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情報保護の限界 日経のIT欄に面白い記事が出ている。あなたの家に泥棒が入ったとしたら、糾弾するべきは鍵屋か泥棒か、というものだ。何の事かというと、個人情報保護法のことである。記事の言うとおりで、この法律が施行されて企業は大変な手間を抱え込む事になった。しかし幾らチェックしたところで漏洩を皆無にする事など不可能である。一方、この法律が施行されたからといって、不要なダイレクトメール、子供が小学校に入る頃になると何故か来る学用品の広告、宝くじで一発当てるとどこからもなくやってくる寄付のお願いなどが無くなった、などという話はない。つまり実効は上がっていないのである。紹介した記事ではこの法律で誰も得をしていないと書いているが、いない訳ではないと思う。さよう、保身や汚職に走る連中である。なにせ高級官僚は要職についても氏名も出身校も年齢も公表しなくていいらしい。小学校では教師の情報も分からないどころか、クラスメートの住所も分からないという。この法律の問題は、情報の悪用を禁止するのではなく、単に流出を禁止した点にあろう。 だが、同じ事が最近の一連のWinny叩きに見られるのが危惧される。禁止すればいいという考え方だ。本日付け読売新聞朝刊には、Winnyのパケットを無条件で遮断したインターネットプロバイダ「ぷらら」に対し、総務省が「それは通信の内容をチェックする事に相当し違憲である」と言ったとのことで波乱が起きているという記事がある。憲法違反はともかくそもそもプロバイダはインフラ提供が使命の筈だ。インフラは透明でなくてはならない。内容チェックは警察の仕事だろう。プロバイダには捜査権も刑の執行権もないはずである。この記事ではWinnyのデータレートを絞る事は総務省が認めていると書いているが、このインフラ提供という見地から見ればそれもいささか灰色である。そもそもWinnyのパケットだからと言って情報漏洩の物とは限らないし、違法であるとも断言出来ない。それを一括して制限するというのなら、暴走族が違法改造した車を走らせているといけないからと、車の交通量そのものを規制しようという発想と同じであろう。 同じ読売新聞の一面記事には、そのWinnyユーザが減るどころか増えているというものも出ている。だが、それは本欄で以前から指摘している事であって、これだけ騒がれれば「どんなものか使ってみようか」と考えるのが出て来るのが当たり前だろう。以前、バトルロワイヤルという映画が国会で問題になった事がある。暴力描写が過激でありR指定をするべきではないか、というものだったがそれが新聞記事になった事で映画を見に行く観客が増加、映画は大ヒットとなってしまった。全く同じ轍を踏んでいる訳だ。これらに共通する問題。それは視野が思いっきり近視眼的だという事だろう。次にどうなるかを読んでいないのである。或いは読む能力が欠如しているのかもしれないが。 |
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数合わせ 社会保険庁が勝手に書類を操作し、国民年金の納付率を上げようと画策した事がニュースになっている。納付免除の人を書類上増やす事で要するに納付率の分子を増やすのではなく、分母を減らそうとした訳だ。きっかけは長官による「納付率をアップせよ」という指令だという事で、それを手抜きの理由にしようとしたこの社会保険庁の体質がメディアでは厳しく指摘されている。だが、こうなるであろう事はそれこそ最初っから言われていたことであって、何を今さら大騒ぎか、との感もぬぐえない。そもそもこうした数合わせ体質は社会保険庁のお家芸でも何でもなく、日本全国津々浦々にまで蔓延していて政府本丸の方だって大きな事は言えないのだが、こちらを指摘するメディアは殆どない。 その格好の例が小泉総理の公約である公務員削減である。実態は公務員の所属を所轄本庁から独立行政法人に移しただけだ、というものだからだ。しかも所轄官庁の職員ならまだ給与などで制限がつくが、独立した法人となると給料も退職金も好きに決め放題というオマケもつく。無論、サイフは政府であり、だからこそ政府は公務員削減を公約通りに実現していると言う一方で、国の借金は加速度的に増加しているのだ。つまりは上っ面の数字だけ合わせても、ネタはすぐにバレるという事なのだが、バレるまでに稼げる時間が重要なのであろう。溺れるものはワラをも掴むという諺のとおり。 |
