一刀両断ミニコラム
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《2007.08.30》
死刑是非論の前に
 クローズアップ現代ネタが続くが、29日に放送されていたのは米国で収監されていた死刑囚のうち、何と125人もが次々と無罪判明、釈放ということになったという話であった。最新のDNA鑑定によって古い捜査資料を調べ直した結果だという。当然ながら米国では全土を震撼させ、死刑廃止論も勢いづいているという。
 確かに冤罪での死刑は論外である。だが、例えばネットで知り合った人間のカスが3人か4人集まり、行きがかりの女性を殺害して山に埋めたなどというような、疑う余地の無い問答無用の凶悪犯については、死刑だっていいのではないかと思う向きも少なくなかろう。辛口子も同感である。動物ですら行きずりの殺害などはしない。縄張り争いでもちゃんとルールが徹底されていて、負けた方は文句も言わずに引き下がる。だから、こいつらは人間としての資格がないどころか動物以下であって、聞くべき事を聞いたらさっさとギロチンにでもかけるべきではないかとすら思う。しかしながら今の司法制度で仮に死刑が無いとすると、彼らに与えられるのは無期懲役あたりとなり、その場合、服役態度が良ければ7年くらいで出所してくるのが現実だ。そうなると、こいつらの年齢から考えて40代くらいで大手を振って遺族の前を歩く事もある訳である。理不尽さを感じるのは遺族だけではあるまい。
 話を戻して、この米国でのこれらの例を見てみると、そもそも曖昧な証拠だけで死刑にしていた例ばかりである事が問題のようだ。彼らにとって救いとなったのは、DNAなど鑑定技術の進歩だけではない。米国では捜査時の証拠物件を刑が確定しても保管する事が義務づけられていて、あとになってから証拠を調べ直す事ができたからでもある(被告にそうした権利が認められている)。日本では事実上、判決が確定したら資料は散逸である。
 しかしながら、密室での取り調べや、検察側にとって都合の良い証拠だけの提示など、米国でも日本と同様の問題を抱えている事がこの番組では語られていた。日本でも取り調べ室での録画を行うべきだという議論は高まっているが、それは取り調べ全体ではない。自白をした所だけだそうだ。また、検察側が自分に都合の良い証拠だけを裁判に提出するのは、日本も同様である。更に、米国では取り調べ日数に上限があるが、日本では代用監獄というシステムのお陰で事実上制限がない。群馬県で痴漢の冤罪を被り、無罪を主張し続けてついに釈放を勝ち取った男性がいたが、彼は結局、釈放されるまで何と2年にわたり警察に閉じこめられていたのだ。
 今後、日本では裁判員制度も始まり、誰もが「こいつは死刑だ」と言わなくてはならない場面に遭遇し得る。その場合、一人の人生を冤罪で破壊してしまう可能性もあるのである。人が人を裁く以上、冤罪を皆無にする事は不可能だろう。だが、それでもそうした可能性は極力少なくできるようにあらゆる手は打たなくてはならない。充分死刑に当たると思えても、証拠に不備が感じられるならば終身刑にするようなシステムも必要だろう。その為にも、
・代用監獄の禁止
・終身刑制度の創設
・証拠物件の全面開示と保存の義務づけ
・取り調べの録画義務化
 など、考えなくてはならない事は少なくない。特に終身刑の創設などは懲罰制度全般に関わる問題であり、議論だけでも時間が必要だろう。
 日本各地でも冤罪事件が発覚するのは後を絶たない。帝銀事件から鹿児島県の選挙違反冤罪に至るまで、冤罪の裏には上に書いたような制度上の問題が数多く横たわっている。明らかに、憲法改正などより前に美しい国を実現する為に必要な事は沢山あるのである。

