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安易な世論調査が多すぎないか やたらと流行っている新聞の世論調査。朝日新聞の26日付朝刊には、米国牛の輸入反対が67%なんてのも出ていた。こうした世論調査はその殆どが、いわゆる電話による調査である。ランダムに電話番号を選び、そこにかけて相手方に質問するというものだ。調べる方は座ったままで出来るし、結果が早く出るから重宝がられているらしい。記者が歩いて実態を調査するよりずっと楽に紙面を埋められるというのもあろう。低コストでそこそこの結果が出る。で、まあ調査がいけない、などと言うつもりはない。だが、こうした調査の結果が一人歩きする傾向には憂慮を禁じ得ない。小泉内閣の支持率にしたところで、「高い支持率」という記事が高い支持率を産んでいるという側面もある。つまり、一種の世論調査ならぬ「操作」になっているのであり、考えようによってはファシズム化とも言えるのだ。例えばこの牛肉問題について言うなら、かような結果が出た事を「BSEに対する啓蒙の不足」と見るか、「まだまだ輸入などとんでもない」という結論に走るかの解釈があり得る。で、どうも後者の解釈が多いようなのである。そもそも、こうした世論調査の結果が正しい結論であるという保証などどこにも無い。正しい判断をするにはある程度の予備知識は必要で、無知蒙昧が直感と偏見で回答しても結果はデタラメに決まっているからだ。昔の人間に、「月に兎が住んでいるか」と質問して高い賛成率を得たとしても、月に実際に兎がいたという事にはならないであろう。ところが、こうした調査結果を見る限り、BSEの牛肉を食べる事は、フグの肝を食べるほどに危険である、と回答者が思い込んでいるとしか思えないのである。端的に言ってこれは偏見や迷信と同じであって、「だから部落出身者は・・」というような話の進め方と方向が同じである事に関係者は留意すべきであろう。数日前にも先の総選挙に関する調査というのが先日発表されていて、これは単純な電話によるものではなかったようだが、選挙が楽しかったという回答がかなりの割合を占めていて、しかも若い層ほどその傾向が高かったという。要するに芸能感覚、あるいはバラエティのつもりで選挙を受け止めていたという事だろう。だから、国会と同好会の区別がつかず、料亭をコンパか何かのように考えるおめでたいのが、議員になっても記事に批判めいた内容が出ないのだ。ところが、この結果を今後の課題として分析しているメディアは殆ど無かった。メディアが軽薄化の片棒を担いでいるのである。 |
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女性天皇 当然の事ながら、認める方向で有識者会議がまとまったそうで、皇室典範の改正についても国会に出す準備が始まったそうである。当然というのは、そもそも議論の発端が皇室の血統維持である以上、認めないという事はよほどのデメリットでもない限り考えられないからだ。問題は、現在の皇室典範が女性天皇を認めていない理由について、何も報道されていない点である。皇室典範はそもそも明治22年に作られたそうだが、昭和22年に新たに現行のものが制定されている。その時に女性天皇を認めなかったのは、皇族に娘を嫁入りさせて天皇にさせ、その威光を借りようと企む輩が後を絶たなかったからだと言われているのだ。現在、貴族階級は存在しないが、皇族の一員というだけで事実上の特権階級になっているのは間違いなく、似たような事をどう防止するかについては、殆ど語られていないようなのが気になる。女性天皇を認めるとしても、男子と同じ優先度をつけるのか、或は男系が途絶えた場合に認めるのか(それだと男子継承者に対する暗殺が起きるかもしれない)など、難しい問題がある。現小泉政権はさっさと国会での準備にかかるなど、性急にコトを進もうとしているが、安易に決めると将来どのような大問題が起きるやもしれなく、単純な男女平等論とは次元の違う議論が求められる。世論調査でどちらの意見が多いかなどで決めるべきではないだろう。なお、日本の歴史で過去、女性天皇がいなかった訳ではない。推古天皇など8人が存在すると言われている。 |
見えすぎちゃって・・・
