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しがみつきこそが無能の証明 参院選大敗でも安倍総理は「自分の理念が否定された訳ではない」と開き直り、憲法改正へあくまで突き進むつもりのようだ。国民は憲法改正を望んではいない。それは民主党が大勝した事ではなく、社民党など現行憲法擁護路線の政党がいずれも議席を伸ばした事が示している。 そもそも、安倍が総理になった最初のきっかけが、「一度日本に来た以上、何があろうと絶対に北朝鮮になど戻さない」と頑固一徹に言い張った曽我ひとみのオヤジを利用し、「私が戻さない」と手を振り上げ、それをメディアがせっせと持ち上げたことだった。このオヤジを非難するつもりはない。大局的見地もなく自分さえ良ければそれでいい(事実、以後横田めぐみ問題の時もこのオヤジは知らん顔だった)という人格だが、どこにでもいる凡人に他ならないからだ。問題はそれに迎合した安倍である。これが「私が北朝鮮までついていき、必ず戻す」と言ったのなら辛口子も評価しただろう。だが、一緒になって騒いだこの発言は、この時既に政治家としての資質の無さを完璧に証明していたと言えるのである。 無論、それに迎合して一緒に騒いだメディアの責任は言うまでもない。そもそも日本のメディアが自分を反省する報道をした試しがない。アメリカでもメディアが政権と一緒になってイラク戦争を後押ししたが、それを反省して見直す番組を2004年暮れに既に放送している。日本のメディアが安倍ヨイショを反省した報道や、イラクから帰国した民間人3人を寄ってたかって袋だたきにした事に対する謝罪などをカケラたりともした事があっただろうか。グッドウィルの会長を時代の寵児ともてはやした事などケロリと忘れて、叩く時だけ元気一杯だ。 さて、厚顔無恥なメディアの話はそれでともかく、問題は安倍の開き直りである。確かに年金問題は安倍政権の責任ばかりとは言えないだろうが、それへの対応は「人心を惑わすような事を言うな」であった。その後慌てて体裁を整えた「今年一杯に対応」に至っても、絵に描いた餅は明らかで、社会保険庁は今だに5000万件の調査そのものを開始していないのだ。地方の景気は滅茶滅茶だし、病院からは医者がいなくなり、住民にとっての実感は住民税の激増だけだが、安倍はそれらへの対応などカケラも示さずにただ「美しい国を目指す」しか言わない。しかもその実態は、日本の軍国主義化であり、自民党の憲法改正草案には軍事裁判所の創設や、国民主権の制限などがしっかりと織り込まれているのだ。(今の憲法で「公共の福祉に反しない範囲で」尊重されなくてはならない事になっている基本的人権は、自民草案では「公の秩序に反しない範囲」と書き換えられている。これは国にとって都合の悪い権利行使は認めないという事で、あの治安維持法そのものである) 更に閣僚の不祥事続発とそれへの対応すら出来ない無能ぶりも省く事はできない。ある携帯電話によるアンケートでは、女子高生からも「安倍は経験足りなすぎ」という声が出ていたという。確かに大臣経験も無しに官房長官だけでいきなり首相というのも問題だが、そもそもこうした事例を並べてみるにつけ、明らかに足りないのは経験ではなくスキルそのものであろう。FACTAなどに書かれているように、学校の成績もパッとせず、しかも一族からの熱い期待がある訳でもない安倍のこうした行動は、ただ、自己顕示欲のおもむくままに憲法を改正したという箔を付けて歴史に名を残したいという動機を仮定すれば充分に説明がつく。折角参院選で歴史に残るような惨敗をしたという形で語られるチャンスを得たのだ。これを格好の機会ととらえ、一旦身を引けば年齢から見てもまだ再登場の機会は充分にあるだろうに、そういう長期的視野ですら物を考えられないという無能ぶりををまたも証明したのである。 |