《2007.08.29》
携帯のダークサイド
 28日のNHK、クローズアップ現代は携帯を通じて罠へと誘い込まれるユーザ、特にそれが若い世代に多発している現状について警鐘を鳴らしていた。懸賞に当たりました、とメールで言われて喜びいさんで住所や電話などを入力してしまった子供、悩み相談のフリをした掲示板でメールをやりとりしていたら一通あたり数百円という利用料を請求され50万以上を払った若者の例などの他、いわゆるフィッシング詐欺(釣り上げと言うらしい)も蔓延していてそういう物の行き先は大抵がご存じ、出会い系サイトであるという。辛口子は今の携帯のネットアクセスメカニズムを本質的に高くなど評価していないので、こうした実態はこの番組で初めて知ったようなものだが、その仕掛けを見る限りにおいてパソコンでネットをアクセスした時に見られるものと本質的には変わりはない。
 では何が問題なのかというと、番組のテーマでもあるように被害者に未成年が多い事だろう。小学生でも4人に1人、高校生になるとほぼ全員が携帯電話を持つ現状で、こうした悪意あるサイトが携帯ユーザにターゲットを絞るのはごく自然な成り行きだ。番組中でそうした業者の一人が「入れ食い」状態だと語っていたが、まさに真実であるに違いない。
 問題は対応方法だ。番組では、悪質サイトへのアクセスを出来なくするフィルタリングサービスや、父兄への教育などが取上げられていたが、業者の方も次々と手口を巧妙化するから対処療法ではあっても決め手にはなるまい。辛口子としては、実際に携帯を使う子供たちにこそ、こういう悪質な手口があるのだと随時教える事が重要ではないかと思うのだが、何故かそういう動きはあまり無いようだ。子供をそういう環境から何とかして切り離せば問題は解決するとでも言わんばかりで、これでは無菌状態で純粋培養された子供が育つだけであり、彼らが大人になっても同じ轍を踏むだけになってしまうのではあるまいか。このあたりに、そもそも大人の方にこそ頭の転換が求められるように思う。
 それにしても、こうした問題を見るにつけ気にせざるを得ないのが、日本の携帯というシステムの持つ本質的な欠陥だろう。そもそもシステムの設計思想が、如何にしてユーザから金をむしり取るかを第一に考えているものだから(おサイフ携帯などその典型だ)、チェック機構など無いに等しい。簡単にボタンを押すだけで取引を成立させる事ばかり考えているから、こうした悪質業者にとっても極めて美味しいシステムという事になる。今の携帯で実際にネットをアクセスすると、そもそもリンク先がどのようなURLかを事前に知る事すら容易ではない。この一点だけでユーザが気を付けるにも限度がある欠陥品だと分かる。
 システムがかような欠陥品なのだから、対応方法はユーザを賢明にする事しかない。いわゆるポルノ情報とも共通し、この種の問題に若い世代が興味を持たない事など有り得ない。唯一の合理的な対処法は、若い世代にその危険性をはっきりと教える事であって、個人情報を聞いてきたら真っ先に疑えと言う一点だけでも徹底すれば、かなりの効果を上げられるのではないかと思う。しかしながら、いい歳こいた大人でも「占いサイト」に喜んでフルネームや生年月日を入れているのが現実だ。携帯というのは、アクセスしてきた相手を間違いなく絞り込める。つまり「中身無しでメールを出せば登録完了」なんていうのは、自分の身柄を相手に預けるのと同じだと思わなくてはいけない。街中に氾濫する携帯バーコードの目的はそこにあるのだが、面白がってせっせと携帯カメラを向けるのも珍しくはあるまい。つまり、子供だけではなく大人の世界でも、こうしたダークサイドの犠牲者はずっと増えていくだろうという事なのだ。

《2007.08.28》
今度は幼年官邸団か?
