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みじめ 近畿大学が学生に就職を勧めるため、大学のサイト上で掲載した文章に「新卒で就職できないのは欠陥品」とか「30歳後半頃のフリーターは惨め」というフレーズが含まれていて、外部から苦情メールが来たそうである。いわく「自分もフリーターだが、欠陥品と書かれ腹が立った」というものだったらしい。ミジメだったのは大学側の対応である。慌てて当該文章をサイトから削除したそうだからだ。 さて、書いた大学側は、一体欠陥品というのをどう理解して書いていたのだろうか。「欠陥品と書かれ腹が立った」というメールこそ、その主張を裏付ける最高の物証であろうに。やせている奴に向かってデブと言ったところで、当人はきょとんとするものだ。言われて腹を立てるのは、自分の肥満度にコンプレックスを持っている奴だけである。すなわち上記のようなメールが来た事がまさに、欠陥品だと自覚しているフリーターが現実に存在し、既にその状況から抜け出せないでいる事を疑いの余地なく証明しているのである。掲載したのは近畿大学の理工学部だったという。理科系である筈のこの学部、論理的思考力はゼロということらしい。 |
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見て見ぬふり 教育再生会議なるところが、頻発するイジメ問題に対する提言を緊急に発表した。内容に目新しさは全くないのだが、「放置、助長した教員を懲戒処分の対象とする」下りが目を引く。つまり、「見て見ぬフリは罰則」という事だ。一見当たり前のようだが、政府の会議が提言するとなると話は違う。先に社会保険庁で明るみに出た年金受給者書類の改ざん、高校の未履修偽装問題などは全て「公文書偽造」であるが、公文書の偽造は有印私文書偽造よりも重罪である上に、それを見た公務員には告発義務があるからだ。社会保険庁の職員や教育関係者が告発されたという話は全く聞かない。何人かをスケープゴートにして解雇か自殺でお茶を濁したというのが現実である。 片方の顔でかような「見本」を示しておきながら、もう片方で見て見ぬフリはいけないと平然と言ってのける鉄面皮ぶりは流石という他はないが、こういうのを「目くそ鼻くそを笑う」という。これでは、アル・カポネが納税キャンペーンをする方がまだ説得力があるというものであろう。百歩譲って国家公務員法は知らなかったという事もあり得るが、それならそもそもそんな提言をするに足りる資格も能力も無いという事に他ならない。大体、この提言を聞いていて噴き出さずにはいられないのは「いじめは反社会的行為として絶対許されない事であり」と明記しているところであろう。衆院を強引に解散して刺客候補を立てた事こそ、政府のやった究極のイジメに他ならないからだ。イラクで人質になった民間人3人に政府とマスコミは何をしたか、もう忘れたのか。健忘症に加えて厚顔無恥を棚に上げ、ごたいそうな提言など出したところで今の子供たちにすら馬鹿にされよう。 イジメは確かに反社会的行為だが、禁止したって水面下でうごめくだけである。この提言とやらは、ひたすら「イジメはいけない」を繰り返すだけで、そこには全く前向きな発想がない。このイジメというのを飲酒に置き換えてみれば、かつて米国が酒を禁止することで世の中は良くなると単純に考えて行った、偉大なる大失敗と全く同じであることがわかる。イジメはなくせない事を前提として認め、いかにイジメを受けた場合に対応するかを考えない限り、問題は陰湿化する一方だろう。 従ってこの委員らは人間心理のイロハも知らない上に、禁酒法が酒そのものを法律で禁止した結果何が起きたかという歴史から何も学んでいないばかりか、そうしてイジメそのものを否定しようとするからこそ、陰湿化してこれだけ既に問題が大きくなっている事実すら何も理解できていない事になる。或いはそうでないなら、この会議は「対策を考えております」という政府のポーズの為に存在しているヤラセであるかのどちらかだ。こうした委員には公用車での送り迎えと数百万の報酬が払われている訳で、こんな税金の無駄使いはさっさとやめた方がいい。こんな馬鹿丸出しの提言のどこが「踏み込んだ」ものだというのだろうか(新聞記事より)。踏み外した、の間違いではないのか。 【補足】禁酒法時代のアメリカで勢力を広げて暗躍したマフィアのボスとして知られるのが、アル・カポネ。酒の密売だけでなく、贈賄、殺人、売春などあらゆる犯罪行為を指揮したが、逮捕の決め手となったのは脱税だった。非合法に稼いだ金を正直に申告する訳がなかったからだ。 |
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IT時代の寵児を見る ニッカンスポーツのサイトからリンクがあるのだが、阿曽山大噴火コラム というのが中々面白いと思っている。裁判所の傍聴レポートが並んでいるのだ。行った事のある方なら分かるだろうが、アメリカの裁判ドラマを見て日本の裁判を想像すると全く違う。窓はなく薄暗い法廷だし、弁護士がオペラ歌手のようにとうとうと論を述べるなどという光景はないし、陪審員もいない。殆ど退屈と揚げ足取りのやりとりが延々と続く世界である。基本的に傍聴席には入れるものだが、何かよほどの動機がないとなかなか行けるものでもない。そうした中、裁判の要約を伝えてくれるメディアもあって、上記がその一例という訳である。丁度、ホリエモンの裁判を伝えていた。 中身は読んでもらうとして、当該コラムの表題にあるように、殆ど学級裁判というのは見事に的を射ている。小学校で裁判ごっこをやったって、もう少しマシなやりとりが出来るんではないか、というような文言が並んでいるのである。IT時代の寵児(ちょうじ)だなどと言って、せっせとメディアが持ち上げおだて、時の小泉政権に利用されるだけ利用されて放り出されたのが、この男。その中身はどう見ても小学生レベルであるのが良く分かる。それに付き合わされる弁護士も検察官も裁判官も大変であろう。同情を禁じ得ない。こういう仕事はひたすら忍耐が要求されるようで、辛口子のような短気な人間にはとても務まるまい。 