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四ヶ月 23日の朝刊だったと思うが、原爆投下によって150万人もの命が結果として救われた、という米の主張に異論を唱える論評が出ていた。読んでいてびっくりしたのは、その中に「いずれにしろ、日本は追いつめられていたのだから、1945年の12月には降伏していたというのが定説である」などというフレーズがあった事だ。だから米軍の主張は誇張だという訳だ。ところで日本が降伏したのは実際には8月。ではその4ヶ月か5ヶ月の間、日本は平穏無事だったとでもこのウルトラ級にお目出度い評論家は言いたいのだろうか。 一例をあげよう。沖縄戦の犠牲者は民間人だけで15万人と言われる。自決した人は無論、学徒動員で前線に立たされた子供らも含む。その沖縄に米軍が上陸したのは1945年の3月の事である。最終的に戦いが終結したと言われているのは6月。つまり、沖縄では4ヶ月でこれだけの犠牲者が出ていた。日本に原爆が投下されたのは、言うまでもなくこの6月より後である。さて、仮に原爆投下が行われなかったとして、果たして米軍はその年の暮れまで、日本本土に何もしなかったであろうか。そんな筈はない。 既に日本では主要都市に爆撃が連日行われていたし、沖縄に陣を構えた米軍は次に当然ながら本土上陸作戦を考えるだろう。1945年の3月10日に行われた東京大空襲では10万人が死亡、負傷者が11万人、家を失った人が100万人と言われる。これは一応の公式記録だが、正確な数字は今も不明である。僅か一回の東京空襲でこれだけの犠牲者が出ているのである。広島や長崎も原爆が落ちなくても普通の空爆はされたであろう。当然ながら数万人の犠牲者は出たであろう。それが日本各地の都市で続くのである。 しかも米軍が実際に上陸作戦を開始したら、前線に立たされるのが民間人である事は、沖縄戦の悲劇が証明している。当時の日本軍人は「突撃しろ」「降伏するな」と言うだけで、自分らは最後まで穴にこもり、最終的に「最後の一人まで戦え」と言い残して自決しているのだ。本土では、上陸する米機甲化部隊に竹槍で立ち向かうように訓練が行われ、戦車に対しては竹の棒の先に爆弾を付けてそれを持って突撃しろと言われていたそうだ。一方で政府や大本営の連中は長野に地下大本営を作り、そこに立てこもるべく着々と準備を進めていたのである。日本全土に向かい「最後の一人まで抵抗しろ」と言い残して、そこで自決でもするつもりだったのだろう。 こうした状況を考えたら、日本が自然降伏をする12月までにどれだけの犠牲者が出ただろうかは、想像に難くない。米の言うように150万人になったかどうかは定かではない(歴史にIFはない)が、それに近い数字が出たであろう事は充分に考えられる。それをこの評論家は考えているのかが全く疑問であったのだ。こういう手合いが偉そうな顔をして嘘八百の屁理屈を吹聴し、本まで書いているのだから全く始末に悪い。 念のために断っておくが、辛口子は米軍の原爆投下を正当化しているのではない。以前も書いたように「さっさと降伏していればこんな犠牲者は出なかったのだ」と言いたいのである。当時、日本の戦況が末期的であったのは誰の目にも明らかだった。例え、前線からは聞こえの良い情報が伝わって来たとしても、連日上空に敵機が来襲し、好きなように爆弾を落として行くのだから、疑う余地など無かったのだ。にも関わらず、自分らのメンツを保つ為には国民に幾ら犠牲者を出しても構わぬとばかり、意固地になって徹底抗戦を叫び続けた政府や軍部の責任は重い。 更に問題なのは、今もってその体質が変わらない点である。今や英国政府も米国政府もイラク侵攻は間違いだったと認めているのに、日本は世界でただ一つ、イラク戦争には大義があったと言い続けている国なのだ。今度の選挙には、終戦当時に首相だった東条英機の娘が立候補しているが、国際貢献とは軍を出す事だと主張する単細胞が総理になったばかりに、こうしたどうしようもない奴らがまた甦ろうとしている。するとそれに続けとばかり、上に書いた黒を白と言いのける輩が続々と湧いてくるのである。 |
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大山鳴動死屍累々 昨年の春頃、いわゆるPSE問題というのが大騒ぎになった。中古商品を売る時でも政府承認のPSEマークが無くては売ってはいかんと言う話に、中古店が死活問題だと大騒ぎになり、果ては音楽家の坂本龍一までがコメントを出して、電子楽器は例外にするなどなんだかんだとスッタモンダの末に、事実上レンタル扱いという抜け道でザルとなった、アレである。 ところが、今月の16日になって経産省が「あれはミスでした。無かったことに」と記者会見をしたのである。