一刀両断ミニコラム
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2005年2004年2003年

《2006.08.31》
往生際がわるい
 IAUが決定した惑星の新定義に、アメリカの天文学会が反対の運動を活発化させているそうである。辛口子個人としてはIAUの決定は至極まっとうで、冥王星を惑星から除外すると内側の岩石惑星、外側の巨大ガス惑星、それ以外の小惑星と太陽系の話が非常にスッキリすると考えている。逆に冥王星を惑星に数えると、その外側に既に惑星が見つかっており、観測技術が進歩している事から毎年惑星が増えて行く事になりかねず、どこかに線を引くのは重要ではないかとも思う。
 ところが、何でも自分らが世界一でないと気が済まないアメリカ人は、米国人トンボーが発見した冥王星が惑星でなくなると、米国人発見の惑星が無くなってしまうのが面白くないのである。なにしろ、言いだしっぺの一人であるアラン・スターン博士というのが、現在冥王星に向かっている探査機ニュー・ホライズンのプロジェクト推進者なのだから、その構図は見え見えという訳だ。自分のしている事が惑星探査ではなくなってしまうのである。
 アメリカ人というと、科学的で理詰めの考え方をする国民だと思っている向きも多いらしいが、実体はとてもそんな事はない。神の教えに反すると言って進化論を学校で教えない州も幾つもあるし、ブッシュの支持母体の一つであるキリスト教福音派というのはエルサレムからパレスチナ人を追い出し、ユダヤ人だけを住まわせればキリストが降臨して世界平和が実現すると信じているおめでたい連中の集まりだが、何と全米で信者が2000万人もいるという。地球は平らであると信じてやまないフラットランド・ソサエティという学会もあれば、セーラムの事件という世界最後の魔女狩りをしたのもアメリカだ。
《2006.08.29》
あったりまえだろ
 ビラを配る為にマンションの共同スペースに立ち入るのは、不法住居侵入だという警察のご都合主義に司法がNOの判断を示した。この理屈が通じるなら、友人を訪ねてマンションの廊下に入ろうものなら即座に逮捕されかねない訳で、そう考えればこの司法の判断は当たり前過ぎる位に当たり前であろう。侵入されたくないならされないように施錠をするなりすれば良いのであって、誰でも入れる状態にしておいて侵入も何もあったものではない。
 だが、この住居侵入は建前であって、警察の本音が思想取締りにある事は、多くの人が感づいているとおり。何せ、ピンクチラシを配る業者はお咎めなしで、共産党のビラを配った住職や、イラク派兵反対のビラを配った青年だけが逮捕されているのだ。あまりに魂胆が見え見えで、これではアラだらけのシナリオで放送されている民放のドラマにすら笑われよう。また、逆の見方をすれば、今の政府のやろうとしている事が、それだけ後ろめたいものだという証拠でもある。
 ちなみに辛口子は別に共産党支持でも何でもなく、このビラの内容には全く関与していない。問題なのは、こういう形で思想統制と取締りを行う実績を残してしまう事であって、一旦失われた自由を取り戻すのがどれだけ大変かは歴史が示しているとおりだ。警察は例によって自分のメンツだけを土台に控訴すると言われている。何だか、Winnyを使って自分が情報流出の不始末をしでかし、メンツだけでWinny作者を逮捕した京都府警と同じメンタリティだ。だが、これで安倍政権が誕生したら、司法の判断はどうなるか予断を許さない。なにせ、気に入らない番組の画面の隅に自分の顔が瞬間映ったというだけで、テレビ局を脅す人間がトップに立つのだから。
《2006.08.28》
中南米に見る自立の構図
 NHK地上波が8月27日夜に放送した「ラテンアメリカの挑戦」という2回のドキュメンタリーを見た方はおわかりのように、南米では経済的自立を目指して左派政権が活躍している。今までの米国を中心とした巨大企業に資源を絞り取られ、国内での貧富の差が拡大してきた歴史の流れに終止符を打とうとしているのである。
 ブラジルは豊富なサトウキビ資源を利用し、アルコールを柱としたエネルギー政策で国内の雇用を創出すると共に、中国、インド、他の南米諸国と連携してアルコールによるエネルギー圏を創ろうとしている。ブラジルは1970年代、国の工業化を進める為に借金をして国内の基盤整備を行ったが、80年代になると米国が巨額の財政赤字を解消すべく金利を急激に上げた事で、ブラジル経済は破綻に瀕した。他の南米諸国も同様で、レストランに入る時と出る時とでもう値段が違うと言われたほどの物凄いインフレに襲われたのである。その後、90年代にIMFの支援を仰いで国内経済の立て直しを計ったが、その結果、今度は一部の富裕層とそれ以外の貧困層に社会が分離してしまった。その時にIMFが出した条件が新自由主義。規制緩和と外国企業の導入がその実体で、何だか最近どこかでよく聞くフレーズである。ブラジルはインフレに見舞われ、チリではピノチェトが混乱に乗じて軍事独裁化を強めた。アメリカによって政権に就いたピノチェトが何をしてきたは本欄でも指摘してきた通りである。
 ベネズエラでは、これまで国内石油を米国系メジャーが独占採掘していたのを、国内企業との合弁化を義務づけ、更に中国市場を視野に入れた多角的石油戦略を打ち出した。米国メジャーによる採掘料でベネズエラの一部富裕層だけが潤い、その結果貧困層が増加していたからだ。チャペス大統領はベネズエラ初の先住民の血を引く指導者で、こうした政策が幅広く国民の支持を得て政権7年目であるが、これまで何度かクーデターによって政権危機を迎えている。その背後でアメリカが暗躍している証拠が、番組中でも何度も取上げられた。ブッシュはこのベネズエラを「反民主主義の国」だと糾弾したが、この一例だけでも米国の言う民主主義というものが、米国の言う事を何でも聞く米国にとって都合の良い国の事だと分かる。
 そのアメリカはFTAAという全アメリカ大陸を一つにする経済圏を提唱してきたが、今ではこうした南米諸国にそっぽを向かれてFTAAが成立する見通しは無くなった。ちなみに小泉政権はこれに参加するような意向を述べた事がある。FTAAの条文を見ると、国は民間に出来ない事業だけをやる事や、多国籍事業に現地での部品調達や雇用を押しつけてはならない、などの記述があり、これが反発を買ったのだが、これも最近、どこかの国で見られる社会状況そのものだ。
