在日米軍へは毎年7000億円の光熱費を払い、数兆円ともいわれるミサイル防衛システムもやる気充分である。消費税の課税最低限度額も大幅に下げられ、特に小規模の会社に大きな打撃となるのはこれからだ。これで小泉が退陣したあとは、消費税の値上げが待っている。どこに景気回復要因があるというのだろう。
《2004.06.12》
少子化加速
 年金改悪法案を無理矢理通した途端に、タイミングを見計らったかのように、厚生労働省から出生率が予想より低下しているとの発表。話が少し出来すぎているが、いずれにしろ厚生労働省が記者会見で強調したように「一時的な」現象という解釈を、言葉通りに信じている向きは殆どあるまい。既に東京都では、出生率が1を割るという事態になっており、これは簡単に言えば一世代で人口が半減するという事である。ところが、表向き「これに対する対策を」と言う割には、具体的対策といえば出生率を下げる方向ばかりに行っているのが現実のようだ。いわく、女性の働き易い環境を、とか、管理職の女性比率や国会議員や大臣の女性比率が低いなどなどという指摘である。いわゆる出産適齢期の女性が、仕事で多忙になったら子育てどころではない。子育てというのは非常に大変なものだ。夫の協力というが、共稼ぎで夫が協力したところで、決定的な意味はない。どうせ昼間はどちらもいないのである。仕事もして育児もして、というのは夫婦だけでは無理であって、そのために育児所や託児所の充実が望まれるのだが、冷静に考えてみるとそもそも近代社会の有り方そのものが、少子化をもたらしている事に気づいてくる。
 人間は他の動物に比べると、非常に長生きな生物である。犬や猫、馬ですら20年ほどしか生きない。稀にゾウガメのように人間より長生きな動物もいるが、それらは例外的である。また、人間に際立った特徴として、長生きだけではなく三世代が同居して生活する習慣がある、というのがあり、これはまぎれもなく人間だけの特徴である。この、長生きと三世代同居とは何故か、という疑問に関しては、「三世代に渡って継承しなくてはならない知識があるからだろう」というのが定説。そして、その継承しなくてはならない知識の筆頭が、子育てのノウハウではないだろうか。
 少子化と共に現代社会が抱える問題の一つに、子供の虐待がある。我が子を虐待する親は何も現代社会だけの専売特許ではないが、近代化と共に増えているのは間違いなさそうだ。それは何故か、であるが、恐らく「子育てのノウハウを受け継いでいないから」というのが大きな理由になるのではないだろうか。近代社会が三世代同居をやめたのは、いわゆる核家族化である。夫婦と子供だけがアパートなどに住むようになったもので、祖父母の代からは離れて暮らす形態のことだが、これが顕著になったのは戦後の高度成長期。即ち、今から40年ほど前の事である。つまり、今、親になっている世代は、祖父母のもとで子育てのノウハウを継承する事なく、育って来た世代だということだ。
 子供を作る事は本能で出来る。だが、人間は非常に複雑な生き物に進化してしまったので、育てる事は本能では出来ない。成人するのに20年もかかる生き物は、地球上で人類だけだ。人間より巨大になるセントバーナードのような犬ですら、僅か3年であの大きさに成長する。この20年という長い間、人間の親は子供の面倒を見なくてはいけない。これは大変な労力であって、経験がモノを言う世界である。今は珍しくなったが、子だくさんの母親に聞けばまず間違いなく、3人目からは楽になった、という事を言うと思う。上の子が下の面倒を見るというのもあるが、基本的には「コツが分かって来たから」に他ならない。これが三世代同居していると、いわば子育てのベテランが上にいて、常にアドバイスを受けられるのだが、核家族ではそれが出来ない。よって初めての子育てに四苦八苦している上に、会社での人間関係などが重なったら、身近な弱者に当たるようになってしまうのも、人間心理というものであろう。