裁判のレポートと言うと、他には例えば月刊PLAYBOY誌に麻原彰晃裁判のレポートが毎月掲載されているが、これも読んでいると頭が痛くなってくるようなやりとりである。特に、被告の精神鑑定や責任能力などという茶番が絡んで来るので、まるで禅問答だ。日本の裁判制度に、今度、裁判員というのが加わるが、選ばれた一般市民は付き合っていけるのだろうかと心配になる。 さて、このホリエモンのようにマスコミがせっせと持ち上げて騒いだ例というと、あの衆院選刺客候補もあげられよう。料亭政治とコンパの区別も付かないような若造の言動をいちいち伝えまくったり、どこぞの女性議員のスカートの色がどうだのと新聞記事が賑わったものだ。その刺客議員、今ピンチである。郵政民営化造反議員の復党が認められた以上、次の選挙では落選ほぼ間違いなしだからだ。使い捨てにされたと怒り心頭のもいるらしいが、最初っからそんな事も分からずにチヤホヤされて舞い上がっていたのだとしたら、それこそ小学生並である。一方こうなると現金なもので、メディアの扱いも手の平を返したように無視するか冷ややかな記事ばかり。かつて誉めちぎったペンはどこへ行ったのか聞きたくなるほどだ。 21世紀になって、こうしたメディアの軽率極まりない言動が特に目立つようになったと感じる。テレビのゴールデンアワー番組など、小学生レベルの脳みそが騒いでいる光景と要約してもあながち的はずれではあるまい。まさに学級崩壊である。その基本は、アホをせっせと持てはやす事だ。同じ流儀がニュース報道にまで及んでいるのである。アホを高く評価するなんて、評価している方こそアホそのものだという事にすら気がつかないのであろう。理由は無論アホだからである。 |
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天下り推進法案 パックイン・ジャーナルでもやっていたが、政府が「天下り規制の試案」と発表した国家公務員法改正案は、むしろ天下りの推進法案である。天下りの口利きに罰則を設ける一方で、現状の退職から2年以内は天下り禁止というような制限を取り払うというものだからだ。天下りについて、あからさまに「天下りしたいんだけどさ」などと言う奴はいない。書類を交わす筈もなく、よしんば要求したとしても密室での「あうん」の呼吸なのだから立証など不可能だ。ただ、例えば現状の2年間禁止という条項も現実問題としては効果が無いどころか逆効果になっているのも事実である。その2年間を過ごす為の新たな外郭団体(か、それに類するもの)が作られただけだからだ。 そもそも天下りというシステムは、公務員の人事制度に問題がある事から生まれている。横方向への異動が無いし、上に行くに従ってポストの数は減るのだから、当然はみ出した人材の行き先が必要なのだ。この「お役所システム」を変えない限り、天下りは無くならない。また、実際にはその業務に精通した人材であるのは間違いないのだから、談合の為というような理由を別にして、企業にとって有用な人材という場合もあるのである。 天下りが批判を浴びるのは、天下りによって「人脈」を企業が得て、その結果、国の行政を先取りしたり、裏工作に使ったりする事であって、例えば長野県では田中前知事が談合を撤廃したら、天下りが殆どゼロになったという事実がある以上、特に建設業界への天下りは殆どがこの裏工作要員だと見て良いだろう。が、何よりも庶民感情を逆撫でするのは、いわゆる「渡り鳥」と言われるように、僅か数年で天下り先を渡り歩いて、その度に莫大な退職金をもらっていく輩ではなかろうか。何回退職金をもらっても税金は退職金扱いだというのだから、サラリーマンには納得いくまい。サラリーマンは定年後に子会社に移っても、二度目の退職金は所得と見なされるのだ。 国の財政が厳しいと庶民には増税の嵐を向けているんだから、今回の試案がそこに踏み込んでいたら、多分もっと評価はされたのではなかろうか。もっとも官僚の悪知恵はそれをクリアする条項を密かに組み入れるであろうが。ところで、パックイン・ジャーナルは今ではネットでも無料で見れるのだそうだ。場所はYahoo動画のここだが、Macでははじかれる。OS9ならともかく、今どきOSXに対応しないなど関係者の無能を示す以外の何物でもない。携帯の料金は0円などと詐欺まがいの広告を平然とするし、だからYahooは嫌いだ。 |
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NECの中間決算遅れには更に奥がある 「NEC、IT会計厳格化で中間決算遅れ」(日経)、「NEC『二重苦』業績低迷、会計は混迷」(朝日)と報じられているこれは一体何か。記事だけでは漠として分かりにくいが、簡単に言うと米国の会計制度が厳格化され、それへの対応が遅れたという事である。実は会計報告が遅れるとあのSEC(米証券取引委員会)に年次報告書を提出出来ず、最悪では米国での上場廃止になりかねない。そうなったら会社の危機である。株価は暴落するだろうし、続いておなじみの米ハゲタカファンドによって会社を乗っ取られかねなくなるのだ。 この問題については、ここでも以前紹介したFACTA誌最新号が詳細な記事を掲載している。それによると、そもそも米国会計基準の厳格化は今年突然決まった訳ではなく、NECも米国の会計事務所を当然ながら使っている訳で、今年に限って突然「これでは内容が不十分だ」と言われたことそのものが、非常にきな臭いそうだ。つまり、米国のハゲタカファンドはこれまで破綻した銀行や、不良債権処理の不動産を活用して日本で莫大な金を稼いで来たのだが、それらが一段落した今、新たな獲物を求めて家電通信関連企業を狙い始めたのではないか、というシナリオが伺えるのである。政府は都心のオフィス需要が旺盛だとか、不良債権処理が片付いたとか発表しているが、実態は米ハゲタカファンドが食い荒らしていると言う方が近い。 さてNECはオーナー企業ではないから、特定の大株主がいる訳ではない。株式は信託銀行を通じて広く売買されているので、敵対TOBに対抗するのは難しいと言われる。NECの株価総額は1兆2千億円ほどだから、理屈から言えば6千億円も出せば過半数を取得、会社を事実上乗っ取れる計算になる。