結局、中古品については円滑な流通を可能とする改正法案を秋に提出するとのこと。ところが、既にあの騒ぎの中、倒産したり撤退した中古業者は少なくないのである。自らの間違いを認めた上に、これらについても補償をすると述べているのは、日本の役所では画期的な姿勢であるとは言え、既に倒産・廃業しているのでは補償と言っても事実上救済はされない。今後、尾を引く事が予想される。 さて、この話をこの場でわざわざ取上げたのは、「あれは間違いでした」と認める前例が出来たからである。頑迷にプロテクトを外すなどまかりならんと何とかの一つ覚えを繰り返すだけの放送業界。少しは学んだらどうか。コピーを9回まで可能とするなど、消費者にとっては何の利益もない。いちいち世代を数えていなくてはならないし、装置は全面的な買い換えを要求されるし、そもそも9回という回数にしたところで保証されているものではないからである。そんな事より、今、放送電波に乗せているプロテクト信号を即刻廃止すればいいのだ。そうすれば最小限のコストで消費者には最大の利便だし、新型録画機は売れて景気向上に寄与するし、市場そのものも広がってデジタル放送への移行ももっとスムーズになるだろう。 そもそも放送業界は不正コピーの事ばかり言うが、実際に今のデジタル放送番組のデータなどとっくの昔にネットに流れているのである。どれだけコピープロテクトをムキになってかけた所で、破られるのは時間の問題。既にブルーレイのプロテクトも破られていて、ハイビジョンリソースですら番組が流れているのだ。にも関わらず、コピープロテクトを意固地になって言い続けている理由は一つしかない。それは「ここで発言を引っ込めたら自分のメンツが立たない」というエゴである。言い換えれば、自分らのメンツを保つ為なら、消費者がどれだけ迷惑し、景気がどれだけ悪くなろうと知った事ではない、と主張しているに等しい。そうでなく、もし、プロテクトが有効だと本気で思っているなら、既に頭の知能程度の問題となるのだから、これは職務遂行能力が無い事の証明に他ならない。それならさっさと業界から引退すべきだろう。こんな連中が路頭に迷ったところで、消費者は何一つ困ったりはしないのである。 |
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はびこる素人 朝日新聞の報道によると、全国投票所のうち、約3分の1が終了時間を「自主的」に早めるという。法的には合法という屁理屈があるらしいが、有権者の権利を勝手な理屈で奪うという由々しき問題であろう。関係者によると、やれ投票結果を早く出したいだの、市町村統廃合で運ぶ距離が長くなっただのという返事がかえってくるらしいが、それなら早く運ぶ対策を考えるべきだろうし、投票結果を早く出さなくてはいけない理由など何処にもないのだから、まったく理由になっていない。まさか民放とタメを張って、当確をよそより早く出したいとでも言うのか。 更にパックイン・ジャーナルによると、期日前投票では有権者の身分確認もいい加減にされているらしい。身分証の提示を求める訳でもなく、誓約書に住所、名前などを書けばそれでいいのだそうだ(自治体にもよる)。これを総務省に問い合せると、「自治体の判断に任せている」などという返事が来るという。これで多重投票や不正投票が起きたらどうするのか。ここにも有権者の権利というものを守るという発想は全く見えない。あるのは責任転嫁と義務放棄だけである。 ところで、この投票所早期閉鎖のように説明を聞いても今一つ釈然としない時には、「そうする事で誰が得をするか」を考えれば答が見えてくるものだ。この場合、それは誰かと言えば、疑う余地なく「残業を嫌がる職員」である。恐らく、どこかの職員が「この手を使えば早く帰れるぞ」などと思いついたに違いない。横並び大好きな上に、働くなど嫌だという連中の集まりだから、よその自治体でもそれを聞きつけて我も我もと歩調を合わせたと考えれば、この問題の本質が見えて来よう。 これは紛れもなく、プロ意識の欠如である。国民の基本的権利を守るというのは、政府職員の重要責務のはずだ。だからこそ、税金から自分らの給料が出ているのである。それを放り出して自分さえ良ければそれでいい、と言うのだから本欄の表題には素人と書いたが、そもそも一人前の人間として失格と言うに近い。