 この傾向は、近代社会では日本だけではなく、米国でも顕著に見られる。親による子の虐待ばかりでなく、子供の方も反社会的に走ったりするのである。一方で、大家族が健在な途上国の農村地域では、そういう傾向は都会ほどに顕著ではない。つまり、本気で少子化に歯止めをかけたいのであったら、三世代同居の生活形式を何とか普及させるのが、一つの合理的な手段の筈なのである。子育てのノウハウを継承出来るばかりか、多忙な時は祖父母に子育てを代行してもらう事も出来るだろう。つまり、昔の社会形態から良いところを学べばいいのである(もっとも、最近では三世代同居なのに上の二世代が子供を虐待した例もあったりするのだが、これは論外であって、一番上の世代が既に子育てを知らない世代になりつつあるからではないかと思う)。スウェーデンのように、少子化に歯止めをかけるのに成功した国を見てみると、ともかく子育てを安心して出来る環境を整える事に主力を置いているのが分かる。手段は必ずしも三世代同居が唯一の回答ではないが、それはその国の歴史にも関係する話であろう。
 さて、かような視点で現代の政策を見てみると、日本の政策はお世辞にも安心して子育てを出来る環境に向かってなどいない事が分かる。女性の社会進出と言っているのは聞こえがいいが、実際には女性にかかってくる負担は増える一方である。管理職に出世などしたら、会議に追われて子育てに割く時間はますます減るだろう。ある女性の科学者がいみじくも語っていたが、本気で男性と同じに仕事をしようと思ったら、女を捨てなくてはならないのだ、と。それは当然だろう。誰にでも一日は24時間しか無いのだから。子育てにエネルギーを注ぐ以上は、どうしても社会人としての仕事に割けるエネルギーは少なくなる。従って、今のような形式的な1年程度の育児休暇ばかりでなく、少なくとも子供が一人前になるまで(古い言い方だが、元服という考えなら12歳くらいまで)は、社会的な支援体制を整える事とか、子育てに人生を賭けたいという女性がいるなら、それを積極的に支援する、というような、「柔軟な」施策が求められるのである。ところが、現代では育児の為、という理由で管理職が早退など出来る会社はまず無いだろうし、女性の社会進出ばかりが叫ばれて、まるで子育てに専念する専業主婦が時代遅れであるかのように語られ(子育てこそ、立派な社会活動ではないだろうか)、それに基づいて政策が推進されているのが現状だ。これでは出生率は下がる一方なのも当然であろう。
 人間は文明を持つようになってから、まだ僅か5000年に過ぎない。その前には100万年以上もかけて、必死に大自然を生き抜いて来たのである。その間に獲得した生物学的形質が、たかが5000年くらいで変わる訳がない。本気で少子化に歯止めをかけたいのなら、こうした「大自然の摂理」を謙虚に理解する事から始めるべきだ。人類と言えども大自然の一員なのである。それを、特別な存在であるかの如く考えるから、大自然からしっぺ返しを受けるのである。この意味で、「地球に優しい」などとは思い上がった詭弁もいいところで、例え人類が戦争で滅びたところで、地球は困ったりはしない。何の変わりもなく、太陽の周囲を巡っている事だろう。環境破壊で困るのは、人類そのものなのである。壊しておいて、自分が困っているだけに過ぎない。子育ても同様であり、何よりも大自然に学ぶ、謙虚な姿勢から発想を始めるべきなのではなかろうか。(別に原始的生活に戻れ、と言っている訳ではない。文明の名のもとに、忘れている事が多いのではないか、という話である。昔の人々は、今のように生物学などという学問を知らなくても、こうした事を経験に基づく知恵として持っていたのだ。上に触れた元服という年齢は、実は脳が成長して大人と同じレベルで考える事が出来るようになる所なのである。)
《2004.06.11》
プロレス芸能ゴリ押し国会へ
