|
上にはペコペコ 相撲ファンにも報道陣にも若手力士の実家にも謝罪ひとつしようとしない相撲協会だが、北の湖理事長は文科大臣に呼び出されると、途端に頭を下げてひたすら低姿勢ときた。一体誰に対して何を謝罪してるのだろうか。さよう、相撲協会は文部科学省が所轄する財団法人なのである。こういう事をしていると、所轄から外すぞ、と叱られたので途端にへいこらした訳である。つまり、人の命など奪っても痛くも痒くもないが、既得権益を失うとなるとこうも態度が豹変するという事を、カメラの前で疑いの余地なく自ら証明したのだ。これが相撲協会の実態であろう。 この図式、何だか「たかが選手の分際で」と発言して物議を醸したナベツネ氏と良く似ていないか。この際である、この所轄を1年間くらい限定的に外してみて、本当に反省してるかどうか確かめてはどうであろうか。 ところで、この報道がされて間もなく、モンゴルからは朝青龍の精神状態がほぼ回復した、というニュースが流れてきた。謹慎の解ける来年初場所には、頑張って上がりたいのだそうだ。何だか、タイミングが極めてきな臭い。 |
|
尊大だけの相撲協会 大相撲、時津風部屋で若手力士が「殺された」事件。報道された内容によると、親方や協会の対応はまさに開いた口が塞がらないとしか言いようのない代物だ。まず親方は稽古中の事故だと言い逃れを試み、あとになってビール瓶で殴ったと言い訳めいた発言をし、しかも遺体は火葬にしたいと証拠隠滅まで提唱した。相撲協会の理事会で謝罪したそうだが、謝罪する相手が違うのではないか。本来なら何があろうと協会関係者や当事者が力士の実家に出向いて謝罪するのが当り前であろう。北の湖理事長は、捜査中であるからその結果が出たら、などと言ったらしいが、交通事故で加害者がそんな事を言ったらどう言われるであろうか。少なくとも殺人である。仮に故意ではなく過失だったとしても、謝罪第一というのが最低限の社会人としての常識ではあるまいか。 ところが、その実家には遺体が送られてきただけで、電話一本来ていないそうだ。一体、この相撲協会とかいう集まりは自分らをナニ様だと思っているのだろうか。自分らは日本の伝統を支えるエリートであって、平民ごときに頭など下げる必要は無いとでも思っていないと、この行動は説明できまい。大相撲で良く言われる言葉に「心・技・体」とか「品格」というものがある。まさに今、この言葉が必要なのは、この理事会連中と言うべきであろう。 こうなってくると、朝青龍問題も、裏に何かあるのではないかと(巷では朝青龍に記者会見をさせて、八百長問題の爆弾発言が出るのを恐れたという噂が囁かれている)勘ぐりたくもなるというものだ。ふんぞりかえって偉そうなごたくを並べているだけの労害の集まりなど、さっさと総辞職でもしてもらうしかない。これでは高校生にでも相撲を運営させた方が、公正な興行が行えるだろう。 |
|
息づく座敷牢システム CSで見られる朝日ニュースターには、何時もここで取上げるパックイン・ジャーナルの他にも、多くの濃いニュース番組がある。その中の一つ、「ニュースにだまされるな」がなかなか秀逸だと思う。月一回という放送回数がやや物足りないが、中身の濃さは第一級。22日放送で出て来た話がまさに今の構造改革の生んだ歪みを象徴しているようで、大変興味深かった。それはなにか。 府中刑務所に1年半ほど収監されていたという元衆議院議員の山本譲司氏がレポートしていたのだが、それによると、今、府中刑務所では服役している囚人のうち半数以上が年寄りか何らかの障害者だという。理由は言われてみれば極めて簡単である。彼らが社会でまっとうに生きてはいけないのだ。年寄りは年金が減らされ税金が増え、生活保護は何だかんだと理由を付けて受け付けてもらえない上に、病院に入院してもすぐに追い出されてしまう。従って、例えば人を刺すとか、駅に火を付けるような犯罪をして刑務所に入ってくるのだ。ここでなら少なくともちゃんと食べて寝る事が出来るからである。障害者も同様だ。まっとうな仕事につけないし、福祉は望めない。かくして彼らを利用して悪だくみをする奴らの犠牲になっているのである。