一刀両断ミニコラム
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2004年2003年

《2005.05.31》
ノーネクタイは定着するか
 何やら急にノーネクタイだのノー上着だのと、国会、特に総理あたりが騒がしい。察するに、出来もしない京都議定書を批准してしまったものだから、とにかく出来る事はやっています、という姿勢をアピールする必要に迫られて、というあたりであろう。このノーネクタイ、かつてオイル危機が起きた時にも同じように政府が音頭を取って浸透させようとした事がある。省エネルックなどと言っていたが、浸透したかどうかは町を歩いてみれば一目瞭然だ。なにせ、ほんの数ヶ月前に、例のプロ野球新球団審査に当たって、「堀江クンはああいう場ではネクタイをした方がいい」などと公言した連中が、突然ノーネクタイと言い出しているのである。説得力などゼロであろう。ところで、ネクタイは別に上流階級のファッションではない。かつてフランス革命の頃、宮殿の近衛兵が暇つぶしにブーツのヒモを首にかけて(ギロチンが流行っていた)遊んでいたのが、やがて服装へと変わって行ったと言われている。だから、今でもタイ(紐)と言う名が残っているのだ。そして、ノーネクタイに関しては、西洋かぶれの日本とは違い、他の東南アジア諸国のほうがもっと意識は進んでいる。シンガポールのリー・クアン・ユー元首相や、マレーシアのマハティール元首相などは、元首同士が公式に会談する場でもノーネクタイだった事が何度もあった。翻って日本。総理がそこまでやるかと言えば、それは考えられまい。公式の場ではネクタイ必須という概念が少しでも変わるか、と言えば少なくともあと一世代くらいは無理だろう。何よりも、ドブネズミ色に習えをしてきたオジサマ族には、上着とネクタイの無いファッションが考えられないのである。今年の夏が終わる頃には、誰も覚えていなくなっているのではなかろうか。
《2005.05.30》
無駄遣いの試算
 40年にも渡り受け継がれていたという、例の談合事件(鋼鉄製橋梁)であるが、実際のところ建設業界で談合などしていない例を数えた方が遥かに少ないのは、誰もが感じるところであろう。たまに「談合なし」と思われる入札を見ていると、談合禁止前の価格より落札値が2割くらいは下がるのを見てとれる。つまり、その前は2割くらい多い利益を上げていた訳だ。これではやめられない、とまらないであろう。ところで、日本全国の公共事業予算はおよそ年間に35兆円くらいあるそうだ。その2割がこうした形で業界の懐に入っている(別の言い方をすれば税金ドロボウであろう)とすると、7兆円という事になる。この金額、一体どのくらいのものなのだろうか。一例として、例えば毎日100万円を使って豪遊したとしよう。7兆円を使い切るためには、何と700万日が必要である。別の言い方をすると、2万人が毎日100万円を使って1年間豪遊できる額なのだ。かつて小沢一郎氏だったと思うが、日本の財政危機は無駄を無くせばあっという間に解消する、と述べた事がある。まさにそのとおりなのである。建設業界は、談合をするからこそ品質が保たれる、などと屁理屈を言う事があるが、この簡単な計算だけでもその本音は透けて見えて来よう。ついでに考えられる事に、こうした無駄の上乗せは公共事業だけなのだろうか、というのもある。
《2005.05.28》
成熟した国
 自民党の安倍幹事長代理は、札幌で講演、中国の対応について「成熟した国の行う行為ではない」と批判したそうだ。良く分からないのだが、隣の国の神経を逆撫でする首相参拝については、「当然やるべき責務であり、次の首相もやって欲しい」のだそうだ。相手のいやがる事を積極的に見せつけるのは、成熟した国のやる事らしい。成熟した政治家の言う事とはなかなか理解に苦しむもののようである。