 このアメリカにべったりとくっつき、米国式新自由主義の経済社会に日本を持って行こうとしているのが、今の小泉政権であるのは言うまでもない。安倍政権はこの流れを更に進めようとしている。南米諸国の先例を見ると、その行き着く先は貧富の拡大どころか下手をすると軍事独裁国家への道だとしても不思議ではない。そもそもアメリカは自国内での石油資源は採掘せず、世界に石油を求めて傀儡政権を作り、世界から自分の為に石油を集めてがぶ飲みしている国家である。イラク侵攻もイラン非難も、その本音は「あそこの石油が欲しいぞ」だ。京都議定書も無視し、地球温暖化を推し進めてハリケーンの発達を招いている。日本は環境対策に有効だと言いながら、重く、高く、実は燃費が良くない事もバレてきているハイブリッド車を推進するが、アルコール燃料の採用には全く見向きもしない。ブラジルではガソリンには最低2割のアルコールを混ぜるよう法律で義務づけられている。アルコールを混ぜてもエンジンにも出力にも問題ないどころか、最近ではアルコール100%でも普通に走るフレックス車も普及し、ユーザーは市販価格でガソリンの半分のアルコール燃料の恩恵を充分に受けている。日本では石油の値上がりでガソリン価格が高騰、国民の生活を直撃しているが政府は知らん顔だ。小泉総理はエネルギー資源協議で中央アジア外交に出発したが、頭にあるのは石油だけである。石油だけに頼る限り、結局はアメリカメジャーの機嫌を取らなくてはならない事に変わりはない。
 今、NHKはこうしたドキュメンタリーの形をとって、日本の政権に対する疑問を何度も突きつけてきている。日中戦争の実体を明らかにする番組も、幾つも放送された。相変わらず小泉と安倍にへいこらの民放とは一線を画しつつある訳で、海老沢を放り出した結果がこうして出て来ていると見る事もできよう。そのNHKは新しい理事として、トヨタ自動車専務の金田新氏を招いたという。民間からの登用は実に36年ぶりだそうだが、これがNHK批判をかわす為の当て馬だという指摘がある一方で、この人事が突破口となって日本の財界がNHKに対する影響力を強めるという見方もある。その結果は番組内容を見ていれば分かるだろう。
《2006.08.23》
安倍は一体日本をどうしたいのか
 事実上、次期総理が決まりとなった安倍幹事長。メディアに向かい、政権構想を語り始めた。「新しい国家を作るには憲法を変えなくては」「アメリカにくっついて行けば間違いはない。韓国中国とはこれから会談」などと並べている。拉致問題の時に巧みに立ち回り、以後、メディアを操作して今の人気を得た安倍幹事長だが、こうした話を聞いていると日本をどういう国家にしたいかという具体的なビジョンを述べず、ひたすら「かっこいい事」だけを並べているようだ。そのベースには、小泉政権から引き継いだ「主婦や老人などIQの低い層を取り込む」路線が当然あるのだろうが、同時にその真意として強力な政府による独裁国家化への道を望んでいるように見えて来る。以下、理由を述べよう。
 まず、米国と強力な同盟関係を結んだ国には、国民を弾圧した政府が圧倒的に多いという事実がある。太平洋戦争後、米国は共産主義から自由主義圏を守るという大義名分で、ソ連や共産圏周辺に多くの政府を擁立させた。その殆どが事実上の独裁体制をとり、国民に対する圧政を敷いている。具体的には韓国の李承晩政権、旧南ベトナムのゴ・ディン・ジェム政権、フィリピンのマルコス政権、イランのパーレビ政権、チリのピノチェト政権などである。ベトコンと言うと、北ベトナムの組織みたいに思っている人も多いらしいが、あれは南ベトナム政府に反旗を翻した南ベトナムの抵抗組織である。チリのピノチェト大統領については、最近、イギリスに亡命してニュースになったが四半世紀に渡って国民を弾圧、秘密警察を使って政治犯収容所で容赦のない拷問と処刑を繰り返していた事実が発覚しており、これも共産主義候補を強引に落選させてアメリカがピノチェトを大統領にした事に端を発している。
 このように、米国のやる事は大義名分こそ民主主義という題目になっているが、その実体は米国の言う事を何でも聞く国を望んでいるのに他ならず、その国の政治体制が民主主義か否かなど関係ないのが明らかである。イラクに侵攻し、フセイン政権を打倒するという事実上の侵略戦争を行ったあとでも、米国はイラクを民主国家にする為と繰り返しているが、仮に本当の意味でイラクに民主主義政府が誕生したら、米国寄り政党など支持されないに決まっているのだから、そんな事をする訳がないのだ。日本にしたところで、いざという時に盾にされるのがせいぜいで、日米安保条約を見ただけでも米国が日本を守るなどというフレーズはどこにもない。もっとも、国際政治というのはそういうもので、それは米国だけの専売特許ではないのだが、そうした事実から何も学ばずにいそいそと尻尾を振るような国というのが珍しいのは間違いない。
 さて、このような事実を認識しているのかいないのか、安倍政権はより一層、米国との関係を強化する事は間違いない。その上で「新しい国家を作るには新しい憲法が必要だ」と述べている訳だ。これではまさに新しい国家とは、強権国家に他ならないのではないかとしか思えて来ないではないか。実際、先に自民党が出した憲法改正草案は、一見国民の権利などを保証しているように見えるが、軍事法廷を設置する事の他、改正条件を今までの国民の2/3から1/2へと大幅にゆるめており、これが成立した暁には「次の改正」が非常に簡単になるようになっている。また、テロから国民を守るという大義名分で成立した国民保護法は、政府が非常事態を宣言すればある程度個人の権利を制限出来るような法律であるが(例えば土地所有者の意向に反してその土地を接収して軍を駐留させられる)、その条文には「憲法の定める国民の権利を侵害しないように」というセンテンスがついているのだ。つまり、憲法を改正してしまえば、即座に効力が何倍にもなるように布石が打たれているのである。
 かようにして強権政治を可能にしてしまえば、そこに群がる財界が濡れ手に粟で利権をむさぼる戦前と同じ構図が出来上がる事になる。日本の現在は小泉路線に乗っかって、規制緩和された物を自分らで取り込み、我が世の春を謳歌している一部の企業とそれ以外という社会構造になっている。こうした連中が更に大もうけをする為には、外に打って出るしかないのだから、政権の後押しをして自分らの利権を拡大させようとしているとしても何の不思議もない。物事の真相を知るには、それによって誰が一番得をするかを考えれば良い。独裁体制は国民一般には迷惑千万だが、それにくっついている連中にとってはこんなに美味しい物はないのだ。
 今は民主社会であって、それがそんなに簡単に独裁体制になる訳がない、などと思うのも大間違いだ。あのヒトラー政権は全く合法的な民主選挙を経て成立した。ヒトラーがミュンヘン一揆に失敗するのが1923年。翌1925年にはヒトラーは出獄し、謹慎期間の2年が過ぎるとすぐに遊説を再開、1932年にはナチス党が第一党となり、1933年にヒトラー首相誕生、1934年にはヒンデンブルク大統領が没してヒトラーは全権を掌握する。つまり、遊説再開から僅か7年の出来事という事だ。今、二十歳の若者なら7年後にはまだ27歳。真っ先に徴兵されて最前線であろう。
《2006.08.22》
人気のバロメータとは何か
 今年は甲子園の高校野球が盛り上がり、最終戦は延長15回で決着がつかず、翌日再試合となるほどの熱戦で、視聴率も20%を越えたと報じられた。新聞などを見ていると、「プロ野球は低調だが良い試合をすればこれだけ人気は出る。野球人気はまだまだ根強い」というような論調も出ていた。毎度ながらちょいと気になる短絡的な発想である。