例えば、ヤクザ社会はそういう「頭の弱い」人を大勢抱え込んでいるらしい。あとは必要な時に最前線に送り込むのである。鉄砲玉でもいいし、別の犯罪でもいい訳だ。こういう事を貧困者ビジネスと言うそうだ。 ところで、刑務所にどの位の税金がかかっているか。ざっと囚人一人あたり年間300万円だという。これは生活保護費よりも高い。要するに、生活保護をケチった結果、世間では訳の分からん犯罪に巻き込まれる人が出て、しかもその犯罪者の為に生活保護費以上の金を使っているのである。今、盛んに問題となっているネット難民(どうやら難民という言葉が定着しそうだ)や、多重派遣(違法)で搾取されている派遣労働者には、年収で120万もいかない人すらいるというのだから、この数字がいかに歪んだ社会を示しているかが分かるだろう。 それにしても、何故こういう事が大問題にならないのだろうか。別に昔から生活に困って刑務所に入る人がいなかった訳ではないが、急増しているのは明らかに社会問題である。まっとうに働いている筈の派遣労働者は、刑務所の囚人より惨めな生活水準を強いられているのである。福田内閣は老人医療費負担を増やす政策をとりやめる方向で検討しているというが、この労働者派遣法については明確な指針を示していない。それどころか経団連などの財界はこの派遣法を更に拡張しろと言っているのだ。 まったくキヤノンの御手洗をトップに据える経団連は、金の亡者の集まりと言う他はない。国際競争力をもっと高める為と言いながら、「法人税を減らせ」「派遣労働の適用範囲をもっと増やせ」「年金など社会保障費は消費税にしろ(企業負担をなくせ)」と自分らの金儲けばかりを主張している。この単細胞の集まりは何を勘違いしているのか、国際競争力とは利益額の事だと思っているようだ。競争力とはその企業の技術力ではなかったのか。社員が安心して会社で働けるからこそ、技術力が養われるのではないのか。派遣労働者のような浮き草労働では会社の為に何か貢献しようなどとは考えまい。この愚策を行ってきた結果がアメリカ企業で、今や物を作る能力は失われ、殆どがアウトソーシングの形で中国や日本に頼っている。業績を上げているのはハゲタカファンドなどの、言わばバクチシステム会社であって、それでアメリカがやっていけるのは、ドルが国際基軸通貨である事と(偽ドル札をバラまいているのは北朝鮮ではなくアメリカだという)、強大な軍事力で脅しが効くからに他ならない。日本にそんなものはないのだから、行く末は企業衰退だ。何が競争力だ。 ここで本題である。こうした連中と政府とが結託して、弱者が刑務所に生きる道を求めるのを見逃している裏には、日本の伝統である座敷牢という考えがあるのではないかと思う。古来、日本は例えば精神障害者であるとか、著しく病弱であるとか、或いは肉体的不虞者であるような人を表には出さず、座敷牢で飼い殺しにしてきた。日本で福祉活動がどこか華々しく扱われないのは、こうした形で「表から見えないように処理するのがベストだ」という伝統が今でも生き残っているからではないだろうか。実際、刑務所の中というのは世間から隔離されているから、そういう「見苦しい」奴はそこに入れておけば安心だという事で利害が一致するのであろう。 もっともっと金を儲けろという大号令をかけるだけで、自分らが金を手にする為なら(大企業役員の給料は大幅増加だ)弱者がどれだけ犠牲になろうと知った事ではない、というような頭の程度とモラルの持ち主など、どこの誰とでも代替できる。もし派遣法の適用業務を拡張するのであれば、是非とも企業役員や国会議員も範疇に入れてほしいものではないか。 |
|