《2005.05.25》
退職金課税
 政府税調は、今後数年をかけてサラリーマンの退職金への課税を強化する方向で全会一致したそうである。表向きの理由は、特に外資系の企業などで、給与を意図的に安くし、数年の勤務後に高額の退職金を出して節税している例が増えている事への対応だそうだ。ところで、それなら天下りが数年単位で渡り鳥をやり、退職金をその度に数千万円ももらっていく事はどうなっているのかと言えば、それについては何も語られていない。現状では確か3年以内に渡った場合にのみ、何がしかの課税対象となるかどうか、という程度のままだ。
靖国参拝
 中国が会談をドタキャンしたと言うので、やれ外交としては礼を失しているとか、理由が靖国参拝問題だと言われて総理が子供みたいに嫌な表情をするなど、色々と報じられている。あまり報じられていない事を注釈。まずアジア諸外国、特に中国が不快に思っているのは、総理が靖国に参拝する事というより、参拝に当たって「内閣総理大臣」と記帳している点である。これまでも中曽根氏ら歴代総理で参拝している例があるが、いずれも国会議員と署名していてあくまで1個人としての参拝になっていたのだが、小泉総理は国家の意思であると記帳している訳で、これが問題を大きくしている。第二に、靖国参拝は確かに日本の国内問題だが、仮にドイツが第二次大戦の戦没者墓地にナチ戦犯も埋葬していて、そこに国の代表が毎年参拝しているとしたら、諸外国はどう受け取るかという視点で考えているかどうかである。そして最後に、小泉総理には実の姉である信子という女性が背後にいて、何かというと小泉総理に服装から外交に至るまで指示している、というある週刊誌の記事があり、中国側がその女性の存在には神経を尖らせているらしい、という事実である。弟を溺愛するというこの女性が、靖国参拝も強く押しているという。こんな人物一人が、日本の外交を引っ掻き回しているのだとするなら、まさに魑魅魍魎の世界ではなかろうか。辛口子は別に中国を贔屓する訳ではないが、仮に私が中国側だったとしたら、どう思うかでもある。
凶悪運転手
 交通事故死者は年々減っているが、実はけが人を含めた交通事故者は年々増えている。特に、酔ったままで運転して人を跳ねる凶悪運転手が、一向に減らないのだという。罰則が厳しくなり、最高15年の懲役まで課せられるようになったにも関わらず、である。問題はいくつかありそうだ。まず、交通事故による死者とは、事故後24時間以内に死んだ場合なので、とにかく24時間生かしてしまえば事故の死者としてはカウントされない。そうした医療技術が進歩したという指摘がある。また、罰則強化が法制化されても、実際に適用された例はそんなに多くはなく、むしろ年々減っているという事実もある。立証が大変なものらしい。そんなもんなのであろうか。辛口子に言わせれば、酒を飲む前はシラフだったに決まっているのだから、車を運転する立場にあって酒を飲んだ瞬間に確信犯に決まっているではないかと思うのだが、「その時は運転するつもりはなかった。酔った勢いで気がついたらハンドルを握っていた」と言えば、言い逃れになるのが実際らしい。罰則を強化したが効果がない、というのは関係者の言い訳だと思う。強化の仕方が足りないのである。酒酔い運転で死傷事故を二度起こしたら、問答無用で生涯免許停止+終身刑(遺族の心情から言えば死刑だろう)くらいの改正をすれば、効果は出るのではなかろうか。なにせ、経済苦で毎年1万人を自殺させ、結果として景気が良くなってきたと宣伝する政府のことである。酒酔い運転常習者の数など、これに比べればたかが知れていよう。
