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クレジット不正推進システム 朝日新聞が何度か報じているとおり、モバイル・スイカで不正使用が続発しているそうである。いわゆる「なりすまし」だが、勝手に他人のクレジットカード情報を入れてしまうと、使えてしまうものらしい。被害額は明らかになっているものだけで1000万円だという。しかも被害に遭っているクレジットのオーナーは、このモバイルスイカを【使っていない】人ばかりなのだそうだ。 このシステムは例のセキュリティが危ないと言われ続けているSONYのFelicaを利用したものだが、今回のトラブルはそれとは関係ない。モバイルスイカ会員に登録する時に入力されるクレジット情報を、カード会社に照会するに当たって、ほとんどまともに照らし合わせていなかったというもののようだ。 実にふざけた運用システムである。JR東日本もクレジット会社も、どちらも自分にとって都合の良い方向にばかり判断し、一方的にユーザの利便の方へ皺を寄せたに過ぎないからだ。少なくとも、クレジットカードのユーザ氏名と、モバイルスイカのユーザ名とが一致してるかどうかを調べてさえいれば、この事件は100%防げたのである。が、案の定、クレジット会社とJR東日本は互いに責任をなすり合っている。JR東日本は被害額を弁償するとの事だが、そんなのは当り前であって、賠償額を上積みすべき問題だろう。 この事件で問題なのは、被害者がモバイルスイカを【使っていない人】に集中している点だ。どこかでカード情報が漏洩すれば(数十万人分が漏洩なんてな記事は幾つもあった)、自分のカードが知らぬ間に使われている可能性がある訳だ。クレジット会社からの引き落とし通知には必ず目を通すようにしたい。また、こうした「便利」なシステムというものが、如何にいい加減な作り方をされているかを示す格好の例となったものでもある。オサイフ携帯などとんでもない代物だ。あれを便利だと喜んで使っている人は、自分のサイフを第三者に預けているに等しいという認識を持ってもらいたい。少なくとも「その場でレシートの出ない決済システムなど信用すべきではない」のである。 |
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逆ベクトル 最近の政府が打ち出す政策には共通する要素がある。それは、自分の抱え込む物は断固として放さず、皺は一方的に国民の方へ寄せる事である。以前から無かった訳ではないが、ここ最近、急激にその傾向がはっきりしてきた。かつては誤魔化していたものだが、今や堂々と胸を張って表明するのである。 典型と言えるのが揮発油税の権益は一銭たりとも放さないというアレであろう。その為に国土交通省は「上がり」を全部使い切る政策を堂々と列挙した。臆面もなく発表するとは凄い鉄面皮である。流石にまずいと思ったのか、今度は高速道路の値下げにそれを回すと言い出した。要するに何が何でも揮発油税という権益は一銭たりとも減らさないという訳だ。これがいわゆる特別会計の一端である。 年金や保険料を消費税でまかなおうという話が常に出続ける。それをせっせと後押ししているのが経団連である。何故かというと、消費税なら商品価格に転嫁出来るからである。つまり、今、企業は社会保険料や厚生年金を従業員と折半で負担しているが、それをゼロに出来るのだ。別の言い方をするなら、社会保障費を全額国民が自ら負担する事に他ならない。がめついという言葉が歩いているような、あのキヤノンの御手洗はまずいと思ったのか、日が変わってから「企業負担が減った分は従業員に回す」と発言したが、良く聞いてみると福利厚生という漠然とした形で還元するのだそうだ。どうにでもごまかせる。 医療改革は出費を抑える事だけに終始する。長期入院をすると保険点数がどんどん減るので、病院は患者を追い出さざるを得ない。先日、駅前に患者を放り出した病院がニュースになったが、その裏にはこの事情があったに違いない。老人医療についても、今度、75歳以上については別の保険システムを作る事が決まっているらしい。つまり、医療費のかかる部分だけを切り離して別の保険を作ろうというのだ。その掛け金を誰が負担するのか。要するに老人は医療負担に耐えられないならそのまま死ねという事である。 凄かったのは、先日の生活保護費見直しであろう。低賃金労働の賃金より生活保護費が高いのは不自然だから生活保護費を下げるというのだ。低賃金労働を何とかするのではないというのだから、その発想のベクトルがどちらを向いているのかは言うまでもない。 日本は財政危機だと言われる。国家規模の借金は700兆円という説もある。本当だろうか。実は歴代政権はいわゆる特別会計を何とかしようと試みてきた。あの塩川財務相の「母屋はお茶漬けを食べているのに別棟ではスキヤキだ」という発言があったが、その事だ。民主党の石井議員が刺殺されたのも、議員がこの特別会計についてずっと調べていたからだという。