冤罪は何故無くならないのか 今月、たまたま冤罪に関する長時間番組が2つ放送された。一つは民放のTBS系が9月16日に放送した「でっちあげ」である。これは被告12人全員に無罪判決が出て、あまりにズサンなその起訴内容に検察も控訴を諦めたという、あの鹿児島県志布志町の選挙違反冤罪を再現ドラマ形式でまとめた1時間半のものであった。もう一つは「冤罪はなぜ起きたか」で、これは9月9日にNHK教育TVがやはり1時間半枠で放送した。まず前者について簡単に紹介する。 志布志町の選挙違反冤罪とは、町会議員として立候補した中山氏が当選後、突然選挙違反容疑で逮捕され、関係したと勝手に目星を付けられた一般市民が片端から連行され、恫喝と脅しによって自白書を強制的に書かされたという事件である。裏付け捜査があまりにいい加減で矛盾だらけな為に無罪判決が下りたが、それでも2年に渡って容疑とされた人達は苦しめられた。無罪となっても人生は元に戻る訳でもなければ、失われた時間はそのままである。自殺までした人もいる(未遂に終わったが) ドラマの内容は中山氏がある日、立候補を薦められて当選し、突然逮捕され今に至るまでを周辺の人も含めて再現したもの。この再現ドラマを見ると、この冤罪を仕組んだ奴の見当がおよそつく。中山氏は新人町議として当選した訳だが、実は他に立候補者が3人おり、その3人は常連であってしかも候補が3人であれば無投票当選になっていたというのだ。誰もが知っているように、犯罪には動機が必要である。一番動機があるとすれば、落選した一人だろう。罪をでっち上げて中山氏を失格にすれば、当人は次席で当選する事になるからだ。 別の民放ドキュメンタリーでは匿名を条件に当時の捜査員の一人が証言をしており、とにかく上からハッパをかけられ逆らうなど許されなかったと述べていた。当時鹿児島県警の署長であった黒(まさに推理小説かと思うような名前だ)なる人物が、こいつらを有罪にしろと指揮していた事実が浮かんでいる。仮にこの黒と落選した元町議が昵懇(じっこん)の間柄であったとするなら、まさに話がジグソーパズルのようにピタリと符合する。落ちた元町議は晴れて議員となり、うっとおしい新人議員は刑務所に送れ、しかも元署長は逮捕者数を上乗せして成績を上げ退職金の査定アップが見込めるからである。 問題は事件発覚後の鹿児島県警の対応だ。元署長の黒は本部長注意だけで退職金満額付きの定年退職、担当していた浜田警部補は減給3ヶ月だが減った給料が出る前にさっさと退職、磯部警部は所属長訓戒、その他の警部らはただの厳重注意だけだという。自分らの保身の為に無力な一般市民に拷問に近い真似をしておきながら、処分がこれだから鹿児島県警は全く反省などする気はないという事になる。番組が県警に取材を申し込んだが、回答書が送られて来ただけで、しかもその内容たるや「情報を得て犯罪の嫌疑があると認め必要な捜査を行ったもので」云々というもので(番組中でアップにされた書面より)、被害者への謝罪どころか、捜査に行きすぎが一部あったというような言い訳すら書かれていない。要するに、何時もやってる事をやっただけだ、何が悪いのだと言いたいのであろう。誰が書いて誰が承認したのか知らないが、まさに厚顔無恥の鉄面皮である。
さて、もう片方のNHKのものは、まず最近新聞などで紙面を賑わせた3つの事件、痴漢冤罪(東京都)、刑務所に服役して出所した後で真犯人が見つかった強姦冤罪事件(富山県)、そして鹿児島市志布志町の事件の3つを取上げ、冤罪がどのようなメカニズムで行われたのかを検証し、それを無くすにはどうしたらいいかを論じるものであった。番組ではこの3事件の被害者が実名でカメラの前に立ち、どういう扱いを受けたかを詳細に証言し、それをスタジオのコメンテータらが解説するという形式をとっていた。 一律的な取調べの録画義務化は反対である。何故かというと犯罪というのは誰でも隠したい、まして取調べとなると自分の犯罪に関わる事であるから、カメラの前で言った事がすぐに証拠になるという警戒感もあるし、羞恥心というものもあるかもしれない。プライバシーに対する配慮、共犯者の事もあるだろう。だから真実を話す事を躊躇する場合が出てくるだろう。(これに続いて、日本では諸外国のように司法取引や通信傍受のような手段が広く認められていない。これらとのバランスを取った対策を考えるべきだと思う、という具合に続く)