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無くなるか、フィルム写真 ニコンに続いてキヤノンもフィルムカメラの新規開発を断念する発表をしたそうである。国内ではフィルムカメラどころかデジカメの淘汰が始まっているが、デジカメは手軽に撮れる一方でデータの情報量、信憑性や保存性などではフィルムに及ぶところではない。プロ用のデジタルカメラなら確かに高性能だが、例えば4x5や8x10の情報量から見ればやはり情報量はその比ではない。一般向けフィルムカメラが衰退すると、今度は現像システムからフィルム流通(フィルムには保存期限がある)に至るまで衰退し、フィルムを使いたいユーザは写真を諦めるかデジタルカメラで我慢するかしか選択肢が無くなる。 しかし実際にフィルムカメラの需要は急減しているとはいえ、ゼロになった訳でもないし、写真技術のイロハを学ぶ為にも必要な素材だ。この分だと国内のフィルムカメラ愛好者は、海外製品を使わざるを得なくなるだろうが、そもそもフィルムの流通も先行き不安となっては立つ瀬がない。デジカメで撮影されたデータは、カメラ内部か外部記憶装置、HDやDVD-Rのような形で保存されるから、数十年もするとデータそのものが消滅して行くだろう。かつて酸性紙問題が出た時、遠い未来から見ると20世紀後半は記録が非常に少ない時代と言われる事になるのではないか、という説があったが、こうして見ると映像記録も乏しい事になりそうだ。 ところで考えてみれば、なるほどフィルムカメラは年々売れ行きが減少している。だが、それではメーカ、或いはマスコミはこうしたフィルムについて何らかの需要喚起策を取って来たのだろうか。そうではあるまい。デジカメばかりを持てはやし、フィルムをないがしろにしてきたという一面は否定出来ないであろう。デジカメの売れ行きも既に頭打ち。結果として写真愛好家という層を削るだけに終わりかねず、この構図、スノボーばかり持てはやして一般スキーユーザ離れを起こし、トータルでの市場規模を縮小させてしまったスキー業界と良く似ているのだ。しかも、フィルムカメラユーザはフィルムを買ってくれるが、デジカメユーザは記憶媒体を再利用するから同じような市場は形成されない。この点を論じているメディアは辛口子の知る限り見あたらないようである。 |
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共謀罪 過去二回、国会に提出しては廃案となっているいわくつきの法案。今国会でまた与党はしつこく提出し、強行採決をしようとはかったのが今日の新聞でも報じられている。この法案。そもそもは国連で決議された国際犯罪防止の議決にからんだ国内法整備として提出された。内容は簡単に言えば、「悪い事をしようと相談しただけで逮捕出来る」というもので、法曹界からも市民からも非難の声が大きい。若い向きに分かりやすく言えば、これが成立すれば北朝鮮型社会になると思えばよいだろう。何せ、これには「内部告発奨励」の条文も入っていて、例えば数人が居酒屋か何かで「あいつうっとおしいから、殺っちまおうぜ」と言ったとするとそれだけで共謀罪で逮捕されるのだが、その中の一人が裏切って当局に密告したとするとその一人は罪に問われないのだ。 いきさつは説明したように国際犯罪防止の目的の筈なのだが、共謀罪の条文では国際犯罪に限るなどというフレーズは一つもない。国内犯罪で一般犯罪に於いて懲役5年以上の罪に関して、共謀すれば捕まえられるという内容になっている。野党は国際犯罪に限るという一文を入れろと要求していてこれは当たり前だと思うが、与党は応じない。先の衆院選で大勝して過半数を持っているのだから、その気になれば強行採決が可能である。ゆかりたん、で投票した結果がこれだ。 さて、実は小泉政権になって以来、規制緩和などの名目で様々な法案が矢継ぎ早に成立している。その中には盗聴を可能にするものもあるし、強制するものではないと言いながら実際には従わない職員をクビにしている国旗国歌法案もある。そして、あまり話題にはなっていないが「国民保護法」という極めつきのものも成立しているのだ。これは有事の際には「国民の財産などを守るため」に必要なら「個人の土地の提供などの協力を求められる」というもの。条文を見ると、あちこちに「憲法の範囲を逸脱しない限りにおいて」というフレーズがある。これで憲法を改正すれば、何時でも弾圧手段に使える準備が整えられているのだ。 かの禁酒法。あれは一夜にして成立したのではない。酒を禁止するというのは敢えて言うなら個人の権利の侵害になる訳で、実際には様々な関連法案が順次改正され、その中に「憲法の範囲に従って」というフレーズが組み込まれていて、最後に憲法修正が採決されて一斉に法案が効力を100%発揮したのである。このように法律は互いに関連し合っている上に、ある日、突然条文が生き返るという事もある。共謀罪は見るからに論外だが、一見、無難な顔をしていざという時には強力な権力行使手段として使えるような法案を準備するというやり方の方が、実際には目立たないだけに厄介なのだ。そして、それが小泉人気に便乗して密かに整えられつつあると見られるのである。 |