《2005.05.24》
談合方程式
 大手建設会社などが大挙して談合していたと、連日新聞一面を飾っているが、建設業界の談合は空気か水のようなもので、それが無いと死んでしまうと言った方が近い事は、結構テレビでも報じられてきた。確か群馬だったと思うが、談合には参加しないと公式に表明したある建設事務所は、瞬く間に仕事が無くなり、テレビで報じられていた時点で不渡り寸前の状態となっていたほどだ。何故談合をするか。答は簡単で、それがオイシイからである。工事が不必要に低価格化となり粗悪な結果を招く、なんてのは屁理屈であって、実際にはその方が儲かるから談合が無くならないのだ。談合で儲けるのは、胴元である大手親会社で、親会社はどうせ下請け、孫請けに丸投げし、そちらは買いたたくのだから、現場はその恩恵に預かるとは言えない。今回、検察庁特捜部の家宅捜索が行われ、法に基づいた処分が下されても、また数年以内に同じ事の繰り返しだろう。そう断言できるのは、罰則が甘いからだ。見つからなければ丸儲け、見つかったところで少し首を引っ込めていればまた同じ事を出来ると踏んでいるからこそ、業界側も談合をする。公取委が今回の談合に参加した会社に対する指名停止処分を勧告したが、勧告であって命令ではないし、よしんばそれが実行されたとしても、しばらくすれば停止が解除される事は明々白々なのである。米国では、この種の犯罪に対する罰則は日本に比べ遥かに厳しく、不正に儲けた金額の3倍が罰金として課せられる事すらある。にも関わらず、米国ですら根絶された訳ではないのだから、せいぜい一回分の儲けを吐き出せば済む日本の制度では談合など無くなる訳もないのは道理というものだろう。そういえば、今回の談合騒ぎで当事者の建設会社が記者会見を開き、カメラに向かって頭を下げているという映像に覚えがない。無論、たかをくくっている証拠であろうし、建設会社が再発防止に向けて努力をするとしたら、今回の談合がどこから洩れたのかを突き止めようとする事くらいだろう。
《2005.05.21》
下着写真
 セクシーギャルの話ではなく、今話題のフセイン元大統領のお話である。米国政府は「流出した経緯を突き止めたい」と声明。つまり、これは事実だという事である。米国はキューバの一角にある米国領土に収容所を作り、そこは治外法権だとして収容者に対する虐待行為を続けていると言われている。捕虜ならばジュネーブ条約で守られる筈だが、米国政府の言い分は「連中は武装勢力であり、兵士じゃないから捕虜じゃない」んだそうだ。今回の写真流出に先立って、ニューヨークタイムスに出た「コーランを破って下水に流した」という話も、実は初ではなくこれまでも釈放された「容疑者」から証言として語られているのである。米国は、こうした「イラク人に屈辱を与えてしゃべらせるマニュアル」を作成していて、それがイラク刑務所での虐待の他、アフガニスタンでもそれに沿った「尋問」が行われていると言われる。イラク刑務所からは裸にした捕虜を前にした「記念写真」が流出、大騒ぎとなったが結局米国はあの女性軍曹一人に責任を被せ、司法取引に基づいて無罪として終わりとした。実はこうした拷問行為を指導している「民間警備会社」があるんだそうだ。イラク各地で実際に警備などを担当しているのも、こうした「民間警備会社」が増える一方であるが、例の消息不明になっている元外人部隊という日本人も、その仕事の一角にいたという訳だ。