 第一次安倍政権の事を「少年官邸団」と言った向きがいるそうなので、それを合わせて第二次安倍内閣を表現してみた。それにしても内閣発足に合わせ、安倍総理の会見を聞いていると、まさに開いた口が塞がらない発言の連続である。特に「自分で説明ができなければ、去っていただく覚悟で閣僚になってもらっている」というのはその極みであろう。「自分をとるのか、小沢氏をとるのか」と選挙前に大見得切っておきながら、選挙で大敗しても「基本路線は支持されている」と開き直るような人間がそういう事を言うと、座も一段としらけ、猛暑も忘れるような寒風が吹き抜ける心地というところだ。
 そもそも、人心一身といいながら問題の核心が変わらずにお茶だけ濁しても説得力などゼロというものだ。今回の内閣改造でサプライズがあるとすれば、それは舛添氏の入閣などではなく、総理大臣そのものが変わった場合だけであった。ところが煙に巻かれたのかメディアの姿勢がどうもはっきりしないのが気になる。CSの朝日ニュースターを見ていたら、議員として当選したあの自衛隊の佐藤正久隊長がある民放番組で爆弾発言をしていたらしい。内容は「本当はイラク駐在中にオランダ軍を助けに行き、攻撃されたらそれを防衛する為に発砲行為も行うつもりだった」というようなものだったそうだ。隊長という立場にあった人間がこう言ったという事は、それが政府の方針として命令されていたという事である。要するに小泉内閣以来、何とかして戦闘に巻き込まれるシチュエーションを作り、既成事実を振りかざして憲法改正から日本の軍事化へと一気に進めようというシナリオがあったという訳であろう。
 安倍総理がしがみついているのはまさにこの一点だけで、「自分は憲法を改正して日本を軍事国家化し、戦後、自衛しか出来ないという縛りを解き放って(これを戦後レジュームの転換と言っている訳だ)日本を美しい(トップが命じれば国民が一斉に従う)国にするという天命を帯びている」という妄想だけで体面を保っているのである。ところが何だかニュースを見ていると拉致問題の解決を期待するという関係者のコメントばかり流していて、そもそも拉致問題を遅らせているのが安倍だという事に気づいてもいないメディアもメディアであろう。
 思い起こしてみたまえ。安倍が一躍世間の注目を浴びたのが、「一旦来た者は私が帰さない」と言ったあの時(曽我ひとみさんらの一時帰省)である。これが「私が北朝鮮までついて行き、必ず連れて帰る」と言ったのなら政治家としての資質があった。だが、単に短絡的な親族の主張に安直に迎合しただけだったこの点だけで政治家としての資質を疑うべきであったのに、メディアがこぞって拍手を送り、その結果、総理になってしまったのである。安倍のしている事は、北朝鮮という塀の高い家に向かって外からまるでガキ大将のように叫んでいるだけで、塀の向こうからは相手にもされていないのが実際だろう。
 実際、日本は6者協議では発言も満足に出来ず、6者と呼んでいるのは日本だけで実際には4者(米朝中韓)と言うべき状態だ。ASEAN会議の決議で結局日本が要請した拉致という言葉を入れる事も実現できなかったが、これは北朝鮮から「拉致を入れるなら慰安婦も入れなきゃおかしいじゃん」と言われて反論すらかなわなかったからである。これを遡れば、そもそも米議会で慰安婦非難決議の話が出た時に、安倍総理が「日本政府が強制した訳ではない」などと火に油を注ぐ発言をした事に端を発しているのだ。要するにあらゆる手を講じてせっせと拉致の解決を遅らせているのである。被害者の会も少しは頭を使って現実を判断したらどうかと思う。
 話は少し変わるが、今年の8月はNHKやCSなどで戦争関連の番組が例年にも増して多かった。CSのヒトリーチャンネルで全22回に渡って放送されたのが、「偵察写真が語る第二次世界大戦」というシリーズである。この第19回が沖縄戦だった。その中に当時の兵士の証言として、聞き捨てならないものが2つあった。「日本軍が沖縄の住民を銃で撃っていた」というものと「殺した日本兵の背嚢を調べて見たら、南京記念という吊した女子中国人を銃剣で刺している写真が沢山出て来た」というものである。
 前者については、つい先日も新聞などで記事を賑わせたが、これも安倍総理の「沖縄県民に自決など強制していない」という発言を思い起こしてもらいたい。これに一斉に同意の声を上げたのが、当時の軍関係者ばかりだったというのが笑えるが、自決を嫌がる沖縄県民に銃を発射していたというこの米兵の目撃証言をどう説明するのか伺いたいものだ。また、南京の大虐殺もあっただの無かっただのと論争がうるさいが、上記の写真は当時の情報部へ行ったそうだから、少なくとも米国には存在しているだろう。探せば公文書館に何かあるかもしれない。