最近になって、小泉・安倍政権下で知恵袋と言われた高橋洋一氏という財務省出身官僚が「財投改革の経済学」という本を出したそうだ。 この本によると、特別会計の黒字分を洗い出した所、明らかになっただけで(道路特別会計は含まない)ざっと70兆円が出たという。こうした官僚が智恵を出していながら、何で小泉政権下で違法派遣とネット難民が横行する政策が行われたのかは謎だが、いずれにしろ「ある所にはある」のは間違いはない。 別の視点で見てみよう。かつて長野県の知事をあの田中康夫氏が勤めていた頃、公共事業について全面的な入札制度を徹底したところ、ざっと金額が2割減ったというのだ。国の一般会計はざっと80兆円だが、得体の知れない特別会計を含めると200兆円だと言われる。この事例から推定すると40兆円くらい余ったって不思議ではない。 この金額、今の消費税をゼロにし、しかも年金などの社会保障費を全額まかなってもお釣りが来るほどの巨額だ。 だが、官僚にはそれを一銭たりとも手放すつもりはない。ガソリン代が上昇して諸物価が高騰しても、揮発油税を減らして経済を活性化するどころか、時限立法を断固として見直す事なく集めた金は全額使い切ると堂々と発表するのが官僚である。恐らく、官僚用に国庫から膨大な補助が出る官僚向け健康保険制度が出来上がるのも、そう先ではあるまい。ちなみに、国家公務員向けの年金制度は破綻しておらず、資格者リストも完璧だそうである。 |
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病気腎移植 ドナー登録制度が出来ても日本では提供ドナーが一向に増えていない。そうした中、昨年から問題とされているのが病気腎移植である。11月13日、フジテレビ系が1時間枠で深夜に放送したドキュメンタリーで色々な面での問題提起を行っている。 病気腎移植とは字を見て分かるように、何らかの病気があって患者から取り出された腎臓を、腎不全に苦しむ別の患者に移植する事である。腎臓からは病巣部分を削除したりし、病気が再発する可能性がある事を患者に告知した上で了承を受け、これまでに42件が行われたそうだ。その後の経過調査では、癌が再発したのが1件、肝炎再発の疑いがあるのが1件あるだけで、それ以外はおおむね順調な経過が得られているという。フルマラソンまでこなす旧患者もいるのだそうだ。 腎臓が不全になると、人工透析というのを行わなくてはならない。週に1度、病院まで出向き、機械の脇に横たわって数時間じっとしているというものだが、これが何時までも出来る事ではないとは余り知られていない。やはり人工的な腎臓模倣では不完全な部分もあるらしいし、血液を濾過するのだから何らかの細菌が入る可能性も少なくない。合併症が出てくるのだ。しかも処理の間の苦痛はかなりなものだという。 これを解消するには腎臓移植しかない。日本では臓器売買を懸念してその壁は極めて高く、ドナー提供者からの腎臓か、近い親族の間での移植しか認められてはいない。従って、この病気腎移植については移植学会を中心に激しい非難が起こった。ルール無視だとか、人体実験だと言うのである。その一方で、患者とその親族の側からは移植を行った医師を支援する動きが広がっている。 日本は脳死からの腎臓移植には極めて及び腰である。患者の方も一向に移植など行われないので希望をしない。ところが、一説によると人工透析をしている医者が、患者が減るのを危惧しているという指摘がある。人工透析は国の保険が使われる。その額は年間で1兆2500億円にのぼる。更に毎年1万人ずつ患者は増えているが、透析を10年行った患者の生存率は40%だそうだ。商売として見たらまさに濡れ手に粟に近く、しかもそれを維持する為には移植など無い方がいいという理屈になる。 海外ではどうだろうか。例えば米国では年間8000例と、日本より遙かに高い脳死腎臓移植が行われている。ちなみに日本は8年間でたったの50例だという。米国では脳死が出た場合に備え、迅速に情報をやりとりして効率的な臓器運搬、移植が行えるようにネットワークが確立しているのである。今回問題となったこの病気腎移植では、確かに学会の決めたルールを破っていたという事実があった。ただ、それをもって人体実験だと非難する学会からは、提供されたドナーからの臓器を貴重な命の元だという考え方が全く見えない。学会がルール見直しを検討するどころか、それ以前にこうした効率的ネットワークの実現を推進しているという話すら聞いた覚えがない。 ちなみに米国でもまだ病気腎移植については検討段階だそうだが、日本でのこの病気腎移植の話を聞いた米学会が執刀した医者に学会で発表してもらおうと招待する事となった。ところが極めて異例な事に、学会本番の前にそれがキャンセルされたのである。調べてみると、日本移植学会の田中紘一理事長が米移植学会の会長に「この移植は不法行為である」と犯罪であるかの如く糾弾する手紙を出していたのだ。