ところで、イラクの政情が安定どころではないまま、今度はアフガニスタンでは反米勢力が盛り返していると伝えられるが、そもそも米国がアフガニスタンを欲しがり、インドやパキスタンが核実験をしてもあえてお咎め無しにしているのは、ソ連のガス油田からパイプラインを敷くためには、これらの国を通すしかないからだった、というのが今では明らかである。そして、こうした警備会社やパイプライン会社は実はチェイニーやラムズフェルドの一族が関わっているのだ。アフガン戦争やイラク戦争を通じて、彼らの会社に流れた金はトータルで数十兆円に上ると言われる。昨年、中国が発表した世界人権白書では、米国こそが人権侵害の最大国であると指摘してあった。言うまでもなく、大量破壊兵器を圧倒的に保有しているのも米国である。それにべったりくっついて・・・(以下略)
《2005.05.18》
見せたくない番組
 親から見て子供に見せたくない番組とは、というのをPTA全国協議会がアンケートしたそうである。かつては「全員集合」がダントツだったのを思い出すが、今では低俗番組とか有害番組って言わないらしい。例によってお高く止まった禁止用語なのであろうか。選ばれたという番組を辛口子は見た事がないので、その点についての論評はしないが、選考基準が「内容がばかばかしい」「言葉が乱暴」「常識やモラルを極端に逸脱している」の3点と聞くと、ふと不思議な気分もする。地上波の番組はあらかた該当するとしか思えないからだ。順位などつけようがなかろう。これはいわゆるバラエティ番組だけの話ではない。ドラマのたぐいにしたところで、矛盾だらけの脚本、主人公に都合が良すぎる展開、その主人公は本能のおもむくままに突発的行動を起こし、主人公だから結果がうまく行く、ってなものばかりだ。一見教養の番組にしても、まるで道化師かと思うような茶化し担当ゲストが本筋を引っ掻き回し、要領よく語れば10分で済むようなものが1時間もかかるから馬鹿らしいに該当する。言葉が乱暴という条件に至っては、あれほど差別用語を禁止しても中身が無ければそんなものか、と笑うしかなかろう。で、逆に一番見せたい番組が「プロジェクトX」だそうだ。辛口子はこれは何度か見た事があるが、中島みゆきのテーマ曲でお涙頂戴風に演出しているのが鼻につくから、殆ど見ていない。で、二番目が「どうぶつ奇想天外!」、三番目が「3年B組金八先生」だそうだ。どちらも見た事はない。後者は断片的に見た覚えはあるが、見た瞬間に感情論丸出しがモロ見えで嫌悪感すら覚えた。沈着冷静に事実を分析する、という視点がない。そういう発想すらないのであろう。いざという時に役立つのは、根性でも声のでかさでも熱意でもお笑いでもない。沈着冷静に論理的に物を分析し、ベストな解決策を考える事である。それを教えてくれたのが、あの宇宙大作戦(STARTREK)であり、スパイ大作戦(後にリメイクされた方ではない)であった。こういう番組は今、地上波では殆ど見られないが(スカパーならかなり見られる)、NHKスペシャルや深夜のごく一部の番組(アニメを含む)に無い訳ではない。それが選ばれないのだから、まあ親の方だってどっこいという訳であろう。もっとも、これは現代の親をけなしている訳ではない。昔からそんなものであって、かつては「漫画を読んだら大学になんか行けない」とか「SFを読む奴は頭がおかしい」などと平気で言われたものだ。ところで、ではこのアンケートによって、見せたくない番組とやらは改善されるだろうか。答は明らかにNOだろう。番組の評価は視聴率だけであり、こういう形で番組名が宣伝されれば、それは視聴率のアップにつながるだろうからだ。つまり、こうしたアンケートはモラルの向上に寄与する事など全くなく、強いて言うなら人間というものの進歩の無さを端的に示すだけなのである。
《2005.05.17》
独裁国家にもいろいろ?