しかも正々堂々と「職員の疲労が激しい」とでも言うならともかく「運ぶのが大変だ」などと下手な屁理屈をこねまわすのだから、精神年齢も小学校低学年レベルのそれだと言って良いほどだ。 ところが、考えてみればこのプロ意識の欠如、今、そこら中に蔓延している事に気づく。特に国のトップにしてからがそうだ。大臣の不見識な発言などは、自分の地位を考えた上での行動でないのだから、これも絵に描いたようなプロ意識の欠落に他ならないが、年金問題が明るみに出そうになると「人心を惑わすような事を言うな」としか言えない安倍総理こそがその筆頭であろう。小泉内閣の時には、劇場型政治、或いは小泉劇場と評されたものだが、安倍内閣に至っては同好会政治とでも言うべきレベル。トップがこれでは、組織の下部に統制が効かないのも当然か。 しかしながら、そうした議員を選んでいるのも国民である。選挙公報を見てもらいたい。比例代表の自民党など、まるでどこかの大学の同好会名簿とでも言いたくなるような、素人丸出しの顔が並んでいる。諸君、もっと選挙の時はプロを選ぼう。政界は芸能界ではない。芸能界に幾らアホが蔓延しても実害はないが、若いというだけで素人を政権に並べたら、それは自分に返って来るのである。知らぬ間に地方税が激増しているのを嘆く前に、そうした政権を作ったのは国民自身である事も忘れてはならないのだ。 |
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200年企業 創業200年以上の企業が日本には何社あるだろうか。何と3000社を越えるのだそうだ。この数字は諸外国と比べてもズバ抜けて高く、例えば中国では9社、インドには3社、米国には14社しかない。日本以外で多いのはドイツだそうで、約800社だという。これは今年の6月18日にNHKが放送した「世界最古の企業〜日本が誇る21世紀の経営哲学」というNHKスペシャルからの受け売りなのだが、良く聞く日本の強みは中小企業の技術力だと言う話はここにも通じ、実はこうした長寿企業もその殆どは中規模かそれ以下なのである。ここに日本の強みがあるのである。 こうした長寿企業には、いわゆる社訓のようなものが長年伝えられている。そこには現代でも立派に通じる内容が列挙されている。不用意に会社を大きくしてはならないとか、投機に手を出してはならないなどが代表例だろう。バブル期に不動産に手を出して潰れた会社は珍しくないが、実は金を扱う証券会社などでも「安易な利益を求めるな」という社訓がありながら倒産した所が少なくなかった。 倒産した企業は、無能な経営者が軽薄な風潮に浮かれた結果そうなった訳だが、こうした長寿企業では先祖代々の智恵をしっかりと受け継いでいて、それでこそまさに長寿が可能だったのである。また、こうした会社が保守的だなどと思ったら大間違いで、実は長年培った自前技術を生かして、新しい分野に飛躍している会社ばかりなのだ。これも長寿の秘訣であって、穴に閉じこもっているような経営では長寿など有り得ないだろう。 さて、今、日本政府はこうした日本の言わば骨格というような企業に追い打ちをかけるような政策をとっている。三角合併に代表される企業買収の大幅自由化である。買収するのは大抵が、米国系ファンド。日本のファンドは村上ファンドに代表されるように、どんどん潰されているから日本でのさばるのはまさに米国系ファンドだけになりつつあるのだ。そこはこうした長期的展望など持たない。独自技術を持つ会社があると見れば、金にモノを言わせて経営権を握り、宣伝力を駆使して株価を上げさせ、短期で利益を得たらあとはポイ捨てである。 これを竹中らは構造改革と言っている。要するに、日本をまな板の上に乗せ、米国系ファンドに好きなように捌かせているのである。構造改革だのグローバリゼーションと言えば聞こえはいいが、その実態は米国による世界の食い散らかしだ。そしてこれが「美しい日本」の中身でもある。 マスコミが持てはやす会社は、この短期決戦型ばっかりだ。IT企業をせっせと持ち上げたのはいいが、ライブドアもあの通りだし、楽天も順風満帆ではない。優良成長企業などと言っていたグッドウィルがしていたのはまさに弱者(派遣)からの搾取だったし、その弱者を使って殆ど非合法に人件費を削減していたのがキヤノンや松下だった。 若い諸君、就職先を探すのなら、マスコミが大きく取上げて「いない」会社を当たってみてはいかがだろう。日本には伝統的に優れた技術を継承している会社がこのように多くあるのだ。あぶく銭のようなボーナスは出ないかもしれない。だが、仕事には間違いなく誇りを持てるに違いない。 |