ちなみにこの理事長、番組の取材に対し「問題点を指摘しただけだ」と平然たるものであった。 この情景を見ていると以前、心室細動を直せる電気ショック装置の導入に、日本の医学会が猛反対をした事を思い出す。素人が使うなどとんでもない、我々医者が使わなくては危険だ、というのが学会の言い分だった。ところが、そのすぐ後に皇族の1人、高円宮(たかまどのみや)殿下がその心室細動で亡くなったのである。そのわずか数日後であった、医学会が主張を180度転換したのは。良くぞ恥も外聞も無く言う事をこうも変えられると感心したものだが、そこにあるのは自分らの権益を抱え込もうとする事しか考えないモラルも人命尊重も二の次という発想以外の何物でもなかったのである。 今回もその轍は踏襲された。日本移植学会は共同声明を発表し、病気腎移植を全面否定し、厚生労働省もそれに同調、これからはどこの医者も原則として行えないこととなったのである。学会はこの医療を否定する根拠として、例えば癌の腎臓については治療すべき腎臓を病気を理由に摘出した(部分削除で良いはずだ)と主張したが、実際に腎臓癌の治療例を調べてみると8割以上のケースが全面摘出であったという。要するに、自分らのメンツが第一でその為の理由を後から列挙しているに過ぎないのである。おおまか、病気腎臓の有効利用など頭から考えた事もなかった奴らが、田舎の医者に先を越されたのが面白くないというあたりが真相であろう。この愚かな連中が自らの愚かさに気がつく為には、またどこかの皇族に犠牲になってもらうしかないのであろうか。 |
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回ってきたツケ 赤福偽装を筆頭にこれでもかと出る偽装の数々。名の通った大手が片端からリストアップされる実態に呆れた声が多いが、こういう物は一つが出ると我も我もと続くものである。お菓子の中に虫が入っていたという報道がやけに続いた事を思い起こしてもらいたい。一種の流行のような要素があるのだ。 ただし、それだけで済ませられる問題ではないのは無論である。ここで面白い事がある。それはこうした一連の食品偽装、その全てが内部告発によって発覚しているという点だ。赤福に至ってはパート社員が記者会見まで行い、狼狽えた経営陣がすぐにバレる嘘を並べるという醜態まで晒け出した。食品以外で今問題になっている防衛省の守屋問題は母屋を取られた山田洋行という会社と、そこから分離独立した日本ミライズという会社との争いから明るみに出たもので内部告発ではない。逆に言うとこの争いが無ければ表には出なかったものである。 さて、内部告発に戻る。このように内部告発が続発する一因となっているのが、パートなど非正規雇用社員の増加である事に疑いの余地は無いであろう。内部告発者を護る仕組みが出来たのも一つの理由であろうが、そもそも火の無い所に煙は立たぬと言われるとおり、ちゃんと違法行為という火種があって、煙も上がっている訳であって、それを「火事だ」と知らせる内部告発者がいたというプロセスとなっているに過ぎないからである。 ここで当然思い起こさなくてはならないのが、派遣法の改悪であろう。派遣対象業務を大幅に拡張した時、指摘されていたのがモラルの低下であった。会社は単純にコストだけを考えて労働者を非正規雇用に置き換えようとするだろうし、逆にそうした形で仕事に就いていれば当然ながら会社に対する忠誠心などは生まれない。実際にまさにその通りになってきている訳で、こうした企業経営者や政府関係者が如何に先を見ずに目先の事しか考えていなかったか、ということを端的に示しているといえよう。 かつてアメリカ製品に問題が続発した事がある。乗用車を買ったら何か物が転がる音がする。調べてみたら、トランスミッションの中に瓶が転がっていて、しかもご丁寧にその中に「見つかっちゃった」と書かれた紙が入っていた、という話もあった。従業員のモラルが問われ、日本式経営を学べという機運が起こり、いわゆるQC活動がアメリカにも広まった一因となったのである。で、今の日本を見ているとまさにそこに向かって一目散というような気がしてくる。わざわざ一番出来の悪い生徒を見本にする優等生みたいなもので、この愚行を指揮したのが小泉と竹中であるのは言うまでもない。 先を考えずに政府が法案を乱発したことの副次的要因としては、国会での答弁に局長クラスの官僚を出て来なくしたというものも言われている。大臣が答えるべきだ、という妙な理屈がまかり通ったからだが(大臣こそ素人みたいなもんだと思う)、お陰で局長クラスがまともに勉強しなくなり、法案をちゃんとチェックしなくなったから、先を考えずに法案を安直に連発したというのだ。一面、これも事実だろうがそれを言い出したら、まともなチェック機能を失ったマスコミ(特に地上波)だの、日本全体の制度疲労だのということになってしまう。 19日放送のクローズアップ現代では、名ばかりの管理職という問題が取上げられていた。