 当時の日本軍は、無理ヘンにゲンコツと書くと言われたほど、末端の兵士にとってはストレスの溜まる組織だった。それに加えて欧米人にはへいこらする一方で、アジア人に対しては尊大に振る舞うという日本人のメンタリティを考えれば、何かの拍子にそれが爆発して現地の住人の虐殺へと走ったと考えても不思議でも何でもない。当時の司令官は「そんな事を命令した覚えはない」と述べたというが、裏を返せば止めなかったという事であろう。こう考えれば南京の虐殺があったのは紛れもなく、問題は何万人が殺されたかという数字だけの問題だ。それを安倍総理は否定しているのは無論であるが、こうした歴史的事実からせっせと目をそむけ、もう一度日本を軍事化すれば今度はうまく出来るとでも思っているあたりが、あの単純な構造の頭に入っている僅かな知性なのではなかろうか。

《2007.08.26》
恋愛幼児の増加
 下記事でも触れた、現役警官によるストーカー殺人はその後もメディアの関心は高く、犯行時の詳細な様子や管理者の無責任ぶりから、いくら管理者が気をつけても限度があるという話まで新聞紙面を賑わせている。しかし、40歳というええ年こいた男が何故こうしたアホな真似をしたのかという背景に触れた記事は殆ど見られない。
 答は案外単純だと思う。古来、中年になってからの初恋は始末に悪いと言われてきたからだ。別に現代人特有の犯罪でもないのである。要するに、青春時代にまっとうな恋愛を体験せずに、そのまま歳をとってしまうと後になって誰かに夢中になった時、どうして良いか分からなくなるものらしい。この警官の青春時代については何も報じられていないが、案外そんな所ではないかと思われる。
 この40歳という年齢で思いつくのが、いわゆる恋愛シミュレーションゲームで青春時代を過ごした最初の世代ではないかという点だ。ときめきメモリアルというアレである。ゲームなら攻略本もあるし、失敗してもリセットボタンという神の手が使えるが、現実はそうではない。店に通い詰め、膨大な数のメールを断られても断られても出し続けてきたこの警官の行動を見ていると、攻略法の通じない現実に対応できずパニックになって行った様子が浮かび上がる。アダルトビデオしか見ずにあれが男女の正しい行為だと思いこみ、新婚初夜にそれを実践して即座離婚に繋がるケースが多いとも言われるが、氾濫する興味本位の性情報ばかりで正しい情報の欠落している現代社会がこういう形で反映されているような気がする。
 例えば、26日の新聞社会面などを見ていると、この警官ストーカー事件の他、「名古屋では犯罪ネットで知り合った3人が路上で女性を拉致して殺人」という始末の悪い事件やスカート内盗撮で小学校教諭と保護観察官が逮捕といった具合で、今やこうした情けない恋愛幼児の事件は「またか」を通り越して、「今日は無いのか」に近くなってしまった。元々、こうした性犯罪は無かった訳でもないが、それにしても「いい歳こいて何を馬鹿な」事件が目立つのは、やはり現代社会にある歪みが現れているのだと思う。
 さて、問題はどうすべきかだ。幾ら組織や上司が気をつけても、こうした問題は限りなくプライベートに近い事なので、チェックするにも限度がある。ましてや教師などが痴漢をするに至っては、事前チェックなど不可能だろう。近年の性犯罪に見られる一つの特徴が、このように警官や教師、或いは上に出た保護観察官などで目立つ事だ。こうした職業に共通するものとは何か。それは「24時間良い子でいなくてはならない」仕事である、ということだろう。つまり、「やりたい」というストレスを発散する場が無いのである。下っ端はともかくヤクザが痴漢をした、なんてな話が案外見られないのは、彼らがある意味、本音で生きる世界であって、そのようなストレスが溜まらないから、という説もあるのだ。
 ここに解決の手段がある。極論するなら、こうした職業に就いている若い世代に対しては、それこそソープランドに行く事を公式に認めれば良いのである。手当を出したって良いと思う。善良な市民が被害に遭うのをいくらかでも防げるなら、無駄な投資ではない。ところが実際に警官や教師がソープランドに行ったなどと知れたら、非難の大合唱が起きるだろう。ここに現代社会の持つ歪んだ性意識が象徴されている。男の性衝動というものが現実にそうであるのだから、これは必要悪と言うべきなのだ。徳川幕府が吉原を作ったのも、世間の一般婦女子が襲われるのを防ぐ為にはお上公認の発散場所を作った方が良いという当時の為政者の賢明な判断があったからに他ならない。太平洋戦争後、日本に駐留した米軍兵士向けに当時の日本政府は慰安ガールを募集したが、それも同じ理屈による。こういう問題に対しては反射的に眉をひそめる「良識派」という方々がおられるが、では一般婦女子が被害を受けるのとどちらが良いのかという問題に明解に答えている例を辛口子は知らない。