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交流戦始まる 今年もプロ野球、セパ交流戦が始まった。本稿執筆時点でまだ4試合が終わっただけだが、昨年のような目新しさを感じるよりも、このシステムが定着したという感が強い。どの球場もそれなりに客は入っているようだし、どのチームも昨年のような戸惑いよりはがっちりと相手を見据えた戦いをしているようだ。それでも意外性は大きく、まさか西武がヤクルトに3連続大敗をするとは思わなかったし、昨年同様に中日が大減速というのも予想出来なかった。少しは何とかするんではないかと思っていたのだが・・・さて、こうした中、地上波の野球中継は相変わらずの低視聴率にもがいているようである。今日の12日は西武対巨人の試合があったのだが、何と放映権を持っているテレビ朝日はBSでのみ流して、地上波では放送しなかった。西武の先発は松坂だというのに、その時間の地上波プログラムはドラエモン、クレヨンしんちゃん、ミュージックステーションという並びだったから、巨人戦の視聴率はこれらの番組より取れないと判断したのであろう。ところが試合は巨人に1点を取られた松坂がその後の失点を食い止め、土壇場で西武が3点を取って松坂が完投勝利をしたという見応えのある内容だったのだから、この番組編成は皮肉だったという他はない。しかも明日以降の番組表を見ると週末は放送するものの、土曜はサッカー(キリンカップ)とぶつかり、日曜はK-1とぶつかるという具合であって、要するに視聴率が取れない場合の言い訳が立つような中継プランしか考えていないようなのだ。絵に描いたようなマイナス思考である。 思い起こせば、巨人戦の視聴率が低迷してきたここ数年、関係者が口を揃えて言っていたフレーズが「巨人が勝ち始めれば視聴率は戻る」であった。だが、今年の巨人は首位を独走しているのだから、こうした発言が根底から覆っている事は明らかである。言い訳のネタも尽きたようで、こうした無責任な発言を繰り返したテレビ局の無能高給取りは今や弁明も謝罪もせず、巨人戦視聴率の事を話題にもしなくなっている。考える事すらやめたのであろう。 ところで野球の人気がそんなに凋落しているのかと言えば、そんな事はない。各球場の観客動員数が減少している訳ではないし(伸びているとも言えないらしいが)、春の連休には札幌ドームや西武球場で動員数を正確に計測するようになって以来の入場者数更新もしている。小学校や中学校でもスポーツクラブとして野球は相変わらず人気でむしろ指導者不足が叫ばれているのだから、サッカーに押されていてもまだ首位クラスには変わらない。 では何故視聴率が伸びないのか。答は本欄が何度も書いて来ているように、中継放送が下手くそだったからに他ならない。視聴率が落ちてくると、どの局も競うように中継そっちのけでアホタレントを動員したり、訳の分からない携帯クイズなどを流したり、画面にでかでかと選手紹介をかぶせたりした。結果は言うまでもなく、野球そのものを楽しもうとするファンが離れる事となった。巨人戦の視聴率が低下するに連れ、巨人主催試合を完全放送するスカパーのG+チャンネルの契約者が増えた。衛星放送の野球中継に一度流れた視聴者が、再び地上波の中継になど戻って来る訳がない。衛星放送で見る野球中継は、試合開始から終了までノーカットでやるし、CMは遙かに少ないし(ピッチャー交代位では入らない)、余計な事はやらないし、解説は野球を良く知るベテランがやってくれる。こうした中継を見てしまったら、CMの合間に野球が流れ、やたらとしゃべりまくる解説者の声ばかり聞こえてくるような地上波中継など見られたものではないのは当然である。 辛口子は今、古い録画テープの整理をしているが、20年くらい前の民放録画を見ていると、CMの入る量は一回に1分程度である。現在では、計ってみればすぐに分かる事だが、これが1分半から2分になっている。しかも、間にちょっと別のアナウンスを入れただけでそれを2度続けるような事もやってくれるので、野球中継の筈がCMが終わったら既に攻撃が1アウトになっている事も珍しくはない。昨年、フジの会長だったと思うが、CMスキップは著作権法違反である、などという持論をブチあげた奴がいた。こんなのが1億円、30代で2000万弱くらいの年俸を取っているのが、今の放送界なのだ。そのフジテレビの会長とやらは、かつて「楽しくなければテレビではない」と公言し、今のバラエティ全盛路線の下地を作ったと言われている。この会長にとって、楽しいというのは馬鹿騒ぎの事を意味したのだろう。スポーツを楽しむとか、新しい知識を得る喜びとか、優れた作品に触れて作った人間の知性を感じるというような物は、楽しみではなかったようだ。新聞にはNHKの解体論ばかりが掲載されているが、民放こそリストラクチャすべき対象であろう。 |