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皮膚病? 安倍政権スキャンダルシリーズの最新バージョン、赤城農水相が記者会見で頬と額に大きな絆創膏を貼って現れたのは、海外でも物議を醸しているようである。政府公報は「皮膚が弱いそうなので」などと発表しているが、左の頬と右のこめかみに発症する皮膚病など聞いた事がない。 誰もが想像するように、あの場所はピンタをくらい、どこかに頭をぶつけた時に最も傷つく個所である。それから推測するに、おそらくは「大きな坊やが親から大目玉を食らった」のではないかという解釈が成り立つ。なにせ実家に責任転嫁をして、あとで口裏合わせを強引にさせたのだ。普通の親なら怒るだろう。尚、そのまま会見に出てくるというのも、頭の中が「坊や」のままの証明だと言えそうだ。 |
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地震予知連絡会 最近あまりマスコミに出て来ないが、元々は見て分かるように地震の予知を目的として設立された旧建設省国土地理院長の私的顧問機関である。当初の目的は次期関東大震災の予想であったように記憶しているが、その後は次第に日本規模での地震予知へと発展して行った。設立は1969年なので、もうそろそろ40年になる。 問題は、この組織が地震の予知に成功した例が今もって皆無である点である。先日発生した新潟県中越沖地震は言うまでもなく、神戸地震、北海道南西沖地震など、いずれも警告どころか警戒指定すらされていない。 確かに地震の予知は難しいことであって、たとえて言うなら次第に傾いて行く台の上から物が何時転げ落ちるかを予想するのと同じで、そろそろ危ないという事は言えても、何時何分何秒に落ちるかなど予想不可能なのは誰もが分かるところである。 しかしながら、この組織がそもそもその予知を目的としているので、どこかのテレビドラマのように、実行不可能な指令を得ているのと同じなのだ。それだけなら笑い話でもいいが、問題はそれでもこの組織に注ぎ込まれている税金は二桁億円単位である事である。過去、予想すらしなかった所で地震が発生すると、この組織が言うことは決まっていた。「観測体制の不備である」だ。仮に関東大震災が今発生し、首都圏が壊滅的打撃を受けても、この組織は平然として「観測体制が不十分だった」と言うことだろう。 重要なのはこう言い続けることによって、常に新しい装置が購入され、新たな観測網が構築され、新たな人員が増加される点である。ここでお分かりのように、これは一旦始まった道路作りがどこまで作っても永遠に続くのと同じ構図で、発足して以来40年近くが経過するこの組織の存在そのものが利権となり、既得権益になっているのである。当然ながら、国土交通省の天下り先にもなっている訳だ。何かというと世間を騒がす税金の無駄使い、こういう所にも目を光らせる必要があるのである。 |
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出来レース懇談会 安倍総理の肝いりで日本の集団的自衛権に関する研究を進めている懇談会が、記者会見をしたと報じられている。まあ結論は予想通りというか基本的に行使を容認する方向で報告を秋にも出すとのことだが、そもそも、この懇談会は集められた顔ぶれが、日本の軍事力行使を平素から主張している輩ばかりであって、安倍政権をヨイショしているメンツの展示会のようなものだから、これ以外の結論が出たとしたらそれこそ驚天動地というものである。 この懇談会の問題は、上記のように偏った顔ぶれである以上に、文字通り懇談会に過ぎない事である。審議会ではないのだ。これまでも政府の審議会は出来レースであって、賛成派と反対派を半分ずつ集めていながら、議長は官僚の息のかかったのが務めて、最終的に決を採った時、官僚の思惑にそった結論が出るようにしていたりしたものだが、安倍総理のこれは露骨に自分の主張に迎合する顔ぶればかりを集めた上に、ただの懇談会に国政を左右する報告をさせようというのだから、まさしく素人の政治同好会なみの幼稚な手法と言うしかない。