最高検察庁の検事ともなれば、勿論頭の良い人に違いない。だから言葉を慎重に選んでゆっくり話していたのだが、策士、策に溺れるというフレーズがこれ程までにハマる例も珍しいのではないかと思う。見ると分かるように、この冒頭の部分、主語がはっきりしないのだ。意図的にぼかしたのだろうが、試しにここの主語に「警察」とか「取調べをしている警部」と入れてみると発言全体が非常にすっきりするのが分かる。要するに、知られてはまずい事をしているのである。で、ついでに盗聴をもっと認めろなどと既得権益の拡大をしっかりと狙っているのも良く分かる。トップがこれでは冤罪は無くなりそうもない。
第38条1 何人も自己に不利益な供述を強要されない。 近年、法曹関係者の数を増やそうとあちこちの大学が法務学科を新設している。その結果、質が落ちるのではないかとか、数だけ増やせばいいのか、というような議論が時折新聞紙面に出る。しかしながら、現実の問題は今、実際に法曹の職務に当たっている人間が憲法すらまともに読めないような頭の持ち主か、自分に都合の悪い条文は憲法ですら無視しようとするモラルの持ち主かになっているという事なのだ。また、憲法には、 第40条 何人も、拘留又は拘禁された後、無罪の判決を受けたときは、法律の定めるところにより、国にその補償を求める事ができる。
という条文もあるのだが、関連法律は極めて貧弱であるというのが現実だ。 |
|
チルドレン議員の終焉 安倍政権の崩壊で小泉チルドレンが浮き足立っている。小泉前総理に出馬を願ってあっさりとソデにされ、安倍政権とは距離を置いてきた福田氏圧倒的優勢の情勢に危機感を募らせているようだ。 しかし、この自覚の無さこそ、まさに彼らがチルドレンと言われる所以(ゆえん)であろう。そもそも郵政民営化総選挙で自民が圧倒的議席を占めた為に、その「ついでに」当選したに過ぎない事に気づいていないからだ。要するに郵政民営化を実現させる為の、ただの踏み台に過ぎなかったのである。実現した以上、もはや用済みである。小泉元総理にしてみれば、今更改めて面倒見なくてはいけない理由など、これっぽっちもあるまい。政治というより、世の中はこうなると冷酷である。それすら分かっていないのだから、まさにチルドレンなのだ。 「料亭に一度行ってみたかった」などというようなアホ議員など不要である。チャラチャラと目立つ格好をして、あちこちで黄色い声を出すだけのガキもいらない。辛口子としては福田政権誕生はもはや確定的だが、この際衆院解散総選挙をやってもらい、このチルドレンを淘汰してから改めて政権を出発させてもらいたい位だ。 ところで、安倍退陣の真の理由について、立花隆ブログが鋭い指摘をしている。退陣の公式の理由はあまりに不自然だが、この週末に週刊誌が暴露する筈だった記事が致命傷になったと見れば筋が通る、というものだ。内容は簡単に言えば、安倍総理自身が父から相続する時に政治団体を利用して3億円の脱税をしていた、というものらしい。だとすると、この総理は選挙で惨敗しようと、閣僚が自殺しようと平気だが、自分の身が危ないとなると責任を放棄して逃亡するような人物だったということになろう。そんなものに群がっていたチルドレンも、まさにチルドレンということなのであろう。 このチルドレンを増長させているのは言うまでもなく地上波メディアである。拉致被害者の会をせっせと持ち上げて「自分らは特別」意識を持たせているのも地上波メディアである。安倍総理を選出した自民党は責任を感じるべきだ、などと他人事のように解説しているのも地上波メディアである。本欄が指摘してきたように、そもそも安倍人気というものを作り上げ、せっせとあおり立てた主犯こそまさに地上波メディアなのだが、それはもうすっかり忘れているらしい。これからはチルドレン・メディアとでも呼んだらいいのではなかろうか。 |
|