 そもそもプロ野球人気ってそんなに低迷しているのだろうか。球場への観客動員数を見てみよう。ここに球団別入場者数というサイトがある。一番下の方に最新の数値が並んでいる。これを見ると低迷の代名詞のように言われている巨人ですら特に大きく低下している訳ではない。むしろ阪神の急進ぶりが目立つほどでリーグ全体の数値としてもほぼ横ばいと言える。これはスカパーであちこちの中継を見ていても分かる話で、人気球団の観客動員数は相変わらず、巨人や阪神は二軍でもそこそこ客席は埋まっているし、日ハムの札幌球場、楽天の仙台球場なども客足は順調だ。その実態をこの数字が明確に語っているのである。大体からして、セパ合わせれば年間あたり2000万人もの観客を動員しているのであり、一体これのどこが人気低迷なのかこちらが聞いてみたいところである。
 では人気低迷って何だといえば、答は明らかである。視聴率だ。かつては20%を越え、定番と言われた巨人戦視聴率は今や月間平均で7%と言われ、遂に読売系も中継延長を断念した。しかしながら、観客動員数の方を見てみると、視聴率のような急減をしている気配はない。2003年と2004年を比べてみると確かに巨人の動員数が落ちてはいるものの、それは僅かに0.5%である。それでは何故視聴率だけがこうも落ち込んだのだろうか。それも答は簡単だ。本当のファンじゃないのが離れただけなのである。本当のファンなら例えチームに負けがこんでいようと応援するものだ。勝たなきゃ応援しないなどというのはファンではない。巨人戦に関して言うなら、清原がいないと応援しない、などというのも巨人ファンではない。要するにかつての視聴率を支えていたのは、メディアに煽られるまま一緒になって騒いでいた野次馬なのであって、それが離れた結果、当たり前の数値に戻っただけの話なのである。それを人気低迷と言うことも、何も考えずに視聴率という得体の知れない数値だけを見て決めつける単純思考そのものなのだ。20%と7%のどちらが大きいでしょう、なんて言うのは小学校のテスト問題。プロの書き手としてよくぞ恥ずかしくないものである。
《2006.08.21》
BEATLES来日40年
 早いもので、あの大騒動からもう40年が経った。BEATLESはまさに社会現象で、コンサート会場の熱狂ぶりは今では比較出来るものは無いように思う。なにせ歓声とも悲鳴ともつかぬ声が充満し、演奏の音が聞こえない程だったのだ。コトの性質は全く違うが、フルパワーで誰もが同じ方向に熱狂したという点では、これに比類できるものはヒトラー全盛期の演説くらいではなかろうか。さて、そのBEATLESが来日して40周年という事で、メディアでもそういう特集をする所が幾つか見られる。テレビではNHKとフジテレビが特集番組を組んだようだ。
 NHKは「ビートルズの103時間」という題名で21日夜に放送。フジテレビは「日本サブカル秘史〜ビートルズと女スパイ」という題名で、16日深夜のNONFIXで放送していた。NHKはいかにもNHKらしく、関わった大勢の人へのインタビューと様々な資料から、あの来日騒動とは一体何だったのかを論じていたが、フジの方は的を絞った一点突破型のドキュメンタリーにまとめていた。
 その一点突破とは何か。BEATLESが来日した頃、各種雑誌は一斉にその特集記事を組んだのだが、その中で当時の詳しい警備情報からギャラの金額、果ては失神して看護を受けたファンの人数に至るまでの詳細なレポートを掲載し、関係者を驚かせた一冊の本があった。それは「話の特集」というどちらかと言うとマイナーな雑誌が臨時増刊として出した「ビートルズ・レポート」である。現在、復刻版が出ている。そして、その記事に関わった当時の関係者が初めてテレビの前に顔を出し、そのいきさつを語ったのである。記事の内容は明らかに来日を主催した関係者しか知らないもので、執筆した多くの人は名前を出さずに記事だけ出していたのだ。そして、その関係者しか知らない内部情報を密かに提供していたのが、番組名にあった女スパイという訳だったのである。
 どちらも良くまとまった番組だったが、辛口子としては仮に優劣を付けるとするなら、このフジテレビの方に軍配を上げたい。この「話の特集」をまとめたいきさつには、ジャーナリズムの原点があると思うからだ。確かに関係者から情報を非合法スレスレで集める事は、特に権利関係にやたらにうるさい現代では難しいだろう。だが、そういう時代の違いを除いても、ルポライターが明確な意志を持ち、使命感に燃えて行動する事こそが原点である事に変わりはあるまい。話は少しずれるが、今、巷に出回っている雑誌(メーカのWWWを含む)に出ている、様々な商品評価記事は例え執筆者実名入りでも全てゴマすりだと思って間違いはない。いい加減な製品を絶賛している執筆者など珍しくもないのだ。せっせと尻尾を振って相手によって言う事をくるくる変える、そういう世相を見るに連れ、ますますその原点について考えてしまうのである。
 で話を戻して、この「女スパイ」の正体とは? 実はこの人はNHKの方にも出ていたのだ。それはBEATLESの来日をプロモートした共同企画エージェンシー(現:共同東京)の永島達司社長(当時)付き秘書、荒川(現性:清水)和江という女性であったのである。ちなみに、当時はうら若き美人秘書であった彼女も今ではそれなりにお歳を重ねている訳だが、両番組を比べるとメークの技術にはNHKに一日の長がはっきりと見られていた。ドキュメンタリーは本来真実をありのままに伝えなくてはならないものだが、このあたりのサジ加減が難しいのは永遠の課題であろう。
《2006.08.20》
FACTAから
 以前も紹介したと思うが、FACTAという予約購読型の経済総合誌がある。広告収入には殆ど寄らずに読者からの購読費だけでやっていこうという、意欲的な本音雑誌である。最新号の2006.9号を見ていたら、IT関連の話題が3つも出ていた。白状すると辛口子も知らない事が出ていたので、ここで紹介しておきたい。
  • 日本型地上デジタルが世界標準になる「かもしれない」
     ・・・のだそうだ。何故かというと、ブラジル政府に売り込みが成功したからで、これで南米全部を制覇する道が開けた。CODECの形式が違うなど細かい所まで日本と同一ではないが、システムとしては日本式なのだという。で、決め手になったのがいわゆるワンセグなのだそうだ。欧米のメーカは、移動体テレビなんて需要はないさ、と高をくくっていたところ、これが最終的な後押しになったらしい。辛口子も実はワンセグを評価していない。音楽は聴きながら外出出来るが、テレビなど見ながら外を歩いたら間違いなく何かに衝突するからだ。通勤中に見るにしても地下鉄を考えるなら全線に電波を通さないといけないし、画質は猫の額くらいのサイズで見るから綺麗なので拡大したら目も当てられず、第一電池が持たない。でもブラジルではこれを買った事になる。記事では詳しい決定理由は述べられておらず、摩訶不思議であると言う他はない。

  • 携帯クレジットの恐怖