株価が暴落すれば、これはもっと容易になる。実は既に国内のメーカでは、こうしたハゲタカファンドの餌食になった会社が出ていると言われており、その第一号が三洋電機、次がパイオニアというのがアナリストによる分析だそうだ。そして、その次がNECではないか、という見方をする向きは少なくない。ここで問題なのは、NEC内部の危機意識が薄い事らしい。国内の官庁がらみの仕事が多いから海外からの買収など国が許さないだろう、という楽観論が強いという。だが、そんな会社を安値で買えるからこそ、狙われるのである。 先日、NTTの光電話が連日ダウンした。そのサーバ(正確にはSIPサーバと言って、インターネットのDNSサーバに相当する装置)が過負荷に耐えられなかったのが原因だが、実はNEC製だったというのは専門家の間では常識となっている。ドコモの方は米シスコ社の製品を使っているそうだ。NTTがSIPサーバのメーカを全く発表しないのは、その為だと言われている。だとするなら、この事態、マイナス要因ばかりではないか。そうなると改めて小泉、竹中、安倍らは日本を切り売りしている売国奴ということになるのではあるまいか。 なお、ハゲタカファンドという言い方はハゲタカに対しては失礼であろう。ハゲタカは死体を片付けるという生態系で重要な位置を占めている生きもので節度を知っているが、ハゲタカファンドは生きている企業に対する弱肉強食行為を行う上に、限りなく貪欲で満足という言葉を知らないからだ。 |
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造反議員は本当に造反したのか 今、政府与党は郵政民営化に反対し党から追い出した議員を、再び党に復帰させようとしている。野党と一部マスコミは「節操がない」と批判しているが、この造反議員問題、最初から腑に落ちない点が多かった。そもそも、党の方針に反したからと一方的に離党させるというのが不自然だし(まあ小泉の強権的政治だからとも言えるが)、刺客候補などと言って素人を動員したのもあまりにわざとらしい。だいたい、そんな素人が政治家として使い物になる訳がないのだから、最初っから一回限りだと見切っていたと考えるのが自然だろう。辛口子はここに、究極の「ヤラセ」の匂いを感じる。その理屈はこうだ。 まず、小選挙区制では一つの選挙区からは一人しか当選しない。先の衆院選挙(いわゆる郵政民営化選挙)で野党の方が沢山得票をしておきながら、実際には遙かに少ない議席しか確保できなかったのは、この特性による。例えば、その選挙区では有権者の与党支持が4割、野党支持が6割だったとする。ここに与党候補と野党候補が一人ずつ立候補したら、得票数も4:6になるだろうから野党が当選するだろう。しかし、もし野党候補が二人になったらどうか。6割に当たる票は割れ、例えば4:3:3となって与党候補が当選する事になる。話は少しずれるが、このように小選挙区制度が民意を正しく反映させるには、与党側と野党側で候補者数に差があってはまずいのである。二大政党政治に適していると言われるが、そもそも二大政党制度でなければ正しく働かないシステムなのだ。日本のように国が二つに割れて意見を争わせるどころか、多数派に我も我もと付和雷同する国ではこのような条件は成立しない。根本的に日本での小選挙区制には問題がある。 さて、話を戻して、かような条件で与党が議席を沢山とりたい場合はどうしたらいいか。答は簡単だ。選挙区に野党候補を増やせばいいのである。この場合、野党とは反与党だ。意見としてA、B、Cの3種類があったとしても、与党がAならA以外は全て野党である。そこで今までは与党候補となっていた「造反議員」を党から除名、そこには名もない素人を立候補させ、マスコミを動員して「ゆかりたん」現象を起こす。当然、造反議員は反与党の立場となり、すなわちそれは野党側と同じになる訳だから、野党側の票は割れる事になる。先の衆院選で与党が圧勝した理由はこれだ。 議席を確保してしまえば、あとは「造反議員」を復党させることでさらに議席が増やせる。ただ、あからさまにそれをやったら幾ら何でも目立ちすぎるから、総理が交代するのを待ったのである。次の選挙で素人候補が落選しても、議席数は郵政選挙前の数に戻るだけだ。という事は、党の方針に異論をとなえた議員をうまく使って、議席数を稼ぐ事に大成功したという筋書きが見えて来るのである。造反議員本人が承知でこの役を演じたかどうかは重要ではない。造反した議員をうまく使って「二度おいしい」作戦を立てた奴がいるという事なのだ。造反議員は党に反旗を翻した訳ではない。郵政民営化に反対したに過ぎない。だから、議員にしては「何時ものこと」をしたに過ぎないのだろう。そう考えるとスジが通るように見えてくる。造反騒動も、小泉チルドレン候補も、そもそも衆院強引解散も、全て筋書きがあった訳で、究極の「ヤラセ」だったのではあるまいか。 |
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ゆとり教育とは何が問題なのか 円周率を3と教えるとは何事だ、と非難轟々(ごうごう)の中で結局強行されたこの「ゆとり教育」。結局何だったのだろうか。辛口子の友人で大学の教員をしているのに聞くと、今、まさにそのゆとり教育世代が新入生として入って来ているところであるが、日頃若者を見慣れている友人らにとっても、かなり異質に映るのだそうだ。小学校に目を転じてみると、ゆとり教育が生徒にゆとりをもたらさなかった事は明白だが、先生も楽になったどころかむしろ激務になっているように見える。では一体どこにゆとりがあるのだろうか。 辛口子もそれが長年謎だと思っていたのだが、先日、週刊コミック・モーニングに連載されている「ドラゴン桜」という人気コミックの、末尾コラムに書かれていた記事を見て、その謎が解けたような思いをした。そのコラムに書かれていたのは、理科の実験の話である。乾電池に電球をつなぎ、それを複数にしてつなぎ方を変えてみると、明るさが変わったり変わらなかったりする、あれである。今のカリキュラムだと、それを小学校の3年頃にやるらしい。ところが、今度はその発展系である電磁石やモーターの話になると、それを5年までやらないのだそうだ。