幼児政権の終焉 シンジラレナ〜イ。日ハムのヒルマン監督で有名になったこのフレーズがこれ程ぴたりとハマる出来事として、この青天霹靂、唖然自失な首相退陣劇にまさるものは、そうザラにはあるまい。参院選で歴史的大敗を喫しながら「基本路線は理解頂けていると考えている」と政権維持に意欲を燃やしたかと思ったら、今度は内閣改造を行い、国会が開幕し、所信表明演説も行い、まさにこれから代表質問が行われようとしたその矢先の突然の退陣発表とは、恐らく歴史を見ても前代未聞ではなかろうか。近代史でこれに匹敵するとしたら、徳川慶喜の敵前逃亡くらいしか思いつかない。 本欄ではこれまでも安倍政権には批判を行ってきた。が、まさかこれ程までに幼稚な頭の持ち主だとは考えもしなかった。テレ朝のニュースステーションが「例えて言うならテストの日に熱があると言って登校拒否する学生みたい」と言っていたが、まさに正鵠であろう。辞めるのであれば間違いなく参院選に大敗した時であった。あの時に潔さを見せておけば、また返り咲きも有り得ただろうに、あそこで政権にしがみついたお陰でこれからの政治生命すら危うくなっていたが、今度の辞任劇でそれは確定的である。地元でも安倍を支持するなどと言ったら白い目で見られる事だろう。 しかしながら、ここで考えなくてはいけないのは、訳の分からない頭の中にどんな思考が渦巻いているかではない。何故、かような無能人間が総理大臣になったか、である。発足当時、安倍政権の支持率とは何と70%もあったのだ。その大きな背景が拉致問題への取り組みとされている。曽我ひとみらが一時帰国した時に「絶対に二度とは帰さない」と発言した事に起因するのだが、以来、安倍のしてきた事は拉致問題の解決どころかそれを遅らせる事ばかりであった。現実に今もって解決のめどすら立っていない。ところが、その発言を地上波メディアが一斉に礼賛して持ち上げた事が、その後の「人気」と言われるものに繋がっていたのだ。要するに小泉政権のフィーバーと本質的に同じであって、地上波メディアが一緒に騒いだという点で完璧に共通しているのである。違うのは主演役者の出来不出来だけだった。この大混乱について地上波メディアの責任は大きいと辛口子は思うのだが、今、どの報道を見てもそんな事は我関せずであって、手の平を返したような安倍のこき下ろしばかりが流れている。今後、どのような政局運営が実現するのかは不透明だが、無責任な地上波メディアが何を言うかに左右されるのは間違いないだろう。 さて、安倍政権はこうして自壊したが、問題の本質はこれからである。軽薄な単純思考による憲法改正や美しい国などよりも、今、社会の問題となっている様々な出来事はその前、小泉政権に始まっているからだ。以下、その幾つかの例を示してみよう。
三位一体改革のウソ:
郵政は改革ではない:
派遣自由化で貧困が増えた: これらはほんの一例だが(例えば国際的企業買収を可能とする三角合併の解禁などもある)、これを「構造改革」と言い、こうしなければ日本は国際化から遅れると言い、こうすれば日本は良くなると言って来たのが小泉政権であり、特にあの竹中である。ところがこの実情を見れば、それはまさにアメリカかぶれの学問バカによる机上の空論に日本が振り回され、弱者が犠牲になっている構図以外の何物でもない。しかも日本に外資を導入するといっていたのは、結局は米国ハゲタカファンドによる日本の食い荒しであり、アメリカへの日本切り売りに他ならなかった。要するに改革者どころか売国奴なのだ。そして困った事に、この流れが変わるかどうかは、日本の政権ではなくアメリカの政権が決める事なのである。地上波メディアが今のように愚かなままだったら、間違いなくそうであろう。 |
|
黒い相撲協会 民放の番組で朝青龍問題に批判的意見が出た時に頷いたというだけで、日本相撲協会が元NHKのアナウンサから取材証を没収した事が報じられている。朝青龍問題については以前も本欄で書いたとおり、辛口子は朝青龍に同情的であり、相撲協会の対応には批判的であったが、この報道を見ていると日本相撲協会は高野連と同じくらい腐りきっているのではないかと思えてくる。 テレビで面白く無い取上げ方をされたからとギャアギャア騒いだのは、今の首相が幹事長時代にやった事だが、それと同じくらいに愚かな行為である。よほど後めたい事があったに違いない。大体、北の湖理事長の言い分がふるっている。「取材記者でないなら取材証はいらないだろう」というのである。それなら何故今まで取材証を渡していたのか。