     メディアなどで「便利ですよ」と盛んにPRされている、オサイフ携帯の事である。あれは実は基本鍵情報がたった一つで、全端末及び読み取り装置で共用している為、万が一にもそれが洩れると全端末が危機にさらされるそうである。そもそも辛口子はあのシステムを信用していない。その場でレシートが出ないシステムなど信用すべきではないし、出たとしても安直に消えてしまいかねない電子情報を現金とイコールになどすべきではないと考えるからだ。だが、もっと根幹的な危険性をはらんでいたとは初めて知った。オサイフ携帯は複数社が覇を競っているが、そのセキュリティを担うチップは実は共通。フェリカと言われるその認証システムは、鍵情報が洩れない前提で作られているから、洩れたら最後だという指摘は以前からされていた。だから、クレジット会社が現在進めているICカード化には採用されていないという。大体、にぎにぎしく「便利ですよ」と言ってくる物を安易に信用などしてはいけない。詐欺と同じアプローチだからだ。

  • NTTが広げる正体不明な次世代ネット
     そもそも、まだ良く分からないシステムの話であり、辛口子でもコメント出来ない。だが、得体の知れない物だという事は良く分かる記事である。
《2006.08.18》
日本は右傾化してるらしい
 日刊スポーツがオンライン上で行った小泉参拝問題についてのアンケート集計によると、8.15の参拝を支持する意見が68%もの割合を占めたのは驚きである。回答総数が8462人だそうで、新聞社がよく行っている電話によるものより多い。しかもマスコミの論調がどちらかと言えば反対色が強い中、ネット人口では全く逆の結果が出た訳で、これがネットに特異な現象だとするか、一般的な意見なのか、慎重に考えなくてはなるまい。
 賛成意見の中で辛口子の気になったものが、
「一国の首相が戦争死亡者を参拝するのは当たり前だ」
「中国や韓国の言ってる事は内政干渉だ」
「A級戦犯と言われる人だって国の為にやったのであって、私利私欲ではない」
などというものである。
 最初の意見については、例えばドイツの首相が戦死者墓地を参拝する事は構わないだろうが、そこにナチ幹部やヒトラーも一緒に埋葬されていたらどうであろうかと意見したい。二番目については、日本は韓国を占領したあとで例えば韓国国民に今の名前を捨てて日本式の名前にしろと強制している訳で、日本のしてきた事が内政干渉の比ではなかった事を知っているのかと問いたい。最後の意見については、私利私欲でないなら何をしてもいいのかと聞くべきだろう。実際には中国進出の裏には、それによって金儲けをはかる財界の支持があり、当然ながらそのおこぼれはあった訳で、私利私欲が無かったなどとは言い難いと思う。13日の本欄にあるように、満州移住計画の立案者の葬式に参列した名前を見れば、その陰でいかに多くの私利私欲が乱れ飛んでいたかが分かる。要するに、こうした意見は無知蒙昧で視野が狭い所から出てきている訳だが、結局、国が右傾化して強硬路線に走る時には国民にはこうした風潮が蔓延するものだ。そして、それを利用して私利私欲をはかる奴らが必ずいるのである。最初の戦争には勝つかもしれない。しかしいずれは負けるのである。勝ち続ける国など無い事は、今のアメリカを見れば分かるのだが、右傾化に頭が固まっているとそんな都合の悪い事は見えてはこない。
 ところで、マスコミが新聞などを中心に否定的な論調をおおむね述べている中、こういう意見が大勢を占めた理由が問題だ。マスコミに踊らされた訳ではないからである。実は、新聞を読まない層が非常に増えているらしい。ある雑誌に出ていた事だが、今の20代の若者とメディア論を交わしてみたら、どうも話が噛み合わない。はて、と思って詳しく聞いてみると、そもそも新聞を読まないどころか、テレビも部屋にはないのだとか。PC上にあるテレビ録画機能を使い、あらかじめ決めておいたキーワードで自動録画されるものしか見ないのだという。しかも日本の教育現場では、明治・大正・昭和の近代史など事実上教えていない。それで見解はどこぞの巨大掲示板を見て決めるとなれば、こういう結果になるのも理解できるような気がしてくる。
 以前より、情報が大量に流れる事で政府によるメディア操作は意味が無くなり、真の意味の民主主義に近づくという説があったが、これがそのあるべき姿かと言うと、どうもそうとは思えない。しかしながら結局、世の中、幅広い視野と見識を持ち、正しい分析能力を駆使出来る人は少数派であって(そういう人が正しい結論を常に出す訳でもないが)、大多数は狭い視野を意識せず、付和雷同的に行動するのだとすれば、メディア操作による統制があろうと無かろうと、レミング的に暴走する時はするものなのかもしれない。民主主義は多数決が原則だから、アホが過半数になれば全体がアホになったのと同じになる。このあたりに民主主義の抱える根本的問題がある。では独裁制がいいかと言えばそんな事もない訳で、この問題については学術的にも進展が見えていないのが現実だ。ま、これで再び国土や世界が憔悴するのだったら、人類という種は神に選ばれたどころか、その程度の存在だったという事なのだろう。
《2006.08.16》
コイズミ参拝は何がまずいか
 「心の問題」だそうだ。首相就任前は一度たりとも参拝などした事ないくせに、今度は公約を持ち出して結局は参拝を行ったのは報じられた通り。公約は守るべきとは良く言ったもので、かつて国会で「国債30兆円未満」を守れなかった時の答弁では、公約などたいして重要ではないと言ったことなど、もう覚えていないらしい。心の問題なら、周辺国が不快に思うのも「心の問題」だと思うが、それに対してはそんな事くらいで騒ぐ方がおかしいのだそうだ。要するに、周囲に嫌がらせをする事でしか自己の存在をアピール出来ない訳で、比較するなら肩で風を切って町中を闊歩し、白い目で見られて悦に入っているチンピラあたりという事になるであろう。アメリカからも「勝手にやれば」と見放された。
 さて、新聞などのメディアは余り報じていないが、小泉内閣の首相参拝をとりわけ周辺諸国が気にする大きな理由がある。それは、「内閣総理大臣」と記帳している点である。これまでも中曽根総理が参拝した事もあって総理の参拝そのものは史上初ではないが、その時に中曽根氏は国会議員として記帳しているのだ。そもそも、個人の心の問題だと言いながら、実際には公用車で乗りつけ、国費によるSPで守られ、内閣総理大臣と記帳し、しかも税金から花輪などを出費している訳で、どこが個人の問題なのか誰が見てもおかしいと言うべきである。
 更に問題なのは、こうした軽率きわまりない行動が国粋主義者に頭角の機会を与えてしまうという点だ。そもそも国のトップとしてこうした行為をする事は、憲法で定めた政教分離の精神から見てもおかしいのだが、こうして実績を作ってしまうと、自衛隊の海外派遣に見られるようになし崩し的に既成事実としてそれが出来上がってしまう恐れがあるのだ。更に、国会ではこの際、靖国神社を宗教法人ではなくし、独立法人にしてしまってはどうかという議論が出ているが、これも一見良いアイデアに見えるものの、逆に言うと宗教法人でなくなる以上、国が堂々と関与して良い事になる訳で、仮に海外に派遣されている自衛隊(航空自衛隊はまだイラクにいるし、ゴラン高原にも平和維持軍として派遣されている)に死者が出た時など、その慰霊を国家事業として行う道を開く事につながるのである。これでは戦前軍国主義のぶり返しだが、それを心待ちにしている奴らがいる。