つまり、4年生の1年間は電気に関する理科を全くやらない。すると5年になった頃には生徒は3年の時に習った事を忘れている。従って、またもう一度それを繰り返さなくてはならない。‥‥とまあ、こういうような内容だった。 これで、ゆとり教育の本質が明らかになった。カリキュラムの内容を減らすというより、バラバラにしているのである。丁度、櫛の歯が抜けるように、1年の間に教える項目の数を減らす事を優先したから、年をまたいで教える事に一貫性が欠けてしまった。これこそが「ゆとり教育」の本質ではないかと思えるのである。結果として、生徒の理解度はガタ落ちになる。先生は何度も同じ事を教え直さなくてはならないから激務になる。生徒は理解出来ないままで先に行くようになるから、先日のクローズアップ現代で放送していたように、大卒の新入社員がまともに漢字の読み書きすら出来ないという事態を招く。現在指摘されている「怪奇現象」が見事に説明できるではないか。 そもそも、ゆとり教育が出て来たのは、その当時、受験戦争が熾烈となり、小学生までが塾に通い始めるに至って、これでは問題だという議論の中からであった。それがどうして「覚えるべき事を覚えない」ような方向に議論が行くのか誠に謎なのだが、その根底には教育の事よりおのれの権益ばかり優先させる日本のムラ社会的体質があるのではないだろうか。例えば、日教組という組織がある。その組織は言わばムラである。ムラの利益は最優先で、その結果として大局的にマイナスになろうと、それは知った事ではない、とする。念のため、あくまでこれは仮定である。すると、日教組はこういう議論が出て来た時に、うまく話を持って行って、自分らが楽をできるように画策するであろう。となれば、教える内容を減らす事を望むに違いない。皮肉だったのは、その結果として教師の勤務が楽にならなかった事である。しかし、それを元に戻すとなると当初主張した事を否定しなくてはならないから、それはムラのメンツにかけても出来ない。かくして生徒と現場の先生が、やがて大学の先生が、そして企業が犠牲になっているのが今の現実だとすれば、これまた見事に説明が出来そうだ。 よく似た話は他にある。いわゆる小選挙区制だ。これがどこから出て来たのかというと、田中角栄の作り上げた金権体質を一掃すべきだ、という議論が出た時に、何時の間にか小選挙区制なら大丈夫という方向に議論が行ったのだ。二大政党とか小選挙区制という言葉が一人歩きし、それが明るい未来をもたらし、政治に金がかからないような雰囲気が作られた。実際はどうかと言えば、先の郵政民営化選挙を見れば分かるように、野党に票数が沢山行ったのに議席は圧倒的に与党が確保する結果となったのである。民意を反映しない、およそ非民主的な仕組みだったのだ。だが、これを言い出した本当の連中は、これで得をした事になる。改革の名の下、貧富の差を拡大してその中で利益を上げている一握りの連中である。この両者、全く構造が同じと言えるのだ。談合、汚職、全てその根幹は共通している。 |
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米国による国際的詐欺事件 19日夜、NHKのBS-1で放送していた英国のドキュメンタリー「消えた200億ドル、イラク開発基金の行方」というのは衝撃的な内容だった。イラクに米軍が侵攻し、フセイン政権が倒れた時、イラクの持つ財産(考古学的なものから証券、債権、石油収入など)を管理する必要が生じた。それはイラク復興の為に使われなくてはならないので、開発基金と名付けられ総額は200億ドル(2兆円以上)にもなった。ところが本来、こういう物は国際的な管理下に置くものなのに、米国は自国の管理を主張、しかもブッシュ政権は大統領命令でその管轄を財務管理の省庁からペンタゴンに移してしまったのである。言うまでもなく、その軍最高司令官はあのラムズフェルドである。ペンタゴンはさっそく「アメリカの業者はイラクではいかなる法的制限も受けない」と決める。つまり泥棒をしても捕まらないと言うことだ。 イラク復興が開始されると、それらの財産は現金化され、膨大な量の100ドル紙幣となってイラクに送られた。そこからが本格的な搾取の始まりであった。それらを管理するCPA(暫定統治機構=実態はブッシュ政権主張所)はまともなチェックもせずに申請があれば気前良く札束をバラまいたのである。結果として僅か14ヶ月で200億ドルが殆ど消え失せ、その行き先があらかた不明なのだ。 数百万ドルを投じて整備したとCPAが発表した病院は、出来上がって見ると手術室の床が盛り上がって隙間から蟻が出入りし、水道はあちこちで水漏れを起こし、裏庭には下水から溢れた汚水が流れているという有様だった。医療器具など全く整備されておらず、薬品どころか注射針すら不足している。それが数百万ドルを費やした工事の結果だった。さらに番組スタッフが調べてみると、トランク一つでイラクにやってきた得体の知れない米国人が、適当な領収証を出すだけでCPAは気前よく札束をバラまいていたのが分かった。同じようにして数億ドルを不正に得たと言われる会社には、ラムズフェルドが社長をしていたハリバートン社もいた事が明らかになった。だが、米国政府はそうした不正を追求する姿勢を見せていないし、その現金の行方は殆どが不明なままだ。電子取引と異なり、現金の動きは掴みにくいのである。 番組スタッフはイラク人ジャーナリストと共に、この実態を追跡していたが、そのイラク人ジャーナリストの家にある日、米軍の兵士が重装備で攻撃を加えてきた。テロリスト潜伏の「疑い」があったのだという。ジャーナリストは逮捕されたが、翌日「あれは間違いだった」と言われただけで帰宅させられた。無論、家は多数の銃撃でめちゃめちゃになったままである。日本はこの米国を徹底的に支持し、今も金を貢ぎ続けている訳だが、同じように米国を支持していたイギリスのこのジャーナリズムと比べると、日本のジャーナリズムはまことに呑気だ。政府が放送命令をチラつかせただけで、一斉に拉致問題をニュースの中で大きく報じ、米国べったりの政策をとった小泉政権を批判どころか振り返る事もしないで、阿部政権にせっせとゴマを擦っている。あとの時間は日本全国特大うまい物店巡りでつぶすのだ。 |