 ウズベキスタン(地図で言うとアフガニスタンの北方向やや左)で、反体制運動が起き、政府側が弾圧をしていると伝えられている。情報が不十分だが、そもそも○○スタンという国々は、あらかた独裁体制。旧ソ連時代の地方領主がそのまま独裁者となって居座っているところが殆どである。従って、今回のウズベキスタン内戦は、対独裁者の戦いでもあるのだが、アメリカは動くどころかコメントすらしていない。理由は簡単である。ウズベキスタンには米軍基地があり、それを維持するには今の独裁者と仲良くしておく方が、アメリカにとって都合が良いからだ。また、反体制運動をしているのがイスラム色の濃い勢力だ、という事情もあろう。要するに、フセイン政権打倒の時に唱えた、民主主義とか反独裁とか悪の枢軸などというフレーズは、口から先の出任せに過ぎなかったという訳だ。今更、断るまでもないが、そのアメリカにべったりの小泉政権。さきほどの読売系世論調査では、支持率が50%を越えたらしい。今や、日本は中東情勢での仲介をしようとしても、アラブ勢力側から相手にされなくなりつつあるとも伝えられているが、やっている外交活動は常任理事国入りへの根回し工作ばかりである。
《2005.05.16》
9.9%
 13日の巨人・西武の交流戦視聴率(関東地区)だそうである。西口がノーヒットノーランまであと一歩になった、あの試合だ。確か、この前の対オリックス・バファローズ戦の視聴率が辛うじて10%を越えた時に、「オリックスは知名度が低いから」と言い逃れた関係者がいたが、西武についてはオリックスより更に知名度が低いと言うかどうかがミモノであろう。ところで、この試合は西武主催であって、珍しく地上波だけではなくスカパーでも中継がされた。で、この試合開始間もなく、清原が第一打席でデッドボールを受け、そのままベンチに引っ込んだ時に、スカパーの解説者は「清原はデッドボールのよけ方が昔から下手だった」と指摘している。事実、スロービデオを見ると、ボールをよけているのではなく、ボールが当たってから腕を引いているのが明白で、なるほど、と思ったものだ。さて、地上波放送ではそのような事は間違っても言わない(もっとも、このデッドボールの時はまだ地上波は中継時間になってなかったが)。巨人へのヨイショ、清原への持ち上げばかりをアナウンサも解説者も、昔風に言うなら壊れたテープレコーダーのように繰り返すだけである。地上波中継ばかり見ていると、見る方も慣れっこになってしまうのだが、一旦スカパーの中継という正しいものを見てしまうと、こうした幇間中継など馬鹿らしくて聞いてられたものではない。野球ファンが離れるのが(関係者以外には)当たり前なのである。その清原だが、本欄でも予想したとおり、そろそろ怪我を理由にベンチに座る事が多くなってきた。同時に巨人の成績が上がって来ているのも、見てのとおりである。
《2005.05.14》
変質者の色々
  • あの誘拐監禁犯
     言うまでもなく、現時点での筆頭である。保護観察と言っても連絡が不徹底で、数ヶ月も野放し状態であった事も明らかになった。自分は精神病であり、昔の事など覚えていないと犯人はウソぶいているが、計画性や過去の失敗から学んでいる事など、それがでたらめである事は一目瞭然。刑務所に入るくらいなら死にたいとも言っているらしいから、さっさとこの世から抹殺してやるのが人道的措置であろう。今のところ被害者は明らかになっている分だけで、まだいたとしても不思議ではない。

  • 差別用語原理主義者
     知らぬ間に放送や新聞から消えている言葉は、減るどころか増加の一途をたどっている。あからさまに差別用語と言う事もなくなり、こそこそとリストアップされるようにもなった。田舎、裏日本、用務員、お巡りさん、落ちこぼれ、女子供、家系、がっぷり四つ、川向こう、血統、ジャリ、町医者、身元調査などの他、○○夫とか○○屋というのもいけないそうだ。おとしめるニュアンスばかりか、女傑、令嬢、職工など持ち上げるニュアンスのものもいけない(逆差別だそうな)という風に、最近はエスカレートしているらしい。これの面白いところは、法的根拠が全く無いのに自然に自主規制という形で浸透している事で、あの太平洋戦争中の敵性用語と全く同じである。