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ネット配布の変化 日本のFM放送局(JWAVE)がネットによるストリーミング放送を開始するというニュースを始め、ネットを利用したコンテンツ配布に最近、動きが多い。このネット放送に関しては日本では暗黒地帯とでも言うような状況が長年にわたって続いて来た。海外では、有名なlive365.comを始め、まだブロードバンドというような単語が使われていなかった頃からネットによる放送は普通であったが、日本ではそうした話はごく一部のローカルな放送局が実験的に行う程度でこれまで推移して来たのである。ある意味で薄日が射したというあたりであろうか。 一方で海外では音声どころか映像関連の動きが急だ。特にコンテンツを持つ映画会社などが、正式に映画やテレビドラマを有料配布し始める傾向が顕著になっている。昨日は米ワーナーが今年の夏からサービスを開始すると発表した。ここで採用されたのがBitTorrentテクノロジ。ネットユーザの間では古くから知られている一味変わったP2Pシステムである。詳しい説明は長くなるので略すが、ファイル転送を「広く薄く」展開する事でネットワークの負荷をあまり重くせずに実質的に高い転送速度を得られるのが特徴だ。P2PというとWinnyばかり取上げる単細胞メディアには、こうした違いなど何の事だか分かるまい。P2Pソフトには色々な種類があるが、こうした大手のコンテンツ保持者が仕掛けとして正式に採用したのは、このBitTorrentが最初という事になる。ある意味で画期的なニュースなのだ。 さて、ここで日本の現状に目を向ける。当然ながら日本の大手プロバイダが一斉に右へならえをして、こうしたP2Pのトラフィックを大幅に制限する動きをとっている事に触れない訳にはいかないからだ。如何に視野が狭く頭が単純だったかが、制限を強めてから僅か1ヶ月もしないうちに明確になった訳だが、果たして彼等に学習能力はあるのだろうか。環境がこれでは日本のユーザはこうした海外からのコンテンツを購入する事など言うに及ばず、国内のコンテンツ保持者がこうした形でのコンテンツ配布を開始する事など、今のところ想像する事も難しいのが現実だろう。もっとも、それだけ柔軟な頭を持った会社があるかが最初に疑問である。Gyaoは良く取上げられるが、単なるストリーミングである上に経営的には芳しくないと言われているから、マイナス要因になるかもしれない。かように下らない制限ばかりかけるから、ネットによる確定申告ですら一向に普及せず、政府はネット申請をしたら控除を増やそうなどと言い出す始末だ。環境が整っていないからユーザは使わないのに、環境の悪さを放ったらかしにして「もっと使いましょう」と呼びかける神経には、理解を超えたものがある。電子確定申告はP2Pとは関係ないが、環境を使いにくくしているという切り方をすれば、その本質に変わりはない。要するにネットに限った話ではないが、ユーザたる消費者の方に頭も顔も向いていないのだ。確か世界に冠たるIT国家を目指すとかいうのが小泉政権のキャッチフレーズの一つだったが、これではキーボードを叩いて意志を表現出来るという、チンパンジーのアイちゃんにも笑われるのではないか? |
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信頼性 国勢調査の調査票、東京都の回収率が89%程度で全国ワースト1だそうである。およそ11軒に1軒が回答していない事になる。渋谷区や新宿区などは75%程度で実に4軒に1軒が回答拒否というが、日本全体での回収率は96%近いのでとにもかくにも東京都の回答拒否率の高さは際だっている。これによって問題となるのが統計精度の悪化である。国勢調査の結果は国の政策を決定する上での基礎となるデータであり、回答する事は国民の義務と定められていて罰則も設けられている程に重要なものだが、妙な個人情報保護風潮も相まって「自分の事を知られたくない症候群」が蔓延しているらしい。だが、こうした回答拒否は結局は国の政策のズレとなって、自分らに跳ね返って来る事を考えるべきであろう。