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自殺大流行 というような報道の扱いなのは、そこにイジメという流行語が絡んでいるからだろう。日本では昨年だけで自殺者は32000人以上出ているのである。たかが中学生が1人や2人死んだからと大騒ぎする前に、メディアには報道すべき事があるのではないのか。大体、イジメで自殺を選ぶなど以前は考えられなかった事だ。石原都知事が自分宛に来た自殺予告手紙を取り出して、「こんな根性じゃあ一生イジメられて終えるぞ」という主旨の事を言ったらしいが、辛口子も同感である。 イジメと言えば、あちこちで県知事が汚職で逮捕されている。談合を指揮したという事らしいが、それではとどこかの会社が談合に応じないと宣言すれば、今度はその会社が入札から外され、業界の村八分というイジメを受けて倒産する事になる。本などで記事を書いている評論家も業界寄りという談合記事を書かないと、干し上げるというイジメを受ける。日本全国隅々までが談合とイジメに染まっているからこそ、子供の世界でもイジメが大流行するのである。それを直視せずに、談合を批判しイジメはいけないなどととうとうと聞かせるようなコラムが新聞に出ているのを見ると、苦笑するしかない。 毎度書いている事だが、イジメというのは弱い奴がやる事だ。スキルが低いから、強い奴にはかなわない。勢い、自分より弱い奴を何とかして狙い、しかも一人では出来ないから徒党を組んでやるのである。そうやる事で自分が最下位にはいない事を何としても確認しようとするのだ。業界の談合も似たようなものである。その会社のスキルが高く絶対の自信があるなら談合などしない方が有利である。談合するのはどこも横並びのレベルで、絶対的な優位性を持たないからだ。自然界で弱い動物が群れを成して身を守るのと同じ理屈である。それがこれだけ大流行しているという事は、それだけスキルの低いのが数を増しているという事であろう。 先日のクローズアップ現代でやっていたように、大卒で会社に入ってくる新入社員にまともに字の読み書きが出来ないのが出ているのである。一方で数学オリンピックで好成績を上げるのもいるように、出来る奴と出来ない奴の落差が大きく開いている。しかも後者が圧倒的に数を増しているのである。そういう背景からこの問題を語っている記事を見た覚えがない。元来、有識者だの評論家だのという人種には大した才覚などいないものだが、こちらでも質的低下が既に著しいのであろうか。 |
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米民主党の勝利は地滑り的だが 日本ではあまり報道されていないが米国での民主党勝利は議会だけではなく、全国の州議会や知事選挙を含めた全米規模のものである。つまり、ブッシュ政権は国民広くからミソをつけられたのだ。さて、その大きさに比べて日本のメディアはどこ吹く風の扱いである。風というなら竜巻の方がよほど扱いが大きい。少しは取上げていいのではないか、と思う事は・・・・
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再チャレンジ 政府は表題の為に1600億円を来年度予算に要求すると発表したが、政府の言う再チャレンジとは郵政造反議員の与党復帰じゃないのか、と思った向きは少なくないに違いない。 |
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やらせタウンミーティングの原点 政府は裏工作が明るみに出たタウンミーティングに関し、そのヤラセ実態が明らかになるまで当面中止すると発表したが、ホンネはこれを良い機会にやめてしまおう、というあたりではないだろうか。そもそもこのタウンミーティングは小泉政権の目玉でもあった。政権も変わったし、開催も面倒くさいし、どうせロクな意見も出て来ないから良い機会で「中止」したままにしておきたい、という思惑があったとしても辛口子は驚かない。大体、本当に公平に意見を求め、政府への批判が多数出て来たら、担当者はクビが危なくなるのが実際ではなかろうか。 メディアはあらかじめ質問想定集があったとか、文科省の官僚が直接指導していたなどと騒いでいるが、そもそもヤラセは日本という国の得意技である。例えば、省庁が行う審議会は実はヤラセである、と今から20年ほど前に日経BPが暴露した事がある。審議会とは官僚が法案を作成するに当たって、広く専門家から意見を求める「事になっている」システムであるが、実際にはそれは事実上官僚の筋書き通りに審議が進むようになっているのだ。仕掛けは簡単である。法案に賛成な出席者を半分、反対派を半分リストアップし、最後に議長には賛成派を据えるのだ。議論はそれぞれ好きなように進め、ある程度煮詰まった所で決をとる。当然、半分ずつに割れるから最後に議長が手を挙げて可決という具合だ。これで国民に意見を求め、支持されたと胸を張れるのである。以前、辛口子は文科省のサイトで公開されている議事録を少し読んでみた事がある。あの「ゆとり教育」について審議した会の議事録など、議論が最後には一気に目的地に着地する様が、議事録からも伺えたものだ。 今、話題の教育委員会も委員の選択に公平性などカケラもなく、実質的に機能していないのは最近報道されているとおりである。だが教育委員会の制度そのものが悪いのではなく、むしろこれを無くしてしまうと文科省が直接教育現場に口を出してきてしまうのであって、実際には緩衝機構としては機能していないのが問題なのだ。しかし、こういう問題があるとどこからともなく短絡的に「教育委員会廃止論」が出てくる。それはこうしたシステムが無くなった方が都合が良い連中が発しているのだ。 テレビの報道番組でも例を挙げればきりがない。世論調査などと言う代物も、自動機械で行っているだけでその正確さについては何の裏付けもないまま、数字だけが一人歩きしている。アンケートというものは、設問の作り方で回答をある程度誘導できる。それで数字を出してそれを世論だと決めつける事で、実際には世論誘導をしている訳だ。