管理職というポストだけ名目的に与え、責任だけを被せて権限は与えず、部下も無しでしかも残業代が払われないという実態が蔓延しているという話だ。これも企業経営というものが目先の利潤にばかり向いていて、長期的視野で考えなくなっている事の一つの現れと見る事が出来る。食糧自給率が4割以下、エネルギー輸入率が7割と言われるほどに、貿易立国である日本は良い製品を作って海外で売らなくては成り立っていかない筈だが、これはまさに今後、こうした形での企業力低下がじわじわと日本の競争力を奪っていくことを示唆している。人件費削減など途上国にかなう訳がないのだ。単純な対米追従でグローバル化の名の下に企業モラルを崩壊させ、しかも海外からの投資ファンドによる国内資産買い占めへの道を開いた小泉−竹中ラインの責任は重大である。 |
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このあとすぐ視聴者離れ 「このあとすぐ」と書いてからCMを入れるという手法は、視聴者に嫌悪感を与え、それに続いて登場するCMの会社には好感を持たない、という調査結果が出ているそうである。確か慶応の先生によるものだったと思うが、それにしてもと思うのはこの調査結果の話ではない。そんな事くらい調べないと分からんのか、ということである。 そういう番組構成をしている連中は、自分で見た時にどう思うか、という視点では全く考えないのであろう。そうでないなら、そんな構成を行える訳がない。つまりは自分で見てもいないということであるが、別の言い方をすれば視聴者などどうでもいいと思っているからに他ならないということでもある。少なくとも「見ていただく」という概念などかけらもないのだ。 朝日ニュースターの番組に「ニュースの深層」というのがある。先日見ていたら、たまたまテーマが民放地上波のスポーツ中継であった。辛口子は見ていなかったが、フジテレビのバレーボール中継で視聴者がいきなり見させられたのがジャニーズのライブだったそうである。亀田兄弟の問題を放送局というものが全く理解も反省もしていないという格好の例と言えよう。 このニュースの深層で言っていたことだが、例えば他の番組、ニュースなどの画面でデカデカと「世界陸上まであと何日」などとテロップが出るというのも日本だけの愚行だそうである。報道番組が政府べったり、アメリカ万歳の偏向構成なのも論外だが、それとは別に報道番組のあり方についての倫理観が皆無であって、少なくとも先進国ではかようなテロップなど間違っても入れてはならないものなのだそうだ。また、スポーツ中継そのものも、アナウンサの身びいき(亀田中継でも一方的と批判が出た)が顕著で、先のバレーボール大会では国際大会だというのに日本ばかり取上げ、しかも試合も相手チームの僅かなミスばかり大きく声をあげるという具合で、およそ公平性に欠ける為に国際映像としては全く使えなかったという。 何時も書いている事だが、民放地上波がスポーツ中継を茶化して駄目にした例は数知れない。古くはツール・ド・フランスやアメリカズ・カップがその典型で、NHKの中継で人気が出たあと民放で中継が始まったら、どこかのアイドル系をゲストに座らせて中継そっちのけでそればかりにしゃべらせ、瞬く間に視聴率は急降下、やがて放送が深夜枠になりすぐに番組そのものが消え失せた。プロ野球中継離れを起こしたのも野球を知らないアイドルばかりしゃべらせるような愚を行ったからであった。しかもそれで視聴率が下がり始めると、慌ててやった事が更なるバラエティ化だったのだ。日本シリーズなどの野球中継を見ていて、ようやくまっとうなスポーツ中継が行われるようになったかと思っていたら、亀田中継や今度のバレーボール中継では相変わらずボクシングファンやバレーボールファンが離れるような番組構成を行っている訳で、これでは番組そのものが成立しなくなるのも時間の問題であろう。 放送局でこうした番組を作っているのは現場だが、番組の構成を決めているのは番組編成会議という所だそうだ。恐らく、そこは文字通り馬鹿の溜まり場に違いない。理由については今更論など待たない。良く言われるように、こうした番組構成しか作れないというのはバラエティ思考から一歩も頭が外に出ないからであるが、もう一歩掘り下げれば視聴率という数字だけでしか物を考えていないからである。つまり、単純に10%より20%が多い、という思考しか行っていないのだ。バレーボールを例にあげるなら、例えばバレーボールファンが人口の1割いるのであれば、視聴率は10%とれれば御の字の筈であろう。ところが、そこに20%を求めるとしたらどうするか。要するにバレーボールとは関係のない層(野次馬ともいう)を集めるしかない。だからジャニーズのライブなどというものを入れるのだ。結果としてバレーボールファンが離れる事など考えない。その瞬間さえ数字が上がれば良いのである。10%と20%のどちらが多いか、などというのは小学校の算数である。数字の意味を考えてこそ、分別ある大人の行動というものであろう。ところがいい歳こいてその程度しか頭が働かないのだから、まさに馬鹿と言うにふさわしいとしか言いようがないのである。 さて、冒頭の調査結果が出た事で「このあとすぐ」は無くなるだろうか。答はYESであろう。それは放送局がおのれの愚かさに気がつくからではない。スポンサーの側がそう要求するからだ。高い金を払ってCMを流しながら、自社製品に悪感情を抱かれたのではたまったものではない。だからスポンサーの方から無くすようにリクエストが出るのである。消費者は王様という言葉があったが、放送局にとってスポンサーは神様である。番組編成会議の面々でも、神のお告げを理解して盲従するくらいの知性は残っているのだ。 |