 こうして考えて来ると、大平内閣の時にA級戦犯合祀をどさくさに紛れてやってしまった事が、今の事態を招いている根本的な失策(或いは遠大な作戦)であったと言わざるをえない。合祀というものは厄介で、神様にリストを渡す行為であるので、あとになって「部分だけ削除」という訳にはいかないという理屈になるのだそうだ。コンピュータ上のデータをカットするような訳にはいかないんだそうな。今、靖国神社を参拝する人が増えていると言われる。若者たちの中には、総理が参拝して何が悪いという声も少なくないそうだ。個人の参拝は自由だが、その裏ではこういう形で暗躍している奴らがいるという事と、それに体よく踊らされていないかという事とを考えた上で、実行してみては如何だろうか。
《2006.08.14》
トリノ五輪カーリング中継の舞台裏
 北海道の大和撫子5人の活躍で日本中が盛り上がったカーリング。あれの中継舞台裏の話が「無線と実験(MJ)」誌の最新号、2006.9号に出ている。辛口子も気がつかなかったのだが、実は全選手にワイアレスマイクを装着、各選手のかけ声や息づかいまで中継させるという大規模なワイアレスシステムが使われていたのだそうだ。それを担当したのは、日本のオーディオメーカとして有名な、オーディオテクニカ社である。
 カーリング中継で大変だったのは、その音声システムである。各選手一人に一本、1チームは選手が4人にコーチが一人。1レーンに2チームでそれが4レーンあるので、一度に40本ものワイアレスラインを使う事になるからだ。通常、ワイアレスというものはせいぜい2本とか4本程度のものであり、これだけの数だと混信が大問題となる。それに加えてカーリングは競技時間が長く(3時間は見ないといけない)、更に会場は氷で埋められているから気温が低く、電池の寿命も短くなるというオマケもあり、スタッフは中継中もつきっきりで手に汗を握っていたのだそうだ。
 詳しい裏話の内容は書籍の方を見てもらうとして、こうして現場で苦労して活躍している人達の話を聞くと、プールの蓋一つ満足にメンテ出来ない会社の役員てものをどうしても比較してしまう。しかも、その問題点を指摘した会社は、その次から入札に参加出来なかったというではないか。コイズミ改革とやらを考えるに良い例ではないかと思うが如何だろうか。
《2006.08.13》
満州移住計画の真相
 終戦記念日が近づくと、各局ともそれに関連する番組が増えるが(戦意高揚みたいな傾向が民放に見られるものの)、やはりNHKの作るものは中身が濃い。8月11日地上波放送の「満蒙開拓団はこうして送られた」などは、新資料発見によって何故、大量の日本国民が移住する事になったのか、その舞台裏が一気に明らかになったもので、第一級のスクープと言って良いものだった。その資料を残したのは東宮鐵男(かねお)関東軍少佐なる人物で、彼は満州国の建設とそこへの移民について、最初から立案した張本人である。終戦の時、大本営から資料を消却するようにと遺族に指示があったのだが、免れて残っていたものだそうだ。
 さて、この資料によると東宮が当初発案していた内容は、朝鮮人を送るというものだった。それは満州の気候が厳しく、特に冬の寒さは内地(日本本土)の比ではない為、いきなり日本人が開拓しようとしても無理であろうと考えた為だ。ところが、この立案がやがて大本営の着目する所となり、それが国策となって行くに従い、日本人移住へと話は変わっていく。満州を名実ともに支配するのに都合が良かったのだ。しかし第一陣は現地の激しい気候に驚き、入植地では叛乱が起き、怒りと共に離脱する人が相次いだ。にも関わらず、関東軍と大本営、さらに政府はその事実をひた隠しにし、日本国内には「新天地へ行こう」キャンペーンを展開する。かくして20万人を越える人が何も知らずに満州に行き(国の計画では最終的に200万人を移住させる事になっていた)、大戦末期にソ連軍の侵攻が始まると大混乱の中、3万とも4万とも言われる人が帰国出来ずに命を落としたのである。
 この資料から分かるもう一つの事実は、最初から軍も政府も民間人を盾に使おうと考えていた事である。ソ連国境近くに開拓地を作り(それらも空き地ではなく中国人から取上げた)、それらを守る筈の軍はそれ程多く配置されなかった。しかも太平洋戦争が激しくなってくると、精鋭は順次そちらに引き抜かれ、残ったのは少年兵と老兵だけで武器も殆ど無いという有様となった。8月の9日にNHKのBS-1で放送された「取り残された民衆〜元関東軍兵士と開拓団家族の証言」には、その当時、軍に配属された元兵士の生々しい証言が幾つも出てくる。なんと、現地で渡された小銃は撃鉄が折れていて発射など出来なかったのだそうだ。しかもソ連軍が国境あたりに集結し、間もなく進撃して来ると分かると関東軍は民間人を置き去りにして、さっさと(しかも密かに)撤退を開始する。民間人を避難させると、それは当然目立つ事になり、ソ連軍の日本侵攻を早める恐れがある、という理屈だった。だからソ連侵攻を現地の開拓民は、その時になるまで全く知らなかったのである。
 ソ連軍が攻めて来ると、その物量は圧倒的だった。武器もロクにない関東軍が戦える訳もなく、飛行場に残っていた戦闘機には、上級将校がさっさと乗り込んで、そのまま南(つまり味方の方)に向かって飛び立って行ったという。本来、民間人を守る筈の軍の実態はこれであった。後に戦犯として裁かれる事になるのは、こうした組織のトップクラスだが、現地でさっさと逃げた将校らは殆ど追求されていない。のうのうと戦後を生き延びた事になる。
 さて、話を戻してこの東宮は戦争中に中国戦線で戦死する。実家では大勢の参拝者が訪れ盛大な葬式が催されたが、その弔問者リストを見ると、その中には満州国によって多大な利権を得た顔ぶれが並んでいるのだ。今やA級戦犯の代名詞ともなっている東条英機や石原莞爾(かんじ)、満州国産業部次長の岸信介(次期総理確実という安倍幹事長の祖父にあたる)、満州炭坑株式会社理事長の河本大作、731部隊のトップである石井四郎といった具合であり、この東宮の計画に乗っとって濡れ手に粟をした連中とその構造が伺える。
 東宮自身は恐らく、国への当然の奉公としてこうした計画を立案、実行したに違いない。言わば、典型的な官僚型人物であって、あのナチスドイツのアイヒマンと比べられるように思う。アイヒマンは独政府の指令に従って、ユダヤ人を収容所に効率的に送れるよう、貨車の手配などに尽力した。東宮も同じように、国策(というより軍上層部)の為に働いたに相違ない。そして、そこに金の匂いを嗅ぎ取って集まって来たのが上記弔問者の面々という訳だろう。