 自民党は、次の参院選で女子プロレスラーの神取忍(かんどりしのぶ)を擁立すると発表した。既に男子の大仁田厚と馳浩(はせひろし)もいる上に、あのノルディックスキーの荻原健司も自民党で立候補しており、単純な知名度優先の芸能国会とも言える施策である。が、かの憲法違反スレスレと言われる、イラク特措法を強行成立させる時、議長の側に立ちはだかって押し寄せる野党議員を食い止めたのが、この大仁田議員であった。今回、これに神取が加わったなら(ちなみに、女子と言っても男子顔負けのパワーを持つレスラーである)、馳と合わせてどんな法案でも強行採決できるだろう。これに「質問打ち切り即採択」という奥義も手にした与党は、議論抜きでパワーによって強引に法案を通す事が可能になり、屁理屈をつけて実績を作り上げて、それを既成事実化するという今の政権与党のやり方から、既成事実化すらいらなくなるという光景が容易に想像出来る。本来、議員というのは民意を反映させる為に存在する。立候補者の中から、自分の考えに最も近い議員を選ぶ事で、国政に民意が反映されるというのが選挙と国会というシステムだ。ところが、投票率が低い事を言い訳に、知名度のあるだけの議員を擁立するこうした与党の姿勢は、民主主義の有り方を真っ向から否決するものである。本来なら、議員が自らの考えを述べて国民に訴える場として、インターネットを有効に使うような事こそ考えてしかるべきであるのに、現実はネットでの選挙運動は不公平を理由にいまだに違法扱いである。それなら新聞に掲載される形式的な官報や、テレビの選挙放送などがあまねく全国民に有益かつ公平なものなのかと言えば、そんな事はない。新聞の官報など、掲載されている事が形式的の極致であり、実質的に情報量ゼロもいいところで、あれをベースに議員を選ぶくらいなら、サイコロでも振った方がマシなほどだ。どのような手段を取ろうとあまねく公平などは有り得ないのだから、民主主義の理念から行けば、国民が知るための手段は多い方が良いはずだ。にもかかわらず、かような理屈を付けてそうした考え方を拒否するというのは、要するに国民が政策で議員を選んでしまったら、今の政権与党は困るからに他ならない。投票率が上がってしまったら、折角の創価学会を動員する組織票が埋もれてしまう。そして何よりも、国会の委員会で、本当に民意を代表するような議員が上がって来て、鋭い質問が出てくれては困るのである。これには裏付けがある。かの大橋巨泉議員が、あっという間に干されたのがその証拠だ。大橋議員は、ある委員会で「ショー・ザ・フラッグって誰が何時言ったのか」と質問をし、その時政府側は誰も答えられなかったのである。辛口子は中継で見ていたのだが、続いて「誰が言ったかも分からないのに、それを根拠に自衛隊を出すというのか?」という質問にも答えられる訳もなく、与党側は苦りきった表情をするか、或は知らん顔を決め込む顔が並んでいたのを覚えている。要するに正々堂々と議論をして相手を唸らせるだけの、能力も知性も根拠も無いから、こういう事になるのであろう。そしてその後、今の自衛隊イラク派遣においても、「軍を出す事が国際貢献だ」と、どこの誰が言ったのかも分からない話が一人歩きをして、強引に実績が作られているのだ。これで審議ゴリ押し舞台が整ったら、まさに与党独裁体制であって、とても北朝鮮を独裁国家だ、などと偉そうに名指しできる状況にはなくなるのである。
子供のネットアクセス
 小学生首切り事件に関連してか、最近、あちこちのメディアや週刊誌などで、子供のネットアクセスをどうするか、という議論が盛んなようだ。めくってみると、ロクにネットも使いこなしていないらしいとしか思えないような文面が並んでいて、失笑を禁じえないのだが(用語の使い方を見れば素人だと一目で分かる)、そもそも今、子供がネットにアクセスするなど珍しくも何ともない事を、こうした議論は忘れているようだ。学校がネットを使って自由研究の成果などを外に見せている例は、ちょっと検索すれば幾らでも出て来るし、小学生が学校の帰りに「じゃ、あとでメールする」などと言っている光景も普通である。つまり、全国で見れば数百万程度の子供がネットを使っているのは間違いなく、その中でたった一件の猟奇犯罪が起きたからと、親が子供のネットアクセスの内容を知らない家がどれだけだ、なんてな方向に議論を持って行くのだから、頭が痛い。大体、子供にネットマナーをちゃんと解説出来る親も大人も、そんなに多くあるまい。良い例が出会い系サイトの問題だ。子供どころか、いい年をこいた大人が、あれを土台に犯罪騒ぎを山のように起こしているのである。子供に向かって偉そうな論をぶつ前に、自分らのマナーこそ考える事から始めるべきだろう。子供は大人を見て育つのを忘れていないか。
《2004.06.08》
お客様は神様か?