 同じ理屈でポルノが悪いからと規制を厳しくしても恐らくは意味などない。それは児童だの幼児だのを定義して、そうしたモノを禁止したからと言って、実態はむしろ地下に潜って陰湿化しているという事実が証明している。ポルノを解禁した結果、性犯罪が増えたという統計も無いそうだ。無論、だからおおっぴらにしろと言うのではない。そうした物を扱う所はきちっと制限して、未成年が入ったりしないようにしなくてはいけない。今のように、コンビニに露骨なグラビア本が堂々と並んでいるという現状は明らかに異常であって、児童がどうのこうの言うより前にこちらを何とかすべきなのである。
 結局は、人間もこうした問題では動物に過ぎないという事だ。決して神の子などではない事は、こうした社会現象が紛れもなく証明している。そうでないと言うのであれば、神の世界でもストーカーや痴漢がいるという事になるだろう。それこそ神への冒涜に他なるまい。

《2007.08.25》
後手後手の対応
 盆の休みと猛暑でざっと3週間、中断してしまったがその間、つつきたくなるような話が目立ったとも思えない。相変わらず、女の尻を追いかけて殺してしまった警官やら、ゲームを咎められて祖父を殺した高校生やらで目新しさもない。開き直りで居座る無能総理の話も改めて書く気にならないほどに馬鹿馬鹿しい。さて、そうした中でも際だってまずい対応の代表格として、大相撲協会の朝青龍への対応を取上げてみたいと思う。
 何かと物議を醸してきた朝青龍だが、辛口子は個人的にはかなり彼に同情的である。はるばる異国の地にやってきて、長い間、一人で横綱の地位を守り、大相撲人気を支えてきたのだ。朝青龍がもし横綱としていなかったら、今の大相撲はどうなっていたかを考えると、想像すらしにくい。無気力三役が顔を並べる中、朝青龍ほどに「横綱は強くなくてはいけない」と明言して勝つ事にこだわった横綱も、近年は珍しいだろう。日本の相撲協会は彼に大きな借りがある筈だ。
 にも関わらず、協会と親方の対応はお世辞にも誉められたようなものではなかった。確かに地方巡業を断って具合が悪いからと故郷に帰り、親善サッカーをしていたというのはよろしくない。それは間違いない。だが、それに対する協会の処分の厳しさを見ると、まるで「もう白鳳が横綱になったんだから、お前なぞいなくたっていいんだぞ」と言わんばかりの内容だったからだ。一人横綱でいる間はちやほやしておいて、もう一人横綱が誕生したらその途端に手の平を返すようなこの対応が、朝青龍にショックと不信感を与えたとしても不思議ではない。
 そもそも、横綱には品格が無くてはいけない、などと簡単に言うが、では品格とは何だろうか。日本人にも難しいこの質問に対する答を、親方や協会はちゃんと外国人力士に教育しているのだろうか。それよりなにより、こうした相撲協会の対応にこそ、品格のかけらも見られないのではあるまいか。北の富士親方が新聞のインタビューに答えていたように、「さっさと謝罪会見させて、そのまま巡業に参加させれば良かった」というのは一つの見方として、案外的を射ているのではないかと思う。
 昨日の朝日新聞だったと思うが、相撲協会に対してもっと国際化への対応を真剣に考えるべきではないかというコラムが掲載されていたが、同感である。露鵬の暴力沙汰が起きた時も協会の対応は場当たり的で、その経験が今回の朝青龍問題に生かされているようには思えない。もっとも、その点はどこかの政府も同様で、選挙大敗後に慌てて社会保険庁長官の更迭人事を発表するなど、もっと早くやっておくべき事をあたかも迅速であるかの如く言ってのけて、見苦しい点数稼ぎをする。トップがこれでは、ストーカー殺人をする警官が出るのも当然という声も出そうである。

《2007.08.03》
ドジョウ大国
 米海兵隊式の訓練法をアレンジしたという「ビリーのブートキャンプ」がベストセラーだそうだ。スカパーでは随分前からやたらとCMが流れていたが、恐らくブームに火が点いたのは地上波テレビでも流すようになったからであろう。ビリー当人もバラエティ番組に出てこれが更に後押ししたに違いない。あっという間に100万本を越え、100億円を越える売り上げを出し、今度は年末に第二弾で二匹目のドジョウを狙うのだそうだ。