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抜き打ち参拝の失敗 抜き打ち的に靖国へ参拝し、しかも内閣総理大臣と記帳はせずに、一個人としての立場を明確にした小泉総理だったが、それで済むほど国際情勢は甘くはなかったようである。町村外相は中国からあっさりと肘鉄を食らい、韓国や中国ばかりか他の東南アジア諸国からも批判の声が上がった。スポーツ界の交流にも支障が出ている。大体、総理になる前は参拝などした事も無かった人間が、急に祖国愛に目覚めたなどと言っても説得力はないし、政府が奉っているA級戦犯が日本の国民を守ろうとしたどころか、終戦時には自分らの保身とその為に皇室を抱え込む事しかしなかった連中である事もバレている(本欄6月13日を参照)。確かに外国に何かを言われたからと、いちいち唯々諾々としてしまうのも問題である。だが、何も好き好んで周辺諸国の神経を逆撫でして、一体国家にどういう利益があるのだろうか。利を得るのは軍事関係から甘い汁を吸おうとする連中だけである。知らぬは能天気に修学旅行さながらの集団参拝をしたチルドレンの面々であろう。 |
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プロ野球ファンとは何か ビデオリサーチによると、テレビ東京系列が放送したプロ野球パリーグ・プレーオフの視聴率は、第4戦が13%、第5戦は17%(いずれも関東地区)に上った。巨人戦視聴率が年間通算で10%を辛うじて越えた事と比べれば、この数値は特筆に値する。プレーオフは第1〜3戦の中継は無く、それは権利を持っていた地上局が巨人戦視聴率から判断して中継しなかったという事らしいが、この誤判断は何故生まれたのか。それは単純に視聴率を数値だけで考えていたからだろうが、別の見方をするならば野球ファンと巨人ファンの区別がついていなかった点にあるという事になろう。巨人ファンは巨人が勝たないと応援しないと言われる。だが、楽天のファンを見れば分かるように、チームそのものを応援するファンならば、負けていても応援をするものだ。つまり、巨人ファンと言われる(少なくとも地上波メディアがそう言っている)層は、単なる野次馬であって野球そのもののファンではないのである。清原だの原だのと騒ぐだけなら、流行アイドルに群がる面々と変わりはない。したがって当然ながら飽きっぽく、他に新しい興味の対象が現れれば、さっさとそちらに身を移す。清原が二軍でヒットを打っただの、ピアスをしただのとミーハーに騒ぐ中継ばかりやり、こうした野次馬ファンだけを集める事にのみ傾注し、野球の面白さを伝える事をしなかった(試合そっちのけで携帯クイズなどをやるような)地上波メディアは、今、その愚かさについて認識すべきであろう。9.8%と10.0%のとちらが大きいか、などというのは小学生レベルの頭である。数字の意味を考えてこそ、大人と言えるのだ。 |
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30年後の責任転嫁 国土交通省が次期国会(来年初頭)に提出すると言われる、建築基準法改正案。その目玉はアスベスト対策である。公共建築物だけではなく、一般の建築物でも対策を義務づけるというものだ。一般だから普通の家屋も含まれる。ここで凄いのは、その費用は「全額自腹」という点である。つまり、自分の家は自分で直せという事だ。こう書くと一見、スジが通っているみたいに思えるが、問題はアスベストが危険であるとか、アスベストが使われているとか、一般には全く知らずに家を建てたであろう点にある。言い換えれば、国が許可した建築資材を使い、国が認可した業者を使っていたにも関わらず、自腹で責任をとらなくてはならないのである。アスベストの使用状況を調べるだけでも、数百万かかるという話がある。改築、あるいは再建築となれば一桁上だ。そもそもアスベスト問題は30年も前に明らかになっていた。米国で訴訟が相次いだのも30年前であり、その当時、日本の建設業者も法廷に立っているそうだ。しかしながら日本ではそんな事はおかまいナシで、安くて軽くて火に強いから、という理由で建築物に使い続けて来たのである。無論、人の命などより金儲けが重要であるから、業者も役所も危険性などは後回しだった訳だ。アスベストは静かな爆弾と言われ、浮遊している環境で暮らしていても発病するのに20年くらいは最低でもかかるというが、薬害エイズ、水俣病、PCBなどと同じパターンがまた繰り返されようとしているのである。ただ今回、大きく違っているのは、被害者が自己責任で自腹で対処しなくてはならない点にある。これを自己責任と言うのであろうか。無論、喜ぶのは「特需」に沸く建設業界とアスベスト調査会社であるが。 |