 米国では、会計監査院は企業の経理だけではなく、もっと幅広い調査を行うらしい。例えば、hotwired.co.jpの記事によると、連邦預金保険公社という市中銀行が破綻した時に預金者保護を行う政府機関のセキュリティについて、米会計監査院が警告を出したのだそうで、翻って考えると日本の監査院は会計の監査すら見逃すくらいのように思う。良く言われるカード情報の漏洩。これも日本では非常に甘い。企業が「自主的」に基準を設けているのが現実で、米国では漏洩などあろうものなら第一に社会から反発を買って会社そのものが倒産しかねない事もあり、非常に厳格な従業員教育が行われている。ネットでカード番号が洩れて大丈夫か、という話を良く聞くが、米国などのサイトで買い物をした事から漏洩する事は、まず無いと思っていい。非常に危ないのは日本での使用であって、店先で使えば読み取り装置に盗聴器がくっついていたり、店員が控えを使って悪さをしたりした例が何度も明るみに出ている。ひどい話では、読み取り装置を無線LANで接続した上に、暗号化をしておらずにデータがそのまま電波でバラまかれていたという、某大手デパートの例すらあった。これらの会社が罰せられたとか、社会的制裁を受けたという事は殆どない。先日もヤフーBBで大規模な顧客情報漏洩があったが、社員は逮捕されてもたいした罪にはならないし、会社も多少顧客が離れたくらいでさして傾いてもいない。日本での買い物は、原則として現金を使うのが安全なのだ。ところで、最近はショッピングサイトを偽ってユーザのカード番号を入力させるというサイトが結構あるようなので、海外と言ってもそこは気をつけないといけない。これは詐欺の常道手段で、「ここは歩きタバコ禁止区域だ」と声をかけ、その場で罰金を取って行ったという例が先日もあったのと共通している(ちなみにどのような罰金であろうと、公的なものがその場で徴収される事はない)。相当昔の事になるが、スピード違反と言ってその場で罰金を徴収したニセ警官がいたという話もあって、時代が変わってもこの手のパターンは不変であるのが良く分かる。こう見て来ると、お客様は「カモ様」というのが日本だと思って、消費者の側も心しておく事が必要なようだ。
《2004.06.08》
何時から変更?