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何故大連立なのか 言われてみて気がついたのだが、大連立の真の狙いは憲法改正への布石なのだそうだ。多分、この事を明確に指摘しているのはあのFACTA誌だけであろう。読み直してみたら最新号(10月20日発売)にしっかりと書かれていたのである。しかも小沢が大連立をあっさり受け入れる可能性があるとまで指摘しており(福田「話し合い解散」の老獪)、恐れ入った。 さて、その大連立。真の狙いの仕掛けを簡単に説明しよう。目標は3年後の参院選である。その頃には例の国民投票法が発効する。大連立が成れば憲法改正の為の2/3を形成する事が出来るのである。では何故今、この騒ぎを起こしたか。それは踏み絵ではないかと思われる。小沢の言動にどう反応したかを見れば、憲法改正の時に乗せられそうな議員とそうでないのとを振り分けられるのである。ネガティブと判断された議員については、次の衆院選で支援しないような対策がとられるのであろう。無論、マスコミや世論の動向もしっかりとチェックしたに違いない。 それにしても古狸の智恵というのは恐ろしいものがある。何度も書いているように自民党の憲法草案が仮に成立したら、次の改正が容易になり、基本的人権は国家の為にのみ必要とされ、軍事裁判所が設置される。日本は国際貢献の名の下に米国に追従して軍を世界に派遣する手段を持つ事となる訳だ。とにかく軍事力を行使したくてしょうがない奴らの狙いはここにあるのだが、今、世界は米国と反米国とに分かれつつある。ということは、これは第三次世界大戦への道でもある。 そんなバカな、と思ってはいけない。総理大臣がちょっと右寄りな発言をするだけで、沖縄戦で自決を強制などしてないとか、南京虐殺なんて無かったとか、戦争には大義があったとか言い出すのが続々と現れ(しかもいずれも旧日本軍属の関係者なのだから笑うしかない)、教科書検定すら動かされた事を考えなくてはならない。こういう手合いは表向き日本の為というフレーズを使うが、その本質は自己の保身と権益の為なら国民を踏み台にしても構わないという単純思考だ。それは日本が太平洋戦争に突き進んだいきさつを見直せば明らかだし、昨今の冤罪やら薬害問題、食品や耐火建材偽装やら、どれを見てもそういう人種が絶滅どころか一層増殖してきているのが分かるだろう。 |
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国会は空転しているのか 民主と自民の大連立騒動、裏で糸を操っていたのはあのナベツネだったそうである。読売新聞がやけに社説で大連立を力説していた理由がはっきりした。プロ野球の再編問題(たかが選手の分際で、というあの時)でペナルティを食らったにも関わらず、相変わらず出しゃばる癖は直っていないようだ。 さて、今回の国会では法案がちっとも通らないのを危惧する声が強いという。何でも聞く所によると、安倍政権では162日の会期中に113本の法案が成立したが、今のねじれ国会では2ヶ月経ってまだ1本も法案が成立していないのだそうだ。まあ全く法案が成立しないのは問題だが、だからと言って法案の自動販売機と言われたように粗製濫造法案ばかりが通っても困る。 小泉政権から安倍政権にかけて成立した法案で、実際にどれだけ国民生活が良くなったかを検証してみるという事が抜けているから、ねじれ国会を危惧する声が起きるのだろう。乱発された法案を少し見返してみても今後の日本を悪くするような物ばかりが目立つのだ。国民投票法案のお陰で今、18歳以上を成人と扱うように各法案の整備が進められているという。テロ特措法の問題は改めて問うまでもない。障害者自立支援法を始めとする弱者切り捨て法案。規制緩和の名の下に混乱を巻き起こしているだけの派遣法改正。少し変えるだけで即座に治安維持法に直結する国民保護法。ヤミ金融を俄然元気にした利息制限法改正。学校のクラスメート同士の連絡すらままならなくなった個人情報保護法案など並べてみても枚挙にいとまがない。今必要なのは拙速な審議と法案成立ではない。もっと熟慮した上での日本の将来像をどう描くかであろう。 今の国会で審議がスムーズに進まなくなっているのは、与党も野党も慣れていないからである。