表向き、公平や正義という仮面を冠ってはいるが、実態はただのエゴに過ぎない。ロクな知能程度でもない奴らが、正義の味方づらをしていい気分になりたいからやっているのだ。言うまでもなく、それを受けて自主規制に走るメディア関係者もまた同レベルの知能程度である。本当に差別的な考えがないのなら、そのような指摘を受けたときに「それのどこが差別なのだ」と反論する筈だからだ。こういう連中の精神構造は、他人を困らせて自分は良い事をしたといい気になっているのだから、放火魔と同じレベルの変質者である。知らぬ間に増殖する驚くべき「抹殺されつつある言葉」については、あちこちのサイトが列挙しているが、例えばここが良くまとまっている。我々は、こういう事をやる奴らを、差別主義者として糾弾しなくてはならない。

  • DVDの蛇足メニュー大好き人間
     DVDで映画やドラマを見ようとすると、延々とCGか何かで作られたタイトルが流れ、やがてメニュー選択画面になって、それを選ぶと更にCGか何かの「メニュー脱出シーン」が出て、ようやく本編が始まるというものが少なくない。ワーナーの007シリーズが伝統的にそうだし、先日買ったスタートレックのDVDボックスもウンザリした部類だ。最近見たもので一番ひどかったのが映画のサンダーバードで、メニューにたどり着くまでに何分かかったかと思えたほどで、しかも本編とそっくりの画面が並び、あたかも本編が始まったのかと勘違いさせられたほどの念の入れようだった。いい加減、腹が立ったのでコピーツールを使い、本編だけをDVD-Rに作り替えて鑑賞したほどである。こうしたメニューに一貫している特徴は、「センスがなく出来が幼稚」「押しつけがましい」「スキップが出来ない」の3大要素で、企画した奴のアホ面を見たくなるような代物ばかりだ。中身が映画なら、すぐに本編を始めるべきだろうし、ドラマか何かで複数タイトルが入っているにしても速攻で選択画面を出すのが、当たり前の消費者サービスだと思うのだが、こういう物を作る奴らはそうは思っていないらしい。同じ理屈でレストランが客を待たせたらどうなるかも分かっていないのである。自分らの悪趣味を人に押し付けて悦に入るのが当然だと思っている訳で、迷惑千万な変質者に他ならないと言えよう。
《2005.05.13》
核拡散
 イランがNPTの脱退を示唆したという事で、にわかに国際論調が騒がしくなってきている。核の拡散防止はまあ確かにすべき事だが、そもそもNPTという考え方が「先に核を手にした俺たち5人(米仏英中ソ)は持ってていいが、それ以外の奴は持ってはいかん」という、ウルトラ級リコチュー条約である事が問題である。イラクにもし核があったのなら、ああも簡単に米軍が侵略できた筈もなかろう、というのは今や第三国の間では常識的見方だ。北朝鮮が核をカードとして盛んに匂わせるのも、今や核を保有しているという疑惑だけで強力な防衛手段となりうる事が明らかになっている為でもある。また、事実上、NPTなどはアメリカの舌先三寸の虚構条約に過ぎず、それはインドとパキスタンが疑惑どころか核実験までしていながら、何のお咎めも無い事からも明らかだ。これは対ロ戦略とロシアの油田からのパイプラインを敷設する為に、インドとパキスタンの機嫌を取らなくてはならないためである。つまり、米国のご都合主義だ。米国は非臨界実験と銘うって地下核実験を継続しており、時として放射能が地上に洩れ、実験に関与していた兵士などが被爆しても、それをひた隠しにしているという話も伝えられている。海水中にはウランが溶け込んでおり、最新のテクノロジでそれを効率よく取り出せる事が可能になったら、海洋国のどこででも核の保有が可能になる。日本は世界で唯一の被爆国と言っているが、実際には米ソの核実験で町一つが被爆したという例は幾らでもあるし、チェルノブイリの事も良く知られているのだから、日本は別に唯一ではない。このように何時までも、妄信的に核反対と叫ぶだけでは何も解決しない時代になってきているのだが、マスコミの論調は誘拐監禁犯の家からアダルトゲームが千点押収、なんてな話ばかりである。
《2005.05.12》
誘拐監禁犯を考える