 同級生の首を切った小学生について、連日いろいろな報道がされている。実名こそ出ないものの、以前に刃物を振り回したとか、収容されたところで食事が美味いと言ったとか、アイスピックも考えていたとか、何のドラマを見て思いついたとかである。猟奇的という意味では、遥かに上を行くと思われる、かのサカキバラ君の時と比べると、随分とメディアの扱いがワイドショー化しているように思うし、漏洩ではなく警察が自ら取り調べで得た情報を率先して流すのだから、またえらく変わったものだ。あの時あれ程騒がれた、子供の人権とかいうのは、何時の間にやらどこへ行ったのであろうか。確かに法的な保護があるからと、何もかも隠しまくるのが正しいかどうかには疑問はある。だが、脈絡もなくワイドショーのように、断片的な情報を氾濫させる事が何かの解決につながるとも思えない。どこから見ても単なる出歯亀根性である。この傾向、例のイラク人質事件の時の非難騒動にも共通するような感じがする。池田小事件以来、特に刑法改正がされたという訳でもない。日本人は何時から、弱者を叩くネタがあると見たら寄ってたかって、徹底的に石を投げるようになったのであろうか。どこかの大臣が時代も認識も錯誤しているような発言をしていたが、今や政治家というのは見識も知性も高い訳ではない事は周知の事実となっていて、衝撃も走らないし非難の声もあまり起きない。こういう、モラルの低い方へどんどん慣れて行く事は、色々な意味で非常に危険ではないであろうか。
音楽のネット販売急速に拡大中
 数え方にもよるが、音楽のダウンロード販売を行うサイトが100を越えたらしい。アップルが始めて以来、ビジネスになるという事で、世界に広まっている。言うまでもなく例外は日本であって、当初、アップルは4月から日本でも、とアナウンスしていたが、どうやら「色々な障害」があるようだ。障害とは言うまでもなく、国内の音楽産業会社であろう。先に、著作権法の改悪案が衆院を通過したが、これは海外からの逆輸入CD(引いては外国産CDの輸入も含められる)を、税関で止める事が出来るようにするものだ。他社のストリーミング販売に全く応じない姿勢といい、この改悪案の主旨といい、要するに「流通を全部自前で握っていないと気が済まない」という訳で、言い換えれば既存の利権をなりふり構わず守っているだけのことは、見えすぎるくらいに明らかである。CCCDにしても、表向きは著作者の権利とか言っているが、この見方をしてみればその本音が透けて見える。ミュージシャンにとっては、どこのCDを消費者が購入しようと、ネットで買おうと、正規に購入してちゃんとマネーが返って来るなら文句は無いはずだからだ。困るのは、これまで流通を牛耳って来た連中だけである。しかし、ネットによるダウンロード販売が広がれば、いずれ日本のユーザも外国から購入出来るようになるだろう。幾ら直接購入を禁止しても、多少の手数料を取って代行する会社が現われればそれまでだ(並行輸入まで禁止したら独禁法違反)。必死のあがきにも関わらず、国内CDの販売枚数が上向いたという統計はない。結局は旧態然の延命策に過ぎず、その間、ワリを食うのは消費者であろう。なにが「消費者に理解を求めたい」(著作権法改悪案について業界の記者会見で)だ。
《2004.06.07》
あれもいろいろ
 企業で社員として働いている実態もないままで、年金を払わずに受給資格だけは得ている、という非難に対し、小泉総理は「会社もいろいろ、社長もいろいろ、社員もいろいろ」などと答弁したらしい。これが一国の総理大臣のする答弁と言えるのかどうかだが、国会での発言は一言一句に至るまで、議事録として残されるので、後世になって「総理もいろいろだったのだねえ」で済ませてもらえるかどうか。パックイン・ジャーナルでの視聴者意見として「それなら、国民の方だって、年金を収めないなどいろいろだ」というのが来ていたが、何やら某歌謡曲の一節をモジったらしいこの発言、何かといえば、オペラ鑑賞だの歌舞伎観覧などとパフォーマンスをして見せても、どういう音楽環境で育った人間なのか、こういう所でボロが出た、というあたりではないであろうか。