海上給油法のような一部の例外を別にすれば、どちらも似たような法案を出しているのだから、互いにチェックし合って問題点を洗い出せばいいのである。今の情勢を見ているといたずらに対決姿勢をとるばかりで、そこにあるのは政党のエゴであり、国民生活という視点がない。もっとも、こうした政治家を選んでいる国民の方も問題があるから、二世、三世の議員が半数を占めるという異常な状況になるのだが。 さて、この大連立騒動。イギリスのメディアが少し伝えたようだ。米国系メディアには辛口子の知る限り出て来ていない。ちなみに日本が特措法期限切れによって給油活動を停止した事すら、米国系メディアには出ていない。与党も野党もこうした世界の目を気にする事からまずは始めては如何なものであろうか。裏から小賢しい手を回して自分の利を得ようとするだけの古狸はもう沢山である。 |
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わかりやすさ 在日のトルコ大使が、NHK放送のドキュメンタリーに抗議をしてきたそうである。シルクロードシリーズの最新作、「“希望”の門 トルコとクルド・2つの思い」の中で一方的にクルドを持ち上げているというものだそうな。辛口子はそれを見ていたが、今でもアイデンティティを捨てずにクルド語教育や伝統文化の継承を続けるクルド人の生活や、トルコ軍によって破壊されたクルド人の村などが出て来たから、そのあたりが神経を逆なでしたのではなかろうか。裏を返せば言われたくない所を言われたという事だから、あそこに出て来た光景には真実が多いのであろう。 元々、クルド人居住区がトルコ、イラク、イランの3カ国にまたがっていると言われるが、事実はどちらかというと逆であって、クルド人を分断するように当時の西側列強が国境線を引いたというのが正しい。映画「アラビアのロレンス」を見ても分かるように、当時、中近東はまだ国境の空白地帯であったが、石油という資源が明らかになるにつれ、それは欧米列強が覇を競う場となった。彼らは地元民をたきつけて独立闘争を起こさせ、それを大義名分として国を作り傀儡政権を樹立して支配するという手段を使う。ロレンスは地元民を説得して独立戦争を起こさせる任務を担って赴任するが、自分が陰謀の片割れである事に気づき地元民側に立ったものの歴史の流れは変わらなかった。 その時に列強は強い勢力を持つ地元民を分割するように国境線を引いたのである。反乱が起きては困るからだ。地図を見れば分かるように中近東の国境線は異様に直線部分が多い。これこそが人為的に引かれたという何よりの証拠である。傀儡政権は多くのアラブ諸国ではまだ生きており、サウジアラビアの王族などはまさにその代表格である。ビン・ラディンが反旗を翻すきっかけとなったのが、この王族の腐敗ぶりだったという話は有名だ。クルド人もこうした歴史の中で分割された民族の一つなのである。彼らのくじけないアイデンティティを見ていると、列強が分割したがった理由を伺える思いがする。歴史は単純ではないが、トルコ政府がムキになればなる程、逆に彼らの立場がクローズアップされてしまうのは皮肉であろう。 さて、トルコ大使の発言はこのように非常に分かりやすいものだが、さっぱり理解出来ないのが日本の政局の方だ。小沢党首は一体何を考えて大連立などと言い出したのであろうか。大連立を組まなければ参院選で約束した政策を実行出来ないと言うが、大連立という構想そのものが参院選で民主党に投票した有権者への裏切り行為である。憶測が憶測を生んで真相はヤブから一向に出て来ない。一説に小沢の側が会談を持ちかけたと言うと、それを福田側は否定するという具合である。大体、大連立などと言うが、今の小選挙区制度では一選挙区から1人しか当選しないのだからそもそも無理がある。 こうして考えていくとどことなく雰囲気として、心臓に爆弾を抱えて内心焦りの色を濃くしていた小沢の方が、誘い水に乗ってうまうまと出かけて行ったというあたりがありそうなシナリオだ。民主党がガタガタになってくれてあまりにうまく行ったので、福田の側も記者会見が出来なかったのではなかろうか。質問に答えているうちに、ついつい口元に笑みが浮かんで来るのを止められないと思っての事である。 それにしても、密談なら分からないようにやればいいのに、わざわざ堂々と会談していながら内容については明らかに出来ません、などとは愚策にも程がある。あまりに智恵がない。いしいひさいちの政局漫画に、小渕と金丸と竹下の3人がモスバーガーで国会対策を打ち合わせるというのがあり、「こんな所でこんな大事な話をしてバレませんかね」「いやあ、現役の総理以下の面々がこんな所にいるなんて誰も思わんさ」てな会話が交わされたりしていた記憶があるが、かつての政治家はもう少しうまくやったものである。色あせないクルド人のアイデンティと比べるにつれ、日本の政治風土、政治家、有権者の風化の激しさは目を覆うばかり。日本を一歩出れば、パキスタンのムシャラフ報道がトップであって、次がイラクと北朝鮮。日本の政争などかけらも報じられていない。 |