マスコミはもっとその点を指摘するべきだろう。 この懇談会が審議しているのは、おおざっぱに言って公海上で米軍が攻撃された時に近くに自衛艦がいたら反撃していいのかと、国連のPKOとして展開している時にどこまで反撃出来るかの2点である。これをこの懇談会は当然ながら認めるべきだと結論を出す事になっている。ちなみに今までの政府見解では、これは憲法違反とされてきた。 現行憲法が自衛の為の武力行使は禁じていない事から、問題はどこまでが自衛の為の行為かという事になる。集団的自衛権とは同盟国が攻撃された場合、同盟国を助ける為に軍事行動を行なう権利の事だ。例えば、米国と日本が同盟国だとした場合、集団的自衛権の行使とは「米国が攻撃された場合に米国領内に自衛隊を派遣できる」事を意味する。だから、この懇談会の審議している事は、そもそも集団的自衛権の範疇からもはみ出していると言うべきだ。何故なら、この懇談会で審議しているのは自国でもなければ同盟国でもない場所で起きた事態への対応だからである。 同盟国の軍が攻撃された事を理由に、相手を攻撃して良いのだったら、相手が先に撃った事を理由にしてどこの国でも攻撃出来る。例えば、公海上に米軍と一緒に自衛艦を進め、目的の国の領海ギリギリに配備、相手を挑発して先に撃たせればあとは好きなように「反撃」出来る事になるからだ。したがって、そんな事をするのに集団的自衛権などという概念は必要ない。ただ同盟国と一緒に行動するだけでいいのだ。 これが例えば、公海上を航行する日本のタンカーを自衛艦が護衛しているような場合、攻撃された時に反撃するような話なら、自衛権の行使と言えるだろう。しかしながら、そういう話は議論されず、米軍と行動する前提ばかりが取上げられているという事だから、まさしくこの懇談会の考えているのは、日本の軍事力をとにかく行使したくてしょうがないのだということが分かる。その本音は言うまでもなく戦争利権だろう。そもそも国連PKOに参加する、或いは軍事力を提供しなくてはいけないという前提にしても、何故成り立つのか議論されてもいないのに、何時の間にか日本は参加しなくてはならない事になっている。米軍が「ショー・ザ・フラッグ」と言ったという話も、国会であの大橋巨泉が質問した時に政府は誰も根拠を示せなかった。 日本はエコノミックアニマルなどと揶揄されながらも、経済力で紛争解決に実は多大な貢献をして来たのだ。これこそまさに平和的な解決である。しかしながら、21世紀になって鉄砲を持ったからには撃てなくちゃ面白くないという、幼稚な考えしか持てない人間がハバを効かすようになってしまった。そんな物が何も解決などしない事は歴史が証明しているし、イラクの混乱を見るだけでも分かりそうなものである。第二次大戦では日本は米国と戦ったが、実は第一次大戦では同盟していた。またその轍を踏み、今度はロシアか中国あたりに原爆を落とされるまでおのれの愚かさに気がつかなくなるのだろうか。 |
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難民のランキング 昨日の本欄で難民について触れたので思い出したが、最近のニュースで気になった事がある。6月30日付朝日新聞に出ていた記事によると、ミャンマーの軍事独裁政権に迫害を受け、日本に逃げてきて難民認定を求めているロヒンギャ族男性9人が、既に1年以上日本の施設に収容されたまま、宙ぶらりんの扱いになっているという。 実は日本は難民に対する扱いが極めて冷たい国の一つである。日本に難民と認めてくれとやってくる人に対して、国が行う最初の措置が不法入国者として扱う事だ。問答無用で収容施設に入れ、その後原則として強制送還。その施設も内部は不明だが外から見る限り、殆ど刑務所という作りである。実際には中には何も福利厚生のような設備は無いらしく、僅かに難民として認定された人の証言によれば何もする事なく部屋に一日中閉じこめられているようなものらしい。当然ながら故国の家族との連絡どころか、職員との意思疎通すらままならない。 冒頭に書いたミャンマー人9人はかなり精神的に疲労困憊しているという話が記事に書かれていたのだが、実際には壁に頭を自らぶつけて治療を受けるなど、発狂寸前というあたりにいるようだ。彼らの収容が長引いているのは、強制送還しようとしたところ、ミャンマー政府が自国民だと認めない為だという。