 さて、今回の年金改悪法案も問題だが、その審議で野党議員の発言をさせずに審議終了とさせてしまったのは、議会制民主主義を否定するような愚挙であろう。この実績が定着してしまったら、これから他の法案についても審議は途中で打ち切って、一気に採決に持って行っていいのだから、まるで独裁である。もっとも、この裏には、総理の答弁が相当危なくなってきた、と見てとった陰の実力者(こいつがメディアを操作しているという話もある)が、このままボロがどんどん出たら大変なので、一気にケリをつけた、といういきさつがあったらしい。政治もいろいろ、などと呑気な事を言ってられる場合でもないようだ。
ホットコーナーの案内
 一刀両断ホットコーナーに、PIXELAのCAPTYほか、幾つかのツールに関しての批評を追加しました。
《2004.06.04》
三菱は再生できるか
 三菱乗用車の販売台数が、前年同月比で58%減という。これで国内12社のうち、9位になるのだそうだ。国内に自動車メーカが12社もあったか、という気もするが、下の方は殆ど注文生産で特殊なスポーツカーなどを作っているところだろうから、事実上の最下位であろう。毎日のようにあとからあとから不正が現れるという今の状況から見て、早急に売上げが上向くとは考えにくく、三菱というブランドの自動車が市場から消える可能性も、あながち有り得ないとは言えなくなってきた。起死回生の妙薬などある訳も無く、決め手はこの隠蔽体質を払拭できるかどうかであるが、今回の件に関する社内の処分を聞いていると、例のボルト破損問題で責任的立場にある本部長クラスの処分が(敢えて言うなら業務上過失致死、或は殺人幇助に近い)出勤停止5日間というのだから、トップにコトの重大性を認識できているのだとはいささか信じがたい。これが学校の教師だったら、女生徒の尻を撫でただけで懲戒免職である(撫でていい、と言っている訳ではないので念のため)。
チャットへのえん罪
 小学六年生の殺人事件は流石に波紋を広げている。だが、校長や担任を追求したところで、問題の核心とは何の関係もないところで右往左往するだけであろう。誰しも「あの野郎、ブッ殺してやる」などと思った事の一度や二度はある筈で、まして情緒の不安定なこの年頃、一体何故歯止めが効かなかったのか、を論じてこそ、この悲惨な事故を教訓として生かす事が出来るのではないであろうか。チャットが原因とうるさく言う向きもあるが、話を聞いていると言ってる当人がチャットの事をどれだけ知っているのか怪しいと思う事しきりである。知ったかぶりが、偉そうに論をぶつ傾向は、あまり変わっていない。さて、今回、どうやら加害者の子が殺意を持った、というのは事実のようだ。それで目隠しをしてナイフで首を切ったというから、恐らくどこかのアニメかコミックスあたりでやり方を学んでいたのではなかろうか。それで実際にやってみて、結果に衝撃を受けパニックになった、というあたりが真相であろう。
 まず、殺意を抱いてそれを実行したという点に注目してみたい。それは殺意を別の形で発散する事が出来なかったからと考えることができる。我々は普通、面白くない事があったら悪態をつく。およそ人前では言えないような汚い言葉を吐き出す事で、そうした鬱積(うっせき)が和らぐ事は、誰もが経験している事だろう。ここで今の教育現場を振り返ってみると、そういう形で悪態をつく事を徹底して押さえているのではないか、と気がつく。差別はいけない、イジメはいけない、というのは良いとして、その方法論として「悪い言葉を使わない教えない無かった事にする」という、本質を外した対処方法がハバを効かせているのである。いわゆる差別用語の類いは、その代表格だろう。すると悪態をつくという形では、不満、衝動を発散させる事が出来ない訳で、当然ながらそれはどこか別の形、すなわち弱い動物(ウサギやニワトリ)を殺してみたり、火を付けたり、ガラスを割ったり、果ては直接相手を殺してしまうような形になって、外へ現れてしまうのではないであろうか。更に、実際にやってみたという事は、間違いなく痛みを知らなかったからに他なるまい。学校で危険を理由に刃物を持たさなくなって久しい。骨を嫌がるからと(面倒以外にノドに刺さるというのもあるとか)わざわざ金をかけて骨の無い魚を用意する。果ては自由学習とか言って、教室内を生徒が授業中にあちこち歩き回っているのが現実であろう。それで痛みを知って、我慢の出来る子供に育つとでも思っているのなら、教育関係者は全員MRI検査を受けるべきである(前頭葉が活動していないに違いないからだ)。事件が起きる度に、口をそろえて命の大切さを訴えるというが、標語を並べてポスターを貼れば問題が解決するのなら、とっくに交通事故などゼロになっている。