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やっぱり無用だった洋上給油 特措法の期限切れが1日で、日本がインド洋での給油活動を打ち切って以来、それなりに辛口子も世界のニュースをウォッチしてきたが、「困る」というような意見はどこからも出ていないようだ。日本の新聞(特に読売)は、米国務長官が「再開を望む」と語ったなどと報じているが、実は「これによって日米同盟が揺らぐ事はない」とも発言していて、都合の良い所だけ切り取って掲載しているのが明らかだ。米メディアで今話題を独占しているのはメキシコを襲った巨大ハリケーンであるが、国際問題、特にイラク、アフガン関係では「イラクでの米兵死亡数が最低だった」とか「アフガンで燃料横流し事件が発覚」というような記事ばかりであって、日本が洋上給油していた事すら報じられていないのが日本以外の現実でもある。 そもそも本当に重大なら国の公式発言として大々的に述べるものであって、北朝鮮関係であれば米メディアも大きく取上げていた事などを鑑みれば、日本の給油などはっきり言ってどうでもいい話だったという事が、今や疑いの余地なく明らかになっているのだ。それにも関わらず、国際協調だの貢献だのという言葉を振りかざしてせっせと給油の意味は大きいなどと書きまくるおめでたいライターが新聞にも出没しているのだが、例えば読売新聞だったか、一面を使って給油活動の再開を主張する記事がなかなか傑作であった。その中に、『給油活動を行える艦船数が限られているので、日本が抜ける事は大きな影響である』というような下りが書かれていたからである。日本が行っている給油活動は一隻によるものだから、それが抜けて大きな影響を受けるという事は、とりも直さず給油活動全体が極めて小規模になっているという事に他ならないではないか。その記事を書いているのが誰だか知らないが、自分で何を書いているのかすら分かっていないのであろう。 日本の給油実績というのがそれなりに明らかになっているが、それによると給油量が最も多かったのが米イラク侵攻の時であって、現在の給油量はその当時に比べれば十分の一程度に減っているという。何故か都合良く航海日誌の当該部分が消えて無くなった上に、週刊朝日がすっぱ抜いたように日本の供給している油というのが、米軍仕様の特別製であってしかも米の石油会社から買っているというのだから、シナリオの全貌は既にバレバレなのである。政府与党はそれでも新法案を作って何とかしたい姿勢を見せており、遂に民主党と大連合などを画策してきたようだ。小沢・福田の会談は非常に怪しげで一体何を話したかも分からない。大連合と言えば聞こえはいいが、逆に見れば小泉内閣の一党独裁を凌ぐ独裁体制である。これを絶賛する社説を掲げているのがやっぱり読売新聞で、つくづく何を考えているのかと思わざるをえないメディアである。 |
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先を見ない風潮 21世紀になってから特に感じる事として、日本は先を見なくなっているのではないかというものがある。今、話題になっている自衛隊洋上給油問題にしても、そこにあるのは中長期的視野から見た日本の国家戦略ではなく、アメリカについていけば大丈夫だという単純思考である。その結果、例えばアラブ圏と縁遠くなるとか、南米やアフリカでの資源獲得競争に続々と敗れている事とか、北朝鮮問題でもアメリカが動くまで手も足も出せないという状況が続いた事など、あまり話題にすらならない。二言目には国益国益と単語だけ口にする単細胞が地上波メディアで吠えまくる光景ばかりが目立つ。 セクハラで免職だの逮捕だのという記事が相変わらず新聞を賑わしている。一向にその数が減らないのは、普遍的に存在しているものをセクハラだと糾弾している一面があるからではなかろうか。なにせ、ファッションを誉めるだけでも下手するとセクハラだと言われるのだ。痴漢行為はけしからんが、何から何まで目くじらを立てて、それで女性の地位向上とやらに少しでも寄与しているのであろうか。結局は女性の方も大きな損をしているのではないか、と気がついても良さそうなものだが、そういう知性を持つ女性も一向に増えないという事なのだろう。男が女をからかったりちょっかいを出したりする事など、有史以来人類がやってきた事であって、昔の人はもう少しこうした問題を巧みに処理していたものだ。現代人は間違いなく、こうした過去の人達に比べれば頭が幼稚になっている。 だが、セクハラにはまだ理があると言えるが、問題なのは小泉政権から安倍政権にかけて、粗製濫造を繰り返した法案の大量生産であろう。代表的なのが個人情報保護法案だ。これのお陰で学校は名簿を作れず、生徒同士の連絡すらままならない。その余波で生徒が携帯による陰湿な個人攻撃を受けても、有効な対策を取る事もできない。