それに国勢調査が求めている情報は案外ネットにはある項目も多く、年収だの家族の人数なんてカード会社(或いはプロバイダ、家電機器の登録データなど)からどこかのデータベースに集まっていたとしても不思議ではない。はっきり言って、今更のように情報を隠そうとしても実質的な意味など殆どないのだ。 例えば、ネットに氾濫している「占いサイト」。氏名や生年月日などを入れ、結果を示す物が殆どだが、あれによって個人名と生年月日の対応DBが作れてしまう事など、誰も意識していないのではなかろうか。以前も書いた事だが、氏名と生年月日が完全に一致する二人の個人というのはまず有り得ないので、これによって個人特定の決定的なキーデータが作れる事になる。これをベースに様々なデータを統合すれば、個人の生活など赤裸々になるとしても不思議ではない。ところが、国勢調査の回答は拒否しても、こういう占いサイトには喜んで自分のデータを入れているというのでは、まさに頭隠して尻隠さずと言う他はないのである。 ところで、この話を新聞などで読んで不思議に思うのが、この調査に対する信頼度という表現である。89%の回答率が問題になるのであれば、平素やたらと紙面をにぎわせている内閣支持率だのは一体何なのか、という事だ。あれは機械に電話をさせて相手に答えさせるという手法で集められたデータで、良く見てみると有効回答率6割などというような、国勢調査に比べればはるかに「いい加減」な調査であるにも関わらず、その扱いたるやまるで国民全体の総意であるかの如くであり、これが世論だ、というような書き方がされているからだ。同じ新聞の紙面に並んでいる文字とは思えないこの違い。まさにマスコミというものの信頼性を伺わせる事実ではないかと思う。 |
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脳年齢 任天堂のDSシリーズの品薄が改善に向かいつつあるそうである。いたずらに高機能化路線にばかり盲目的に突き進んで販売不振や発売延期を繰り返している他メーカと比べると、任天堂は流石に商売がうまいと感じる事しきりである。次世代機のWiiも昔のゲーム機、PCエンジンやセガサターンのソフトが走る機能があるそうで、着眼点がいい。さて、そのDSシリーズ。爆発的な人気を博したソフトの一つに、脳を鍛えるシリーズというのがあるそうだ(そうだ、と書いたのは辛口子自身はやった事がないためである)。宣伝によると、どこぞの大学の先生とやらが監修だか開発だかを行い、要するにクイズで答えていく事で頭の年齢が分かる、というものらしい。さて、ここで不思議な用語が登場する。表題に書いた脳年齢である。クイズに答えると、あなたの脳年齢は何歳です、というのが出て来るのだそうだ。実年齢と比較して、ああだこうだと騒ぐ事になるという。だがしかし、である。この脳年齢という単語に明確な定義はない。大体、脳の年齢が28歳と言うなら肉体の年齢だって28歳だろう。肉体年齢が40歳なのに、脳年齢が50歳というのはどういう事なのか、真面目に考えてみた向きはおられるだろうか。 更に不思議な事は、ゲームを何度か行って脳を鍛えると、脳年齢が若返って行くらしい点である。仮に身体を鍛える装置、例えばトレーニングジムにあるような装置を想像してみよう。それには何らかの測定系と解析システムがついていて、測定した結果から肉体年齢が何歳と計算され、今度は数時間繰り返すと表示される肉体年齢が一気に10歳なり20歳なり若返ったとして、それを真に受けるだろうか。そんな馬鹿な、と言うのが普通だろう。測定値がどう変わったというのは良い。体力がついたというのでも良い。だが、それと肉体年齢とは別の話だ。ところが何故か、脳という単語と組み合わさると、脳年齢という言葉が不思議な響きを持つようである。 断言しよう。これは科学的根拠など何もない概念で、一言で言うなら「似非科学」である。血液型占いと同列にあるもので、脳年齢が若いから何がどうとは全く言えないものに過ぎない。あなたの脳年齢は何歳若返りました、という表示を見て無邪気に喜んでいるようなら、それは端的に言っていささか問題と言わざるをえないという事になるのだ。そんな堅苦しい事を言ってどうする、という考え方もあるかもしれない。だが、それでは未開人の精霊信仰や悪霊祓いも科学的と言わなくてはならなくなるではないか。月にウサギがいると空想する事は構わない。だが、実際にはいない事も知っておかなくてはならないのである。科学と似非科学とは混同してはならない。で、この両者を分離して考えれば、すぐに見えて来るものがある。かような代物を発表するどこかの先生だか何かがいて、それを単純に喜ぶユーザがいる事と、それを利用してしっかりと製品を売る任天堂があること。そしてこの構図を見て分かる、紛れもなく一番賢いのが任天堂だということである。 |