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村上ファンド 日本シリーズどころか、パリーグ優勝もまだという時に、野球界の話題はもっぱらこれになってしまった。金にモノを言わせて株を買い占め、経営陣に圧力をかけるというのは資本主義社会での一応は合法的な手段である。ただし、相手が球団という事で話に一気に火がついた。ここで辛口子は、巷で言われているように、村上氏当人が阪神ファンだとか、子会社を作るとか、ファン投票だとかいう話にはあまり目が向かない。それより、恐らくこれは米国系ファンドが背後にいて、日本の資産を狙ったマネーゲームを仕掛けていると見る。あまり報じられていないが、日本の不動産に対して米国系ファンドが小泉政権以来、盛んに買収を仕掛けている。東京ではオフィスビルが続々と作られているが、その一方で古いオフィスビルに対して安く買いたたき、そうした物件を集めて再構築、新たな資産価値を作ってボロ儲けをしていく米国系ファンドが暗躍しているのである。かつて、バブル期、日本の銀行や不動産業者は、海外の有名資産をあからさまに買い占めて批判を浴び、後になって買い値の数分の1で買い叩かれるという醜態を晒したが、米国系ファンドはもっと巧妙に日本の資産で金儲けをしているのだ。そういう彼らにとって、遊休資産があればそれは格好のターゲットである。その一つが簿価800万円という甲子園球場であって、村上ファンドの背後にはこうした強力な米国系ハゲタカファンドがいて、その指令によって村上氏も動いているのだとすると、色々な行動が合理的に説明出来てくるのではなかろうか。 小泉政権は米国の意のままだから、口を出して来る事はない(事実、そうである)。ファン投票を持ち出したのも、先の総選挙で日本民族のメンタリティを把握できたから、票の操作などある程度はどうにでもなるという確証があるからだろう。最悪、今回の買収劇が失敗しても損をするのは村上ファンドで責任を取るのは村上氏だけだ。確かに日本球界にはまだまだ問題が山積している。ドラフト改革にしたっておよそ改革したとは言えない内容だ。オーナー制度、コミッショナーの権限なども見直さなくてはならない。だが、それと球団の株式会社化とは繋がらない。これは純粋な金儲けであり、マネーゲームである。ファンが株を持つなどと言うが、過半数をファンのグループが持たなければ意味はない。球団経営に参加すると言うが、サッカーはサポーターが株主をしている訳ではない。どう見ても、これらは詭弁であろう。 |
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ワンセグ 何時の間にやら、地上波デジタルの主役になった(らしい)携帯型受信機向けデジタル配信の名前である。全部で電波を13のセグメントに分け、その1つを使う事からこういう名称になったのだそうな。当初、ハイビジョンの高画質こそが地上波デジタルの売りだった筈が、一向に需要側からの反応が芳しくない事から突然涌いて来たもので、小さな画面でも高画質なのだそうだ。それこそ猫の額(ひたい)のような面積に、まさか1125本の走査線を出すのかと思っていたら、流石にそこまではアホではないらしい。そもそも今の携帯型テレビにしてもNTSCの525本の走査線を忠実に描写している訳ではないのは、そんな小さな面積に細かい絵を出したところで人間の目が追いつかないからである。では高画質とは何かと言えば、多分「デジタルだから」なのだろう(アホか)。発表では、手軽に受信出来るのだから災害放送などでも有力だ、なんてな話が出たそうで、そんな事を言うなら今の放送の方がよほど手軽であり、そんな事が特徴の羅列でトップに出て来るというのだから、要するに愚にもつかないシステムであると自ら公表したのと同じなのだ。で、報道によるとその新規格に対応した端末の発表会があり、会場でアンケートをとったら「使ってみたい」「買いたい」という声が過半数で、思いのほか需要がありそうだと関係者は胸を撫で下ろしたという。だが考えてみればそもそも、興味があるから会場に来ているのであろうから、そんな数値は当たり前であって、にも関わらず半分程度しか「買いたい」とは言わなかったのだから、それで喜ぶとは究極のドアホである。総務省は、「地上波アナログはあと5年」とかいうステッカーを作り、あちこちの販売店に貼りまくっているそうで、つまりは対応テレビの売れ行きが一向に盛り上がらないからに他ならない。大体、通常の従来型テレビなら21インチが1万円ちょいで買えるというのに、デジタル対応というだけで一桁値段が上がる。マスコミは液晶だのプラズマだのと盛んに報じるが、値段を見ればおよそ30〜50万程度もする。HD-DVDレコーダでデジタル放送を受信すると、一回録画しか出来ない事も知れ渡って来た。デジタル放送では中継所で遅延が生じる関係で時報も送れない。地上波デジタルの目的が、受信設備の全面買い替えによる特需と、新たな天下り先の設営にある事は、今や誰の目にも明らかになりつつある。少なくとも、消費者のためのシステムでなど無い事は、こうした事実を列挙すれば疑いの余地は無い。実際、地上波デジタル放送などどこの国でも普及していない。米国ですら、政府が法律で強制しようとして問題となったほどだ。そして、この携帯向けへの放送は日本のものが初耳なのである(よそでは一笑に付されるのだろう)。 |