 いや、それにしても全くどこかの国は、見事なまでにドジョウが群れを成すと言えるのではなかろうか。少なくとも100万匹はいる事になる。少し考えてみれば分かること。まず、メタボリック症候群という名前を流行らせ、肥満に対する暗黙の恐怖心を植え付けた。そこにコミカルな日本人好みのキャラを使った「痩せ具合が分かる」というセットを持ち込んだという二段構えの作戦だった訳だ。ミス・インターナショナルを優勝させるのは功を奏さなかったが、こちらは見事にハマった。
 そもそも、メタボ、メタボと単語だけは広まったらしいが、言葉の正確な意味を理解して使っているのがどれだけいるかが疑問である。それ以前に、肥満大国とはアメリカそのものであって、統計上の肥満人口が30%を越えているのだが、その肥満の判定基準が身長170センチで体重90キロだというのだから、事態は日本などより遙かに深刻なのである。それに加えて、このブートキャンプが米国で大ヒットしたという話はない。実はビリー・フランクスは類似のトレーニングプログラムを幾つも発表していて、このブートキャンプはその中の一つに過ぎず、この事からも明らかに日本をターゲットにしているのが分かる。しかも価格は米国の3倍という。
 関係者は笑いが止まらないに違いない。そもそも本気で肥満対策をしたいのであれば、こんなものに頼る必要はない。「朝食をちゃんと食べる」「寝しなに物を食べない」「近フロアに移動する時は階段を使う」程度の事をやるだけで充分である。これも出来ないような人間が、例え有効であったとしてもブートキャンプなどこなせる訳がない。どうせバラエティ感覚で流行に乗っただけのことである。従って、今後もこうしてカモにされては喜んで金を貢ぎ、人生を終えていく事になるのであろう。
 ところでこの手の製品は別に枚挙にはいとまがない。ダイエットに関してなら古くはスタイリーやバイブレーションベルト、ぶら下がり健康器を経て最近では電気信号を伝える物や大型電気あんまのようなものまで、出ては消えの連続である。一方で抗生物質にはCMがない。何故ならペニシリンという(日常で使う上では)決定的な切り札が確定しているからである。裏を返せば手変え品変え新手が出てくるものは、要するに決定打ではないという事を示しているのだ。代表が風邪薬であろう。風邪を治す薬は今でも存在しない。症状を抑えるだけである。しかしながら、ここに逆にビジネスチャンスがある。何故なら、カモが群れを成しているからであるし、永遠に売り続ける事が出来るからである。

《2007.08.03》
テロ特措法は有効なのか
 民主党が政権をとった暁には、テロ特措法は認めないと発表している件について、読売新聞が社説で反論をしている。それによると対テロには有効なのは間違いなく、これによって自衛隊が海外で行っている物資輸送(イラク)や燃料補給(アフガンなど)が各国で高く評価されているとも述べている。本当にそうか。
 小泉総理(当時)が国連で演説した時、聴衆はガラガラだった。対テロどころか対アメリカ路線を明解にしているベネズエラのチャベス大統領の時は満席だったのとは対照的だ。安倍総理が米国を訪問した時も、国連での演説が検討されたものの結局は取りやめになったという話もある(恥をかくからだろう)。各国から高く評価されているとは到底思えない現象である。
 では米国が日本に感謝しているかといえば、それもNOであろう。日本の常任理事国入りが取り沙汰された時、日本への反対票をとりまとめたのは米国である。土壇場で反対票を投じたのもアメリカである。アメリカから見た日本の貢献とは「金髪碧眼の白人青年に一方的に憧れ、せっせと金品を貢いでいるのに、相手の青年からは全く意識すらしてもらってない事に気づかないブス女」という例え話がある雑誌に出ていたほど、効果など上げていない。強いて言うなら貢献ではなく、体よく利用されていると言った方が近いだろう。
 テロ組織と言ってもアルカイダという会社がある訳ではないが、彼らのスローガンはアンチ・アメリカという点では一致している。どこの誰だろうと好き好んでテロに走る人間などいない。自らの身に降りかかる災難への対抗措置としてテロに走るのであり、その背景にはアメリカの直接的または間接的な覇権があるのだ。イラクへの侵攻など目的が石油確保であったのは明らかだし(イラク油田は高品質な原油を100年以上算出する超優良油田と言われ、バグダッドに入った米軍が最初に押さえた建物は資源省であった)、パレスチナ人に対してイスラエルが恒常的に行っている行為こそテロそのものであって、使われている武器は米国製である。