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ネットの暗部2種類考 読売新聞などがネットの陰湿面の連載記事を載せていて、例えば悪質な金融業者の事を掲示板に書いたりすると、書き込んだ当人を特定して中傷する書き込みが現れたり、自宅玄関前に見覚えのない傘が置かれていたりするような内容であったりする。こういう話は色々なメディアが伝えるようになってきたから、割と知られて来たようだ。そのためか、ネットでの赤裸々な中傷合戦のようなものは余り見られなくなって来ているように思うが、ではクリーンになってきたかといえば、安易かつ幼稚な猥褻系書き込みが盛んになっているのが実態で、スパムメールなどに至っては前頭葉に血液など流れていないのではないかというようなものが氾濫している。 一方でCNETジャパンサイトを見ていたら、腹いせに誰かの悪口や卑猥な中傷を書いた事が、その書いた当人の将来に思わぬ影を落とす場合があるという記事が出ていた。CNETの記事はどういう事かというと、今ではネットでの書き込み者を特定する仕組みも整っているから、かような事実がDBに蓄積され、将来、何かの時にそれが不利に働きかねないという事だそうだ。つまり「こういう事を書くような人物だ」という評価が、就職なり何なりの時に調査資料として添付される事が実際に起きているという話なのである。無論、当の本人にはそのような理由で却下になったとは知るよしもない。そのような書き込みは冷静な批判というより、腹いせに行うようなもので余り記憶には残らないものだし、何よりも自己抑制のまだ未熟な若者(最近は高年齢化してるような気もするが)の場合、将来に向けて極めて厄介な「実績」となって人生に大きな影響を及ぼしかねないという指摘であった。これはまだ日本では余り語られていない側面ではなかろうか。 ここで問題になるのは、こうした仕掛けが整うに従って、ネットの持つ批判的精神がますます萎縮してしまうのではないかという点であろう。実際、そういう動きは着実に進んでいるように思えてならない。例えば、kakaku.comという有名なサイトがあって、そこの掲示板を見るとユーザからの書き込みが沢山書かれている。一見すると消費者からの生の声が並んでいるかのように見える。ところが辛口子自身、幾つかの製品に的を絞ってしばらく書き込み内容をチェックしていると、大手有名メーカの製品などで欠陥あるいは問題点指摘をするような書き込みが、数日以内に消滅している例をいくつも見た。規約を見ると予告無く消す場合もありうる旨の記述はあるが、批判や指摘だけの理由で書き込みが消去されているとなると、実はサイトは消費者の味方のような顔をしながら、本当はメーカの側に立って運営されているのかもしれないという疑惑が浮かぶ。そこでそういう事を頭に置いて、改めてこのサイトにあるあちこちの書き込みを見てみると、使い方が分からない、こういう時はどうすればいいのか、これは故障か、というような話がやたらに目立つ事に気づく。これでは何のことはない、メーカの相談窓口そのものだ。少なくともメーカにしてみたら誠に有りがたいサイトだという事になる。 また、マスコミで紹介される「人気批判ブログ」などというものを実際に見てみると、全然批判的ではないものばかりで、新製品を買っただの、展示会でいじっただのという内容が並び、強いて批判というと日常でのささやかな不満を連ねた程度のものがせいぜいである。マジでこんなものが人気なのかと思ったが、要するにマスコミが人気サイトと書くから人気なのであろう。 考えてみれば元々、日本には消費者側に立った批判メディアはなかった。日本消費者連盟というのはあるが、試しに会報を読んで見るとあまりに乏しい内容で、例えばドイツにあるような、製品を徹底的にチェックして批判する雑誌のような性格は皆無である。これには国民性や歴史など複雑な要因も絡むだろうから単純には語れないが、こうした事が役所側に「消費者を守る」という大義名分を与え、中古品を買えなくするPSE法が生まれたり、家電製品にタイマーを入れて一定時間使うとそれ以降は使えなくする事を義務づける、などという案が出たりする事になる。一方で、規制緩和のお陰でメーカや銀行など企業の統合が進み、それが一層消費者軽視の流れを加速し、メディアを支配する方向につながってきているのが現実ではなかろうか。歴史は繰り返すとも言うが、案外天国あたりでレーニンが密かにうなずいているかもしれない。 |
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