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郵政法案の影で 共謀法というのが国会で通る気配である。犯罪行為を罰するのではなく、犯罪行為をやろうと申し合わせただけで罪になるという法案で、いわば一種の治安維持法である。例の盗聴法案(通信傍受法)と組み合わせれば、電話で友人と冗談でも誰かを殺すなどと語れば逮捕が可能になるし、どこかの大掲示板サイトなどはまさに容疑者の宝庫となるであろう。驚くべきことに、これがメディア(特に地上波メディアと大新聞)では殆ど取り上げられる事がない。かつて、米国に有名な禁酒法があったが、あれは一朝一夕にして成立したものではない。小さな関連法案が一つ一つ成立し、最後に憲法を一部修正してそれらが発効したのである。この考え方で見てみると、ここで述べた共謀法の他、通信傍受法(発効済み)、国民保護法(いざとなれば政府が私有地を使える、発効済み)、個人情報保護法案(政府に都合の悪い個人情報は全て隠せる、発効済み)、テロ特措法(恒久化の動きあり)などがそうした関連法案と考える事が充分に可能である。憲法改正は最後で良い。その瞬間、日本は独裁体制に脱皮する事となる訳だ。疑うのなら、ネットででも国民保護法の条文を参照して見てみると良い。例えば、 第五条 国民の保護のための措置を実施するに当たっては、日本国憲法の保障する国民の自由と権利が尊重されなければならない。という条文がある。つまり、何時でもそれさえ外せれば、という仕掛けになっているのだ。 もう一つ、以前本欄でも触れた障害者自立支援法案も提出される。障害者も自分で稼いで生きろという法案で、弱者切り捨て、強者優遇の現政権を象徴するようなものであって、厚生労働省の官僚自らが「国家財政が危機で予算がないから」と平然と口にしている代物だ。先日も、この法案を早く成立させて欲しいと言う事で、「このままでは来年度の予算が不足する」と厚生労働省が述べている。つまり、この法案が成立する事によって予算額が減る事を折り込み済みという意味であって、目的が支出削減である事を改めて強調しているのである。その削減額たるや、わずか100億円ほどであって、年金から毎年2000億円ももらっておきながら(厚生労働省は国民がおさめた年金から毎年これだけをピンハネしている。経緯については本欄の過去記事を参照のこと)、こういう形で弱者から更に金を搾り取ろうという訳だ。 で、驚くべきはメディアの動きである。こうした話が大きく取り上げられる事はない。腐り切った地上波メディアばかりか、大手新聞でも同様である。トップを飾るのは、例のマドンナ刺客議員が代表質問を無事にこなしただの、今度の神奈川県補選で応援申し込みが殺到しているだのというような、芸能感覚丸出しのものばかりだ。これらの候補は、小選挙区では落選していながら比例代表名簿の上位に名前があったから当選した議員ばかりである。本欄で選挙後に指摘したように、まさに話題作りの操り人形としての役目を完璧に果たしているという訳だ。大体、当選前と当選後で言う事が180度変わるような無知に加えて、例え経済の専門家だろうと法科学については素人同然な連中が、国民生活に直結する法案をこれからどんどん通して行く訳である。それに気がつく事もなく、バラエティ感覚で騒ぐだけなのだから、全くどうしようもない輩ばかりが揃いも揃ったものだとしか言いようがない。で、ある日、気がついたら言いたい事も言えない体制になっているのだろうが、今だって政府の宣伝機関と成り下がっているのだから、考えてみれば既に予行演習に入っていると思えばいいのか。 |