テレビに出てくる「町の声」など、大勢から取った物を公平に出している保証など全くなく、ディレクターが目的に合致する声だけを選別して流す事も日常的に行われていると言われる。全てヤラセの一形態である。 民間だって負けていない。良い例が入札制度だろう。本来の目的はどこかへ行き、入札者が陰で口裏を合わせ、誰もが損をしないで順番に仕事が来るように工作するのである。談合と言われるが、立派なヤラセである。このように、日本は制度を導入するのは形だけで、実際の運用はまるで目的外の様相にして身内だけが得をするように持って行くのが伝統だ。仏作って魂入れず、という奴である。 会社に勤めている方なら、上に出す報告書に悪い数値や意見をありのままに書けるであろうか。ヤラセを撲滅するには、そもそも誰もが本音で議論出来る環境が無くてはならない。当然そこでは意見の衝突が起き、勝者も敗者も生まれるだろう。ところが日本の伝統、ムラ社会ではムラの中で勝者と敗者が生まれる事は許されない。和が乱れるからだ。例えば上司が不快に思うような報告書など、実質的に出せない会社は珍しくあるまい。これこそがヤラセや談合の原点である。つまり、日本はヤラセ国家なのである。誰もがヤラセを非難するが、実は誰もが当たり前の事としてヤラセ国の土台を固めているのだ。だからこそイジメの原因を探求するのではなく、そのような物は存在しない事にして発生数はゼロと報告されるのである。イジメの加害者と被害者が同時にムラに居てはならないからだ。なお、自分のムラには加害者だけでよそのムラに被害者を作るなら問題はない。これがヤラセを非難する声の実態である。 |
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外貨準備高とはなんだ? 財務省の発表によると、10月末の日本の外貨準備高は前月末比42億8100万ドル増の8855億 5400万ドルでこれは過去最高の額だそうである。さて、この8855億ドル(円換算して1兆円を越える)とは一体何であろうか。国民一人あたりおよそ1万円になるが、我々の懐が暖かくなったという実感はない。辛口子は以前にもこれについて調べた事があるが、どうも釈然とする解説には出会わなかった。 ところが、中国の人民日報日本語版にまさにそれについての解説(これとこれ)が出ていて、これが今まで見た物のなかで一番良く出来た説明のようだ。こちらの解説でも話がややこしいが、要するにこれは国立銀行(日本なら日銀)が保有する外貨運用の為の基金のようなものであり、例えば民間企業なり一般銀行なりが外貨を自国通貨(日本なら当然、円である)に交換する時に溜まって行くもの、という事のようだ。つまり、例えば一般企業が海外で得た金(例えばドル)を円にしたい時、日銀はそのドルを受け取って円を渡す。その時に貯まったドルが外貨準備高という事らしい。従って、日本国内でだけ考えると日銀が円を発行しているのと同じ訳で、この外貨準備金を国内の為に使うという事はもう一度円を発行する事となってインフレに直行してしまうメカニズムになる。 この理由によって、外貨準備高は日本国内で使う訳にはいかないという事になるわけだ。実際にはこれを海外へ環流する為に外国債購入(日本の場合は米国債が圧倒的に多いらしいが)のような形で運用している。為替変動が行きすぎた場合に介入する為の資金としても使われる。何だか狐につままれたような話だが、国際的スケールでの金の流れというものは、こういう妖怪めいたものなのであろう。この外貨準備高が多いという事は、それだけ日本という国が国際間の金の流れに影響力を持つという事であり、その意味で国民生活の安定に寄与している事になる。無駄な金では決してないが、直接日本国民が使える訳ではないという変わった金なのである。 |
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大山鳴動ネズミ潤沢 どこぞに「イジメを苦に自殺する」とかいう手紙が届き、その消印に「豊」という文字があったからと、豊島区などの教育関係者が慌てふためいているらしい。まことに滑稽というか、阿保らしくてどうコメントして良いか分からぬ。大体、自殺をするに当たって予告をする奴などいない。自殺というのは簡単にできるものではなく、鬱(うつ)か何かになってそれしかないと思いこまないと踏み出せないものだ。こうやって予告してくるというのは、要するに「誰かかまってくれ。相手をしてくれ。さみしいのだ」という意思表示に他ならないのだが、それを真に受けて大騒ぎをするとどうなるか。手紙の当人は「すげえ、俺もこれだけの騒ぎが起こせるんだ」と悦に入るだけの話である。メディアもだが教育界にはまともな心理学者一人、いないらしい。 こういう事をやる手合いは、要するに自己表現が出来ず頭も賢くないのだが、自己アピールの欲求だけは十人前というのが定番である。つまり、普段は目立たないタイプに他ならない。「犯人」が判明したら、まず間違いなくそういう手合いであろう。そして「こんな騒ぎになってご免なさい」で一件落着となる当たりが関の山。本質的に学校のガラスを割ったり、ウサギや鶏を虐殺したり、果ては放火騒ぎを起こしてしまうカスのたぐいだ。だが、そうした人間を量産しているのが今の教育制度であり、ゆとり教育である。なにせ、まともな基礎教育を受けていないものだから、自分の意志、考えを論理的にまとめる事も、明確に述べる事も出来ない。しかし欲求だけはあるから、こういう形でしか自己表現の手段が無くなるのである。言葉で意志を表現できない赤ん坊が泣き叫ぶのと本質的に同じであり、ある意味、彼らは文科省官僚の被害者と言える。 立花隆氏も 氏のブログで、改めてこの教育制度の問題を論じているが、それにしても今、国会で審議されている教育基本法改正案など、愛国心がどうのこうのなどという全くのピントはずれな代物なのだから先も暗い。その国の将来はその国の若者を見れば分かる、と言われる。どこの国も、次の世代を国家の将来を担う者として教育には力を入れるものだが、日本だけは逆に国民をアホにする事しか考えていないらしい。そして、右向け右とか国歌斉唱とか命じればその通りに動く国民にする事で、自分らの権益は安泰だと文科省官僚は考えているようだ。そうでないなら、ゆとり教育などという世界に類を見ない愚策が行われる筈がない。社会保険庁に続き、文部科学省も解体すべきリストの筆頭に置くべきではあるまいか。 |