上級官僚はこれをいい事に着任時の経歴を隠そうとするし、その一方で本来の目的である情報流出には何も効力を発揮していない。この法案が出た当初から言われていた事だが、世の中にいる名簿業者にはとっくに情報は集まっているのだし、実際に情報を持ちだそうとするなら爪くらいの大きさのICカードに数ギガバイトが収まるのだから、幾ら管理を厳しくした所で流出など防げる訳がないのだ。摘発すべきは違法な情報使用の方であるべきで、何でもかんでも禁止すればいいんだという誠に単純思考を絵に描いたような法律である。 このパターンは、例の金利制限にも見られる。利息制限法を改正し、金利の上限を低く抑えた結果、庶民の生活は良くなったか。答はNOである。利息を取れなくなった金融会社は顧客選別を厳密にするようになった。誰でも、身内に怪我人が出るなど突然金が必要になる時はあるのだが、それが借りられなくなったのだ。そこに暗躍を始めたのが闇金融業者である。かつては街金と言われた業者がいたが、それとこうした闇金融とは根本的に違う。街金はあくまで合法的手段を巧みに使い、目的は金の回収であって相手を殺すような事はしないプロだったが、闇金融は素人丸出しに脅しと恫喝だけで貸し手を追い込み自殺などしても知らん顔だ。以前、「金返せないなら臓器を売れ」と電話で脅した奴のニュースが流れたが、あれなど可愛いくらいに悪質な脅しをしてくるのだ。禁止して解決するほど、世の中の仕組みはそんなに簡単なものではない。だが、この法案が成立する当時は、どこのメディアも金利を下げろの一点張りで、まっとうな主張もあったがかき消されてしまった。 地方自治とか小さな政府とかいうかけ声だけで、三位一体改革とやらが行われ、自治体に税源が移譲された筈であったが、実際にそれで潤うのは大都会などごく一部の自治体であって、大抵の地方自治体は財政が苦しくなった。そもそも地方自治体の財政が苦しくなっているのは、国が借金を奨励した事であって夕張の破綻も借金さえ無ければ起きなかった。国は借金を自治体にさせておいて、いざとなったら突き放した訳である。自治体は当然ながら経費節減を目指さなくてはならないが、借金の返済に待ったはないし、人件費もすぐには削れない。となると残るは教育関連、福祉関連、そしてインフラ関連であり、その影響は庶民生活を直撃する。生活保護費をあの手この手で支給しないとか、橋や道路の補修が出来ないというような形で実際に影響が出ているのである。病院が続々と閉鎖されている原因には医者のインターン制度が変更され、病院に来る医者が減っているのが要因であるが、もう一つはこうした自治体財政の逼迫という事情もあるのである。これも問題の根源を考えずに行われた施策であろう。 郵政民営化は既に地方での郵便局統廃合という形で、特にお年寄りを筆頭として庶民を直撃し始めている。今、都会では殆ど影響を感じないだろうが、独立採算を求められている以上、間もなく郵便料金値上げや貯金利子の引き下げなどが立て続けに出て来るだろう。既に道路公団は民営化されてさっそく首都高の大幅値上げに踏み切った。こうした事も、民営化すれば何でも良くなるという単純思考が招いた結果である。役所の外郭団体などが天下りの温床だからと、そうした組織を統廃合(実際には廃止など殆どしてないが)して、独立行政法人とした。結果は、むしろ政府の目が届かなくなって人件費が上昇しているという数字が出ている。温暖化防止に電気をこまめに消そうなどというキャンペーンに至っては、単純思考を通り越して馬鹿としか言いようのないモノである事は、つい先月の7日の本欄に書いたとおりだが、その本質が京都議定書を守れなくなった事に浮き足立った関係者にある事は昨日の新聞に出ていたとおりである。日本は京都議定書を守れない事がほぼ間違いなくなったのだ。もっとも、元々あのような目標など達成出来る筈もない事は、指摘をされていた。1980年代中頃の水準に温室効果ガスを削減したいのなら、エアコンを全て中止する位の荒療治は必要なのだ。だが、そうした明確な計算をメディアも殆ど行っていない。こうなってくると、要するに一億痴呆化という事なのであろうか。そういえば、今は認知症化と言わないといけないのであろう。こうした言葉の置き換えで事足れりとするのも、頭が単純になった事を示す一つの指標と言えそうだ。 年金問題だけはそう簡単に収まりそうにないが、経団連などはこれを絶好の機会とばかりに財源を消費税に求めろと言っている。消費税は価格に転嫁されるので、要するに庶民が全額負担をする事となり、企業の方は今まで負担していた保険料の半額を全部懐に入れられるという仕掛けだが、それをはっきりと解説しているメディアが殆どないのは驚きである。経団連とは会長の御手洗を筆頭に、企業の競争力とは利益額だという単純思考しか出来ない頭の集まりであるが、これまでの解説で明らかなようにメディアもそうなってきているのが事実であろう。 |
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