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大手を振って闊歩する差別意識 パックイン・ジャーナルで述べていた事だが、中国が日本を挑発するのは日本が戦争に負けたからで、それならもう一度攻め込んで今度は勝てば問題ない、などという馬鹿丸出しの論戦を張るお目出度いのがいるのだそうだ。それも結構普通に見られるという。何を以て中国が日本を挑発しているのか知らないが、例の海底ガス田の話であるならあれは境界線の向こうで行っている事なのだから、全く問題はない(自宅の竹が伸びて隣の家でタケノコが出たからと、それを隣が採取しても文句は言えない)。第一、あの境界線は日本が引いたものであって、中国が本気になって大陸棚の権利を主張したら、国際法上大陸棚が自国領として優先されるのであって、その時にはあのガス田全部が中国領になるのだ。例によって、地上波のおめでたい報道番組は、こうした事はこれっぽっちも言わない。境界線の向こうから日本のガス田を吸い取っている、というようなアホな発言を繰り返すウルトラ級の無知が知ったような顔で繰り返すばかりだから、上記のような見解を持つ者も出て来るのも頷けない事もないのである。ところで、ここで面白いのは、中国や北朝鮮に対してはこうして強気に出る癖に、米国に対してはひたすらへいこらするこういう連中の姿勢である。日本は在日米軍に毎年6000億円以上も税金を貢いでいるのに、そんな事など何も言わない。ちなみにどこの国でも、在留米軍は「家賃」をその国に払っているのだ。さて、言うまでもなくこれは、一つは欧米(金髪)コンプレックスで、もう一つはアジア人蔑視によるものであろう。つまり、欧米人にはかなわないが、アジア人に対しては自分らは優れているんだ、と言いたい訳である。これを差別意識と言う。自分の中身が優れてなどいない事を、無意識のうちに理解しているからこそ、意識の上ではなんとかして相手に難癖を付けて低く見ようとするのである。この一点だけで、地上波でしたり顔をしている連中のレベルなど知れたものだと分かる訳だが、要するに何を言いたいのかといえば、こうした下等な連中のことではなく、差別用語だのセクハラ用語だのとムキになって言葉刈りをする似非正義漢の連中に対してだ。「言葉刈りから何十年も経つが、少しは差別が減ったとでも言うのか」 放送禁止用語というのが明確に現れたのは、1970年代の後半である。 |
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MODチップ DVDのリージョンコードのように、日本のPS2には米国のソフトが走らないような仕掛けが入っている。海外用のPS2でも同様で米国マシンで日本のソフトは遊べない。で、どこの誰が始めたのかは定かではないが、内部を改造する事でこうした制限を解除する仕掛けが考え出されており、それに使うICを含めて一般に MOD Chip と呼ばれる。さて、今回、米国の裁判で、これを違法だと主張していたソニーが最終的に敗訴したと報じられた。「ユーザが自力で自分の住んでいる地域以外のゲームで遊ぶのは違法ではない」という判決だそうだ。内部改造をすれば保証が効かなくなるというのは従来からあったが、違法性までを争って敗訴した事で、こうした改造キットを差し止める手段が無くなるという裏目に出た訳である。関連サイトを見ていると、あらゆるハードのバージョンに対応した改造キットが売られており、しかも年々進歩してハンダ付け程度の技能があれば誰でも出来る所になっているどころか、事前に改造したPS2までもが売られているのには感心すらする。ソニーはPSPでも似たようなスッタモンダを起こしている。内部ファームウェアを書き換えて、古いソフトを走らせたりするテクニックと、それを何とかしようと頻繁に「最新ファーム」をリリースしてるといういたちごっこである。PS2と言えば、随分前になるがDVD再生ソフトがリージョンフリーになるという騒ぎもあった。このリージョンフリーなどは、先の判決に照らし合わせても滑稽な仕掛けである事が分かるが(狙いは流通を支配しようという魂胆以外にない)、こうしたMOD Chipやファームの争いも時間が経てば笑い話となっているような次元であろう。黙認してハードの売り上げを伸ばし、市場シェアを確保した方が最終的に得なのではないかと思うのだが、メンツの方が大事らしい。βの切り捨てに象徴されるこうしたソニーの傲慢さは、経営難になっても変わりはないようだ。新しく発表された液晶テレビ、BRAVIAシリーズを見ていても、いまいち垢抜けしないデザインの上に値段だけは殿様並みだからだ。 |