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フセイン裁判 世界が注目する裁判としては、恐らく空前にして絶後に近い茶番である。裁判長は当然ながらアンチフセインのアメリカ派が当たってるし、フセイン大統領(法的には大統領ではない、とは言えない)側の弁護士は二人が「事故死」、それを見て辞任するのも数知れず。裁判は公開すると言いながら記者団はテレビ越しにそれを見るだけで、しかもその画像は一旦HD録画器を経由して20分遅れの検閲済みというのだから、一体何を持って公正だと言うのかブッシュはともかく阿部総理には伺いたいところだ。これが公正であるなら、日本の裁判でもこの程度はやっているという事なのだろうか。 フセイン大統領に対する判決も予想通りで、グルド人虐殺などにより死刑となっていた。戦争犯罪人として裁判するのであるなら、ミロシェビッチと同じ理由でハーグの国際司法裁判所で審理するべき問題のようであるが、それではアメリカにとっては裁判をコントロール出来ないから都合が良くないのであろう。そもそもアメリカはかつて、サダム・フセインを英雄的同盟者として持ち上げていた。それはイラン・イラク戦争の頃である。アメリカの傀儡であったイランのパーレビ政権が崩壊すると、アメリカはイラクのフセインに援助をしてイランを攻撃させた。このイラン・イラク戦争で双方合わせて百万近い死者が出たとも言われている。無論、これはイランとイラクの戦争だから米国人死者など一人も出ていない。その頃にはアメリカはフセインに様々な軍事援助(兵器やら細菌も)を与えているのである。そういう事実を片端から証言されたら、アメリカとしては国際世論上もまずいのだ。 今、アメリカではキリスト教保守派と言われる層が勢いを増している。NHKのBSで放送されていたドキュメンタリー「アメリカ、神の理念を政治に」では、そうした保守派が政権内部に送り込む為の若者を育成する学校を取上げていた。無論、こうした学校だから教える内容は聖書の記述に厳密に従った内容だ。進化論などは論外。地層というのは長い歴史の中で出来たものではなく、ノアの洪水の時に溜まったもので、化石の年代が古く見えるのは神がそのように物質を集めて作っておいたからだ、とそこで教鞭を執るある物理学者はカメラに向かって堂々と説明をしていた。結婚前の性交渉も、同性愛もこうした世界ではもっての他だ。ところが、先日、この保守派トップが少年相手の同性愛を日常的に行っていたとバレて、今、大騒ぎになっているという。正体見たりというところであろう。なあに、偉そうな顔してたって、所詮、中身はこの程度だという証明でもある。 サド文学というのがある。サディズムという言葉の元となったと言われる作家で、虐待を受ける主人公を描いた小説で知られる。かつてはポルノとして発禁になっていたが、実際に読んでみると性的描写なんて殆どない。「ジュスティーヌ」では清純な女性主人公が裸にされて焼きごてを押し当てられたりするが、その程度では今のジュニア恋愛小説にも及ばない。「ソドムの120日」では人里離れた城に美少年や美少女が集められて乱気痴騒ぎが展開されるが、性的虐待といえば裸にされる事くらいである。で、実はこの小説で共通しているのが、こうした性的虐待を行う面々なのだ。最高裁判事、政治家、実業家に並んで必ず出てくるのが宗教指導者。特にキリスト教の司祭や枢機卿などである。当時、宗教界のトップは非常に腐敗していたと言われる。ルターによる宗教改革の原因になってもいる。発禁になった真の理由が伺えよう。 サド文学以来200年ほどが過ぎた訳だが、人間なんて何も進歩していない。自分の堕落は棚に上げて、機会があれば自分の権力を拡張する事しか考えない。上記、宗教学校で未来のエリートと祭り上げられて教育を受けている若者は、彼らにとって要するに使い捨ての道具に過ぎないのだ。ブッシュもこうしたキリスト教保守派による支持を得た事が、大統領への道となったと言われているが、あの単純な発想を見ているとウルバヌス2世(十字軍派遣を提唱した人物)あたりと良い勝負のようだ。どこかの国の首相はそのまた手下というところか。 |
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核保有の議論とは 中川昭一政調会長や麻生太郎外相が最近、やたらとしている「日本の核保有を議論しよう」発言について、野党が共同で更迭などを要求すると発表した。日本は言論・思想の自由がある(筈)だから、議論する事そのものに問題はない。ただ、政府の要職にある人間は公的な立場であり、それが発言する事は政府の方針であるという一面ももつ。議論は大いに結構だが、それなら「野に下って」からやってもらいたいものである。 ただ、この問題はその陰でどさくさに紛れて憲法を改正してしまおうという動きから、国民とメディアの目をそらすものではないかと辛口子は睨んでいる。安倍総理も事ある度に憲法改正論をぶち、何やら世論調査では改正賛成が半分くらいいるらしいが、自民党原案は次の改正条件が国会の過半数になる事、軍事法廷を設置する事などをちゃんと教えた上でアンケートを採っているのか大いに疑問である。そもそも、現行憲法で日本が核武装する意味はない。専守防衛で核兵器など何に使うというのであろうか。まさか敵が上陸してきた時に使うというのであれば、はっきり言って自殺行為である。日本が広い国土を持ち、限定的な戦術核を使える環境にあるというならともかく、人口の多い日本でそんな事をしたら自国民に多大な被害が出るからだ。相手に対して報復するという脅しになるといっても、それは相手が理性に基づいて行動する国家の場合に限るのであって、例えばテロリストには何の効果もない。 従って、核保有論とはその背後に憲法改正し、日本が海外派兵できるようにして、集団的自衛権を拡大解釈するという前提が頭にないと、核武装(保有でも同じだ)を議論しよう、という発想そのものが出て来ない筈なのである。