そもそもテレビで批判的と「見える」行動を取った(ちなみに当人はこれまで協会批判を具体的にした事はないそうだ)というだけで、記者ではないと決めつけるとはどういう了見であろうか。話の論理性がハチャメチャなのだから、要するにカンにさわったという子供じみた理屈しか有り得ない。特権にあぐらをかき、自分らは特別なエリートだと勘違いしているアホの群れがとる典型的な行動であろう。 秋場所が今、開催中である。客数はそこそこ入っているというのが「主催者側発表」だが、間違いなくこうした対応が相撲離れを引きおこしている事は、新聞などで扱われる記事の大きさが目に見えて小さくなっている事からも明らかだ。今日も大関3人が破れたというのに特別大きな扱いはない。身の回りにいる相撲ファンの数人に聞いてみても、相撲が面白くないという答が少なくない。全体を締めるような力士がいないというのだ。確かに朝青龍は相撲全体の中心にいるという実感があった。今、白鳳はその代わりにはなっていない。そう言われてこの秋場所を見てみると、なんだか「良い子」だけが並んでいて勝負に緊張感が全くない。協会が馴れ合いの集合体という事がこの形で現れているのであろう。 |
|
サブプライムローンって? サブプライムローンによる信用不安が日本でも株安を引きおこしている。と聞いて何の事だか分かったら、相当な経済通であろう。辛口子も何の事やらさっぱり分からなかったのだが、色々と調べてみると、どうやらこういう事らしい。 そもそも、サブプライムローンとは、低所得者向け住宅ローンの事で、低所得者だから返済の滞る可能性が高い。しかも年収の証明も取らずに貸しているのだという。そんな具合に何故貸せたのかというと、二つのマジックがあった。一つが「ローンを証券化した」事と、もう一つが「ゆとりローン」である。後者は最初は返済額が小さくて後になる程返済額の増えるローンの事で、バブル崩壊の頃に個人破産の根源としてかなり報道された。前者は何かであるが、要するにこの借金に対する返済額を証券として扱い、それらを組み合わせた金融商品として世界に対して投資先としてバラまいたという事である。これでも良く分からないと思うが、端的に言えば「リスクを細切れにしてあちこちの金融商品の中に混ぜた」という事である。つまり、こうしてリスクを大勢で薄く抱えるから安心ですよ、という訳だ。 ところが安心でも何でもなく、これが巨大詐欺に近いものだった事が最近になってはっきりしてきているのである。そもそも年収証明もなく低所得者にローンを組ませれば焦げ付くに決まっている。早いか遅いかの話である。その焦げ付きがここになって非常に顕著になってきたのである。そりゃそうである。ゆとりローンの返済額が次第に多くなれば、返済出来ない借り手が増えるに決まっている。その返済額が大きくなる時期がそろそろ始まっているのだ。それに拍車をかけているのが、こうした「不良債権」が細切れになって世界中の金融商品の中に紛れ込んだ事である。それが安心どころか逆に信用不安を引きおこしているのだ。つまり、自分の持っている金融商品の中に、一体どれ位のリスクが含まれているのかはっきりしなくなってしまった訳で、誰でもそれでは不安になる。例えて言うなら、食べ物の中にどれだけ毒が混ざっているのか分からない状態なのだ。つまり金融不安が起きるのである。だから日本の株式市況にも影響を及ぼしているのである。 そもそもここまでして何故金を貸さなくてはならなかったのか。それは「新しい金融商品を作る為」である。別の言い方をするなら、先物取引の投資先を作りたかったのである。更に言うなら、世界中に溢れる投資資金の行き先を作りたかったのである。そこでこんなややこしい仕掛けを誰かが考え出したのだ。で、その考えた所というのがどうやら、あのエンロン粉飾決算で暗躍したところらしいという。要するに今度はエンロンだけでなく、世界規模で皆が詐欺にかかったようなものなのだ。 この不良化したサブプライムローンそのものはまだ巨額になっている訳ではない。ところがそれがどこにどれだけ混ざって散っているのかはっきりしない為に、全金融商品に渡って信用不安が起きているのである。今、世界を流れている金融商品は巨額である。