 例えば、米国系メディアはファタハをパレスチナ人の正式な自治政府と言って、あたかもハマスをテロ組織のように伝えるが、実際には総選挙で多数議席を占めたのがハマスであったように、ハマスと言っても一つの政党に過ぎない。アラファト亡き後、今の議長についたのがアッバースであってこれをメディアは穏健派と言っていたが、実際にはアラファトの路線を引き継ぐ幹部は事前にイスラエルによって全部殺されていただけの事だった。それも家族で別荘にいる所を、アパッチ攻撃ヘリで急襲してミサイルを撃ち込むような事をやったそうである。イスラエルは農薬散布用に開発された無線ヘリにカメラと小型ミサイルを搭載してパレスチナ人を殺すような事もやっているが、ハマスはそうした被害を受けて窮乏している遺族への支援を大きな活動としており、だからこそ総選挙で支持を集めたのだ。ファタハは米国などからの「援助」を受けて活動している訳で、当然ながら内部は腐敗が進んでいると言われる。こうした実態をメディアは殆ど伝えていない。
 アフガニスタンへの米国の侵攻も、その背景には旧ソ連南部にある豊富な天然ガスや石油をインド洋に運ぶルートを確保する為だとも言われる。だから、インドやパキスタンが核実験をしても事実上、お咎め無しなのだ。広い視野でこうした世界情勢を見れば、テロ特措法を使って一方的にアメリカ側に加担する事こそ危険なのであり(反米になれという訳ではない)、両者からなるべく等しい距離を置く事こそ、日本の安全保障の必要条件である事など明白である。しかるにかような「正義の味方が悪を倒す」的な子供じみた単純な発想が、読売というメディアを代表する意見だとしたら、あまりに情けなく幼稚であると言わざるをえないのではなかろうか。

《2007.08.02》
開き直りの背景
 参院選大敗後の安倍総理について、海外のメディアも基本的には批判的である。オーストラリアの新聞は真っ先に「開き直り」と書いたし、アメリカからは「ダウン寸前」とコーナーに追いつめられたボクサーに例えられた。にも関わらず、安倍総理は保身に懸命で、問題だらけの農相を更迭したから、これで何とかなると思っているようである。そもそも松岡農相の自殺という大スキャンダルで就任させた農相であるのに、このくそ度胸にも似た居直りの背景とは何であろうか。
 言うまでもなく、一つは当人のスキルである。スキルがあるからではなく、無いからである。引き出しが多い人材なら、一つの事にはこだわらないものだ。敗北が確定的になった時の安倍総理の発言、すなわち(閣僚不祥事や年金問題は失敗したが)「党の基本路線については理解いただけていると認識している」という下りが端的にそれを示している。構造改革から憲法改正は誰もが望んでいると思っているのだ。言い換えれば、これらは自分に天から与えられた崇高な使命だと信じているのである。更に言い換えれば、「それしかない」のでもある。従って、それを否定する事は自分のアイデンティティそのものを無くす事に他ならない。だから否定出来ないのだ。
 この現象、最近ではかなり多く報告されている一般症例である。分かりやすい例ならば、オウムのような妖しい宗教に没頭するのと同じだ。そういう人間に理屈で説得しようとしても駄目である。例え論理的にそれが正当だとしても、当人にしてみれば自己のアイデンティティの最後のより所である、その事を否定してしまうという事は、自分自身の否定であるから絶対に受け入れない。それでも説得し続けるとどうなるか。遂にはこちらが何を言おうと黙ってしまって返事もしなくなるという。つまり、自己を否定しないで済む最後の手段に逃げ込むのである。
 この分析をすれば、まさに安倍総理そのもののスキルが理解できる。今回、こうして開き直った事で、安倍という議員そのものの政治生命も恐らくは終わりである。次の選挙で当選しないだろうからだ。しかも政権からは責任をとって辞任する閣僚も相次ぐだろうし、参院は野党が優勢になるから法案も簡単には通らなくなり、内閣改造をするにしても沈没寸前の泥船にわざわざこれから乗り込もうとする物好きは限られるから、第二次安倍政権も悲壮な結果となるに相違ない。それが分かっていないのなら間違いなくアホであるが、例えそれが分かっていても当人にとっては自己の否定に走る訳にはいかないのである。