だから送還も出来ず、かと言って難民としての認定もしたくないので、何だか殆ど中世の牢獄と同じような扱いになっているのが結果なのである。 同じように日本に来て難民認定をようやく受けたロヒンギャ族の人もいるのだが、政府はこの9人に対してはまだ現状維持を決め込んでいるらしい。収容センターも「健康管理は医師が適切に対処している」とコメントしているのだが、実際は精神安定剤の投与あたりが関の山であろう。 さて、ここまで書いてきてついつい比べてみたくなるのが、船で日本にたどり着いたという、北朝鮮の脱北者への扱いである。即刻、韓国との協議がまとまり、ヘリコプターでの送り迎えがされた訳だが、その際に撮影された写真から見ると、どうも扱いも下にも置かぬものだったようだ。着ている服も顔の血色も良く、係員に悪態をつくような身振りもあって、元気一杯だったらしい。難民として認定する必要もなく、引き取り手もすぐに見つかったからなのだろうが、この扱いの格差たるや凄いものがある。なるほど政府にとって、ネットカフェ難民も「アウト・オブ・眼中」だった訳だ。 |
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最低賃金 タイミングから選挙対策であろうと皮肉りたくもなるが、政府が最低賃金の引き上げ方針を表明している。実はこれ、国の法律で決まっているのではなく、県ごとに違う。例えば山形県では時給613円だそうだ。東京都は714円。全国平均が673円。これを700円〜720円程度にしたいという。これでも産業界は多すぎると反発し、労働者側は少ないと異議を唱えているから結果は流動的だ。この数字、一見して分かるように、マクドナルドのバイト代より低い。 これが今出て来たのは、一つには例のネットカフェ難民問題があると思う。彼らの受け取っていた報酬は、この最低賃金から更に意味不明な名目で天引きされていた事が報じられ、そうした天引きが違法であると政府も認めた事がきっかけであろう。ちなみに、グッドウィルは過去2年に遡ってしか支払わないと言い続けている。塵も積もればの諺通り、グッドウィルがこれで手にする儲けは年に数十億円という指摘もあり、六本木に豪華な本社ビルを有しているのは良く知られているとおり。 ところで、この最低賃金。実はアメリカでも低い。米国の法律で決められている値は時給5ドル15セントだそうだ。しかも働くとこれから源泉徴収が1/3位引かれるらしい。てことは手取りで3ドル半くらいになってしまう。多くの日本人が未だに豊かだと思っているアメリカの実態はこれである。産業界が日本の最低賃金を高いと言いたがるのは、ここに一つの根拠があるのだろう。せっせと格差を作りたいわけだ。 ちなみに世界の趨勢を見ると、最低賃金を設けていない国も珍しくない。オーストリア、デンマーク、フィンランド、ドイツなどである。これを見ると意外な事に賃金が高い高福祉国家が目立つ。こうした国々では団体交渉によって最低賃金を決めるそうで、逆の見方をすると法定最低賃金がある事が逆に低賃金へ誘導してしまう一面もあるようだ。 日本ではかつてのように労働組合が力を持たなくなった。春闘も殆ど経営者側の都合で押し切られている。政府が最低賃金を引き上げると言うのは一見良い事のように考えがちだが、実は「お上から与えられている」に過ぎず、自らの力で勝ち取った訳ではないのを忘れてはならない。特に若い層にその事を考えてもらいたいものである。 最後に、少し脇にそれるがネットカフェ難民という言葉について考えたい。難民とは何か。実は人種・宗教・国籍もしくは特定社会集団の構成員である、或いは政治的思想などを理由に迫害を受けている、または受けていると充分に判断される状態にある人を言うとされている。この意味からいくと、ネットカフェ難民という言い方はおかしい。流民とか、ホームレスなどと呼ぶべきではなかろうか。特に最近、メディアで○○難民という言葉が極めて手軽に使われる傾向があるのは問題であろう。 |