アメリカ一国の全資産に相当するとも言われている。一つ間違えたら世界スケールでの金融不安が顕在化しかねない。つまり大恐慌の再来である。現代の金融市場はデリバティブ、即ち先物取引が圧倒している。先物取引では必ずしも現金が動く訳ではない。言わば、将来の可能性を金に置き換えているのであって、言うなればバーチャルなマネーである。それが世界をうごめいているのである。従って、今度大恐慌が起きたとすると、被害を被る場合はその金額は途方もないものとなりかねない。過去の大恐慌とはそこが違う。そんな事になったら世界はどうなるのか。それは誰にも分からないのである。 |
|
何でも「うつ病」 ささいな事ですぐにキレる大人が増えているという。その理由としてあげられているのが「鬱(うつ)病」なのだそうだ。最近の風潮は何でもこれのようだ。とりあえず鬱病と言っておけば何とかなるという事なのだろうか。そのうち、総理も鬱病だとか、差別も鬱病だとか、ネットカフェ流民問題もこれで片付けられたりしても不思議ではない。 さて、辛口子は無論、そのようには考えない。もっと問題は単純だと見ている。キレるというのは何らかの形で感情が爆発する事で、古くから「堪忍袋の緒(お)が切れる」と言う言い方がある。この考え方で例えるなら現代社会では、何故か簡単に緒が切れるケースが増えているという事になろう。その場合、原因としては2つの物が考えられる。一つは緒が弱くなっている場合で、もう一つは内部圧力が増大している場合である。 前者は我慢が足りないという事であるから、例えば子供の頃から我慢という物を知らずに大人になってしまったような場合が考えられる。学級崩壊とか言いながら、授業中に教室を徘徊する子供に何やら病名を勝手に付けて放置していれば、そういう大人が増えるのも道理であろう。こんなものは病気ではない。しつけの問題である。違うというなら、現代の学校に徘徊する子供がいて、陸軍中野学校に何故いなかったのかを説明出来なくてはならない。そう言うとすぐに出てくるのが食生活というフレーズであるが、実際にどういう食品がそうした影響をもたらすという話は立証された試しがない。 後者の場合は現代社会のストレスと言う事が出来よう。社会が成熟して上が詰まっており、将来の展望が見えないとなると確かにストレスは溜まるだろう。失業してネットカフェ流民にでもなったらそれは相当なものだろうし、正社員としても上は不正行為をして私腹を肥やしているか、IT産業に就職して花形気分になっていたら実態は粉飾会社だったというような具合など、現代社会におけるストレスは確かに多くなっていそうだ。 だが、辛口子はそれらの他に、適切なはけ口が無くなっている事こそ問題なのではないかと考えている。堪忍袋の中に次第にモヤモヤした物が溜まって行った時、それを適切に放出する安全弁が無いのであれば、いずれは破裂するだろう。安全弁の一つとして誰もが知っているものは悪態である。いわゆる「悪い言葉」だ。「あの○○野郎、くそでも食らえ」というようなたぐいである。人前で使うのはよろしくないが、一人の時にそうやって口に出す事でモヤモヤした物がかなり発散するのは多くの人が体験しているだろう。ところが、現代社会ではそうした事を適切に行える環境がどんどん無くなっているのではないかと思われるのだ。 良い例が差別用語という馬鹿丸出しの愚考である(こんな事を言い出してもう20年近いそうだが、差別は無くなったか?)。一般に差別用語として糾弾されるのは、典型的な悪い言葉である。確かにそうした言葉を公衆の面前、特に誰かに面と向かって言う事は問題である。だが、そうした言葉は一人で口に出してモヤモヤを発散する時には欠かせないものという一面があるのだ。仮にそういう言葉を片端から抹殺して行ったとしよう。頭の中にモヤモヤが溜まり、それを何とか外に発散しようとしても、それを的確に表現出来る言葉が無いという事になる。上品な言葉だけでは、モヤモヤは発散出来ない。溜まる一方だ。いずれは破裂するだろう。 最近特に大人で突然キレるのが目立って来たという事と、差別用語の嵐の中、悪い言葉を教えられずに育ってきた世代とを照らし合わせると、大体重なるのではないかと思う。