 これが安倍総理そのものに起因する原因だが、もう一つ、立花隆氏もブログで指摘しているように、そもそも「代わりの人材がいない」という要因も忘れてはならない。これが何故かというのは、小泉政権が自民党の派閥構造を文字通り破壊したからである。その結果、二番手や三番手が育たなかったのだ。
 派閥というと諸悪の根源みたいに言われたものだが、そもそも派閥というのは悪いのか。人間は派閥を作る生きものである。7人いれば派閥が出来ると言われる。確かに田中角栄はこの派閥というメカニズムを最大限に利用し、金で最大派閥を作る事で自民党を思うがままにし、自民党が過半数をとる事で日本の政治を支配した。だが、派閥そのものが悪い訳ではない。派閥がある事で若手議員は派閥の領袖から政治手法のイロハを教わり、大臣などを経験する事で首相としての資質を養っていったのだ。ところが、今、自民党にはそれがない。だから若手議員が政治家としてのノウハウを磨く場が無くなっている。目立つのはチルドレンと言われ、料亭政治とコンパの違いも分からないような顔ぶればかりだ。
 安倍総理自身にしても、大臣経験すらなく僅かに官房長官をつとめた位でいきなり総理になってしまった。させられたと言った方がいいかもしれない。今回の開き直り留任劇の裏には、小泉による慰留工作があったという話もあり、つまりはホリエモンと同じで使い捨てにさせられる可能性も大である。これでは余程有能でもないと、まっとうに職務を遂行する事などおぼいつくまい。ましてやお世辞にもスキルが高くないのでは、この結果も当然であろう。
 派閥がないので、実質的に政権イコール派閥となり、同じ派閥内のような様相を呈してしまったから、批判の声も上がりにくくなった。官邸主導型政治と聞こえのいい事を言っているが、実際に主導しているのは国会であって、それが独裁的政治運営となり民主主義の否定へとつながり、北朝鮮からも馬鹿にされる有様の一方、官僚に対しては睨みが効かないどころか完全に舐められてそのしわ寄せは国民にばかり集中する。構造改革と言っているその実態とは何か。良く見てもらいたい。
 三位一体改革の実態は所得減税など僅かな一方で、地方税が激増している事は既に誰もが痛感しているが、税調は今度、所得税の各種控除も廃止するよう答申すると言われているから所得税も増税となる。年金問題を解決すると銘打って、国民年金機構への移行を強行採決したが、実際には年金の事務費などへの流用はそのまま認められる法案が同時通過しているのだから、今ですら大臣命令にも従わない社会保険庁の官僚らは、民間組織になれば更に好き勝手を行うだろう。実際、天下り機構の解消と高らかに唄った独立行政法人は、独立したばっかりに給料上げ放題となって経費は増加の一途である。
 構造改革と言っているが、実際には米国系ファンドが日本を食いまくりやすくしているだけで、日本のファンドは村上ファンドを始め順次潰されている。今度は三角合併も解禁され、銀行整理と不良債権問題に乗って日本で散々儲けたファンドは、次に企業にターゲットを移しつつある。
 医療問題の解消と言いながら、実際に行われたのは医療報酬の削減だけで、そのお陰で地方の病院からは医者がいなくなり、特に産婦人科や小児科が顕著で、今や子供を産むには隣の町まで行かなくてはならない地方は大幅に増えた。老人医療費を削減すると言う一方、実際に行われているのは病院から一方的に老人患者を放り出す施策であり、あとは死ねと言わんばかりの体制である。障害者自立支援法案なども条文で明らかなように「死ね」と同じであろう。市町村の統廃合が進んだお陰で、行政の編み目は粗くなり、行政区周辺の不便な地域はますます不便となった。郵政が民営化され、コスト重視になったら周辺地域は手紙一つ出すのも大変となるだろうし、国民が蓄えた郵貯など数百兆円は米国ファンドの手にするところとなっていくだろう。
 上げていけばキリがないが、これが小泉政治と竹中経済の行った「改革」である。しかし、これを我々国民が支持したのも確かであり、そうした政治家を当選させた訳でそれを忘れてはならない。辛口子自身も最初は小泉政権に拍手を送ったのだから大きな事は言えないが、それでも「何故騙されたのか」を考える事は重要だと思うのでこうして結果を列挙している。ここをお読みの方も、それぞれ考え、次からの投票行動の一助としていただきたいと願ってやまない。

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