この中川議論については若手議員の中でも賛成する動きがかなりあるそうだ。大体、日本が核兵器を保有するという事は、NPTからの脱退を意味するのだが、言ってる中川氏本人もこうした賛成する若手議員も承知しているのだろうか。している訳ないであろう。これでは政治家としての資質に欠ける。 明治になって日本にも議会が出来上がったが、かつて議員に立候補する条件は今より遙かに厳しかった。女性は立候補出来なかったし(選挙権もなかったが)、立候補には事実上財政が豊かな層でないと駄目であった等、今から思えば信じられないほど条件がうるさかった。現在ではよほどの事が無い限り立候補は可能だし、選挙権は成人すれば無条件に与えられる。しかし、こうも軽薄な意見ばかりが横行する現実を目の当たりにすると、かつて政治に参加する条件が厳しかったのは、それなりに意味があったのではないかとすら思えてくる。少なくとも、世代交代はともかく、若いというだけで持てはやすのは政界では考え物だ。権謀術数の渦巻く世界でモノを言うのは経験であって、そこでは若さは武器ではなく弱点でしかない。辛口子の周辺では、議員に立候補する場合、IQの条件を付けたらどうか、という声も耳にする。小泉チルドレンなどを見るにつけ、反対しにくいのが現実だ。 |
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米国と南米との対立から見えるもの 日本は国連の常任理事国入りにのぼせ上がって、あっさりとアメリカに裏切られたが、今、国連では安保理の非常任理事国改選選挙が行われている。当然、選挙であるから国が立候補し、それから投票が行われるのだが、ベネズエラが立候補を取りやめたのをアメリカが事のほか喜んだらしい。チャベス大統領が国連でブッシュ大統領を「悪魔」と呼んだ事まで引き合いに出して、あのボルトン国連大使が「やったぜ」と語ったのだそうな。勿論、ベネズエラも負けてはいない。米国が支持するグアテマラが落選した事で「我々は勝利した」とやり返している。 さて、先日NHK-BSで放送されていたドキュメンタリー、「アメリカのメディア支配への挑戦」によると、そのベネズエラでは南米数カ国と協力して南米向けを銘打った衛星放送を始めたのだそうだ。それまで南米地区に衛星から降ってくる電波は、全て米国寄りだった。それを見直す動きである。中東のアルジャジーラと同じ発想だ。そのドキュメンタリーで面白かったのが、両者の比較であった。当然ながら、米国系の放送メディアの方が資金は潤沢である。だが、その南米出張所たるや殆ど要塞であった。高い塀を巡らせ、上には高圧線を張ってあり、入り口では屈強なガードマンが銃を装備して立っている。中に入ると豪華な受付が迎えるが、その奥は閉じた扉が並ぶ廊下だ。それに対して南米系メディアは変哲のないビルの一角にオフィスがあり、中ではガラス張りの部屋の中でパソコンを使った編集作業が行われていた。 今、世界にある米国の大使館は軒並みこうした厳重な警備体制にあるという。例外は日本にある大使館くらいなものだろう。かつて、高い塀を巡らせた大使館と言えばソ連のものと相場が決まっていた。現在、それはアメリカになっている。メディアがどう報道しようと、ここに現在のアメリカの国際的立場が明確に見てとれるのである。 |
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悪知恵と浅知恵 いわゆる消費者金融(高利貸し)の各社が揃って大幅赤字化をアピールしている。話を読んでみると、利子払いすぎに対する返還要求があった場合に備え、今後5年分の引当金を計上したためだそうだ。つまり、これまで取りすぎていた利子を損失として赤字にしているのである。税制上は良いのかもしれないが、これで各社とも赤字法人になる訳で税金を払わない事になるはずだ。しかも引当金は「将来払うかもしれない額」なのだからまだ手元にあるのであって、まことに悪知恵の働く奴はいるものである。ただし、これでいかに今まで利子でぼろ儲けをしていたかもバレた訳だが。 一方、何やら例の高校の履修省略問題で、茨城県では校長が自殺したそうである。遺書には「生徒は悪くございません」とあったそうで、何だかどこかの破綻証券会社の社長を思い出す。日本的と言えば日本的なのだろうが、国際社会だったら間違いなく馬鹿にされる対応であろう。後始末は他の人間に任せてさっさと逃亡をした訳だからだ。昔の武士の切腹は、言わば討ち死にの一形態だった。あくまで自分の意志が認められない場合、それでも自己主張をする最後の手段だったのだ。責任逃れの逃亡としての自殺など、お家取りつぶしものだった。お世辞にもこんなのは大人の対応ではない。生徒の為に可能な限り尽力するのが責任の取り方というものだろう。死ぬならそれからだ。 それに続いて、例の中学校2年生がイジメを苦に自殺した岐阜県では、校長、学年主任、教育長が揃って遺族の前で土下座したという話も、釈然としない物がある。土下座する事の是非は脇に置いたとしても、何でそこにわざわざ記者団を揃えさせるのか。いかにも保身への魂胆が見え見えであるのが情けない。まことに浅知恵である。それと同時に、寄ってたかって校長、教師をイジメまくる遺族とメディア。わが子の異常に気がつきもせず、相談相手にもならず、支えもしなかった事など棚に上げ、自分が我が子を殺したのかもしれないという発想はそこには感じられない。親がちゃんと支えていれば子供は自殺になど走ったりはしない。子供にとって親は最後の避難場所なのだ。それが無かったから、あの子は自殺しか選べなかったのである。皮肉な事に、こちらの方が討ち死にによほど近い。さて、この連中はこうした土下座で今後、イジメや自殺が無くなるとでも思っているのだろうか。いや、あまりに知恵が浅くてそんな所に考えが回ってなどいないに相違ない。目先にスケープゴートを作って一緒に石を投げるのが楽しくて夢中になっているだけというなら、まさに女子中学生を自殺に追い込んだ奴らと同じ精神年齢ということになるだろう。 |
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