これが全てではないと思うが、一つの大きな要因なのは間違いないのではなかろうか。痴漢行為が増えているというのも、モヤモヤがあらぬ方向に噴出してしまった現象というとらえ方が出来る。これらに共通しているのは、とにかく「良い子」である事ばかり強制する現代社会の風潮である。何でも禁止すれば良いという単純思考だ。その根底には、人間は神の子であって、悪い事は生まれてから覚えるのだという論拠ゼロの理想論がある。そうではない事はこうした社会現象が疑いの余地なく証明しているのに、である。この問題の解決法は古人の智恵に多くを学べるのだが、現代人はそこには全く目を向けない。昔の人より今の我々の方が賢いと思いたいからだろうが、実態は逆と言うべきである。こうした問題を古来、人々がどうやって処理して来たかを改めて学び直す事こそ、今の時代にとって必要な事ではなかろうか。何でも責任を転嫁される鬱病の方こそ良い迷惑である。 |
|
テロ支援国家指定の解除 米朝の急接近は既に誰の目にも明らかだが、今日は米国が北朝鮮をテロ支援国家指定から解除する方向という報道がされた。以前から噂に上っていた事が現実となってきた訳で、米朝国交樹立も遠い事はあるまい。そもそも、日本では六カ国協議と言っていたものも、その中身は実質的には米朝会議であって、そこに場所を提供している中国と北朝鮮に関係の深い韓国が絡んでいるとしてもせいぜい四カ国であった。蚊帳の外に置かれていながら、六カ国とせっせと述べているのは日本だけである。 日本は拉致問題を振りかざして、北朝鮮のテロ支援国家指定を外すなと主張して来たそうだが、全く無視された訳でまたも思いっきり的の外れた国際感覚を露呈した形となった。テロ特措法によって日本がインド洋で給油している事が国際的評価を得ているという日本政府、特に自民党の主張が我田引水か誇大妄想に過ぎない事がまた一つ証明された訳でもある。安倍政権が北朝鮮をただ敵視するだけで、実質的に拉致問題を解決するどころかそのメドすら立たない状況に日本を追い込んでいる事も、ますますはっきりして来た。これで北朝鮮と米国が国交を樹立したら、日本政府はどんな顔でそれを承認するかミモノである。 その安倍総理。4人もの農相が相次いで交代する醜態に、「任命責任は全面的に私にある」と言いながらその責任を取ったという気配はない。次の農相を指名するのが責任を取った事だとでも言いたげだ。都合の悪い事からはせっせと目をそらし、自分の事をとやかく言われるとムキになるのは総理就任前、ある民放の報道番組にチラと自分のポスターが映っただけで抗議をした事から変わっていない。拉致問題解決というフレーズは口にできるが、その意味は理解できないのか、言ったそばから忘れているのかのどちらかなのではなかろうか。 |
|
コピーワンスは自主規制だった! デジタル録画機器のコピーワンス問題は、相変わらず放送業界の「我が軍に撤退の文字はない」戦略で先が見えない。機器を買い換えなくてはならない上に不便さは変わらないコピー9回も提唱されただけだし、目玉と言われるEPNにしたところで消費者に新たな負担を強いるという論外なものだ。こんな馬鹿丸出しをしている国は日本だけなのだが、先日、神々の失墜、崩壊するコピーワンスという記事を読んでいたら、読み捨てならないフレーズが書かれていた。当該部分を引用すると、 コピーワンスはARIBの運用規定であるTR-B14,15に記載されているが、このTRとはそもそも、「ただの技術資料」でしかない。ARIBの本業はARIB標準規格(STD)を策定することにあり、この策定には利用者や事業者など利害関係者からなる規格会議の総意を得なければならない。コピーワンスはこの総意を得ず、単なる資料としてねじ込まれているのである。
だそうだ。要するに、業界の内部同意事項ですらなくただの「提案」に過ぎないという。 |
| 各記事は個人で楽しむ分には自由だが、いかなる意味でも営利を伴う使用については、 筆者個人の許可を求める。ただしURLを宣伝する行為は、この限りとはしない。 |