 虚構と現実の区別がつかないんだから、この犯人はある意味では精神異常には違いがない。別の見方をすれば、脳みそが子供のままで大人になったという事だ。例によって成人向け図書だのゲームだのを規制しろ、という単純思考の持ち主の上げる声が大きくなるかもしれないが、過去から学ばない知能程度は置いといて、ここでは別の視点で分析したい。それは、この犯人が過去、何度も類似犯罪を犯している上に、今回自ら「俺は統合失語症だ。前回の犯罪など覚えてない」とシラを切っている点である。統合失語症とは、精神分裂症の事だ。これは精神が分裂する訳ではないが、聞こえが良くないという事で、どっかの有識者とかいう連中か官僚が用語を変えたというアレである。で、この犯人が言う主張がまかり通るとどうなるか。さよう、「責任能力がない」ので無罪というシナリオになるのである。以前から本欄では、責任能力が無いのなら即刻この世から抹殺すべきであると主張して来た。責任意識が無い奴を野に放てば、また同じ事をやるに決まっているからである。どうやら有識者だの法曹関係者とかいう連中には、そんな事も分からないらしい。今回の事件については、統合失語症という用語を決めた連中、責任能力なしは無罪と主張する連中、こうした偉ぶっているおバカ連中をテレビにでも引きずり出して、そう主張する根拠を詰問する、というくらいの事をどっかのテレビ局がやれば、メディアというものに対する市民の見方も変わるのではなかろうかと思うのだが、どうせ例によって犯人が借りたマンションだの、自宅だのを延々と映したあとで、タバコ吸い殻の山を残して立ち去るあたりが関の山だろう。
《2005.05.09》
交流戦
 歴史的な、プロ野球セパ交流戦が始まった。なかなか面白くて、スカパーのチャンネルを切り替えながら、あちこち見回ってしまったが、地上波放送の視聴率はそれほどではなかったらしい。巨人・楽天は初日こそ17%をとったが、2日目以降は13%だったという。清原はガンガンホームランを打ったし、巨人は大量点で勝ったのに(もっとも大量点を失ってもいたが)、である。先月末に、「清原が打てば視聴率は戻る」などとコメントした関係者がいたのをつい思い出すではないか。一方で、球場への観客動員数は伸び続けたのだから、テレビが嫌われたという事であろう。理由については考えるまでもない。相変わらず巨人一辺倒の単細胞ぶりに加えて、CMは多いし、解説はつまらないし、放送以外の余計な事ばかりやるからだ。視聴者の興味抜きの典型が、最終日、8日の楽天戦の試合が終わったあとのヒーローインタビューそっちのけで、アナウンサと解説者がおしゃべりをしていた事で(放送終了までまだ時間はあったのだ)、こうなってくると番組構成のディレクターあたりの知能程度を疑うしかない。なお、スカパーでそういうバカな事はやらない。解説者も守備陣形を見てどういう監督の意図があるのかを的確に解説するなど、当たり前の事を当たり前にやっている。これを一度見てしまうと、地上波の幼稚きわまりない中継など、見てられるものではなく、つまり、プロ野球ファンが、地上波テレビというものを見放しているのである。清原が打てば、とコメントした関係者。次の言い訳を考えている頃であろうか。
《2005.05.07》
正しい数値その1
 今年から入場券の半券をきちっと数える事になったプロ野球界。昨日発表された数値によると、5月5日現在、試合あたりの観客動員数は阪神が49366人、巨人が41145人、中日が32500人というところだそうだ。両リーグの平均動員数はセリーグが27997人、パリーグが18376人(昨年の公表値はそれぞれ33915人と26400人)だそうで、例年の水増し量はほぼ2〜3割くらいにも当たる事も明らかになった。ちなみに、最近では各セリーグ球場のドル箱試合は対阪神戦であって、対巨人戦ではないと言われて来たが、それが裏付けられた形だ。世の中で大手を振ってまかり通っている数値には、こういう物が少なくない事を我々はシビアに認識すべきだし、これを見ても、巨人戦の視聴率が伸びない理由が分からないと言っているのがいたら、小学校からやり直させるべきだろう。
正しい数値その2