斜陽
 今年もオールスター(プロ野球)のファン投票が始まっているが、途中経過を見ると投手3人を含めた全11枠のうち、阪神勢が何と10人。例外は3塁だが、それが元ダイエーの小久保(巨人)。昨日は巨人が単独首位に立ったというのに、非読売系スポーツ新聞では扱いも小さかった。日刊スポーツなどは、1面から3面までがサッカー。視聴率はどうなのか知らないが、中継もはかばかしくはあるまい。
《2004.06.03》
宗教界へのスリ寄り
 自民党が創価学会の組織票で当選を繰り返しているメカニズムは既に明らかになっているが、これに味をしめたのか、今度は日蓮宗など他の宗教団体にも協力を呼びかけていると伝えられている。かつて、与党の票田と言ったら総評であった。組合離れや景気の悪化などで、以前のように金で票を集める事がしにくくなった今、今度は宗教に票田を求めたのである。この、金による票集めの実態は、コミックス「票田のトラクター」に詳しいが、宗教界では単に教祖が指示を出せばいいのでずっとコストパフォーマンスも良い。ところが、歴史を見ていると宗教界というモノが政治に絡んで来る時は、大体においてロクな事は無いというのが分かる。信長が比叡山を焼き討ちにしたのも、宗教界と政治を切り離そうとしたからに他ならない。時は流れ、目を転じると、ブッシュの票田にもキリスト教福音派がいる事で分かるように、世界的スケールで政治と宗教が連動の度を深めている。近代社会になると宗教は薄れるという説は完全に覆され、複雑化する世の中に嫌気がさした人々は、ますます宗教に救いを求めるようになっているのだろう。何となく中世暗黒時代の入り口と似てるような気もしないでもない。そういえば、SFにも宗教に支配された未来社会を描いたものは少なくないが、どれも明るい展開ではないのであった。
《2004.06.02》
休刊の理由
 例のヤフーBBの顧客情報を外に流した罪で逮捕されている2人のうち一人が、雑誌「PC JAPAN」にセキュリティ記事を書いていた、と孫社長が会見で発表。責任をとって休刊にするのだそうだ。どういう責任の取り方なのかよくわからないが、この雑誌、以前も書いたように、辛口子の書いた製品紹介記事を原稿と似ても似つかぬ内容の別記事に差し替えて掲載し(新設した、一刀両断ホットコーナーに掲載した)、平気な顔をしていたところである。どうせ部数も伸びずに低迷していた事だろうが、それより何より、その犯人が書いていた記事というのも、本当に当人の記事なのか怪しいものだ。恰好の理由が出来たとばかりに、渡りに船というあたりが真相ではないか。
クビ切り
 佐世保の小学校で起きた小学生同士の首切り殺人事件、しばらくはワイドショーあたりを賑わすのではなかろうか。動機やいきさつは不明だが、基本的に「人間は首を切ったら死ぬ」という事を知らなかったからではないかという気がする。危ないから、という理由でナイフを授業で使わなくなって何十年にもなる。指でも切って、痛いという事を認識してこそ、危険さが理解できるはず。即ち、ここで指摘してきているように、やってきた事が教育ではなくて飼育なのである。戦争というものが本当はどういう物か、軍隊というものがどういう物かも理解していないのが日本だから、訳の分からない自己責任論から、国際貢献イコール派兵論などへと話が行くのであろう。コトは小学校の教育問題だけではない。日本全部が考えなくてはならない問題を、この事件は含んでいる。
詭弁のいろいろ
 サラリーマンとして働いていたのに、年金を納めていなかったとはどういう事か、と追求される小泉総理は、答弁に詰まると「太っ腹な社長だった」と繰り返すだけらしい。「30年も前の事を何故掘り返すのか」と開き直ってもいるらしいが、裏を返せば30年前じゃなかったら問題だと認めている事にすら、気づいていないようだ。小泉総理の国会、或は各種委員会での答弁は、最初っから答弁ではなく詭弁であると言われ続けてきたが、最近になってようやく大手メディアも指摘するようになってきたようである。イラクへの派兵について、総理は側近に「総理ってのは一段高いところから物を見るんだから、法律に必ずしも縛られなくていいのだ」と言ったと伝えられている。要するに、おだてられて調子に乗っているエリート意識丸出しの世間知らずに他ならない、という事がバレてきている訳である。どこか米国と事情が似ているような気がしないでもない。