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観客動員に見る野球人気 激動な話題には事欠かなかった2005年のプロ野球。パリーグはプレーオフを残しているが、セリーグではペナントレースがほぼ終了。視聴率低下を理由にあっさりと野球中継を切り捨てた地上波メディアなどどこ吹く風、スカパーで中継を見ていると、どの球場も客足が遠のかないのに驚く。最終戦まで前売り券完売という阪神戦ばかりではない。中日の名古屋球場は優勝を逃した後も3万以上を集めているし、パリーグでは楽天も日ハムも最終戦まで客席はぎっしりだった。無論、空席の目立つ試合もあるが、それらは元々ペナントレース中でも同じであって、優勝決定後の消化試合だから、という訳ではないようだ。試合内容も日程消化というような雰囲気はなく、特に阪神戦最後の対横浜戦は、下柳の最多勝へ向けてのチーム一丸となった戦いとなって、最後の瞬間まで一歩も譲らない横浜との手に汗握る展開となり、ペナント中でも滅多に無いほどの見応えのある最終戦であった。中継など見向きもせずに下らないバラエティの長時間番組でゴールデンアワーを埋めるだけの首都圏の地上波テレビに対しては、これはもうはっきりとバカと言ってよいと思う(大体、TBSは横浜のオーナーであろう)。さて、最終戦も黒星で終わり、最多敗戦数を更新した某在京球団。いよいよ新監督も公式に発表があったが、NTV系はこの記者会見を中継するのだそうだ。試合そっちのけで記者会見の実況中継という訳だから、やはり野球を中継するという発想とは異なるという点に変わりはなく、この時点で見る限り、全くと言っていいほど頭に進歩はない。プロ野球ファンという客層はしっかりと存在するのに、それを掴もうとしない地上波メディア。出来る事と言ったら場を茶化す事と政府の代弁。この際である、NHKも含め、6年後の地上波デジタル化を良い機会として、一旦解散してはいかがなものか。 |
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公共の福祉と基本的人権 最近、巷に多いのが「個人の権利」論である。子供が授業中に教室内を放浪しても、子供の権利とやらを持ち出してきて罰を与える事を非難、話し合いをすべきだとか抜かすおめでたい連中のことばかりではない。いわゆる用語刈りの発想もこれに帰因すると思われる。本欄では、今までこうした事を主張する連中は、要するにこれこそ小学生レベルのIQであって、自分らがいいカッコしたいから、こういう綺麗事を並べるのだと解釈してきたが、一つ分からない点があった。それは何故、こういう綺麗事を並べる事で、自らをいいカッコする事になると思うのだろうか、という点である。 ところで先日、本欄ではかつてロッキード事件で失脚した田中角栄政権の絶頂期が、今の小泉ブームと似ているという話に触れたが、それに関連して参照している本の一冊が、立花隆氏による「巨悪vs言論」という二冊組の分厚い文庫本である。で、それをめくっているうちに、ある一文に目が止まり、このええカッコの謎が解けたのであった。では、それは何か。答は「個人の基本的人権は、絶対不可侵なものではない」というものだ。 そんな馬鹿な、個人の基本的人権は憲法にも保証されている。だから、子供の人権だろうが弱者の人権だろうが、絶対に優先して守られなくてはならないのだ、というのが、似非正義漢でギャアギャアと言う連中の論理であろう。だが、それは違う。個人の人権は公共の福祉との兼ね合いで保証されるのである。そうでなければ、そもそも刑務所という物の存在は不可能だろうし(囚人の基本的人権が著しく制限されている事は明らかだろう)、死刑という制度も有り得ない。即ち、騒ぐ連中はここまで考えの及ばない、まさに低IQだという事なのだが、ここで問題なのはそうした連中に周囲も盲従してしまっている今の現状だ。基本的人権が絶対ではないからこそ、子供の人権があっても社会の一員として許されない行為をする子供に対する懲罰が許される。弱者の権利は確かに尊重されなくてはならないが、絶対に優先されなくてはならないものでもない。いわゆる差別的表現にしても、当人に面と向かって言ったらそれは明らかに論外だが、そうした弱者の実情を語るためには、そうした表現を敢えて使わなくてはならない場合もあるだろう。また、当人とは関係ない所で、例えば独り言として口に出すのであれば、それはそれこそ個人の自由というものである。かような簡単な理屈が何故、今の世の中では通じなくなっているのだろうか。ここでやっぱり、低IQばかりが声を張り上げてしまっている、という結論になってしまうとしたら、あまりに情けないのだが、実情はそう考えざるを得ないのではないか。特にマスコミやメディア関係の向きには、真剣に考えてもらいたい問題である。 |
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