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核融合はクリーンか 夢のエネルギー源と言われるが、開発に莫大な費用もかかる核融合発電。結局各国共同プロジェクトとして、最終的にフランスで実際に炉を作る事になったそうだ。日本も国際プロジェクトの中で重要な位置を占める。核融合発電については、アメリカが密かに神経を尖らせているという話もあり、それを元にしたエピソードが最近のゴルゴ13に出ていたのを覚えている方もいるであろう。 さて、核融合が夢のエネルギー源と言われるのは、「材料の重水素などが豊富にありしかも偏在していない」「高レベルの放射性廃棄物が出ない」「炉が暴走する恐れがない」などが理由とされる。アメリカがこれで面白くないのは、現在のように石油を通じて世界のエネルギー需要を支配する構図が崩れるからだ。重水素は海水から採取出来る。従って、小さなどこかの島国でも理屈の上では入手に苦労しないのである。 ただし、このクリーンという話。かなり関係者側の発表であって、世の中、そううまく行く訳ではない。例えば、放射性物質について述べるのであれば、最もクリーンとされる重水素とヘリウム3を使った核融合は条件が厳しく、まだ実現のメドは立っていない。水素->重水素->ヘリウムなどという反応に至っては、到底無理だと言われている。現在、実用化に最も近いと言われるのは、重水素と3重水素(トリチウム)を使った反応であるが、このトリチウムは放射性物質であるし、ヘリウム3と共に存在比は極めて低い。多いのは重水素だけである。また、核融合ではエネルギーが高速中性子として得られる。この点で高速増殖炉と同じであって、高速中性子からエネルギーを効率良く取り出す方法は、今のところ液体ナトリウムを使うしかなく、これが極めて反応性の高い厄介な物質で、特に水と触れると爆発的に水素を放出するのは良く知られた事実である。最終的にエネルギーを熱交換機に移す以上、どこかでナトリウムから水へ熱を交換する場所が必要で、そこが腐食して穴でも開こうものならどうなるか。現在の高速増殖炉でも抱えるこの問題が解決されるメドも立っていない。 この高速中性子そのものも厄介で、極めて貫通力の高い粒子である為に、反応炉の周囲は相当に広い範囲に渡って立ち入りなどの制限が必要になるだろう。茨城県東海村でバケツによるインスタント原子炉事件が起きた時、極めて広い範囲で中性子が検出された事を思い出してもらいたい。あんな小規模な冗談のような反応でも、これだけ出てくるのである。更に、この貫通力の強い粒子は、物質を次第に破壊していく。高速中性子に長時間晒されると、どんな物質でもボロボロになるのである。という事は、反応炉やそれを収納する建築物、或いはナトリウムを循環させる管など全てが劣化するということだ。これについても、全く解決のメドは立っていない。 また、この核融合は大規模であるほど、効率がアップするという性質がある。理由は簡単で、反応する量は体積で決まり、逃げるエネルギー量は表面積で決まるからだ。体積は長さの三乗に、面積は自乗に比例するからスケールが大きいほど、体積あたりの表面積は小さくなる。という事は、仮に核融合炉が実用化されたとしたら、極めて大きなものとなり、例えば日本全国のエネルギーをまかなうのに、二基か三基あれば良いことになるらしい。 この場合、安定供給や安全度に懸念が生じる。例えば、トラブルで一基が停止したら、日本全土の1/3が停電するのでは問題だ。また、テロリストが攻撃するようなケースを考えても、こういう一点集中型のシステムはまずい。いくら放射性物質が少ないとは言え、出ない訳ではない。高速中性子に晒された物質は、ボロボロとなると同時に放射性も帯びる。それが撒き散らされたら被害は甚大であろう。 また、根本的なエネルギーの問題として、全てのエネルギーは最終的に熱になるというものがある。仮に核融合が色々な意味で理想的だったとしても、大量の熱が環境に撒き散らされるという問題は何も解決しないのである。現在の気象異常などは全て熱による影響だ。人類が放出する二酸化炭素などの物質が熱を蓄えているという一面もあるが、都市のヒートアイランド現象一つ見ても、熱の発散そのものが環境に及ぼしている度合いは無視できるレベルではない。これらのファクターを考えてみれば、核融合の実現がお世辞にもクリーンで全ての問題を解決するようなものでは無い事は明白である。いたずらに楽観論を広める今の関係者のあり方には問題があろう。 |
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