《2004.06.01》
無理難題
 曽我さんのご希望は、ジェンキンス氏との面会につき、「北朝鮮の影響力がない」「アメリカとの間に犯罪者引き渡し条約がない」「英語が通じる」という条件と伝えられている。これは非常に厳しい条件で、外務省も頭を抱えるのではなかろうか。そもそも、ジェンキンス氏はただの脱走兵ではない。脱走に当たり、部下を3人引き連れて北朝鮮に向かっているのであって、常識的には軍法会議の上、銃殺という判決が出ても不思議ではない位、重大な軍規違反なのである。「一国の総理として安全を保証するから」と説得したという小泉総理は、明らかに無知無能を世界に宣伝した事になる。また、ジェンキンス氏の方も、軍の規律というものを良く知っているのだから、ボケてでもいない限り応じる訳もなかった。「訓告」や「戒告」(簡単に言えば、呼び出してメッと言うだけ)でコトを済ませられる、大甘の日本官僚組織とは訳が違うのである。
健全とは
 青少年の非行行為を減らそうという、東京都の青少年健全育成条例。今度、強化されるらしい。裏を返せば一向に効果が上がっていない、という事であろう。今度の改正で18歳未満の女子をホストクラブで働かせてはいけないとか、下着を売ってはいけない、などと、細かい記述が更に厳しくなるというが、実際問題としてこういう商売でいちいち住民票を求める訳もないし、摘発されればさっさと場所を移して同じ事を始めるのが現実。では、実効も上がらないのに、何故、こうもうるさくやるのであろうか。それは、要するに関係者が「これだけの事をしました」と言いたいためにやっているのだと考えればスジが通る。健全という言葉に笑われよう。
業者優先
 CDの輸入が禁止になるのではないか、と非難囂々の著作権法改正案、衆院で審議が始まったらしいが、被害額の根拠だの数値の信憑性を追求されても、文化庁側は「正しいものと認識している」などという回答をするだけで、およそ議論になっていないと報じられている。要するに、説明などするだけの根拠はないし、その気もない、という事だ。こうした文化庁側の官僚には、業界への天下りの事しか頭にないのであろう。
身内優先
 イラクでのジャーナリスト殺害事件に関し、細田官房長官は「怒りを感じる」と表明。米兵によるイラク捕虜虐待事件について、川口外相が先日コメントしたのは「大変遺憾」。それも、事件発覚から相当時間がたち、各国のコメントが出尽くしたあとでの事だった。
Winny書類送検
 京都府警に届いているメールは100通以上で、殆どが批判的、「捜査情報流出の腹いせだ」という指摘も数多いそうである。無論、警察はそれは公式に否定している。だが、東京在住の人間を、わざわざ京都府警が逮捕した事に、それ以外どういう説明が出来るというのか。
ファジー判定
 今年の日本プロ野球、特にセリーグは大混戦だが、同じように混乱しているのが主審の判定である。ストライクゾーンが人ごとに違うし、同じ人でも同じ試合の中でずれるのだから、始末が悪い。昨日は近鉄の中村が抗議して退場になっているが、阪神では下柳がニガ笑いし、ウィリアムスが怒っていた。テレビ画面で見るのと主審の目とはイコールではないとはいえ、確かにテレビで見てても分かるくらいに高めをストライクと言う事もあれば低めをとる事もあって、審判同士でまっとうな「基準の徹底」がされているとは到底思えない。西武の松坂もシーズン当初から、審判の判定に首を傾げるシーンが少なくなかった。高めのストライクをとるように、と決められたのは一昨年だが、昨年、そして今年と経るに従い、昔のゾーンに戻す審判、戻さない審判、混在して判定する審判と様々になっているのが現実のようだ。これに加えてスイングしたかどうかの判定も、見ていて曖昧である。これでは打線が強力になる昨今、ピッチャーはやってられない。まさか、某在京球団をバックアップするためとも思えないのだが。

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