 さて、これを見ていると何となく、昨日書いた地上波デジタルという国策を連想してしまって仕方がない。問題点は徹底的に隠匿して「素晴らしい世界があなたを待ってます」というPRばかりを行う所や、当初、ハイビジョンだの高画質だのと繰り返していたのが、何時の間にかワンセグという猫の額みたいな画面をPRするようになって、議論の焦点がまるで変わっている点など、全く同じ匂いを感じる。恐らく、この陰で利益をむさぼる誰かがいるに違いない。何も知らない一般国民が犠牲になる仕掛けだ。人間の考える事など、時代や社会体制が変わったって、さして変わりはしない。それは歴史が証明している。
《2006.08.11》
地上波デジタル放送の真実
 本欄は一貫して地上波デジタルを強引に消費者に押しつけるという今の政府のやり方を批判して来たが(期限を区切ってアナログ放送を打ち切るなどというのは日本だけ)、最新号(2006.09号)のハッカー・ジャパン誌がハイビジョンと地上波デジタルの真実を記事として掲載していて、これはまさに辛口子がこれまで見た中でもっとも客観的で正しい記述であると言える。記事は連載の「プロジェクトX(バッテン)」で、まずハイビジョンとは何かから話を始め、途中からは問題だらけの地上波デジタルという方向に記述は行く。
 内容はこれまで辛口子が理解していた事とほぼイコールだが、一体そもそも何故2011年の7月にアナログ地上波を強引に打ち切るのかについては、初めて知るものだった。それは携帯事業者からの圧力だという。話は少し回りくどくなるが、そもそも地上波デジタルにするという事は、消費者も全装置の買い換えを余儀なくされる一方、放送事業者の方も莫大な設備投資を求められる。大手ならそれも可能だが、地方の小さな放送局ではとてもその負担に耐えられない。そこで、総務省が考えたのが、いわゆる電波利用料をその投資に当てる方法である。ここで反発したのが携帯電話キャリアの会社だった。この電波利用料は携帯電話も払っているので、キャリア業界が払う総額は大変なものになる。つまり、彼らに言わせれば「何でテレビのためにウチが費用負担するのだ」という事になるのだ。
 総務省は、それに対しては地上波アナログが出て行ったあとのVHF帯を携帯用に解放するから、という対案を出すのだが、当初、この切換はアメリカと同じくデジタル移行率が85%を越えた時点という事になっていたらしい。これでは何時の事になるか分からんではないか、と携帯キャリア側は反発。かくして消費者不在の中で2011年7月24日という期限が決まったのだそうだ。ここで面白いのは、携帯側が反発し、それを総務省が認めた事である。つまり、「黙っているだけでは地上波デジタルなど普及する訳がない(=つまり、そんなに魅力のあるシステムではない)」事を、双方ともに最初っから認識していたという事なのだ。
 当該記事は最後に「何故、日本のマスコミはこういう事を全く報道しないのか」と疑問提起しているが、答は単純だと思う。既に設備投資をしてしまった以上、放送局側がそれを無駄にさせるような報道をする訳がない。また、新聞、雑誌なども今では放送メディアとの資本関係が強くなり、放送側の御機嫌を損なうような事は書きにくいのである。かくして、下らない番組を見てゲラゲラ笑っているうちに、消費者はバカ高いテレビを買わされるハメとなるのだ。ちなみに、米国でも欧州でも地上波デジタルはとっくに失速している。米国ではCATV経由の視聴者が殆どで、しかもそれは従来の電波として家庭に来るから実質的に何も変わりはない(日本ではCATV事業者が地上デジタル放送を、地上アナログテレビ用に信号を変換して送る事を総務省が認めていない)し、ヨーロッパではデジタル放送はまず従来のPALと同じ形式でやっているのだそうだ。(当該記事による) 尚、ハイビジョンは綺麗だというのは事実だが、それが普通に見る分にはさして意味のある事ではない、という説明もこの記事に書かれている。一読に値する。
《2006.08.09》
公約の重み
 ここにきて小泉総理は靖国参拝問題について、恒例の開き直り戦術を展開している。長崎市では記者団の質問に対し「公約は守らないと」(つまり参拝すると公約したと言いたいらしい)とコメント。だが、同じ総理は国会の答弁で「公約は必ずしも守らなくてはいけないものではない」と発言している訳で、発言の一貫性の無さは今に始まった事ではないものの、こうまで堂々と健忘症ぶりを発揮されるといささか感心もしたくなる。
 まあ政治家の公約である。当選したら知った事ではない、というのはある意味、昔からの常識であった。だが、ここで問題にしたいのは、自分の都合だけで公約論をふりかざすというこの姿勢である。それを指摘せずに、首相はこう語ったとだけしか書かないメディアも情けないが。
《2006.08.08》
硫黄島玉砕
 NHKが7日に放送。見た方も多いのではなかろうか。第二次大戦末期、戦況不利の中、補給もなしに死守を命じられた日本兵2万人は、飢えと灼熱地獄の中、味方の死体に囲まれてそれでも死ぬ事が許されずに苦しみ抜いて命の火を消して行ったという内容である。玉砕などというシャレたものではなかった。そしてそれを命じた大本営は実は硫黄島を捨て石としてしか考えず、沖縄を最終防衛ライン、そしてそれを突破されたら全国民を動員して一億玉砕を画策していたのだ。
 で、その大本営の面々はどうしていたかというと、国民には死ねと呼びかけておきながら、長野の松代(*:松本と書いていたが間違い)に地下施設を建設、そこに大本営を移し、皇族も収容して最後まで生き延びようというプランを実行していたのである。地下大本営は結局途中まで作られたものの完成には至らずに終戦を迎えたが、例の靖国神社に合祀されていると言われるA級戦犯というのはこういう奴らだという事を、しっかりと理解しておかなくてはならない。自国民を全部犠牲にしても、自分らだけは助かればいいと考える奴らだったという事だ。国民や兵士には自決を強制しておきながら、こいつらは降伏後ものうのうと生き延びようとした。終戦と同時に自決したのは近衛文麿(*)だけで、東条は逮捕後、牢に入ってから自殺を図ったが失敗している。「自分の身はどうなってもいい。国民を救うべきだ」と御前会議で天皇が発言されなかったら、一億玉砕になっていた可能性は小さくなかったのである。(*は8/20に訂正)
《2006.08.06》
わざわざ寝た子を起こすアホ
 次期総理確実と言われる安倍晋三氏がTBSに文句を言ったのは、先月末の事である。一体何かというと、TBSが放送した旧日本軍731部隊に関する番組中、たまたまカメラが移動する時に安倍官房長官の写真が映ったというものである。状況から見てどう考えてもそれは偶然であって、安倍長官の写真などそこらに幾らでもある上に、映りこんだのは安倍長官だけではなくあの村上氏なども入っていたという。にも関わらず、「オレと731部隊を関連づけようというのか」と噛みついたのが、コトの真相だそうだ。アホじゃなかろか。そんな事をギャアギャア言ったら、何も知らない人まで本当は731部隊と関係あるんじゃないのか、と勘ぐりたくもなるではないか。