 事故の知らせを他人事に、親睦会に興じていたというJR西日本の社員は、ボウリングだけではなく、ゴルフコンペを含め延べ185人に上っていたとJR西日本が公式に発表した。随分早い調査であるが、少なくとも事故の起きた25日に、遊んでいた社員は185人を割る事はない、というのは間違いない。事故から出社した社員の話も、携帯で会社に電話したら上司が出社するように命じていた事も明らかになっていて、ここまで来るとまぎれも無く組織そのものの体質である。これを非難して関係者に頭を下げさせるのは簡単だろうが、それでは問題はまた繰り返されるだけだろう。この報道を見て考えなくてはならない事は2つある。まず第一に、この25日という日は特別な日だったのかどうか、である。25日は月曜である事を考えると、特別な意味というのは考えにくい。という事は、185人に365を掛けておよそ述べにして67000人が年間に会社の行事として遊んでいるという事になるのではなかろうか。そして第二に考えるのは、JR西日本が特別な会社なのかどうか、である。純然たる民間企業でかような具合に縦割り構造(よその部門で起きた事など知らん)がはっきりしているのは、そう多くはないはずだ。そんな事をしていたら、競争に負けるからである。こういう体制は何らかの特権を有し、保護されている業界に見られる典型である。省庁というものがそうだし、その外郭団体やらの天下り先もそうだ。JRも元々は国の手厚い保護を受けていた組織だから、こういう事になるのだろう。という事は、小泉政権が強引に作ろうとしている、民営郵政公社もそうなる事はほぼ間違いはないだろう、と容易に想像できるのである。
《2005.05.02》
死者3桁から学ぶ
 列車暴走脱線事故はようやく犠牲者が確定した。原因についてはJR西日本の体質、主に運転手への異常な締め付けにある事はもはや隠しようもないが、その更に奥にある原因として、1分以下という精度にこだわるダイヤへの異常な執着もあったと報じられている。欧米では1分の遅れなど誰も気にしないもので、国民性もあるのではないかという報道もある。欧米なら数分が許容だろうが、なに、他の国、特にラテン系では30分だって平気なものだ。さて、確かに一面そういうファクターもあるとは思うが、辛口子には国民性とは別の問題が見えるような気がする。それは、数字の意味を考えずに数字の大小にばかりこだわるという、おなじみのパターンだ。良い例として、視聴率の話を思い出してもらいたい。コンマ1%にこだわり、9.9%だと凹んで10%だと万歳をする。視聴率の精度など、プラスに7.5%、マイナスに5%程度はある事など、ビデオリサーチ自身が公式に報告を出しているのだから、これではまるで普通の物差しで大腸菌の長さを測っているような話なのだ。それに気がつかない、あるいは理屈では分かっている気分でありながら、修正しようとしないのだから、すなわち、知能程度が低いのであろう(他に何があるというのだ)。日本の組織は、何度も本欄で指摘してきているように、何故かアホばかりが出世する。第二次大戦でも兵士は優秀だと敵からも賞賛されたくらいだが、下士官や中将クラスはどうしようもないという評価が普通であった。大本営の次元の低い縄張り争いなど、今の権益争いと全く次元が同じであろう。今の話で例えるのなら、例のプロ野球改革が分かりやすい。先日も新聞に出ていた話だが、改革会議で「意見はありませんか」と議長がいくら求めても、球団代表らは「上で決まった事だから」しか言わないのだそうだ。頭蓋骨の中に確かに脳は入っているらしいが、全く活動していないのである。かような具合に馬鹿しか出世しないのが日本のようだが、問題は何故そうなるかである。一つの考え方だが、妙に等質社会になってしまった事の弊害ではないか、という気が辛口子にはしている。つまり、良い意味でのエリート教育、即ち指導者としての資質を鍛える場が殆ど無いのだ。国家公務員試験のように、凡人を尊大にするだけのものはあるが、大局的見地から判断を下す人材というものを育成するシステムが殆どない。そして、その事にも気がついていないのが(そういう物を提唱などしたら、あっという間に差別だの何だのと単細胞が叫び始めるだろう)、日本であるのではないだろうか。

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