 傑作なのは、それこそ報道内容に対する不当な介入であるにも関わらず、TBSの社長がいきなり謝罪、続いて総務省までもが「注意義務を怠った」と行政指導をするという下りである。こちらも揃いも揃ってアホ揃いだ。そんな事をしたら、ますます勘ぐりたくなってしまう。日本の地上波民放は、北朝鮮のピョンヤン放送並みに政府の御用機関であるという認識も、海外に広まった事であろう。ボクシング中継では完全に視聴者とボクサーを馬鹿にしておく一方で、お上に対してはへいこらするこのTBSの体質、今の民放メディアを象徴する出来事である。
 ところで、731部隊とは第二次大戦当時、中国で捉えた中国人を実験台に使い人体実験を繰り返していたと言われる組織である。終戦と同時に証拠の隠滅をはかり、当時の部隊関係者は収集した膨大な医学データを持って密かに帰国、戦後の日本で隠然たる影響力を駆使してきたと言われる。薬害エイズで一躍有名になったミドリ十字も、その創設者以下はこの731部隊上がりだと言う話は有名だ。あの巨大不祥事の後始末でミドリ十字社は表向き消えているが、実は合弁を繰り返して生き延びており、消滅した訳ではない。(例えば、Wikipediaのココに詳しいいきさつが書かれている)
間違いだらけの性知識
 性生活に悩む夫婦が実は非常に多いらしい。読売新聞が紙面の連載コラムとして時々掲載しているが、その大きな原因となっているのがいわゆるAV(アダルトビデオ)だという。要するに、激しくピストン運動をし、口にあれを押しこんで顔面に放射すれば、女の方は喜ぶものだと夫の方が思いこんでいるのだそうだ。性を繁殖のためばかりではなく、快楽として味わえるのは人間だけの特権だが、コンビニにすっぽんぽんギャルの雑誌が並ぶ一方で、こうした「正しい男女の性のあり方」については殆ど情報が無いのが現代社会でもある。
 言うまでもなく、AVは虚構である。アクション映画の主人公が絶対に死なないのと同じ意味で、AVでの男女の関係など偽物なのだが、思春期初期からああいう物ばかり見ていると、あれが真実だと刷り込まれてしまうらしい。「マグロみたいでちっとも面白くない」と夫に言われてすっかり自信を無くしてしまった妻の話が読売新聞に出ていたが、夫の方にしたってマグロを抱いた事など無いに違いない。この表現そのものが、AVからの受け売りなのだろう。
 皮肉な事だが、昭和30年代頃までの当局の取り締まりが非常に厳しかった頃の方が、夫婦間の正しい性生活に関する情報は豊富だった。何故かというと、当局の取り締まりの目を逃れるために、怪しげな本はすべからず性医学書の体裁をとらざるを得なかったからだ。その中に読者投稿欄というのを設け、「こういう体験をしました」というような投書を書いて(当然、出版社の自作自演)、それがエロ小説になっていたのである。勢い、医学書の体裁をとっていなくてはならないから、いわゆる月経周期の話や避妊法、オルガスムス曲線、性感帯の話なども正しい解説で書いてなくてはならない。それが性知識の普及に大きく貢献していたのである。
 現在、映像情報や小説、コミックスやアニメにアダルト物は非常に多いが、その殆ど全てが興味本位だけの低俗なものだ。小説などに至っては、卑猥語を連発しているだけで幼稚園児の脳みそのまま、体だけが単に大人になったような代物ばかりだが、それがそこそこ売れている。フィギュアの世界では、まるでリカちゃん人形を巨乳にしたようなのがズラリと並び、水着の皺がリアルだの、下着を脱がせられるかどうかだのという情報が飛び交い、一体数万円が飛ぶように売れていく。こうなってくると、単なる性知識の不足とかいう次元ではなく、人類という種そのものが将来を捨てたのではないかという気すらして来る。これでは人口減少にも歯止めはかかりそうにない。
 なお、正しい性知識を学びたいなら、現在では医学書をめくるしか無いようだ。また、エロ映像よりは当たり前の映画での恋愛シーンの方がよほど正しい情報がある。今から35年も前に作られた「完全なる結婚」という優れた映画も、DVDで入手出来る。うら若き男性諸君、本当に女性にモテたいならそういう勉強こそすべきであろう。女性の方々は、男を見る時にそういう点にも留意すると良い。見ぬき方はそれぞれ工夫してもらいたいが(端的に言って水商売をしている知人でもいるなら、彼女らは男を見抜くプロ)、そうすれば怪しげな出会いサイトを経由して監禁暴行される事も防げるだろう。
《2006.08.04》
染みついたイカサマ体質
 昨日も紹介した、4万件もの電話が殺到したというTBSのイカサマボクシング中継。視聴率が42%だったそうで関係者はその事だけで頭が一杯になり、大喜びで今度は大晦日に防衛戦を行うと臆面もなく発表した。まさしく、何とかに付ける薬はないという格言どおりだ。ボクサー自身は例によって何時ものパフォーマンスだが、これは当人の資質であって一体自分がどう利用されたかも理解できずに天狗になっているだけだから、放っておけばよい。
 問題は、この馬鹿げた中継によって、ボクシングというスポーツのイメージが大きく傷ついた事である。思い起こせば、こうして色々なスポーツを茶番でオモチャにして人気凋落を招いて来たのが、民放であった。アメリカズカップ、ツール・ド・フランス、プロレスなどを思い起こすまでもなく、最近ではプロ野球も珍プレーばかり取上げて馬鹿にするような放送の仕方を皮切りに人気凋落を招き、あっという間に視聴率激減を招いているのだが、そうなっても自分らのしてきた事を反省するどころか、「○○の人気凋落が著しい」などと他人事のように指摘して放送を打ち切るというパターンの繰返しだ。総合格闘技が頭打ちの昨今、今度は性懲りもなくボクシングを食い荒らしに出たと見れば、今回の茶番劇の真相が見えてくると言えよう。
《2006.08.03》
茶番もいい加減にしろ
 いくら地上波民放の節操の無いヤラセ体質を承知の上とは言え、2日夜の亀田興毅ボクシングはひどかった。何だあれは。9時からの試合なのに放送開始は7時半。1時間半も下らない内容で延々と引っ張り続け、やっと始まった試合で亀田はいきなり第一ラウンドでダウン。ところが結局は12ラウンドまでのらりくらりと試合を引き延ばし、とりたてて攻勢に出た訳でもなく、挙げ句の果ては判定の結果、僅差でチャンピオンだという。今、スカパーのスーパー・ドラマチャンネルでは、古きなつかしいアンタッチャブルが放送されているが、そこにはギャングシンジケートが賭けボクシングで八百長をやって、大枚を稼ぐ話が出てくる。全くこれと同じ構図だというのが、試合後即座に頭に浮かんだ事だった。
 スポーツ新聞を見ていると分かるが、数日前から一面トップで亀田亀田のオンパレードであった。会見でオムツを投げただの受け取らなかっただのと、まるで幼稚園児の喧嘩である。マスコミを動員した馬鹿げた宣伝が功を奏したと見え、横浜アリーナはこうした前宣伝に乗せられて大枚はたいた観客で埋まったが、そこで行われたボクシングはこのような茶番劇だった。これでこの亀田という単細胞はますますのぼせ上がり、ボクシングは真のファンからは見放され、今回だけは多大なコストを投入した宣伝策が効果を上げたものの、あっという間にボクシング人気も低迷する事になるだろう。このパターン、プロレス、アメリカズカップ、ツール・ド・フランス、プロ野球などからの流れを汲み、ますます茶番度を高めながら遂にここまで来た訳だ。地上波を牛耳る超弩級の頭脳ゼロ集団は、恥とか誇りという単語、あるいは先を見るという概念を知らないらしい。どんなに無能でも40歳で年収2000万と言われるが、冗談抜きで言葉通りの意味での無能という事の証明を見た。
《2006.08.02》
公取委骨抜き作戦
 経団連が、現在の独禁法の改正案をまとめたそうだ。色々ともっともらしい事を書いているが、例えば違反企業に対する制裁措置が現在は罰金(すなわち刑事罰)であるものを、課徴金(行政罰)にしろという下りがあるなど、要するに網の目を粗くしろという要素が散りばめられている。不服申し立ても現在の審判制度から裁判制度に変えろと言っており、引き延ばしなどの作戦を立てやすくする狙いがあるようだ。日本経済界は小泉政権の規制緩和に便乗して、寡占化を早めておりこのまま行くと戦前の財閥復活も有り得ない話ではない。こういう形で経済界が政治に影響力を強めると、やがては利権を求めて戦争行為に突っ走る可能性が現実味を帯びてくる。
 既に地上波などのメディアが完全に押えられている事は、10年くらい前と番組編成の違いを見れば分かる。政府政策に対する批判的内容の番組、ドキュメンタリーなどが事実上皆無になっているのだ。かつては銀行に対する批判、政府や大蔵省への糾弾、各種無駄遣いの暴露などはNHKだけではなく民放でも放送されていた。今はどうか。食い物ネタか役に立たない知識番組か高校生の学芸会のように稚拙なドラマばかりが並んでいる。こうした経済界の活動の一環が、次に公取委の弱体化に向かうのは当然という事なのだろう。
自称セレブの限界
 大京が分譲したマンションの住民が訴訟を起こしたそうだ。何でも買う時に、大京側は「社会的地位の高いセレブという名称にふさわしい人を特に選んで販売し、将来にわたって値引きなどはしない」と言っていたそうだが、最近になって空き部屋を3割程度値引きして販売した事から、住民側が約束違反だと訴訟を起こしたのだという。セレブとはそもそもCelebrityの略であり、有名人とか著名人というような意味であって、少し前ならスターと言われていた人に文筆業などの層が加わった概念で、別に社会的地位が高い事は条件ではない。つまり、言っていた方も聞いてのぼせ上がった方も、ロクに意味も分からずにその単語を使っていたという訳だ。
 大体、セレブと言われていい気になる事そのものが、筋金入りの田舎者である事の証明で(本物のセレブであるなら相手にしない)、そんなに自分の地位が高いというなら自分の目で自分にふさわしい物件を探すのが当たり前。それを他人に言われて物件を決めていたのだから、田舎者に加えて厚顔無恥とおのれの不出来を反省するのが先決ではないか。マンションなどの資産価値については、公団の分譲でも同じような訴訟騒動が起きているが、住民側は裁判所から相手にもされなかった。今回もアホぶりを世間に晒して終わる事は多分間違いないだろう。
 尚、売る側がかような宣伝文句を並べる事には、辛口子は寛容である。商売でボロ儲けをする鉄則は、馬鹿をおだてる事に尽きるからだ。古くからブタもおだてりゃ木に登ると言われるが、どこぞのブランドショップが日本向けの特別バッグを出すというだけで、前の晩から店の前で列を作って何十万も払って行くようなのが幾らでもいるのが現実。このマンションにしろ、どうせそんな連中に金を持たせておいたところで、ロクな使い方もしないのは明白なのだから、社会にその金を還元するというだけでも意味はあると思うからである。
《2006.08.01》
自分さえ良ければ式答申
 総務省の情報通信審議会が、現在、デジタル放送にかけられている録画一回のプロテクトについて、見直すよう答申したというニュースを読んで、最初は「自由に録画出来る放送が増えるのか」と思った向きはいないだろうか。それは間違いである。詳しく読んでみると、EPNを採用して今のコピー制限を外すというもの。さて、EPNとは何か。それは録画した媒体が、そこで再生していいかどうかを機器に問い合せ、OKなら再生を認めるという仕掛けの事だ。詳しくは本年1月の本欄、「EPNとは何か」を参照されたい。
 さて、そこを読んでもらえば分かるようにEPNの恩恵を受けるには、チューナからテレビから録画機からDVDプレーヤから全ての装置をEPN対応に【買い換えなくてはならない】のである。こんな馬鹿げた答申を如何にも消費者の為のものであるかのように発表する総務省も総務省で、報じる新聞も新聞である。ところが、この答申に対してはなんと放送業界、著作権団体などが反発しているのだそうだ。理由はEPNだと無限に録画したDVDを複製出来るからだという。先の拙欄の解説を見れば分かるように、そもそも何枚複製しようと、決まった範囲の機器でしか再生出来ないようにするのがEPNという技術である。つまりこの反発とやらには、関係者の無知以外にまるで根拠がない訳だ。
 かくして全体像を見てみると、デジタル地上波に続き消費者にもう一度新しい機器を買わせようと画策する総務省、その意味を理解できずに報道している新聞などのメディア、更に複製という単語だけに反発する放送業界や著作権団体という具合で、要するにいずれも竹筒で天井を覗いているほどに視野の狭い3者が、違いの意図を理解出来ずに動いているという構図が見えてくる。
 そもそも著作物にガチガチのプロテクトを行う事に対しては、消費者離れを加速し結果として自分の首を絞めかねないと、アーティストそのものからの反発が少なくない。有名なのは坂本龍一氏で、こういうものをマイナステクノロジと呼んでいる。辛口子もこうして制限ばかりきつくする事を「角をためて牛を殺す愚行」と指摘してきた。
 実はこうしたマイナステクノロジを推進している連中は、本当の意味での著作権者ではない。言うなれば「他人のフンドシで相撲を取る」奴らである。聞こえが良いように著作権と言っているが、正確には頒布圏であって誰かが作ったものを流通させて儲ける権利だ。こういう奴らは写真一つまともに撮れないようなスキルの癖に、金儲けにだけは貪欲で自分らの取り分が僅かでも下がる話になるとヒステリックに反応する。アップルのiTunesのように多少のコピーは生まれるかもしれないが、市場が広がるならモノの数ではないという発想が出来ないのである。以前、フジテレビの日枝会長が「録画した物のCMをスキップするのは著作権法違反だ」などと発言して呆れられた事があった。そのテレビ局が映画を放送する時には、自分の都合でブチブチとカットしているのである。こういう連中の言う著作権とは何かが良く分かる例であろう。

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